第十話 時間の遅れ
「ああ、ひどい目に遭ったよ。」
「災難だったわね。変な食材は大体あなたのところにあったらしいわよ。私のカレーはほとんど普通だったからね。」
今は、カレーを食べ終わって、それぞれゆっくりして、腹休めをしているところだ。
「お風呂掃除、しようかな。」
「あら、してくるの?ありがとう。」
「そりゃあ、ご飯の用意はしてもらったんだもん。それぐらいするよ。」
風呂掃除を終え、リビングに帰ってくると、四人は買って来たお菓子を少しずつ開けながら今度はアニメ鑑賞会をしている。
「いやぁ、このアニメ懐かしいね。何年前だったっけ。」
「ええ、もう、四年は経ったかしら。」
「うそぉ、もうそんなにたったの?」
「そのセリフ、ちょっとおじさん臭いわね。」
「せめて、おばさんと呼んでくれ。飛鳥じゃあるまいし。」
「千夏、後ろ見てみ。」
「え?」
千夏が振り返る。
すると、見る見るうちに彼女の顔は青くなっていく。
多分、今、わたしの顔はものすごい形相になっていることだろう、千夏とその隣にいる桃ちゃんの顔を見る限りでは。
千夏は歯をガチガチ言わせながら、こちらに話しかけてくる。
「やぁ飛鳥、お風呂掃除お疲れ様。」
「ありがとう千夏。で、いったい何の話をしていたの。おじさんって聞こえたのだけど。」
「あ、いやえっとね。なんだっけ?」
「いやぁ、単にねこのアニメが懐かしいねって話していたのよ。」
そのまま、そこに混ざりお菓子をつまみながら、みんなの中に入る。
数時間後、わたしたちはそれぞれ順番にお風呂に入り―桃ちゃんはみんなと入りたがっていたが―わたしの部屋にわたしたちのお泊り用のお布団を二枚敷いて、眠るための準備に入った。
ベッドにはわたしと純花が寝て、布団は残りの三人が寝ることにしたらしい。
「そういえば、今日ってわたしのお悩み相談のために集まったんじゃなかったっけ?」
「あ、そうだった⁉」
「ちょっと忘れていたの?」
「桃ちゃんも忘れてた。」
「そういえば、そうだったわね。」
「もお、みんなぁ。忘れないでよ。」
「まぁまぁ、連休はまだまだ続くんだし、明日にでも話そうよ。」
なんやかんや話した後お互いの布団にもぐって就寝の準備に入った。
数分経ったであろう頃には誰かの寝息が部屋に響いていた。
わたしも知らないうちに深い眠りについていた。
みんなが寝静まったであろう頃、私はなかなか寝付けられなかったので一度布団から起き上がってみる。
隣では飛鳥がかわいい寝顔をさらしながら静かに眠っている。
飛鳥を起こしてしまわないようにゆっくりと布団から出る。
めくった布団を飛鳥にかぶせてあげる。
できるだけ音をたてないように部屋から出る。
リビングに戻った私はマグカップに牛乳を入れホットミルクを作る準備をする。
電子レンジの音に少しびっくりしてしまいながら出来上がったホットミルクをもってリビングからベランダへ出る。
カップに口を着けて温かいミルクを一口飲む。
「純花、寝られないのかい?」
急に後ろから声がかかる。
振り返るとそこには千夏が立っていた。
「千夏?どうしてここに。」
「いやね、たまたま起きちゃったら純花がいなかったからね。ちょっと気になって探しに来ちゃった。」
「そうだったの。」
「それに聞きたいこともあったし。」
「あら、聞きたいこと?」
「ほら、昼間の質問の答えをね。」
昼間の答えというとあれかしら。
数時間前、飛鳥たちが買い物に行っていた時のやつかしら。
遡ること数時間前、ちょうど飛鳥たちがスーパーへ向かって家の門をくぐったころ、純花たちは料理の準備をしていた。
準備とは言っても、食材が空なのでろくなことはできず、できることと言ったら包丁やまな板を台の上に出しておくことぐらいだった。
最初、適当なことをペラペラとしゃべっていたのだが、いきなり千夏が大きな声で話しかけてきた。
