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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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95.未来

「陛下!ド、ドラゴンです!ドラゴンが飛んで来ます!」


 騎士たちは転びそうになりながらも皇帝の前で必死に態勢を整えると声を張ってそう言った。


「なに?ドラゴンだと?皆の者!ドラゴンは光の神だ。恐れることはないぞ!ここにいる全員でお迎えしようではないか!皆の者、外へ出るのだ!」

「ははーっ!」


「エリアス、アレクサンド様がいらっしゃったのね?」

「うん。人間に姿を見せてくださるのだろうね。さぁ、行こうか」

「えぇ」


 僕はアニエスと手を繋いで皆と一緒にホールを出た。ふたりで空を仰ぎ見ると丁度、学校の前を横切って行くところだった。


『エリアス!其方の望み通り、姿を見せに来たぞ!』

「エリアス!念話ね?」

「うん」


『アレクサンド様、ありがとう御座います!』

『うむ。だが、声を出して我の名を呼ぶでないぞ』

『はい!承知しました!』


 ドラゴンは一度、帝国城の一番高い塔の先端に羽ばたきながら降り立った。

塔の先端は尖っているのに後ろ足の爪で引っ掛ける様にして止まっている。


 重量とか重力は無視できるのだろうか?あ、いや、翼から金色の光のマナが絶えず放出されている様だ。あれで浮遊しているのかな?


『エリアス、ここに居ては話ができんな。あの広場は騎士団の練武場なのか?そこへ降りよう。皆をそちらへ誘導してくれ』

『承知しました!』


「アニエス、ちょっと抱えるよ」

「キャッ!」

 僕はアニエスをお姫様抱っこすると、背中に羽を出現させ空中へ舞った。


「皆さん、帝国騎士団の敷地へ移動願います!」

「キャーッ!エリアス様!羽が!なんて素敵なの!」

「空を飛んでいらっしゃるわ!テレビで観たのと同じね!」

「あー私もあんな風に抱かれて空を飛んでみたいわ!」

「ホントね、羨ましいわ!さぁ、急ぎましょう!」


 テレビクルーは、カメラを担ぐと大慌てで騎士団の敷地へ走った。


「グレース、急ぐと危ないから抱っこしていこうか?」

「ふふっ、ありがとう。でもいいわ。大丈夫よ。ゆっくり行きましょう」

「そうだな。では手を繋いで行こう」

「えぇ」

 レオンとグレースは皆の後からゆっくりと歩き出した。


 帝国騎士団の訓練場には、学校から移動した学生と父兄たち、騎士団の騎士、帝国城の使用人たちも集まり、隙間なく人で埋め尽くされた。


 帝国騎士団と王国騎士団の旗が掲げられた前にあるひな壇に皇帝の一族が並び立つとドラゴンは音も無く城の塔から飛び立ち、滑空する様にこちらへ降りて来た。


「バサッ!ストッ!」

 一度だけ羽ばたくと見事に速度を殺して何事も無かったかのように塀の上に降り立った。


「皆の者、ドラゴンの姿を見るのは初めてのことで緊張している様だな。安心するが良い。其方たちに襲い掛かる様なことはないぞ」

「ははーっ!」


 全員がその場に跪き、頭を下げた。

「皆の者、面を上げよ」

「ざっ!」


 ルミエールに帝国の一族を呼んだ時と同様に大気を振動させて発声している。

「今日は、人間たちに話をしに参ったのだ」

「おぉっ!」


「エリアスと皇帝たちがエレボスに溜まっていた闇の魔力と怨獣を浄化した。更に帝国と各国の王都に光の結界を張り巡らせた。これにより、怨獣の脅威は相当に減ったことだろう」

