94.幸福
学校のダンスパーティーは司祭討伐の出征の影響で1か月延期となった。
アニエスの記憶から抜け落ちていたダンスパーティー用のドレスだが、僕が帝都の結界を空から地下まで隔離する様に張り直してから、再び試着をやり直すこととなった。
その時にはジュリアはすっかりキースの婚約者の様な顔をしていた。
ジュリアが試着をしている時にキースに声を掛けた。
「キース。もしかして、ジュリアにプロポーズしたのかい?」
「いえ、それが・・・プロポーズはしていないのですが、なんだか婚約者の様に接してくれる様になったのです」
「ふうん。でも、ダンスパーティーまでには正式にプロポーズするのだろう?」
「はい。そのつもりです」
「やはり、あの死線を乗り越えたことで気持ちの変化があったのかな?」
「恐らくは・・・あの日から急に距離が縮まりましたから」
「キースを失いそうになって初めて自分の気持ちに気付いたってことかな?」
「その気持ちが本物であってくれると良いのですが・・・」
「今日のジュリアの顔を見る限り大丈夫だろう」
「そう言っていただけると自信が持てます!」
「大丈夫さ!」
ふと見ると、フェリックスとフィオナは既に夫婦の様に落ち着いてドレス選びを楽しんでいる。
すると、試着室からアニエスとジュリアが出て来た。
「アニエス様、マルティーニ様のお着替えが整いまして御座います」
「おおっ!アニエス!」
僕は思わず立ち上がり、アニエスを見つめた。
「エリアス、どうかしら?」
「うん。とても素晴らしいよ。素敵だ。アニエス」
「ほんと?嬉しいわ」
アニエスのドレスは僕から見たらウエディングドレスそのものだった。真っ白なドレスに僕らの瞳の色に合わせた青いリボンや刺繍が美しかった。
ジュリアのドレスは光沢のある薄い青色だった。ジュリアの瞳や髪の濃い青色に合っていた。
「あぁ・・・ジュリア様・・・なんて美しい・・・」
「キース、ありがとう」
「こんなに美しいジュリア様が僕のパートナーになっていただけるなんて幸せです!」
「ふふっ、キース。いつも嬉しい言葉をくれるのね?」
「思っていることをそのまま口にしているだけです」
「それが嬉しいのよ。ありがとう、キース!」
ジュリアは艶っぽい表情でキースを見つめて言った。
「アニエス様、マルティーニ様。お気に召していただけた様で幸いです。このまま誂えさせていただきますね」
「はい。お願いします」
二人は着替えるために試着室へ戻って行った。
「エリアス様、もう、アニエス様に婚約の指輪は贈られたのですか?」
「あ。それ、まだなんだ」
「僕はこれから宝石店へ行こうと思っているのですが、一緒に行かれませんか?」
「そうだね。行こうか」
フェリックスに聞いたら、既にフィオナの左手の薬指には指輪が輝いていた。
僕とキースは買い物があると言って皆と別れ、宝石店へ向かった。
「いらっしゃいませ!あ!ま、まさか!」
「こんにちは。指輪を見せていただきたいのですが」
「か、か、か、神様!よ、ようこそ!我が宝石店へ!あ、ありがとう御座います!さ、ささっ!こちらへ!」
宝石店の店主はガクガクと震えながら店の奥へと案内してくれた。
「こちらはステュアート王国のジョンソン侯爵の子息でキース・ジョンソン。私の侍従でもあります。今日は私とキースそれぞれの婚約者に贈る指輪を探しに来ました」
「おぉ!聖女様にお贈りする指輪で御座いますね!?」
「えぇ、キースは侯爵令嬢へ贈るのです」
「それはそれは!心よりお慶び申し上げます。贈られる指輪で御座いますが、ご希望の宝石などは御座いますか?」
「そうですね。私はダイアモンドが良いですね。キースはどうする?」
「ピンクダイアでお願いします」
「承知致しました。最高級の宝石をお持ち致します。少々お待ちいただけます様お願い申し上げます」
店主が店の奥からダイアとピンクダイアの指輪を5つずつ持って来た。
「こちらが当店で扱う最高級の宝石を使いました指輪に御座います。どうぞごゆっくりご覧ください」
「あぁ、私はこれにします」
「え?もうお決めになられたのですか?」
「そうだね。ほら、このダイアが他と比べても段違いに輝いているんだ」
デザインとしては日本の婚約指輪の定番といった感じのシンプルに大きなダイアモンドがひとつ乗っているだけのものだ。
「流石!神様で御座います!こちらは100年に一度出るかどうかという大きさと品質なのです!それを最新の技術でカットしたことにより、これだけの輝きを放っているので御座います!」
「うん。これをいただきますね」
「ありがとう御座います!」
「では、私はこちらにします」
「へぇ、それなんだ」
「え?なにか違う感じでしょうか?」
「いや、もっと可愛らしい感じの、これとか、これなんかを選ぶのかと思ったんだ」
