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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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96.希望

 僕とアニエスが結婚して5年が経った。


 エレボスでの戦闘後、この世界に出現する怨獣の数はそれ以前の四分の一程度に減った。

帝都と各国の王都は光魔法での結界が作られたので怨獣は入り込めない。できるならば全ての大陸に結界を張りたいが流石にそれは不可能だ。


 そうすると貴族たちは安全な王都に住みたいと言い出した。だが、領民を護るのが貴族の務めとして継続的に王都で暮らすことを認めないと法律で定めた。


 当然、怨獣が出現する様な領であれば民衆が逃げ出すので昔に比べれば貴族たちはいくらか品行方正になった様だ。そのお陰もあり怨獣の出現は少なくなって来ているのだ。


 変わらずに帝国騎士団、夢幻旅団と僕等の黎明れいめい旅団で昼夜を問わず、怨獣には対処している。各国の王国騎士団には、僕の発案で怨獣の対応だけでなく、治安維持のために地球でいうところの警察の仕事をさせている。


 領地をパトロールして怨獣だけでなく、貴族の横暴や一般民衆の犯罪も取り締まる様にしているのだ。領民の暮らしや治安は以前よりも良くなり、一般民衆からは概ね満足いただいている様だ。




 今日はエレボスに半年に一度の定期視察へおもむく。


 視察に行くのは僕等、黎明旅団と聖獣たちだ。


 結局、旅団の名前は僕の発案で決まった。皆の案では「神光旅団」とか「聖光旅団」、はたまた「神剣旅団」などと、どうしても神とか聖なるものから離れてもらえなかった。


 それで、夜明けとか新しい時代の始まりを示す、黎明れいめいと名付けたのだ。


「お父さま~!今日はルーナたちも来るの?!」

「エリシア!さぁ、おいで!今日は聖獣がみんな来るんだよ」

 エリシアが走って来て僕に飛びついた。僕はひょいと抱き上げ腕の中に収めた。


「わぁーい!みんなに会えるのね!」

「良かったわね、エリシア」

「はい!お母さま!」

 アニエスは僕とエリシアに笑顔で寄り添った。


 エリシアは僕とアニエスの娘だ。光属性と聖属性の魔力が計測できない程に強く、僕とアニエスは勿論、聖獣たちとも念話ができる。


 瞳や髪の色は僕らと同じ色なので姿はアニエスにそっくりと言いたいところだが、皆が言うには僕の方が似ているとのことだ。


『エリアス、アニエス、エリシア!もう、そっちへ行っていいかしら?』

『あぁ、ユニコーン。もう出発するからおいで』

『では、そちらへ飛ぶわね!』

 ユニコーンは空を飛べないので、いきなりエレボスの大地に転移するのは危険ということで、いつもレクイエムの船上に出発前に転移してもらっている。


「シュンッ!」


「わぁーい!ユニコーンだ!」

つのがかっこいい!」

「まっしろできれい!」

「おうまさんがきたよ~」

「おうまさーん!」

「ヒヒーン!」『まぁ!可愛い子が沢山ね!』

 船には侍従とその子供たちが乗っている。


 レオンとグレースに長男のジャン5歳と長女のリリアナ2歳。ジャンはグレース似で緑の瞳と髪、リリアナはレオン似で赤い瞳と髪だ。


 キースとジュリアに長男のクリスティアーノ4歳と長女のレイチェル2歳。クリスティアーノはジュリア似で青い瞳と髪、レイチェルはキース似で銀の瞳と髪だ。


 フェリックスとフィオナに長女のソフィア4歳と長男のファビアン2歳。ソフィアはフェリックス似で緑の瞳と髪、ファビアンはフィオナ似で黄色い瞳と髪だ。


 子供たちは窓に顔をくっつけ、夢中でユニコーンを見ている。


 ユニコーンが転移して来たので出発だ。

「さぁ!飛ぶよ!」

「はい!お願いします!」

「シュンッ!」


「エリアス様、前回と比べて黒いもやの発生量は如何ですか?」

「うん。前回よりも減っている様だね。良い傾向だ」

 エレボスには怨獣になる獣が居ない。司祭が居なければここには怨獣は発生しないのだ。

だが念のため、年に二度訪れて闇の魔力を帯びる靄を聖属性魔力で浄化している。


「あ!聖獣たちが転移して来ましたよ!」

「わーっ!ルーナだ!」

「あっちにりばいあさんもいる~」

「うわぁーっ!おっきいね~」

「ふえにっくもいるよ~」

「あ、あれね~しってるよ~ぐりふぉんっていうんだ!」


 聖獣の勢揃いに子供たちは大喜びだ。エレボスには、もう怨獣は居ないので子供たちを連れ来ているのだ。父親たちが上の子を、母親たちが下の子を抱っこして窓から聖獣たちを見せている。


