第十六話 文化祭準備
帰りのホームルームが終わった後、文化祭の準備の時間となった。
わたしたちのクラスはまず朝の段階になって決まったことをクラス中に伝えることから始まった。
「っていうことなんだけど。メニューを決めていく中で、内容を変えたくなっちゃったんだけどいいかな。」
クラスからはえーっていう声と賛成の声は半々というところだろう。
そこへ、純花が助け舟を出す。
「男子のみんな。和風喫茶になったら和服になるんだから女装しなくていいのよ。」
その声に男子全員が発狂する。
さっきまでの反対の声はほとんどなくなり特に男子全員がすごくやる気になっている。
みんなそんなに女装したくなかったのか。
わたしは別にしてもいいと思うんだけどなぁ。
すると、わたしに向かう四つの視線を感じた。
顔を上げると純花たちと目が合った。
視線から察するにさっきのわたしの考えもバレてしまっているのかもしれない。
そんな間にも話は進んでいく。
その結果、やっぱりわたしたちのクラスは結局、和装喫茶へと出し物が変わることになった。
出し物が決まった後は、基本的なグループ決めが始まった。
わたしと千夏は大道具班、純花と楓はメニュー班、そして桃ちゃんは衣装班に配属された。
特に純花はメニュー決めの時に参加していたのが決め手だったという。
というわけで、わたしたちはそれぞれに実行委員の指示を聞きながら準備を始めた。
わたしたちの大道具班は備品班が買ってきてくれた板や段ボールなどを使って看板やクラス内の景観を整えていく。
他にも純花たちのメニュー班と桃ちゃんの衣装班はそれぞれ名前の通り、メニューを考え、衣装というか着物のレンタルの交渉をするようだ。
男の頃なら簡単だっただろうなぁ、なんて考えながら釘を打ち看板を作っていく。
金槌を振るたびに、釘が撃ち込まれるたびに、その振動が腕に響き体力を奪っていく。
何度も苦痛を感じながら一枚の看板を完成させる。
隣を見れば千夏がいまだ苦戦していた。
わたしはその場から立ち上がり、教室を後にする。
少し歩いていると自動販売機にたどり着いた。
そこでジュースを二つ買い、教室の方に少し小走りで戻る。
少し息が上がりだし苦しくなってくるがそのころには教室の前にまでたどり着いていた。
すでに作業を一通り終わらせて休憩をとっていた千夏に近づきジュースを渡す。
「はい、千夏。お疲れさま。」
「ああ、飛鳥。ありがとう、正直助かったよ。」
千夏も疲れるなんてことがあるんだなぁ。
普段から何事も淡々とこなす千夏にも今回の作業はさすがにきつかったってことなのだろう。
周りを見渡すと純花と楓がスマホにのぞき込みながら多分メニューを探しているのだろうか。
桃ちゃんの方は何やらみんなで雑誌の周りに集まっている。
「みんな頑張っているねぇ。」
「そりゃあ、うちの学校はそういう学校だからね。そのために一週間以上文化祭の準備期間が用意されているんだから。みんな授業がない分いつもより生き生きしているよね。楽しそうだ。」
「去年は適当に流していたからなぁ。」
「まぁ、あの頃はちょうど女の子になったばっかりの頃でしょ。そりゃ、文化祭なんかに集中している場合じゃないでしょ。」
「それはそうなんだけど。でも、やっぱり今年のこの雰囲気を感じてみるとやっぱり参加しておけばよかったなって思うよね。」
「おーい、お二人さん。そろそろ休憩から戻っておいで。今度は仕切り板の準備をしてもらうから。」
「そんなの男子にやってもらおうよ。そういうの手が痛くなるよ。」
「らしいよ。男子諸君女子の代わりにやってあげようっていう心優しい人はいないのかな。いたらうれしいよねぇ。飛鳥ちゃん。」
「え、それはまぁやってもらえるならうれしいけど。」
すると、ウォーっとやる気を出した男子たちが次々に手を上げる。
こういうとき、あの子は人の使い方がうまいよね。
「じゃあ、お二人さんにはこれをしてもらおうかな。」
「これは?」
実行委員が渡してきたのは大きな布と裁縫セットと綿だった。
「これでね、横断幕みたいなのを作ってほしいのよね。裁縫なら二人ともできるでしょう。これなら腕が痛くなることも少ないと思うし。ね。」
「わかったよ。私たちも多少は貢献しないとね。」
チクチクチクチク。一つひとつ縫っている。
時折自分の指先に少し刺してしまう。
そんな悪戦苦闘しながらも縫い進めていく。
各文字を八割縫って綿を詰め、残りを縫う。
その繰り返しを何度もこなしていきながら、一つ一つ文字が完成していく。
しかし、「三年四組和装喫茶出雲庵」というすべて漢字という作業者泣かせの文字の羅列の一割も進むことはなかった。
その隣では、桜と花吹雪のデザインを絵具で描いていく子がいる。
気が付けば、六時を回っており校則では学生は帰らなければいけない時間となっていた。
辺りを見渡すと、クラスのみんなも帰り支度を始めている。
わたしも、純花たちや桃ちゃんを探してみる。
すると、クラスの隅で帰り支度をしている三人を見つけることができた。
