第十五話 文化祭実行委員
これはとある夢の中、わたしと純花がいわゆる普通の恋愛ができたかもしれなかった昔の話。
友達の少なかったわたしと友達の多かった純花。
わたしはいつも影からというより傍目で純花のことをちらちらと見ていた。
多分、純花はわたしからの視線には全然気が付いていなかったんだと思う。
実際、今までは最近のようにいつも一緒にいるというわけではなかったから。
だから、あの日だけは特別。
たまたま、わたしが女の子になった日に部屋にやってきていたんだ。
純花はいつまでもわたしの憧れなのだ。
その憧れがいつの間にか恋心へと変わっていたのだが、それは最近になってようやくわかったことだ。
校門へと向かう純花を屋上から見下ろす。
そんな距離感のわたしたち。
そんな状態の二人でも、一緒になれるのだろうか。
朝日を浴びながら、わたしは目を覚ました。
瞼を開けると、すでに純花は起き上がって身支度をしている。
「おはよう、純花。」
「あら、おはよう。もしかして起こしちゃったかしら?」
「いや、そんなことはないよ。」
いやでも、なんだか懐かしい夢を見た気がする。
まぁでも、何も覚えていないのだからもうどうでもいいことなのかもしれない。
多分、大事なことならちゃん覚えているだろう。
「起きたなら、準備しちゃいなさい。」
「はーい。」
制服に着替えて、ダイニングの方へ出ていくと、いい香りがしてきた。
台所の方を向くと純花が朝ごはんを作ってくれていた。
出来上がった朝ごはんをぺろりとさらえる。
「今日はよく食べるわね。どうかしたの?」
「そうかな?わたし的には全然普通だけどなぁ。」
そんな風にようやく来たいつもの朝が終わっていく。
あの連休から数か月がたった。
あのお泊りを期に何度もお泊りを行った。
わたしや純花の家だけでなく千夏や桃ちゃん、楓の家でもやるようになって、それぞれの家の人にも顔を覚えてもらうようになった。
そして今日、飛鳥がなんと女になってから初めて風邪をひいて学校を休んでしまった。
なので、今日、私は飛鳥の看病にとお休みを取った。
飛鳥はずっとベッドに住み込むことになった。
これがとてもぬくぬくできた至高の時間となったそうだ。
時折、私は様子を見に来ては薬やお粥を用意する。
「どう、調子は?そろそろ退屈になってきたんじゃない?」
「いやー、これが、とてもぬくぬくでいつまでもここに居られるよ~。」
「これが本当に風邪で休んでいる人間の態度なのかしら。」
飛鳥は布団の中でごろごろ、ぐねぐねしている。
私が持ってきたおかゆを食べるためにあの子は起き上がりふぅふぅしながら食べ始める。
あの頃からだいぶ小柄になった飛鳥を見ていると、私も顔が少しにやけてくる。
クッションを引っ張ってきてそこに腰掛ける。
「もう起きてるんでしょ。テレビつけてもいいよね。」
「ん、ああ、いいよ。私も見るからニュース以外のにして~。ニュースは詰まんないから嫌。」
「つまらないってあんたねぇ。まあいいけど、じゃあアニメでも見る?」
「うん、そうしてほしい。私眠くなったら寝るから心配しないでね。」
それから、しばらくの間一緒になってアニメを見る。
たまたま一挙放送がやっていたので約六時間の暇つぶしができるのであった。
途中で寝てしまった飛鳥の額に濡れたタオルをその時々で置き換える。
看病を伴ったアニメ鑑賞はあっという間に時間として過ぎていくのだった。
夕陽が傾いてきて、カーテンの隙間から茜色の閃光が差し込んできたころ、すでにアニメが終わり真っ暗の画面が映し出されているテレビを前に私は今晩のご飯について考えていた。
流石に今日は飛鳥が体調を崩しているので消化に良い食べ物を作りたいなと考える。
ただ、おかゆが連続するのも何か違うなと思い考えを巡らせる。
ずっと同じ体制では考えもまとまらないと思い立ち上がって台所の方へ向かう。
それだけのことをしてもいい考えは思いつかないので仕方なくうどんという安牌をとることになった。
ただのうどんでは少し寂しいと思い、半熟の目玉焼きを乗せてあげた。
