第十二話 月の傾くころⅡ
わたしたちは街中のファミレスにやってきていた。
お昼時はすでに過ぎていたので、ファミレスの中にはあまり人はいなかった。
「空いていてよかったね。桃ちゃんとかが暴れると本当に恥ずかしいんだから。」
「ひどいよ、楓ちゃん桃ちゃんそんなに暴れたりしないよ。」
「そういう、桃ちゃんの声は本当にうるさいけどね。確かにこれじゃあ、ほかに人がいたら迷惑になっちゃうよね。」
「ていうか、楓と桃ちゃんはよく一緒にファミレスに来るの?」
「来るよ~、放課後にパフェとか食べに来るよ。」
意外だ。
わたしはてっきり、桃ちゃんと楓と千夏はいつも三人一緒に行動しているものだと思っていた。
「飛鳥、私は意外と一人で活動することも多いんだよ。意外かい?」
「純花もそうだけど、なんで君たちはそうやって人の心の中を見通すことができるの。」
「女の子の勘ってやつじゃないかな。」
「怖いなぁ、その勘。」
「そんなことはどうでもいいから、注文しましょ。ほら、みんなは何にするの?」
「どうでもいいってひどいなぁ。」
相変わらず純花はクールというか、なんていうか。
純花はテキパキと動き、メニュー表を広げる。
わたしはもう一つのメニュー表を千夏たちに渡す。
「純花、わたしにも見せて。」
「はいはい、でも、私が先に決めちゃうからね。」
「うん、それでいいよ。」
純花はグラタンやピザが載っているページを広げながら、一つずつ指で押さえながらじっくりとメニューを読んでいく。
わたしはその隣に座って、純花の見ているページを横からチラリとみる。
それから数分後、
「私は決まったわ。はい、飛鳥、これメニューね。」
「ありがとう。純花は何にしたの?」
「ピザにしたわよ。飛鳥は何にするつもりなの?」
「どうしようなぁ。」
自分的にはパスタが食べたい気がするが、ほかに何があるのかとページをペラペラとめくっていく。
プレートにステーキにパスタにサラダ。
いろいろ、美味しそうなものを見ていくうちにどんどんお腹が減ってくる。
「そっちの三人は何にしたの?」
「私と桃ちゃんは決まっているわ。千夏はまだだね。ちなみに、チキンステーキとグラタンにしたわよ。」
「そっか~、サラダ頼もうと思うのだけどみんなは食べる?」
「食べるよ。」
純花と楓と千夏はいい顔をしているのだけど、桃ちゃんだけはすごく嫌な顔をしながら、首をぶんぶん横に振っている。
「桃ちゃんはそれいらない。それより、ジュースが飲みたい。」
「じゃあ、ドリンクバーでも頼みましょうか。でも、お野菜はきちんと食べなさい。」
「いーやーだー。野菜嫌い。」
楓と桃ちゃんがまたイチャイチャしている。
いつ見ても思うが、この二人は親子と言ったほうが合っている。
そんな二人を諫める立場にいるのが千夏なのだ、こういうところを見ていると、さっきの話も何となく分かる気がする。
わたしはそんな三人の姿を傍目に見ながら、メニューに意識を向ける。
最初に言っていたようにパスタにしようと思い、向かいの三人に声をかける。
「みんな、頼むものは決まった?」
「ああ、わたしの方も決まったよ。」
それから、店員さんを呼び、それぞれに注文を頼む。
しばらく待っていると、それぞれの頼んでいたものが一つずつ時間をずらしながらやってくる。
わたしはペペロンチーノを頼んだ。
最後に千夏のハンバーグが届いて、わたしたちは最初に届いていたシーザーサラダを分けることにした。
桃ちゃんは終始嫌がっていたので、一応少し減らしてあげることにした。
わたしたちはそれからしばしの間、和気あいあいと少し遅れた昼食を食べることにした。
わたしは、女の子になってからも食事の量が減らなかったので、純花や千夏が残したピザやハンバーグを少しずつ分けてもらった。
さすがに純花が、あーんとし始めたときは人目があまりなかったとはいえすごく恥ずかしかった。
ファミレスの会計を済ませ、外へ出たわたしたちは服屋や雑貨店が並ぶ通りのあたりへ向かった。
「私は、服を見に行きたいんだけど。いいかな?」
「あら、そうなの?でも、私は飛鳥を連れてアクセサリーの方を見に行きたかったんだけど。どうしましょう。」
「え、わたしが行くことは決定なの?」
「だってあなた、前に手首が寂しいって言っていたじゃない。」
「それはそうだけど。」
「桃ちゃんは服が見たいから千夏と一緒に行くね。」
「なら私も、千夏たちについてくよ。」
「じゃあここは二手に分かれて動こうか。また四時にここで集合ってことで。」
「わかった、四時だね。」
千夏たちと別れてから、わたしは純花に腕を引っ張られながらいくつかアクセサリーショップや雑貨屋を巡ることになった。
「で、これでよかったの?千夏。」
服屋になってきていくつかの服を見比べている時に急に楓がそう声をかけてきた。
「アハハ、いきなりどうしたんだい。何の話かな。」
「とぼけなくてもいいのよ。わざわざ、あの二人を二人っきりにしたくせに。」
「え、どういうこと⁉」
隣で桃ちゃんが驚いた顔をする。
流石に楓にはバレてしまうか。
「楓は流石だね。バレちゃうかぁ。」
「さすがにあんな風にされちゃうとね。」