「アニエス、エリシアをいいかな?」

「はい。さぁ、エリシア。お父様はこれからお仕事なのよ。ここで一緒に見ていましょうね」

「はい。お母さま」


「キース、操縦を頼むよ」

「お任せください」

 キースは操縦席に座り、息子のクリスティアーノを膝に乗せると操縦席前面のパネルをウインドウモードに切り替え、視界を確保して操縦かんを握った。


 僕は操縦をキースに任せると、エリシアをアニエスに渡してデッキに出て聖獣たちに呼び掛けた。

「みんな!今日はありがとう。いつもの様に靄を晴らしてしまおうか」

『えぇ、わかったわ!』

 聖獣たちが声を合わせて念話を送って来た。


 では、と僕も背中に翼を出現させ、船から飛び立った。

「バサッ!」

「あ!お父さまが飛んで行っちゃう!」

「エリシア、前にも見ているでしょう?あの黒い靄を聖獣たちと晴らしていくのよ」

「私も大きくなったら一緒にやる!」

「まぁ!エリシアも?偉いわ!お父様も喜ぶわね」


 ユニコーンが乗っているレクイエムを中心にして、その左側に僕が付き、聖獣たちと横一列に並んで大陸の端から靄を浄化していく。


 一時間程の作業で靄は粗方、浄化することができた。

「よし、こんなものでしょう。聖獣たち、ありがとう!」

『エリアス、ドラゴンが呼んでいるわ』

『ルーナ、アレクサンド様が?僕だけ行けばいいのかな?』


 その時、頭の中にアレクサンド様の声が響いた。

『エリアス、たまにはルミエールにも遊びに来い』

『アレクサンド様、今からですか?今は船に家族と侍従たちが一緒なのですが』

『皆、一緒で構わんぞ』

『え?侍従たちもルミエールへ連れて行っても良いのですか?』

『うむ。エリアスの家族の様なものだろう?』

『ありがとう御座います!では、直ぐに飛びます!』


『聖獣たちも行くよね?』

『えぇ、私たちも行くわ。先に行っているわね』


「シュンッ!」

「あ、もう行っちゃった!僕も船に戻ろう」


 船に戻ると皆が驚いた顔をしていた。

「ルーナが急に居なくなっちゃった!」

 ソフィアが心配そうに言った。ルーナは子供たちの間で一番人気だ。


「アニエス、聞いていたよね?」

「お父さま、ルミエールに行くんでしょう?」

「えぇ、私とエリシアにも聞こえていたわ」

「うん」


「みんな、ドラゴンがこれからルミエールに遊びに来いって言うんだ」

「え?ルミエールに?私たちも行って良いのですか?」

「うん。ジュリアも行きたいでしょう?」

「それは勿論!夢の様だわ!」

 ジュリアはレイチェルを抱いたままその場でクルクルと回った。


「みんなは私の家族の様なものだから連れて来てもいいってさ」

「やった!ルミエールに行けるなんて!」

「一生の思い出になりますね!」

 キースも大喜びだ。グレースも皆も笑顔になった。


「エリアスさま、この操縦パネルの地図にルミエールは無いのですが・・・」

「あぁ、それは僕の魔力で船ごと転移させるから大丈夫だよ。聖獣たちは先に行っているからね」


「では、飛ぶよ!」

「はい!」

 僕は集中して光属性の魔力を高めた。瞳と髪が金色に変わり、全身が光のマナに包まれていく。

「ブゥーン!」

「シュンッ!」


 ルミエールに転移し、船内は外からの光に包まれ明るくなった。

「う、うわぁーっ!」

「なんて美しいの!」

「きれーい!」


「ここはどこ?お父さま!」

「エリシア、ここはね、光の神様であるドラゴンが住むルミエールだよ」

「ドラゴン!会えるのですか!」

「ほら、あそこに居るよ!」

「あ!ほんとうだ!ドラゴン!凄い!」


「うわぁーっ!かっこいい!」

「ジャン、嬉しいか?!」

「はい!お父さま!」