「あぁ、それはジュリア様の表向きだけを見ればその様な選択になるのでしょう」
「なるほど、キースにしか解らない面があるのだね?」
「はい。ジュリア様は可愛いだけではありませんので」
「こちらは花を模しております。中央に質の良いピンクダイアを置き、その周囲に花びらに見立てたダイアモンドを配置しております」
「私はこちらをいただきます」
「誠にありがとう御座います」
二人で店を出ると帝都の商店街を歩きながら話した。
「それで・・・いつプロポーズするんだい?」
「実は今夜、ジュリア様と食事をする約束をしているのです」
「ほう、では今夜なんだね?」
「はい。今から緊張してしまいます!」
「きっと上手くいくよ。大丈夫さ」
「頑張ります!」
キースは帝国で一番高級なレストランを予約していた。公共の船でジュリアを迎えに行き、エスコートして店に入った。
「キース・ジョンソン様、ジュリア・マルティーニ様。お待ち申し上げておりました。お席にご案内差し上げます」
「ありがとう」
「本日はフォンテーヌ王国騎士団が仕留めました鹿肉を特別にご用意させていただきました」
「それは良かった!」
席に着くとジュリアは笑顔でキースに語り掛けた。
「キース、ここって帝国で一番高級なお店じゃない!?」
「そうですね。ジュリア様に相応しいお店をと思ったので」
「まぁ、嬉しいわ!ありがとう!でも、どうして?」
「司祭の件も終わりましたし、初めて安心して食事ができるのですから」
「そうね・・・終わったのね。でも、あの時は本当に怖かったわ」
「あ・・・私が怪我をした時ですか・・・ごめんなさい。心配させてしまって」
「何を言うの!あれは私が無茶をして・・・あなたが庇ってくれたんじゃない!」
「えぇ、そういう時、怪我せずに守れたなら格好良かったのですが・・・」
「大丈夫・・・十分に格好良かったわ・・・」
「それなら・・・良かったです。さぁ、いただきましょう!」
「乾杯!」
「カキーンッ!」
ワイングラスを高く掲げ、ふたりの声とグラスを合わせると美しい音が響いた。
ふたりは他愛のない会話を交わし、笑顔で食事を楽しんだ。
「ジュリア様、このレストランは食後にテラスで夜空を眺めながらお酒が楽しめるのですよ」
「まぁ!素敵!」
「では、こちらへどうぞ」
キースはジュリアの手を取るとエスコートしてテラスの席へ案内した。
スパークリングワインを注文し、並んだ椅子に座った。前にある小さなテーブルに二つのフルートグラスが置かれると店員が下がるのを待ってキースは席を立った。
キースはジュリアの前に跪くと、ジュリアの手を取って言った。
「ジュリア様、ダンスパーティーのパートナーを引き受けて下さり、ありがとう御座います」
「うん」
「でも、ダンスパーティーだけではなく、私の生涯のパートナーになっていただけませんか?」
キースはポケットから指輪の箱を出し、蓋を開いてジュリアに差し出した。
ジュリアは指輪を見ると胸の前で手を組み、瞳を輝かせた。
「まぁ!なんて美しい・・・キース・・・本当に私でいいの?」
「ジュリア様、心から愛しています。私と結婚してください」
「キース・・・えぇ、キースと結婚するわ」
「あぁ・・・良かった・・・」
「キース。私も愛しているわ。今度は私があなたを守るわね」
「そうですね。これからはエリアス様とアニエス様をお守りしながら、お互いも守っていきましょう」
「その通りね。末永くよろしくね。キース」
ジュリアは立ち上がり、キースの手を取って立たせるとキースの胸に顔を埋め、腕を背中に回し抱きしめた。
キースは少し戸惑いながらもそれに応え、ジュリアを優しく抱きしめた。
ジュリアは顔を上げると、瞳を閉じ催促した。キースは一瞬驚き動きを止めたが、ジュリアに吸い込まれる様に口づけを交わした。
空には無数の星が輝いて壮大な天の川を形作り、更に7色のマナがその輝きに彩を添えていた。
ダンスパーティーの日となった。学校の大ホールには全校生徒が集まっていた。
ホール奥の壇上には、皇帝陛下、二人の皇妃、リカルド皇子、校長と教師たちが立ち並んでいる。ホールの右側には3年生の父兄が、左側には在校生とダンスに加わらない3年生が並んだ。
学校の一行事に皇帝陛下が参席するなどおかしな話なのだが、お父様は僕の父兄として出席しても良いだろうと嫌がる学校関係者をねじ伏せた。初めてのことだそうだがテレビ中継も入っている。お父様には何か企みがあるのかも知れない。
校長や教師たちは緊張して直立不動となっている。少し可哀そうだ。
校長の合図でオーケストラの演奏が始まると、3年生はパートナーを伴って入場する。友達や後輩、観覧に来ている父兄から拍手や歓声が上がる。
下位貴族から入場して行く。侯爵家のキースとジュリアの後に公爵家の嫡男であるフェリックスとフィオナが入場する。
