93.善意
アニエスを奪還してから2週間が経った。
落ち着きを取り戻しつつある帝国城で夕食をいただいていると頭の中にアレクサンド様の声が響いた。
『エリアスよ、聞こえるか?』
『はい。聞こえます。アレクサンド様』
『帝国の一族に集まってもらう話だが、2週間後の帝国時間10時に帝国城へ集合して欲しい』
『アレクサンド様の大きさでは城の中には入れませんよね?』
『皆が集まり次第、ここへ転送する』
『ルミエールにご招待いただけるのですね?』
『うむ。招待と呼べる程のもてなしはできぬのだがな』
『承知致しました。皆さまに伝えます』
『頼むぞ』
「お父様、今、アレクサンド様より連絡がありました。2週間後の帝国時間10時に帝国城へ集合せよとの仰せです」
「そうか。では、直ぐに伝達しよう。宴の用意もせねばな」
「いいえ、ここへ集まり次第、ルミエールへ招待するそうです」
「なに?ルミエールへ?」
「恐らく、一族にだけ話をしたいのだと思われます」
「なるほど。では、身一つで集まれば良いのだな?」
「はい。それで良いと思います」
「では、その様に連絡しよう」
「お兄様、私はミシェルを伴っても良いのでしょうか?」
「そうだね。連れておいで。勿論、アニエスも一緒だよ」
「良かった。一緒に行けるのね」
アニエスは嬉しそうに微笑んだ。それを見て僕も笑顔になった。
今日はルミエールへ行く日だ。お父様が親族を次々に転送の間に迎え、一度サロンに集まった。
僕はアレクサンド様へ皆が集合したことを伝えた。
『アレクサンド様、皆が帝国城のサロンへ集まりました』
『うむ。では、エリアス、全員をここへ転送してくれるか?』
『あ。そうでした。私にもできるのでしたね。では、これから参ります』
『頼んだぞ』
「皆さま、ようこそお集まりくださいました。これより皆さまをルミエールへお連れします」
「エリアスが送ってくれるのね?」
「はい、お母様。では参ります」
一度、皆の顔を確認し、光魔法を発動させる。僕の瞳と髪が金色に輝き、部屋の床から光のマナが溢れ出す。
「ブゥーンッ!」
「シュンッ!」
一瞬で皆をルミエールの湖の畔へ転送した。
「おぉ!」
「まぁ!」
「なんと・・・」
「素晴らしい・・・」
皆が口々に感嘆の声を漏らす。それはそうだろう。星の極地だというのに春の様に暖かく、野山に緑が溢れ、美しい花が咲き誇り、光のマナが空に輝いている。
そして、湖にはリヴァイアサンが浮かび、その前にペガサス、ユニコーン、フェニックス、グリフォンが並び立っている。
その光景はまるで天国を想像させるものだった。
「帝国の一族よ、よくぞ参った。今やこの様にドラゴンに姿を変えてはいるが、私はアレクサンドだ」
ドラゴンはエレボスに来た時と同じ様に口を動かすことなく、空気を振動させて発声している。その声は厳かに響き、神の声というに相応しい強さと優しさが感じられた。
「今日は聖獣も呼んでいる。ここに居るペガサスは私の伴侶であったクローディアだ。その他の聖獣も歴代の聖女の生まれ変わりだ」
「ヒヒーン!」『よろしくね・・・伝わらないだろうけれど』
あぁ、僕が通訳しないとな。
「皆さま、クローディア様は皆さまへよろしくとおっしゃっています」
「おぉ!」
「シルヴェストル、久しいな。伴侶を紹介してくれるか?」
「はい。父上。こちらが私の妻、ベアトリーチェ・ロンバルディ・アルカディウスに御座います」
「ベアトリーチェに御座います。お義父様。お初にお目に掛かり、光栄に存じます」
そうか。アレクサンド様は皇子の結婚前にここへ隠居したのだな・・・
「お祖父様、私はシルヴェストルの息子、マキシミリアンです。こちらが妻のフローレンス・フォンテーヌ・アルカディウスに御座います」
「フローレンスに御座います。尊敬するお祖父様、お会いできて光栄に御座います」
「お祖父様、私はシルヴェストルの孫、シュテファンです。こちらが妻のツェツィーリア・シュナイダー・アルカディウスに御座います」
「ツェツィーリアに御座います。神様に拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
「お祖父様、私はシルヴェストルの曾孫、ガブリエーレです。こちらが妻のヴィクトリア・アルフォンソ・アルカディウスに御座います」
「ヴィクトリアに御座います。神様に拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
「お祖父様、先日、エレボスにて第一皇妃のエレノーラはご紹介差し上げました。こちらが第二皇妃のアドリアナ・クルス・アルカディウスとその息子、第二皇子のリカルドです」
「アドリアナに御座います。神様に拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
「リカルドに御座います。お祖父様、お会いできて光栄に存じます。こちらが婚約者のミシェル・バーナードに御座います」
