表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

外伝Ⅱ  9.カルナヴァルの心臓 ~前日談~

カルナヴァル美術館は、夕刻になると独特の静寂に包まれた。高い天井に反響するわずかな足音、ガラスケース越しに輝く宝石たち。その中心に鎮座するのは、今回の特別展の目玉──「カルナヴァルの心臓」と呼ばれる伝説のルビーだった。


直径5センチに及ぶその宝石は、深紅に燃えるような輝きを放っていた。光に当たるとまるで宝石の中に血が脈打っているかのように見え、訪れる者たちを一瞬で魅了する。


学芸員のソフィアは、その宝石をケース越しに見つめながら静かにため息をついた。


「……まるで生きているみたい。」


彼女の声は誰にも届かないが、その眼差しには並々ならぬ責任感が宿っていた。美術館に勤めて十年、幾度となく貴重な展示品を取り扱ってきたが、「カルナヴァルの心臓」は特別だった。歴史的価値はもちろん、その美しさと名声が持つ影響力も計り知れない。


今回、この宝石が急遽展示されることになった背景には複雑な事情があった。本来は別の国の王族が所有し、非公開のコレクションに収められていたものだ。しかし、王族の財政問題や国際的な交渉の末、カルナヴァル美術館に短期間だけ貸し出されることが決まったのだ。


当然、世間は大きく湧き立った。名だたる富豪やコレクターたちがこぞって招待状を求め、マスコミは連日この特別展を取り上げている。


「これじゃあ、狙ってくださいって言ってるようなものよね……。」


ソフィアは心の中で呟いた。美しさと名声は、常に危険を引き寄せる。すでに噂では、裏社会の怪盗たちの間でも「カルナヴァルの心臓」が標的になるのではと囁かれていた。


だからこそ、美術館側も万全の対策を講じた。ケースには最新鋭の重量センサーが組み込まれ、宝石のわずかな移動さえ即座に感知する。さらに、赤外線センサーと指紋認証を組み合わせた三重のセキュリティシステムが設置されている。


展示室の前では警備員たちが交代で見張り、夜間には館内巡回を強化。監視カメラは24時間作動し、セキュリティルームでは複数のモニターが細かな動きまで映し出していた。


「カルロス、次の巡回は20分後だ。異常はないか?」


セキュリティルームでは、警備主任のカルロスがスクリーンに映る映像を鋭い目で確認していた。彼は美術館の警備を十年以上務めるベテランで、過去に何度も窃盗事件を未然に防いできた。


「異常なしです。ただ……」


「ただ?」


「妙に静かすぎる気がします。展示品の価値を考えれば、もっと見学者がいてもいいはずなんですが……。」


カルロスは眉をひそめた。彼もまた、経験からくる漠然とした不安を感じ取っていた。過去の経験では、嵐の前の静けさこそが最も危険だった。


「気のせいで終わるならいいが、念のため警備ルートを再確認しておこう。」


カルロスは仲間に指示を出し、スクリーンに映る館内の映像を一つひとつチェックした。


それでも、ソフィアの胸騒ぎは消えなかった。


「まさか、本当に何か起こるんじゃないでしょうね……?」


冷え切った展示室に、彼女の不安だけが静かに漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