 レオンもすっかり優しいお父さんだ。グレースがその姿を笑顔で見守っていた。


 眼下の湖にはリヴァイアサンが、湖畔にはドラゴンと聖獣たちが集まっていた。

その手前にレクイエムを着陸させ、みんなで船を降りた。


 僕とアニエス、エリシアの後ろに皆が並び、ドラゴンの前でひざまずいて頭を下げた。上の子たちは父親の横で両親の真似をして頭を下げ、下の子たちは母親に抱かれている。


「皆の者、ここは人間が暮らす世界ではないのだから堅苦しい挨拶は要らんぞ。面を上げて気を楽にするが良い」

「ははーっ、ありがたき幸せに御座います」


「お主たちがエリアスの侍従たちだな?」

「ははっ!」

 レオンが瞬時に立ち上がり返事をした。


「レオン、そんなに構えなくても大丈夫だよ」

「エリアス様、そうはおっしゃられても・・・ドラゴン様は神様なのですから!」


「ふむ。神様か・・・ウーラノスの人間はそう呼んでいる様だな」

「はい。ドラゴン様は光の神に御座います!」

 キースが笑顔で答えた。


「神とは人間の不安が創り出し、すがりつくための存在だ」

「そうかも知れないですね」


「何かを失う恐怖や不安、苦痛や悲しみ。それを和らげるために誰かを頼ることは悪いことではない。だが、縋りつくだけでは何も解決はしないな」


「我は人間の望や願いを叶えたことは一度もない。恐怖や不安、苦痛や悲しみを和らげてやったこともな」


「我など居なくとも、人間は人を思いやり共感することができる。そして人を許すことも。それは人間だけのものだ。獣や虫には無いものだよ」


「そうですね。命を慈しみ、他者を思いやり、許す心があれば大抵のことは乗り越えて行けるのでしょう・・・」

 そう言いながら、僕の脳裏には前世の父親の顔が浮かんでいた。


「エリアス、前世に思いをせているのか?お前は許せたのか?」

「・・・ご存じなのでしたね・・・そうですね。今の自分ならば・・・アニエスと結婚し、エリシアという娘を得た今ならば・・・許せます」

「うむ。人のわだかまりを解消するには、自身の経験もさることながら時間も必要だな」


「お母さま!お腹空いた!」

「ソフィア!神様の御前でなんてことを!」

 フィオナは娘の言葉に驚き、思わず叱ってしまった。


「フィオナ、ソフィアも。大丈夫よ。とても美味しそうな匂いがしているからお腹が空いてしまったのよね?私もお腹が空いたわ!」

 アニエスは咄嗟に二人を庇って笑顔で言った。


「おぉ、そうであった。皆にお茶と菓子を用意していたのだ。あちらの席に掛けると良い。桜、用意してくれるか?」

「はい!直ぐにご用意いたします。皆さま、お席にお掛けください」

 ルーナ達の向こうにテーブル席が用意されていた。


 テーブルには人数分の桜色のランチョンマットに取り皿とシルバーが並んでいた。

桜はワゴンを押して来ており、そこには紅茶とフルーツが満載のタルトが載っていた。


 流石、アレクサンド様だ。椅子は子供の身長に合わせて高さを調整できる様になっていた。

皆が席に着くと桜が紅茶を淹れ、タルトを配膳してくれた。


「とっても美味しそう!」

「とても美しいケーキですね!」

「これはね、タルトって言うんだ。きっと味も格別だと思うよ」

「エリアス様、食べなくても判るのですか?」


「いや、食べたことがあるんだよ」

「えぇ、私もよ」

「あぁ、エリアス様とアニエス様は既に何度もここへいらっしゃっていたのでしたね?」

「そうなんだ。ここの食材は私の前世の世界から取り寄せているんだよ」


「え?異世界の食べ物なのですか?」

「そういうこと。さぁ、みんな、いただこうか」

「いただきます!」

「いただきまーす!」


「どうぞ、お召し上がりください。お代わりも御座いますのでおっしゃってください」