「ミシェル・バーナードに御座います。神様に拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
「まぁ!リカルド様の婚約者?レティシア・アルフォンソではなくて?」
「あ、あの・・・」
ヴィクトリアお婆様は僕が無能だった時に侮蔑の目を向けてきた時と同じ顔でミシェルを睨む様にして言った。ミシェルは青い顔をして震えてしまっている。これはいけない、助け舟を出さないと。
「私から説明差し上げます。もうご存じの通り、帝国を継ぐ者の伴侶は必ずしも聖女でなくとも良いのです。リカルドは聖女ではなく、ミシェルを選んだのです。また、レティシアも既に他の殿方を選んでいます」
「まぁ!なんてことなの?アルフォンソ王がそれを許すのかしら?」
「母上!」
お父様は引きつった顔でヴィクトリアお婆様を睨んだ。
「ふむ。まだその様なことを申す者が居るのか・・・遺憾なことだな・・・」
「あ、そ、それは・・・」
ドラゴンに睨まれ、ヴィクトリアお婆様は青い顔になった。この方は何でも自分の思い通りにならないと気が済まない様だな。
「その様子では、エリアスの魔力を私が預かっていた時、無能である皇子に対し、辛い言葉を浴びせた者も居たのだろうな?」
アレクサンド様がドラゴンの口からブスブスと白い煙と火花を吐き出しながらヴィクトリアお婆様を睨みつけた。
「ヴィクトリア!何故、この様な席で・・・お前は!」
「ひ、ひぃーっ!も、申し訳御座いません!」
ガブリエーレお爺様とヴィクトリアお婆様はその場に崩れ落ちる様に膝を付くとそのまま土下座し、地面におでこを擦り付けて震えた。
「先程、エリアスが言った通りだ。此度、帝国の一族を集めたのは、そのことを伝えるためだ」
「私が古い習慣、言い伝えに疑問を抱かず、愛する者と添い遂げる勇気を持たなかったためにイヴォーンとジークムントの仲を引き裂きクローディアを苦しめた」
「その結果、ジークムントとその息子ヴァレリーは常軌を逸し、イヴォーンを生き返らせる研究に没頭し、その中で怨獣を操る様になってしまった」
「そして私は皇帝と父親の役目を放棄したのだ。シルヴェストルには申し訳ないことをしたと後悔している。すまなかった」
「お父様!その様なことは・・・」
「いや、私は卑怯にもこのルミエールにクローディアと共に逃げ込んだのだ。この星の民も自分の家族をも捨ててな・・・」
「私が前世の記憶を持ったまま、この様に聖獣に転生したのは自らの罪を贖うためなのだろう」
「それなのに私は自ら動かず、エリアスに委ね、任せてしまった。全く情けない話だ」
「アレクサンド様、それは私が自分のためにやったことです」
「それでもだ。エリアスの改革は、この星で暮らす者全てに良い結果をもたらしたのだ」
「良いか。これからは帝国の一族全員でエリアスを支え、この星をより良い方へ導いていくのだ。勿論、私にできることは全てやるつもりだ」
「ヒヒーン!」
「ヒヒーン!ブルルッ!」
「クルルーッ!」
「ピュルルーッ!」
「クゥオーン!クキキキ」
「うむ。聖獣たちも協力すると言ってくれている」
「ガブリエーレ、ヴィクトリア。もう一度言うぞ。これからは皇子が誰と結婚しようと自由だ。王族でも貴族でもなく、一般庶民の娘を選んでも良いのだ」
「ははーっ。肝に銘じます!」
二人とももう一度土下座した。
「光属性魔力が弱ければ、私かエリアスが補う。私が死ぬ頃にはエリアスが後継者を見つけに地球へ旅立つことだろう」
「だから心配は要らない。謝罪ももう良いぞ。お前たちも帝国の一族としての責任感から習慣や言い伝えを守り苦言を呈したのだろうからな」
「おっしゃる通りに御座います」
「うむ。もう良い。面を上げよ」
「ははーっ!」
ガブリエーレお爺様とヴィクトリアお婆様もこれで少し大人しくなってくれたら良いのだけど・・・
それから、エレボスであったことをアレクサンド様から全て伝えていただき、最後に一族以外に口外しないことも全員に約束させた。
「では、一族で会食を楽しむと良い。今日は地球の食材で地球の料理を用意した」
振り返ると、丸太小屋の前にテーブルが並べられ、料理が用意されていた。
メイドロボットの桜が笑顔で立っていた。
「桜!この料理を全部用意してくれたのかい?」
「はい。本日は全て日本料理にいたしました」
「日本料理?あ!本当だ!刺身の舟盛り、天ぷら、和牛のステーキ、とんかつ、茶わん蒸しや漬物もある!」
「エリアス、興奮しているわね」
「お母様、そりゃあもう!」
「これがエリアスの世界で食べられていたものなのね?」
「はい、そうです。では、ひとつひとつ説明差し上げますね」
僕は興奮を抑えつつ、料理とそれぞれに使う薬味や醤油、天つゆ、ソースの説明をしていった。
「おい!エリアス!このステーキというのは何の肉なのだ?」
「牛ですよ。ですが餌や飼育環境にこだわり抜いて生産された牛なのです」
