第十三話 月の傾くころⅢ
月が高く上るころ、わたしは再び瞼を開けた。
下を見ると、桃ちゃんをはさむようにして寝ていた片割れがいない。
もう先に無効に行っているのだろうか。
わたしは横にいる純花を起こさないようにしながらベッドから降りる。
部屋を出て、廊下を進むと暗がりに少し明かりが広がっている場所がある。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いいえ、そんなに待ってないよ。それに少し考えたいことがあったから。」
「そっか、それならよかったよ。ちなみに考え事って何?」
「それはまだ言えないわ。」
「そうなんだ。」
わたしたちはそういった会話をしながら、お互いに温かい飲み物を用意する。
「で、呼び出したわけは何だったの。」
「ちょっと聞いてほしいことがあって。」
「ええ、それはメッセで聞いたよ。」
「それで楓に相談なんだけど。…純花ってわたしのこと好きかな?」
「…はぁ⁉…いやちょっと待って飛鳥って純花のことが好きなの?」
「う、うん。昔からずっと好きだよ。今だって、ずっと隣で無防備な姿晒して寝ているんだよ。そんなんずっと心臓バクバクだよ。」
「そ、そうだったの。全然わからなかったわ。昔からって、当然男の頃からよね。」
「そうだよ、女になってからなんか純花の対応が変わっちゃってもう脈なしなのかな。」
(対応が変わったって多分千夏の言っていたやつよね。純花も飛鳥のことが好きなのよね。じれったいわね、相思相愛ならサッサと付き合っちゃえばいいのに。二人とも、飛鳥の性別が変わったから気持ちの整理が追い付かないのよね、多分。二人とも考え方が古いわね。)
何やら楓はすごく悩んでしまっている。
やっぱりこんな悩みは変なのだろうか。
「やっぱりおかしいよね。今は女の子同士なのにこんな風に想うなんて。」
「おかしいなんて言うな!私なんてそんな悩みをもう十年以上持っているのよ。」
わたしの声に怒号で返す楓。
わたしは千夏の地雷を踏みぬいてしまったのだろう。
明らかに千夏の声には怒気をはらんでいる。
「ご、ごめんなさい。わたしそんなこと知らなくって。」
「わ、私こそ急に大声を出してごめんなさい。でも、知っておいて。性別なんて今の時代気にするようなことじゃないんだと私は思っているわ。」
「そうだね、ちょっと頑張ってみるよ。楓も千夏とのこと、頑張って。」
「え⁉ちょっと待って、私、千夏のことが好きなんて一度も言ってないんだけど。」
「え~、見ていたらわかるよ。」
途端に、楓の顔が真っ赤に染まる。
朱に染まった楓の顔は、その名の通りすごくかわいい。
わたしはコップに残った液体を飲み干す。
あたふたしているかわいい楓を置いて、先に部屋を出る。
楓が慌ててわたしの後ろをついてくる。
二人で静かに部屋に戻ってお布団に入る。
よほど眠かったのか、瞬く間に眠りについてしまった。
次に瞼を開いたとき、カーテンの隙間から覗くまぶしい光を感じることになった。
布団から起き上がり、軽く伸びをしてわたしは意識を起こす。
わたしは、瞼をこすりながらベッドから降り、タンスから着替えを取り出して脱衣所に移動する。
脱衣所で着替えてから、脱いだ服を洗濯機に放り込んで台所に向かう。
台所への扉を開けると、そこには千夏と楓の二人が一緒に料理をしていた。
私が目を覚ました時、隣に顔があるはずの千夏の顔がそこにはなかった。
起き上がって辺りを見渡すと部屋の扉が開いているのが目に入った。
寝巻きの上からカーディガンをはおり、部屋の外に出てみると、廊下の奥に明かりが灯っている。
ひょこっと開いている扉の隅から部屋を覗くとそこには台所で朝食の準備をしている千夏の姿がそこにはあった。
「あれ、楓。起こしちゃった?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。」
「そうか、何なら手伝ってくれる?…なんちゃって。」
「いいよ、何しようかしら。」
「ええ、本当にいいの?」
私は普通に手伝おうとしたのだけど、千夏にとっては意外だったみたい。
私は純花の横に立って包丁を持ち置いてあった野菜を切り始める。
「誘っておいてなんだけど、楓、料理できるの?」
「失礼ね。できるわよそれぐらい。私にとってはあなたができたのが意外だったのだけどね。」
「いや~、飛鳥たちのこともそうだけど、意外な発見が私たちにもあったね。特に、楓はずっと桃ちゃんにくっついていたしね。」