「ありがとう。桜」


 子供たちは早速タルトを頬張り始めた。

「うーん!美味しい!」

「これ、とっても美味しいわ!」

 皆、笑顔で満足そうだ。


「こんなに美味しいもの初めて食べた!」

「あらあら、ジャン。お母さんの作るケーキは美味しくないのかしら?」

「い、いえ!お母さまのケーキも美味しいです!」

「グレース、大人げないぞ?」

「まぁ!レオン。あなたは私の味方じゃなかったの?」

「い、いや、勿論、グレースの味方さ!」

「あはははっ!」


 お腹が満たされると子供たちは聖獣たちと遊び出した。

桜が付いていてくれて危険がない様に見てくれている。通訳はエリシアが居るから大丈夫だろう。


「それで・・・エリアスよ」

「はい。どうされましたか?」

「其方はこの世界に来て良かったか?」

 アニエスやジュリアたち、特に女性たちがその問い掛けにビクッと反応した。


「エリアス・・・」

 アニエスは心配そうな顔を向けて来た。僕は笑顔でアニエスの手を握り、他の皆の顔を見回してからドラゴンに向き合って言った。

「えぇ、私はこのウーラノスに転生して本当に良かったと思っています」

 それを聞いて皆が一斉に笑顔になった。


「そうか・・・それならば良いのだ。我は其方の意思を確認せずに呼び寄せてしまったからな。気掛かりであったのだ」

「自分に魔力が無いが故に絶望を感じた時もありましたが、今、こうして自分の家族を持てたことで、前世から続く私の人生に無用なものはなかったのだと感じています」


「そうか・・・それで、エリアスの後継者にはどんな人間を望むかな?」

「そうですね。女性が良いでしょうか」

「ほう。女性か。それは何故だ?」


「どの世界でも男は権力・・・力を求め争う。そして力を手にするとそれを守り増やすために更なる争いを起こす。そして怨みを買うのです」


「女性でも男勝りという言葉がある通り、野心を持つ人は居るのでしょうけれど、私は所謂いわゆる女神となれる女性を探したいですね」


「なるほど。この世界は既にエリアスが正しく導いている。だからそれを守り続けてくれる者へ受け継がせたいのだな?」

「はい。希望を受け継いでくれる人に」


「うむ。ゆっくり探すと良い」

「はい。ありがとうございます」


「ピピーッ!ピピーッ!ピピーッ!」

 その時、僕の携帯端末の警報が鳴った。


「怨獣か!」

「出動ですね!」

「エリアス、行くのか?」


「はい。また今度、ゆっくり来させていただきます」

「うむ。いつでも来るが良い」


「みんな!行くぞ!」

「はい!」


 侍従たちが子供を抱いてレクイエムに飛び乗って行く。

操縦席にはグレースが座り、操縦パネルに点滅する座標を読み上げる。


「エリアス様、シュナイダー王国ウィンクラー子爵邸に怨獣1体出現した模様です!」

「よし、飛ぶぞ!」

「シュンッ!」


 アニエスを中心にして席に並んで座った子供たちは既に心得ている。怨獣の出現地点へ転移すると、上の子が下の子と手を繋ぎ、ウインドウモードに切り替えられたパネルで戦況を見守っている。


「アニエス!グレース!子供たちを頼んだよ!」

「承知しました!お気をつけて!」


「よし!出動!」

「はい!」

 僕と侍従たち6人は、いつもの様にリアハッチから飛び出して行く。


 これからも世界の安寧あんねいのため、僕らの戦いは続く。


 この美しい世界のはかない命のために・・・




 終わり

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!

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