「うわぁーっ!」

「エリアスさまーっ!ありがとう御座います!」

 そこに居る全員から拍手喝采が起こった。


 ドラゴンは満足そうに皆を見回すと再び口を開いた。

「だがしかし!」

 観衆は一斉に静まり返った。


「残念だが、この世界から怨獣が淘汰された訳でも、これから先、怨獣が出現しなくなる訳でもない。人間に欲がある限り怨獣が居なくなることはないだろう」


「人間の欲とは家族や愛する者、国や人のためにと考え欲するものだ。それは愛や知識、権力や金でもあるだろう。そういった善意による欲は悪いものではない。だが、それを求める過程において関わる他者の意思や思いを無視してはならぬ」


「解かるか?独りよがりではなく、相手を思いやる心を持って欲しいのだ」


「自分だけの欲を追い求めるなど言語道断!いつも怨獣からエリアスや騎士たちが護ってくれると思っていたら大きな間違いだ。」


「人に恨まれる行いをすれば、いつか怨獣に襲われる日が来ることだろう。各自、肝に銘じることだ。良いな?」


「この世界の向こう百年はエリアスが導いていくことだろう。エリアスは我と等しい力を持ち世界を導く者だ。だがエリアスに頼り切るのではなく、皆で協力し、良い世界にしていって欲しい。我や聖獣たちも人間たちを見守っておるぞ」

「ははーっ!」

 全員が一斉に跪き頭を下げた。


『エリアス、これはテレビ中継されておるのだな?』

『はい。生放送で全世界に放送されています。各国で特別番組も作られると思います』

『そうか。では、必要に応じてエリアスも出演し、解説を頼むぞ』

『承知致しました』


『それでは、我はこれで帰る』

『はい。ありがとう御座いました!』

『アレクサンド様、ありがとう御座いました!』

『うむ。アニエス。エリアスを支え、幸せに暮らすのだぞ。それと日本語の勉強も欠かさずにな』

『はい。承知いたしました』


「バサッ!バサッ!バサッ!」

 ドラゴンは3度羽ばたき、光のマナを放出しながらふわっと空中に浮かぶと、その美しい姿を見せつけながら空を舞い遠い彼方へ消えて行った。


「あぁ・・・行ってしまわれた」

「なんて美しいのでしょう!」

「ドラゴンの・・・いや、神様のお言葉を聞いたか?」

「えぇ、決して忘れることはないでしょう」

「そうだな。いただいた言葉を胸に生きて行こう!」




 神殿の跡地に建設が進められている僕たちの城と聖アニエス病院がかなり形になってきた。


 建物は既に完成している。表側から見ると横に長い直方体のビルだが、その後ろに重なる様に小ぶりな城が在る。更に城の裏側には夢幻旅団のカオスと僕の船を置く発着場もできている。