「濃厚な肉の味、甘い脂身。こんなに美味しいものなのか!」
「このとんかつという料理も!衣がサクサクで甘い油が溢れてくるわ!このお肉は?」
「とんかつは豚肉です」
「豚?」
「この星では猪を家畜化したものと思っていただければ」
「これが猪?信じられない!」
「はい。驚きますよね?私はこの様に美味しい食肉をこの星でも生産したいのです」
「牛や豚を?畜産は家畜が怨獣化する危険があるのだろう?」
「お父様、光魔法の結界で隔離した畜産施設を造れば大丈夫だと思うのです」
「では、我々もこれが食べられる様になるのですか?」
「ここまで美味しいお肉を生産するには相当な年月を要すると思います。この星では大分前に畜産を放棄したため、野生の牛と猪から家畜に作り変えなくてはならないのですから」
「でも、実現は可能なのだな?」
「まぁ、そうですね。でも私には知識がありませんので、試行錯誤を重ねませんとここまでのものを作るには・・・」
「エリアス、畜産と酪農の指導教本ならあるぞ」
アレクサンド様が唐突に驚くことを言い放った。
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、最高級の和牛を生産するための指南本だ。日本に行った際に仕入れておいた。桜、持って来てくれるか」
「承知いたしました。直ぐにお持ちいたします」
「ねぇ、エリアス。あの女性は誰なのかしら?」
「お母様、あれは人ではありません。アンドロイドと言って機械なのですよ」
「え?人ではない?機械?そんなことが・・・」
お母様は驚き過ぎて絶句してしまった。言わない方が良かったかな?
「エリアス様、こちらの本になります」
「桜、ありがとう。どれどれ・・・」
おぉ、畜舎の工夫、餌の選定、温度や湿度の管理、病気やウィルス対策まで網羅している。
「うん。これを参考にすれば、数年後にはできるかも知れませんね」
「それは楽しみだな」
「ところでその畜産とやらを誰にやらせるのかな?」
「そうですね。気候を考えると風の国か土の国が良いでしょうか。広大な土地を所有している貴族に任せるのが良いでしょう」
「では、戻ったら早速、候補者を探してみよう」
「はい。お願いいたします」
「お父様、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「シルヴェストル、何でも答えよう」
「この世界の怨獣は淘汰できるのでしょうか?」
「うーむ・・・それは難しいだろう」
「やはり、我々は怨獣の脅威からは逃れられないのですね?」
「この世界の人間には、善意、欲そして魔力がある」
「欲は妬みや怨みに落ち、魔力があるから怨獣に成り果てるのですね。では、善意とは?」
「シルヴェストルよ。先程のヴィクトリアの言動もそうだ。あれはこの世界の人間を護る帝国の一族として、善意の気持ちで苦言を呈したものだろう」
「あ、あぁ・・・」
「自分の家族の暮らしを守りたい。少しでも良い生活環境を整えたい。それは善意から始まる欲だな」
「なるほど・・・世界から怨獣を淘汰したい。家族を怨獣の脅威から守りたい。だからより強い力を、魔力を手に入れたい。それも善意からの欲なのですね?」
「そうだ。勿論、他人のことなど考えない自分だけのための欲もあるだろうがな。でも、ほとんどの欲の出発点は善意であることが多いだろう」
「善意を持つから欲が生まれ、それを発端とする怨みが生じる。そして怨獣へと成り果てる」
「だからと言って、人に善意を捨てろ、欲を持つなとは言えないだろう?」
「そうですね。人から生きる目標や夢をも奪いかねませんから」
「他者を思いやり、十分に対話をするならば誤解や疑念、憎悪は生まれないのではありませんか?」
「ベアトリーチェよ。そうなれば素晴らしいことだな。だがな、私の様な学者や内向的な者など、他者との会話が苦手な者も多いのだよ」
「それは・・・確かに・・・おっしゃる通りに御座います」
「では、怨獣に成れ果てぬ様、人間から魔力を奪い取ってしまうのはいかがでしょう?」
「うむ。それは私も考えた。だが、それに代わる生活基盤を整えることが難しい。例えそれが用意できたとしてもそれはこの星の環境を破壊し、終には人の住めない星にしてしまう恐れがあるのだ」
「あぁ・・・それではどうあっても怨獣の脅威からは逃れられないのですね・・・」
「だが、怨獣の発生数を減らすことならばできる。既にエリアスが様々な施策を整えているではないか」
「えぇ、その通りです。この世界の人々が幸せに暮らせる様、不平不満を減らし、希望に満ちた夢を持てる世界にして行きましょう」
「エリアス様、あなた様を支え協力して参ります」
「ヴィクトリアお婆様、ありがとう御座います!」
これでアルカディウス帝国の一族はまとまることができたのかな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!