僕とキース、フェリックスは騎士服を貴族風に豪華にしたものだ。基本的には白地で、キースは銀、フェリックスは緑、僕は金糸で刺繍を施してある。
「キャーッ!キース様!素敵!」
「いやーん、キース様!私をパートナーにして!」
パートナーに恵まれなかった女生徒からキースに歓声とため息が上がった。
「キースって本当にモテるのね?」
「私はジュリア様一筋です。他の女性は目に入りません」
「また嬉しいことを・・・それと、私たちは婚約したのだから、私のことはジュリアと呼んでね」
「え?ジュリア様・・・」
「ジュリアよ」
「・・・えっと・・・その・・・ジュ、ジュリア・・・」
「えぇ、貴方!」
「うわっ!あ、あなた?」
「そうよ。私の旦那様になってくれるのでしょう?」
「は、はい!」
「ふふっ、可愛いわね」
キースはジュリアに茶化され、真っ赤な顔で小さくなった。
その後に登場したのはフェリックスとフィオナだ。
フィオナは明るく鮮やかな緑のドレスだ。フェリックスの髪や瞳に合わせた様だ。
「フィオナーッ!良かったね!おめでとう!」
「あ!アルフレート兄様!来てくれたのですね!」
「当たり前だよ。妹の晴れ舞台なのだからね」
「ありがとう御座います!お兄様」
「良かった。フィオナ。神様に、エリアス様にしっかり仕えるのだよ」
「はい。お兄様」
「幸せにね」
「はい!」
思いがけず兄からの祝福を受け、フィオナの瞳からは輝く涙が零れた。
そして僕とアニエスが最後に入場する。玄関から入った途端、ホールは大歓声に包まれた。
「ウォーッ!」
「キャーッ!エリアス様!」
「神様!エリアス様!」
エレボスから帰還した後、皇帝の声明によって、司祭と怨獣を討伐したこと、その立役者が僕であることをテレビで世界中に喧伝したのだ。
その際、エレボスに到着した時の夥しい数の怨獣の姿や翼を背中に生やし、空から怨獣を薙ぎ払う僕の姿が映し出され、さながら英雄の様に伝えられた。
その英雄に対する大歓声が収まると、皆の視線がアニエスに集まり、ホールがざわついた。
「凄い!アニエス様がエリアス様と同じ髪と瞳の色に変わっているわ!」
「なんてお美しいのでしょう!」
「女神様の様だわ!」
「あぁ・・・やっぱりエリアス様の隣に立つに相応しいお方だわ!」
ホールに集まった父兄の席の中にレオンとお腹の大きくなったグレースも居た。
「グレース!来てくれたの?」
「アニエス様、お二人の晴れ姿なのですから当然です!」
「エリアス様、おめでとう御座います」
「お二人とも、思いっ切りダンスを楽しんでください!」
「レオン、グレース。今日はありがとう」
「ありがとう御座います!」
ホール奥にある舞台の前に皆が整列していく。僕とアニエスは一番前の中央に並び立った。演奏が止まるとお父様が舞台中央に進み、マイクの前に立った。
「ザザッ!」
ホールに居る全員が一斉に跪いて頭を下げた。
「皆の者、面を上げよ!」
「ザッ!」
「帝国の一族が貴族学校のダンスパーティーに参席するのは初めてのことだ」
「今回は知っての通り、我が息子であり、神でもあるエリアスが婚約者である聖女アニエスと踊るパーティーなのだからな。一族を挙げて祝福を捧げるものである」
「ウォーッ!エリアス様!おめでとう御座います!」
「アニエス様、おめでとう御座います!」
ホールに居た者全員が、僕とアニエスに向けて祝福の言葉を贈ってくれた。
すると、オーケストラが音楽を演奏し始めた。
僕は左手を後ろへ回し、アニエスに右手を差し出すと笑顔で言った。
「アニエス、貴女と最初に踊る栄誉をこの私にいただけますか?」
「エリアス、喜んで!ありがとう!」
僕はアニエスの手を取るとホールの中央に進み、左手をアニエスの腰に回して踊り始めた。
もう十分に練習してきたから戸惑うことなく、アニエスをリードしてダンスを楽しんだ。
最初の一曲は僕たちふたりだけで踊らせてくれた。周囲の観客は笑顔で拍手をする人、手を振る人、胸の前で手を組んで涙ぐむ人。様々だが皆が僕たちを祝福してくれていた。
「アニエス、嬉しいね」
「えぇ、本当に!ダンスって、こんなに楽しいものなのね?」
「うん。そうだね。でも、これからはいつでもダンスを楽しむことができるね!」
「嬉しいわ!」
そして、ダンスパーティーは進み、キースとジュリア、フェリックスとフィオナも加わり、僕ら3組は円を描くようにして踊った。
ダンスパーティーも終わる頃、帝国騎士団の騎士2名が玄関から飛び込んで来た。
「た、大変です!陛下!」
「何事か?まさか怨獣ではあるまいな?」
「いや、怨獣が帝都に現れる訳はないよ!リヴァイアサンのネックレスも反応していない」
「そうよね?」
「い、いえ、怨獣ではなく、ド、ドラゴンが飛んで来ます!」
お読みいただきまして、ありがとうございました!