「バルデラス団長、団員の部屋割りは決まりましたか?」

「えぇ、決まっています。しかし・・・我々がエリアス様の城に部屋を賜っても良いものなのかと・・・」

「それは私の希望ですから。これから一緒にこの世界を守っていく2つの旅団の皆さんに必要なものを全て揃えたいと考えたのです」


「夢幻旅団にとっては、カオスが職場であり家でしたから大変な出世ですな」

「皆さんにはその権利があると思います」

「本当にありがとう御座います」




 今日は完成した病院と城の内覧会だ。参加者は僕の侍従と夢幻旅団の団員、アニエスとサンドリーヌお母様、ガブリエルと母のオードリー、エメとアン、リリーだ。


 まずは夫婦用に用意された部屋から見学する。

そこは部屋とは言っても、ひとつの扉から入るとその中は一軒家の様な造りだ。


 家族でくつろげる広間、食堂、キッチン、風呂、トイレ、応接間、書斎、寝室、3つの子供部屋、使用人の部屋に倉庫も完備している。


「これは凄い!城の中の一室でありながら中は独立した屋敷の様です!」

「これが、2階から5階まで5部屋ずつ、全部で20世帯分あります」

「え?これが20部屋?一体、誰が住むのですか?」


「夢幻旅団の全員が結婚したら11部屋必要ですよね?私の侍従で3部屋使うし、ガブリエルだって・・・ねぇ」

「エリアス様、ありがとう御座います!」


「え?私もその中に入っているので御座いますか?」

 バルデラス団長がきょとん顔で聞いてきた。

「バルデラス団長って独身ですよね?結婚だってされますよね?」


「え?」

 夢幻旅団の団員と何故かサンドリーヌお母様が驚きの声を上げた。それを見たアニエスが不思議そうに声を掛けた。


「お母様?」

「えっと・・・」

 サンドリーヌお母様が真っ赤な顔になった。


『どうしましょう・・・団長さん?あのお方のお顔から目が離せないわ!』

『あらら、サンドリーヌお母様、バルデラス団長が気に入ってしまったのかな?』

『そうなのかしら・・・でも、それって素敵ね!』

『まぁ、バルデラス団長の気持ちも大事だけれどね。でも、お似合いのふたりかも?』

『えぇ、私もいいと思うわ』


「お母様、バルデラス団長がお気に召したのですか?」

 アニエスはまたも大胆に仕掛ける。

「ちょ、ちょっと!アニエス!なにを言い出すのですか!」

「え?」

 今度はバルデラス団長がサンドリーヌお母様を見て真っ赤な顔になった。


「おぉーっ!団長!顔が真っ赤ですよ!」

 イグナーツが間髪入れずに茶々を入れた。


「おっ、お前!レディに失礼だろう!」

「バルデラス様、失礼などということはありません。お母様も独身ですし、私はお母様に結婚して欲しいと思っているのです!」

「えぇっ!わ・・・わたし?」


「はい。バルデラス団長です。お母様とのこと、少しで良いので考えてみてくださいますか?」

「え?あ、ま、まぁ・・・そ、それは・・・やぶさかではない・・・と言いますか・・・」

 バルデラス団長は終始、赤い顔でしどろもどろになっている。


「さぁ、次は上の階へ参りましょう」

 するとサンドリーヌお母様がまだ緊張しているのか動きがギクシャクしている。

階段を昇り始めた瞬間、よろけて足を踏み外してしまい倒れそうになった。


「おっと!」

「あ!」

 バルデラス団長がサンドリーヌお母様を抱いて支えた。至近距離で見つめ合う形になったところで皆が瞬時に反応した。


「ひゅーひゅーっ!」

「流石、団長!決める時は決めますね!」

「いや!これは!」

「ご、ごめんなさい!私ったら・・・」

 またもやふたりは真っ赤になった。


 そんなこともありながら、笑顔で内覧会を進めていった。

「そう言えば船の発着場が二つ有りますね?」

「あぁ、カオスと私たちの船を置くのです」

「エリアス様の船を建造されているのですか?」

「いいえ、以前から在る様です。それをもらい受けに行くのです」


「それはどこに在るのですか?」

「ステュアート王国です。グリフォンが預かってくれているのです。城も完成したので、明日にでも取りに行こうと思っています」

「ほぉ!では明日にはその船が見られるのですね?」

「えぇ、楽しみにしていてください」




 その翌日、僕はまずグリフォンに呼び掛けた。

『グリフォン!聞こえるかい?』

『えぇ、エリアス。聞こえるわ。どうしたの?』

『預かってもらっている船を受け取りに行きたいのだけど』

『わかったわ。では、洞窟に来てもらえるかしら?』

『では、直ぐに飛ぶよ』

『どうぞ』