「ねぇ純花、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな。」
「いいけど、何か聞きたいことでもあるの?」
「うんあるよ。…あのさ、純花は飛鳥のことが好きなんだよね。」
「ちょっといきなりどうしたのよ。」
「いやね、こういうときするとしたらやっぱり恋バナじゃない?」
「はぁ、そういうものかしら。まぁそうね、飛鳥はやっぱりいいやつではあるわよ。」
「そうじゃなくてぇ。」
「はいはい、分かっているわよ。まぁ、好きよ、飛鳥のことは。もちろん恋愛対象としてね。」
「じゃあさ、飛鳥君と付き合いたい?」
そんな時だった、家のインターホンが鳴ったのは。
「ね、最後の質問の答えもらってなかったでしょ。」
「そういえば、そうだったわね。」
「うん、だからさ、教えてほしいんだけど。」
確かにあの時はちょうど飛鳥たちが帰ってきたから、答えていなかったのよね。
正直に言うのならば、飛鳥と付き合うことができたらそれはなんとうれしいことだろうか。
でも、もう初恋から十年以上たってしまっている。
友達でいすぎてしまったのだ、いまさらこの関係を変えることは私自身難しいことだと思っている。
そっちの問題をどうにかできたとしても、今の飛鳥は女の子なのだ、自分自身は女の飛鳥にも全然キュンキュンできてしまうので問題はないのだからいいとして、飛鳥と周りの反応が問題なのだ。
「正直に言えば、飛鳥が告白されたって言われてモヤっとした気持ちを感じたのは事実だわ。多分、ヤキモチなのでしょうね、これが。でも、もう、いろいろ遅いのよ。飛鳥と付き合うには。」
口から言葉が出るに続いて、目からも何かがこぼれていく。
「遅いって何が?」
「何がってその…。」
「もしね、もし、純花の言う『遅い』ってのが、飛鳥の性別のことを言っているのならそれは違うよ。私が聞いているのは世間様の目を気にした正しいかもしれない『答え』じゃなくて、純花、あんたの心の中にある本当の気持ちを聞いているの。」
「そうだとしても、私があの子のことを好きだって気づいてから何年たったと思う?十年よ。もう十年以上もあの子の幼馴染を…親友って立場に居続けたのよ。怖いのよ。その関係まで壊れてしまうかもしれないと思うと怖いのよ。」
千夏は何も言えずに黙ってしまう。
「ごめん言い過ぎた。ちょっと一人にしてくれる?頭冷やしたいのよ。」
「うん、わかった。おやすみ。」
「ええ、おやすみなさい。」
千夏は来たほうへ向いて、一歩歩くのをためらったかと思えばゆっくりと寝室に帰っていった。
私はもうすでに冷めてしまったミルクを飲み干してしまう。
リビングに戻り、台所へ向かってシンクの中にコップを置く。
千夏の言葉がさっきから頭の中で反響している。
新しい飲み物を用意しながら、そんな言葉を一つずつかみ砕き飲み干していく。
ふぅっと一息つくと、砕いた言葉が口から出ていきそうになる。
もう一度落ち着こうとソファーへと向かい、ゆっくりと腰を下ろしながら前の机にコップを置く。
口に水を含みながら、目をつむり、上を向く。
それからゆっくりと水を飲み干し、もう一度考えごとに入る。
まず一番に考えるべきは昼間の最後の質問だろう。
私は「飛鳥のことが好き」これは確定ね。
でも、付き合いたいかと言われるとよくわからない。
というよりは付き合いたかったというのが私の気持ちとしては正しい気がする。
飛鳥が女の子になったことで、私の気持ちは変わってしまったような気がする。
あの子のことが好きなのは変わっていない、恋愛的な意味での好きだとも自分では思っているが、私は女の子と付き合いたいわけじゃない。
はぁ、本当にどうしたらいいのだろうか。
開いたままの窓から心地のいい香りの風がふわりと漂ってくる。