「いやぁ、昨日の、いやもう今日だったかな。夜、純花と二人でしゃべったんだよね。純花はやっぱり飛鳥のことが好きなんだってね。」
「そうなの⁉やっぱりかぁ。じゃあ、告白とかするのかな。」
「いやー、それがそうじゃないみたいなんだよ。純花は男の子の時の飛鳥とは付き合いたかったらしいんだけどね。今の飛鳥についてはどうしたらいいか純花自身もわからないらしいんだよね。」
「あー、まぁ、あの二人は状況が特殊だからね。」
「そうなんだよね。だから一度、二人きりの状況を作ってみようってね。」
「へぁ、そうだったんだぁ。」
正直、桃ちゃんはこの状況を理解できないのだと思う。
「まぁ、こっから先は二人しだいだよね。」
「ええ、私たちはゆっくり見守ってましょう。」
「りょーかい、です。」
本当にわかっているのかなぁ、桃ちゃんは。
また、私たちはもう一度服選びに戻ることにした。
「ねぇ、これなんてどうだい。」
「いいんじゃない。ボーイッシュな感じで千夏によく似合っていると思うわ。」
「桃ちゃんも選んできたよ。」
そう言う桃ちゃんの手元にはフリフリのブラウスとスカートがあった。
「そっちもいいわね。かわいいわ。」
「そういう、楓はなんかいいのあった?」
「私はまだ迷っているのよ。いいのが二つあってね。さすがに買うのは一つにしたくてね。」
本当に迷っているのだろう。
左右の手で持っている服に交互に目を向けながら、うーんと何度も唸っている。
まだもう少し時間がかかりそうなので私たちは同じお店の中にあった雑貨コーナーの方へ移動した。
私と桃ちゃんはさっき買った服に似合うアクセサリーなりを探しながら、楓の服選びが終わるまで待つことにした。
わたしたちはそれぞれの買い物を終え、集合場所にやってきていた。
「少し早く来ちゃったね。」
「そうね、まだあの子たちは来ないかもね。」
わたしたちの会話はこんなものでいい。
あっさりとしたものに聞こえてるかもしれない。
が、純花は実はあんまり口が上手ではないので、これぐらいの会話の方が彼女にとって心が落ち着くものなのだ。
ただ…ただ静かに三人がやってくるのを待っていると、遠くの方からわたしたちの名前を呼ぶ声がする。
「おーい、飛鳥ぁ。お待たせ。」
声を上げる千夏の後ろから、桃ちゃんと楓も現れる。
その手元を見ると、全員に大きめの紙袋がある。
「みんな、その紙袋はどうしたの。」
「ああ、これかい。これはね、さっきまでいた服屋さんで服を買って来たんだよ。楓なんて何時間も同じ服で迷っちゃってさ。」
「そうだったの。ずいぶん楽しい時間を過ごしていたみたいだね。」
「ちょっと、まるで私との時間が楽しくなかったみたいじゃない。」
「あーあ、飛鳥、純花の地雷ふんじゃった。」
「千夏あんたもよ。」
「あちゃー、やっちゃった。」
「わたしたち、似たもの通しだね。」
「はあー、もういいわ。じゃあ、そろったし帰りましょうか。」
「ちょっと待って、今気づいたんだけど純花と飛鳥の腕についているの色違いじゃない?」
楓の一声にみんなの目線がわたしたちの腕に集まる。
「本当だ。おそろいのブレスレットとは本当に仲がいいね。」
「私もおそろいとかしてみたいなぁ。」
そうやってはっきりと言われると急に恥ずかしくなってくる。
私も純花の腕に目をやるとそこにはわたしのとは違った輝きを放つビーズのブレスレットがあった。
「もういいかしら、帰りましょう。」
あれ、案外純花は恥ずかしくなかったのだろうか。
そう思ったのも束の間、純花の顔を見てみるとその顔には少し朱がかかっていた。
純花は一人、先にてくてくと歩いていくのでわたしたちは小さく笑いあいながら彼女の後ろについていった。
みんなで家に帰ってきて、昨日と同じように純花と千夏による料理によって夕ご飯が作られる。
今日のご飯はお鍋だった。
食卓の中央にお鍋を置いて、その周りにいるわたしたちがそれぞれお箸でつつきあってお鍋の中を空にしていく。
みんなで最後にお茶碗のご飯にお鍋のお汁を注ぎ、ねこまんまの状態にして締めとした。
全員ご飯を浚えた後、わたしたちはいつも通りソファーに集まり映画鑑賞をすることにする。
みんなでゴロゴロしながら時々ジュースを取りに行ったり、お風呂を準備しに行ったり、お風呂に入りに行ったりと、いろんな組み合わせを繰り返しながら長い長い時間を過ごしていく。
「いや~、このお泊りも明日で終わりだね。」
お布団に着くとすぐ桃ちゃんがそう声を上げた。
それを聞くとわたしは確かにそういえばそうだなと思う。
「早かったね。まだまだ遊び足りないけど。」
「そうねぇ、この連休が終わったらまた学校が始まるわね。」
「体育祭に文化祭。まだまだ、楽しいことはいっぱいあるわね。」
「みんな、これからも仲良くしてね。」
「桃ちゃん、卒業式みたいだよ。」
桃ちゃんにとってはたぶん毎日がそれくらい大切なものなんだろう。
わたしは立ち上がり、部屋の扉のそばにあるスイッチを押す。
すると、部屋には途端に暗闇が訪れる。
わたしは布団に入りながら、スマホを起動させメールを開く。
そこに一つ言葉を残し、しばし暗闇に意識を落とし込む。