それを飛鳥に振る舞った時の喜びようはこちらまでも笑顔になってしまうほどだった。
うどんを食べ終わった飛鳥はすぐに寝ようとするのでわたしは声を上げてそれを止める。
「ちょっと待って、飛鳥。あなた汗かいているでしょ。拭いてあげるから寝るのはそのあとにしなさい。」
「え、ああ、そうか。わかったよ。でも、さすがに前は自分でふけるから後ろだけお願いしていい?」
「わかっているわ。さすがに前は恥ずかしいのかしら。男の子でも。」
「い、今は女の子の体だから。一応、形だけはね。」
その言葉を聞き終えてから私は立ち上がり脱衣所の方に向かう。
洗面器の中にお湯を張りそこにタオルをつける。
それを持って中のお湯をこぼさないように慎重に歩き出し、飛鳥のいる寝室に戻る。
寝室に入ると飛鳥が服のボタンに手をかけていた。
「何やってんのよ、あんた。」
「え、何って服脱いでるんだけど。なんかおかしいところあった?」
「私が戻ってからでもいいでしょ。風邪ひいている子が寒そうな格好しない。」
「はーい、ごめんなさい。」
「わかったらこれ持ってからだ拭きなさい。」
そう言って洗面器の上でタオルを絞りこちらに渡す。
飛鳥はそれを受け取ると、体をふき始める。
しかし、それはかなり不器用な姿で、はっきり言って全く拭けていない。
「もう、本当に不器用ね。」
私はそう言って、目の前の下手くそからタオルを奪い去り、ゆっくりと全身を拭いていく。
まずは腕を前に出させそこをふき、それから、肩、脇、胸、腹と続いて拭いていく。
それが終わったら、背中にまわりそちらも拭いていく。
体に触れるたびに飛鳥が変な声を上げだすので、私の精神はどうにかなりそうだった。
体も拭き終わり、もう一度飛鳥は眠りについた。
しかし、時々熱にうなされているのか、うめき声をあげるので私は今日一日あの子のそばに居続けることになった。
ついに文化祭までもうすぐという状況になった。
高校最後のお祭りなのでうちのクラスのみんなもやる気満々という感じだ。
そんな調子でわたしはまずは学校へ向かう。
学校では今日から文化祭の準備期間となる。
今日からは文化祭で何をするのかを決めたり、その許可申請や準備にあたったりする。
「それじゃあ、これから文化祭でこのクラスが何をしていくのかを決めていきたいと思います。何か案がある人はいませんか?」
クラスメイト達が口々に声を上げる。
食べ物系なら、焼きそばにタコ焼き、かき氷に喫茶店なんかもあった。
出し物ならお化け屋敷にストラックアウト、縁日なんて言う声も上がったりしていた。
いろいろ案が上がるものだから、投票ということになったのだが、上がった案のほとんどに表は入っておらず、お化け屋敷と喫茶店の二つに集中していた。
「うーん、二つには絞れたけど、さてどうしましょうか。」
「お互いになんでそれがしたいのか、意見を出しあって共感を得られたものにしたらいいんじゃないのか。」
「それいいじゃん、それにしようよ。」
クラス委員などの話し合いによってプレゼン形式になった。
その結果、わたしたちのクラスは喫茶店をすることになった。
「じゃあ、どんな喫茶店にしたいか周りの人と考えてみてください。」
クラス委員がそう言った。
するとみんな、それぞれにグループを作って話し始めた。
わたしも純花たちをと寄り合って話し合いを始める。
「うーん、喫茶店って言ってもたくさんあるよね、どうしよう。」
「そうだね、メイド喫茶とか執事喫茶をはじめとしたコンセプト喫茶が多いよね。その辺でどうかな。」
「それはいいのだけど、何をコンセプトにするかよね。」
「その辺はクラスに提案してから皆で決めればいいんじゃないかな?」
「それもそうね。じゃあそれで行きましょう。」
わたしたちはさっき話し合った内容を伝える。
やっぱりみんな考えることは一緒のようでみんなの考えのほとんどは男子からはメイド喫茶、女子からは執事喫茶が提案された。
そして、
「なんだよ、執事喫茶って。」
「あんたたちこそ何よ、メイド喫茶ってどう考えても下心じゃない。」
という口喧嘩になってしまった。
「女子がメイド服を着れば済む話じゃねえか。」