「おーい、三人とも一緒に帰ろうよ。」
「ええ、いいわよ。そうしましょう。」
みんなで昇降口まで向かい、靴を履き替える。
「でも、これからはこうやってみんなで一緒に帰ることも難しいかもしれないよね。」
桃ちゃんの言うことに確かにとうなずく。
「そうだねぇ。難しいよね。それぞれ帰る時間が変わってくるだろうからねぇ。」
「逆に新しい友達でもできるんじゃない?」
「それはうれしいけどな。」
「何?飛鳥。わたしたちがほかの子たちと仲良くしているのがそんなに嫌なのかしら。嫉妬しちゃうのかしら?」
駅のホームで電車を待ちながらそんな話をする。
純花の言葉にわたしは顔がちょっと熱くなる。
「そんなことないけど、でもみんなに会えないのはちょっと辛いよ。」
そう言うと、今度はみんなの顔が真っ赤に染まる。
それは夜の暗闇でもわかるくらいだ。
「あ、やっと電車が来たわよ。」
それからはそれぞれの駅で一人ずつ降りていき、次の駅でわたしたちも降りることになる。
「あ、そうだ。飛鳥。今日、帰り道にスーパーへ寄って行ってもいいかしら。」
「え、いいよ。大丈夫大丈夫。」
「それなら、今日の夕食のメニューは飛鳥が選んでいいわよ。美味しい料理を目いっぱい頑張って作るからね。」
「ウソ、いいの。何がいいかなぁ。」
わたしは今日の夕食を何にしようか頭の中で悩ませながらスーパーまでの道のりを歩いて行った。
スーパーにたどり着くと純花はカートを取りに行ったので、わたしは買い物かごをとっておいた。
「あ、ありがとう。こういう相変わらず気が利くよね。飛鳥って。」
カートを押す純花の隣を少しゆっくり歩きながら、野菜コーナーを見て行く。
「それで、何か思いついた?」
「え?何の話?」
「何の話って、忘れたの?夕ご飯、あなたの好きなものって言ったでしょ。まったくもう。」
「そうだったそうだった。じゃあ、あれだ。鶏肉のバジルソテー焼き。」
「飛鳥は本当に鶏肉が好きよね。」
「いいでしょ。別に~。」
野菜も取りなさいよ、と言いつつ純花はサラダになりそうな野菜を適当にとってかごに入れていく。
わたしはキノコを合わせに欲しくてかごの中に放り込む。
他にも、わたしの苦手な苦い野菜たちを次々に放り込んでいく。
そう様子を見ていたわたしの顔は傍から見ればすごい色をしていることだろう。
続いて、飲み物コーナーへやってくる。
牛乳を数本、カフェオレに野菜ジュースに炭酸類をホイホイホイっと入れていく・
二人分の飲み物を購入するので相当な重さになることだろう。
大量の飲み物を抱えながらお肉コーナーに移ってきた。
牛、豚、鳥とより取り見取りのお肉たちがずらりと並んでいる。
わたしが食べたいバジルソテーのために鶏のもも肉を買う、純花。
他にも、安くなっている焼くだけの調理済みのお肉をたくさん購入する。
それらをかごに詰めた後、続いてお魚コーナー、総菜コーナーをそれぞれ回りながらいろいろかごに詰める。
お会計を済ませてから、段ボール箱を探しに行きそこにかごから食品を移す。
パンパンに膨らんだ段ボール箱を持ちながら帰り道を歩いていく。
「飛鳥、大丈夫?」
「うん、純花よりは力があるから大丈夫だよ。さすがにちょっと重いけど。」
「それじゃあ、行きましょうか。私が合わせるからゆっくりでいいわよ。」
そう言って、歩き始める純花。
そのあとを追うようにしてわたしも歩き出す。
数分ほど歩いてようやく家に着く。
ようやくこの重い荷物を下せるのか。
そう思うと荷物の重みがふっと軽くなったような気がした。
純花に鍵を開けてもらい、部屋の中に入る。
冷蔵庫まで段ボール箱を持っていき、中の食材を冷蔵庫の中に入れていく。
一通り片づけが終わったら、純花が調理を開始する。
わたしは調理を終え、料理が出されるのを待つ間、今日出された課題を終わらせるために自室に戻った。
二十分ほどたった頃だろうか、部屋の扉がノックされる。
その音に驚きを感じながらも勉強を終え、扉を開ける。
どうやら純花は台所の方へ先に戻ったらしく、わたしもそちらの方へ向かって歩を進める。
最初の頃はこれにも驚いていたというかビビっていたが、最近は慣れてきたのかこういったことが起きてもビビることはなくなった。
驚きはするが…。
台所に着くとご所望だったお料理が机の上に並べられていた。
先に席についている純花の正面に座り、コップにお茶を注ぎ込み、一緒に手を合わせてご飯を食べ始める。
「そういえばなんだけど、なんで純花はノックした後すぐに扉の前からいなくなるの?わたしが気づかないかもしれないとは思わないの?」
「ああ、あれ、だってあんたいつもびっくりして足を机にぶつける音がするんだもん。ああ、気づいたんだなってそれで確認しているのよ。」
「そんな感じだったの⁉あれ、本当にびっくりするからちょっとやめてほしいんだけど。ほしいというかやめて。」
「はぁ、分かったわよ。明日からはちゃんと扉の前にいることにするわ。」
「そうしてくれたらうれしいよ。」
会話が終了すると同時に二人の食事も終了した。