「あら、妬いちゃった?」
「そういうわけじゃないけどさ。」
「そういえば、昨日の夜にね、飛鳥から相談されたのよ。」
「何を?」
「それがなんとね。飛鳥も純花のことが好きなんだって。」
「まじか、じゃあ両想いなのか。」
「そうなのよ、私、さっさとくっついちゃえって思っちゃったわ。」
そんな風にしゃべりながら調理を進めていると、
「あっ。」
やってしまった。
包丁で軽く指を切ってしまった。
「楓、大丈夫?」
そう言って千夏は私の手をとって、彼女の顔に近づけていき、いきなりなんと私の指を口に含んでしまった。
口に含まれた指の感覚が鋭敏になる。
彼女の舌の動きが私の指先を伝ってわかってしまう。
彼女の舌の上で、私の指はコロコロと転がされてしまう。
十秒ぐらいたったころだろうか、時間にしては一瞬だったが感覚的には永遠のようにも感じた。
彼女の口から解き放たれた私の指は未だ銀色の糸を通して彼女の舌と結ばれている。
「な、何しているの?」
ようやく私の口から出たのはそんなチープな言葉だった。
「何って消毒。唾液って消毒液代わりになるんだよ。」
なんてことないように千夏が言う。
千夏にとってはこんなこと気にするほどのことではないのだろうか。
そう思うと少しムカついてきた。
「な、なんか怒っている?」
「別に怒ってないわよ。」
こういうところだけ勘が鋭いんだから。
そんなことをしているうちに傷から血は止まっていた。
それから、調理に戻ってしばらくしてから扉のそばに飛鳥が現れたのだった。
扉を開けると、一緒に並んで調理する二人の姿がそこにはあった。
二人は並んで調理を続けていたその手を止め、こちらを向く。
わたしの顔を見ると、二人は微笑んで声をかけてくる。
「おはよ、飛鳥。」
「おはよう、飛鳥。」
二人からのあいさつに
「おはよう、二人とも。今日は二人で作っているんだね。」
と、返した。
「そうなのよ、私も今日は早く起きちゃって今日の朝ごはん楽しみにしていてね。」
そうやって一通り挨拶を済ませるとソファーに行き、おもむろにテレビをつける。
「それだけ見ると、ただのおっさんなのにねぇ。姿だけは美少女なんだから。」
後ろからくる声にしかめ顔をしながら、無視してテレビに注目する。
つけたテレビには朝のニュースがやっていた。
そのニュースでは、東京のものすごい人混みが映し出されていた。
そのあとには地方の様子も映し出されていた。
やはりこの連休、みんな動きまくるのだろうか?
帰省はまだしも旅行に行くなんて。正直言って、バカだと思う。
特に、わざわざ遠くに旅行に出ていくなんて、荷物は重いし、足は痛くなるし、周りは知らない場所ばっかりだしでいいことないと思うけど、なぜみんなはそんなにも外に出てがるのだろうか。
「なーにバカなこと考えているのよ。みんなが皆、あんたと同じ考え方だと思っちゃだめよ。」
後ろから声がするので振りかえるとそこには寝巻き姿の純花と桃ちゃんがそこに立っていた。
よく見ると、寝巻きが肩からずり落ちていてなかなか扇情的な姿になっている。
何かを察したのか桃ちゃんがこちらに変な視線を送ってくる。
そういうことに桃ちゃんが詳しいと思えないので野生の勘だろうか。
純花たちはわたしの左右に座ってわたしは両手に花の状態になった。
それからテレビをしばらく見ていると、台所の方から声がかけられた。
「おーい、ご飯できたよ。ちょっと戻っておいで。」
「今日のメニューは、目玉焼きと焼きベーコンとサラダと卵スープだよ。」
「わーい、いっぱいだぁ。」
「本当に豪勢ね。」
「ありがとう、二人とも。」
「いいのよ、別に。」
「そうそう、好きでやっているんだから。」
みんなで食卓を囲み、サラダを分け合って、食事を共にする。
これが皆で食べる最後の朝ごはんだ。
騒がしいともいえるような状態で食事を終わらせる。
「さて、今日でお泊りも最後だけど何しようか。」
「何って、いつも通りテレビ見て遊んでいたらいいんじゃない。」
「普段通りが一番いいしね。」
「じゃあめいっぱい遊びつくそう。」
「ほどほどにしなさいよ。」
「あれだね、お昼ご飯を一緒に食べてそれから解散に、かな?」
そんなわけで今日の予定が決まっていく。
食べ終わったわたしたちはテレビの方に移動し、テレビを見て、アニメやドラマを見て、ゲームを一緒に遊んだりして一日を楽しんだ。
少し遅めの昼食にピザを頼んで、その間にコンビニにコーラを買いに行く。
このお泊りの締めにピザパーティーを開催して楽しんだ。




