外伝Ⅰ 6.天空のオルゴール ~後日談~
翌朝、塔は静けさを取り戻していた。前夜の激しい戦いの跡がまだそこかしこに残っており、アリスは父親とともにそれを確認しながら歩いていた。塔の入り口には焦げた跡があり、かつて無敵とされていたセキュリティシステムが見事に破壊されていた。防犯装置は壊れ、警報装置も一部が損傷している。瓦礫が散乱しており、その場所が戦場となったことを物語っていた。
アリスは歩みを止め、かつて父から聞いた、アルトと共に塔を守っていた頃のことを思い出していた。あの時、彼はまるで何も言わず、ただ黙々と仕事をこなしていた。セキュリティシステムの設計や、侵入者がいないかを監視するための新たなシステムを組み込む作業に忙しく、彼の目は常に冷静で、すべての問題に対して適切な解決策を見つけ出していた。どんなに複雑な状況でも、アルトの手にかかれば問題は解決できると、アリスは信じて疑わなかった。
だが、突然、彼は塔から去り、その後の彼の消息は途絶えた。何が起こったのか、アリスは長い間その理由を理解できなかった。それに対して父親も、何も答えてはくれなかった。ただ、彼が去った日、父親は静かに言った。「アルトには、彼なりの理由があるのだろう。」その言葉は、アリスの胸にずっと残っていた。
「アルトは、オルゴールをどうするつもりなのかしら。」アリスがぼんやりとつぶやくと、父親はしばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。
「彼はただの盗賊ではない。」父親の声は低く、しばしの間、塔の遠くの頂上を見つめていた。「アルトは、目的のために動く男だ。しかし、それが正しい道かどうかは、彼自身が決めることだろう。」
アリスはその言葉に少し驚いたが、それと同時に何かが解けたような気がした。父親はアルトに対して、ただの防衛者以上の何かを感じていた。アリス自身も、彼に対して漠然とした尊敬の念を抱いていたが、それが単なる防衛者としての感情以上のものであることに気づき始めていた。
その日、アリスと父親は塔の内外を徹底的に調べた。壊れた防犯装置を修理し、焦げた扉の跡を修復する作業が始まった。だが、どんなに修復しても、塔には以前と同じような重苦しい空気が漂っていた。アリスはふと、父親の言葉を思い出した。「オルゴールには、ただの美しい音色以上の力が秘められている。」
オルゴールが持つ力、それがもし悪用されれば、塔を守ることができなかったときのことを考えると、アリスは胸が痛んだ。塔が再び狙われることを防ぐためには、何か特別な対策を講じなければならない。その思いが胸に広がると、彼女は決意を新たにした。
「私は塔を守るわ。そして、オルゴールの力が二度と悪用されないようにする。」アリスは力強く言った。父親はゆっくりと彼女を見つめ、静かに頷いた。
「ならば、私もお前を支えよう。」父親の言葉には、無言の力が込められていた。アリスはその言葉を胸に刻み、再び前を向いた。朝日が塔の壁を照らし始め、昼間の静けさが訪れようとしていたが、アリスの心には新たな決意が芽生えていた。
数日後、塔の職員たちは、アルトがオルゴールを持ち去ったことを噂していた。塔に集まる情報筋や警備員たちは、彼がオルゴールをどこに隠したのか、そしてその目的が何だったのかを推測し合った。しかし、アリスは彼の行動に対して一つの答えを出せていなかった。オルゴールを守るために、彼は何を考え、どんな決断をしたのだろうか。それを知るためには、アルトと再び対面する必要がある。
ある日、塔の入り口に一通の手紙が届けられた。その封筒は無地で、ただ「A」とだけ記されていた。手紙を開くと、中には一行だけが記されていた。
『オルゴールは安全な場所にある。だが、世界はまだ静かではない。新たな脅威が動き始めている。再び塔を訪れるかもしれない。—A』
アリスはその文字を見つめ、少しの間黙っていた。彼女は微笑みながらその手紙を読み返し、心の中でつぶやいた。「彼はまだ戦っているのね。」その瞬間、彼女は確信した。アルトはただの盗賊ではなく、何かもっと大きな目的のために戦っているのだと。
父親も手紙を見つめ、静かに頷いた。「この塔は、いつでも迎え入れる準備をしておこう。」その言葉に、アリスは新たな力を感じ取った。物語はまだ終わらない。新たな冒険が始まろうとしている。その確信とともに、アリスはもう一度、塔の中を見渡した。
夜空に輝く星を見上げながら、アリスは再び決意を固めた。未来を切り開くために。