と言いうのも、多数決を取ると、男子の方が人数が多いので表は当然多くなる。
「じゃあ、飛鳥君はどうすんのよ。」
「それは執事喫茶でも一緒じゃねえか。」
一向にやみそうにないので、わたしが口を開く。
「じゃあ、みんなでメイド服を着てみたらいいんじゃない?」
そう言うと、みんなの視線がこちらに向けられる。
「はぁっ⁉」
男子のほとんどは声にならない声を上げている。
「いいじゃないそれ。それならメイド服だって着てあげてもいいわ。」
女子からは賛成の声が上がる。
そんなわけでわたしたちのクラスはクラス全員によるメイド喫茶をなった。
いつも通りわたしたちが朝早く登校すると、いつもは一人二人しかいない教室に数人のクラスメイトが集まっていた。
「おはよ。どうしたの、こんなに集まって。今日なんかあったっけ?」
「おはよ、ほんとにどうかしたの?」
「ああ、飛鳥に純花。いや、今日は何もないよ。私たちは、ほら、文化祭の実行委員だから。二人こそ早くない?」
「わたしたちはいつもこのぐらいに来るんだよ。」
「へぇ、そうだったんだ。毎朝こんなに早いとか、俺には無理だな。」
クラスメイト達とそんな風に話す。女になったばっかりのころはもう少し互いにぎこちなかったような気がするが、そのぎこちなさもなくなった。
そんなクラスメイトの手元を見てみると、そこにはたくさんの紙があった。
よくよく見てみると、たくさんの文字や数字が書いてあった。
「それ何?なんて書いてあるの?」
「ああ、これはね、お店で出す予定の商品やその値段の候補を出していっているんだよ。あ、そうだ。二人も何か案を出してよ。」
「へぇ、文化祭の案か。飛鳥は何か思いつた?わたしは全く思いつかないよ。」
「えっと、商品じゃないけど、お茶は緑茶とか煎茶のほうがいいんじゃない。」
「おかしいでしょ。だって、メイドなのでしょう。モチーフがあるんだからそれに合わせなさいよ。じゃあメニューも西洋っぽいほうがいいんじゃないかしら。私の直感がそう言っているの。」
「それは純花の言う通りかも。」
「いや、逆に日本モチーフにしても面白いかも。」
「それなら、和服の方がいいんじゃない。」
「そうだねぇ、クラスに提案してみたら?」
「そうしてみるよ。」
わたしたち二人は話を切り上げてカバンを自分の席に置きに行く。
少しすると次々に人がやってくる。その人の波に乗って桃ちゃんたちがやってきた。人混みの中だというのに桃ちゃんはわかりやすい。ずっとスキップしながらこちらにやってきている。
「あっくん、あーそびーましょう。」
「別にいいけど、どうしたの。」
「桃ちゃん、昨日帰った後、テレビでトランプ特集やっていたらしくて、影響受けちゃったんだとさ。」
「ほんと単純だよねぇ。」
そう言いつつ、トランプを用意しているのは、楓も実は結構乗り気なのかもしれない。用意されたトランプをみんなの人数分だけ分ける。
大富豪をやりたいそうだ。
ダイヤの三を持っていた千夏から始まる。
はじめは全員数字を細かく区切っていく。
ただしそんなのも最初だけ。
後半になっていくにつれて八切りや七渡しなどローカルルールが横行し始める。
ついに決着となり、最初に手札を空にしたのは千夏だった。
というのも、二が三枚にjokerが一枚というものすごく強い手札だったのだ。
「もう一回、もう一回しよ。」
桃ちゃんがそう言った時、
「おら~、チャイム鳴っているぞ。さっさと座れ~。」
歌川先生が教室に入ってくる。
「篠原達もさっさとそれ片付けろ。」
「もー、ハイハイ、分かってますよー。もー、今いいとこだったのに。」
「いや、終わったところだったんだろう。」
クラスにワッと笑いが起こる。
わたしたちはさっさとトランプを片付け、わたしたちは席に着いた。
「よし、二人も席に着いたな。さて、昨日から文化祭の準備を始めて、今日からは本格始動となることだと思うが、一応言っておくが危険なことだけはするなよ。怪我でもしたら、お祭り楽しめないからな。俺から言いたいのはそれだけだ。あとは準備も含めて全力で楽しめ。」
そう言って教室を出ていく先生。