「アニエス、ではグリフォンの洞窟へ飛ぶよ」

「えぇ、エリアスにしがみ付いていればいいのね?」

「うん。では飛ぶよ」

「はい」


 アニエスを抱きしめ、光のマナを集めるとグリフォンの居る洞窟を頭に浮かべて転移した。

「シュンッ!」

「ピュルルー!」『エリアス!アニエス!よく来たわね!』

「グリフォン!久しぶり!」

「エレボス以来だね。元気だった?」

「ピュルルー!」『そうね。久しぶりだわ。私は元気よ!』


 グリフォンは身体を発光させ洞窟内を照らしながら歩き出した。

「ピュルルー」『船を取りに来たのよね?こっちよ』

「ありがとう」


 洞窟の途中で分岐するトンネルがあり、グリフォンの後について歩いて行くとグリフォンの寝床よりも数倍広い格納庫の様な洞窟へ出た。


「うわぁーっ!」

「凄い!なんてきれいな船なの!」

「本当に!美しい船だね」

「ピュルルー」『そうでしょう?この世界で一番美しい船よ』


 グリフォンが照らして明るくなった洞窟の中央にその船は鎮座していた。


 船体は純白で全長50m位はありそうだ。スマートで美しい曲線を描いている。

船底の最後尾は薄く広がっており、この翼の様な部分から光のマナを放出する様だ。


 船体の中央から後方に掛けて金色の三角形の帆の様な形のものが左右に張り出している。

他にも船体には金の波や風を描いた装飾があり、豪華さを増している。


「この船ならば、希望に満ちた未来へ向けて飛んで行けそうだわ!」

「うん。その通りだね!」


「あれ?ところでグリフォン。この船はこの洞窟からどうやって外へ出るんだい?」

「あら、そうね。この洞窟には出入口が無いみたいだわ」

「ピュルルー」『外へは転移しないと出られないわ』


「あぁ、そうか。出入口が有ったら見つけられてしまうからか」

「防犯ってことね?」

「ピュルルー!」『そういうことね。さぁ、乗ってみて!』


 僕とアニエスはタラップを登り船内に入った。

入ってすぐの部屋は、城のサロンの様でソファがそこここに配置されていた。


 前方には操縦席があり、大きなパネルにはこの世界の地図が平面上に表され、指で触れると国名、地名、座標が表示された。


「エリアス!お部屋がいっぱい!それも凄く豪華なの!」

 部屋を見に行っていたアニエスが興奮しながら出て来た。

「どれどれ?」

 サロンから通じていたのは、20名は席につける豪華な食堂、そしてその奥には個別の部屋となっている。それぞれに居間と寝室、風呂とトイレが完備されている。

そのどれもが皇帝の一族が利用するレベルのものだった。


「部屋は6つもあるね」

「私たちは4部屋あれば大丈夫だから2部屋余裕があるわね」

「お客様を乗せることもあるだろう」


「さぁ、帰りましょうか」

「そうだね」

 僕らは一度デッキへ出ると、グリフォンに別れの挨拶をした。


「グリフォン、船はいただいていくよ」

「ピュルルー!」『えぇ、どうぞ!またいつでも来てね!』

「たまに遊びに来るわね!」

「グリフォン、ありがとう!またね!」


「アニエス、転移させるよ?」

「えぇ、お願い」


 僕とアニエスは操縦席に座るとパネルの帝都の位置に触れた。すると帝都の表示が光った。

「これでこのボタンを押すと転移するのかな?」

「これ?押していい?」

「うん、いいよ」

「ポチっとな!」

「なにそれ?」


「ブゥーン、ブゥーン、ブゥーン!」

「シュンッ!」


 次の瞬間、船の外が明るくなった。モニターには外の景色が映し出されている。

少し先に帝国城とその隣に僕たちの城が見えている。


「あぁ、帝国に帰って来たね」

「一瞬だったわね」

 モニターを地上へ切り替えると、地上に居る人々が皆、この船を指差し見上げている。


「皆がこの船を見ているね。早く城に着けないと怪しまれるかも知れないね」

「こんなに美しい船を怪しむ人なんて居ないわよ」

「そうなら良いのだけどね。さぁ、降りるよ」


「あ。この船の名前は?」

「さっき、初めて見た時に浮かんだんだ。この船の名はレクイエムにするよ」

「レクイエム?素敵な響きね。どういう意味なの?」

鎮魂ちんこん。魂を鎮めるって意味だよ」


 それを聞いたアニエスは、ぱぁっと明るい笑顔になって言った。


「あぁ、それは私たちの船に相応しい名前ね」

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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