92.決着
ドラゴンの魔法により、司祭とイヴォーンはフェンリルの番に姿を変えた。
アニエスは髪の色が僕と同じシルキーホワイトに変化し、横たわっていた。
そして僕とお父様とお母様、それに聖獣以外の人間は全員、意識を失って地面に横たわっている。
僕は周りの状況には構わず、直ぐにアニエスの下へ走り、彼女を抱き上げた。
「アニエス・・・君は本当にアニエスなんだよね?」
だが、アニエスは目を覚まさない。するとお母様が僕の傍らに立ち、皆の方へ向いて言った。
「エリアス、皆が気を失ってしまっているわ」
お母様に言われて漸く状況に気付いた僕はレオンたちを探して言った。
「み、みんな!どうしたんだ!レオン!フェリックス!大丈夫か!」
するとドラゴンが僕とお父様、お母様の前に進んで話し始めた。
「エリアスよ」
「は、はい。アレクサンド様」
「ふたりをフェンリルに変えたのと同時に、騎士たちがこの異世界に来てからの記憶を消したのだ」
「え?では、気を失っているだけなのですね?でも、何故記憶を消したのですか?」
「よく考えてみるのだ。司祭を殺さずに聖獣に変えたと知ったら・・・親しい者を司祭や怨獣に殺された者は許せるだろうか?」
「それは・・・そうですね。新たな怒りや憎しみを買うかも知れません」
「うむ。だから記憶を消したのだ。公にはエリアスが討伐したことにしておくのが良いだろう」
「わかりました。あれ?でもお父様、お母様は?」
「私には記憶が残っておるぞ」
「えぇ、私もよ」
「うむ。光属性と聖属性を持つ者の記憶は消しておらんのだ。帝国の人間には100年前から始まったこの悲劇を忘れてもらっては困るからな」
「おっしゃる通りです」
「其方は現皇帝か?」
「はい。初めてお目に掛かります。私はアンドレアで御座います。こちらが、第一皇妃のエレノーラに御座います」
「初めてお目に掛かります。私がエリアスの母、エレノーラ・ステュアート・アルカディウスに御座います」
「うむ。アレクサンドだ。アンドレアよ、私の息子であるシルヴェストルはまだ存命であったな?」
「はい。私の代まで帝国の一族は皆、存命に御座います」
「では、近々エリアスを通して連絡する故、一族を帝国城に集めてくれるか」
「承知致しました」
「アレクサンド様、アニエスの髪色が変わったのですが」
「うむ、イヴォーンの魂はアニエスの闇属性魔力に結びついていた。それを剥がしたためにアニエスの身体から闇属性魔力が抜け、聖属性に支配されたのだ」
「あぁ・・・そうだったのか・・・アニエスのお母様から闇属性魔力を消した様にアニエスの闇魔力も消しておけば・・・こんなことにならなかったのか・・・」
「サンドリーヌを治療した時、何故そうしておかなかったのだ?」
「それは・・・私はアニエスの黒髪が・・・好きだったのです」
「日本人の面影を追っていたということか」
「そうですね」
「気持ちは解かる。だがそれももう済んだことだ。気にするでない」
「はい」
すると豹のメイドが恐る恐る近付いて来て言った。
「あ、あの・・・私はどうにゃるのかにゃ?」
ドラゴンがメイドに顔を寄せた。
「ひっ!」
メイドは恐怖に顔をひきつらせた。
「お前はここへ来る前、どこに住んでいたのだ?」
「え、えーと・・・確かフォンテーヌって国?そこのジャングルにゃ」
「あー、私が子供の頃に怨獣の調査に入った辺りか」
「では、元の姿に戻してそこへ帰してやろう」
「ほんとうにゃ?」
「うむ。では、じっとしているのだぞ」
「はいにゃ」
ドラゴンは前足を伸ばすとメイドの頭に爪先を触れた。
「ビカッ!」
真っ白な聖属性の光に包まれ、姿が見えなくなった後、徐々に光が弱まると黒豹が姿を現した。
「おぉ!黒豹に戻ったな」
「グルルルッ!」
黒豹に戻るとニャーとは言わない様だ。
「では、ジャングルへ戻すぞ」
今度は二本の角から黄金の光が走り、その光に包まれると黒豹は姿を消した。
「ビカッ!」
「シュンッ!」
「これで良いだろう。では其方たちもエレボスの洞窟へ戻そう。全員、まとめて転移させる。洞窟に戻ったらこの世界との通路を閉じてくれるか」
「はい。洞窟も全て埋めてしまうつもりです」
「うむ。それで良い。その建物も消しておこう」
「ゴウッ!」
「ボッ!」
「うわっ!」
突然、ドラゴンが口から特大の青い炎のブレスを噴き、司祭の館を一瞬で消滅させた。
「これはまた・・・」
「凄いですね・・・」
お父様とお母様がビックリしている。
「アレクサンド様、このフェンリルたちはここで子を産み暮らしていくということですか?」
「聖獣は生殖機能が無いから子は産めない。この星にフェンリルが増えてしまっては困るだろう」
「それもそうですね」
「ふたりに過去の記憶は無い。本能で惹かれ合い、仲良く暮らしていくことだろう」
「この星に人間は居ないのですか?」
「うむ。小動物程度しか居ない様だ」
「それならば安心ですね。良かった」
「よし、では転移させるぞ」
「はい。お願いします」
「バサッ!」
ドラゴンは大きな翼を広げると二本の角から黄金の光を発し、翼を通して僕たちを包み込んだ。
「ブゥーン!」
「シュンッ!」
そしてそこにはドラゴンと2頭のフェンリルの仔だけが残った。
ドラゴンは仲良く並んでお座りしているフェンリルを見つめながら話した。
「ジークムントよ。私がエリアスの様に古い習慣を打破し、愛する者と結婚していればこの様なことにはならなかったのだな・・・」
「イヴォーン。お前は私の伴侶となり、シルヴェストルを産み、懸命に私を支えてくれていた・・・それなのに、たった一度の過ちで断罪した。いくら謝罪しても許されることではない。私は自分の後悔とお前の無念、憎しみを背負って生きていく」
「では・・・さらばだ!」
「バサッ!バサッ!バサッ!バサッ!」
二頭のフェンリルは飛び去って行くドラゴンを見つめ、再びお互いを舐め合った。
「シュンッ!」
僕らは最後の洞窟に転移され戻って来た。
「まずは異世界に繋がる通路を塞ぎましょう」
光属性の魔法で造った結界を外すと、闇属性魔力の靄で充満していた通路はただのトンネルになった。それを土魔法で地面を盛り上げ完全に塞いだ。
「ひらっ!」
「メリメリメリッ!ゴゴゴッ!」
右手をひらっとひと振りし、結界を消すと地面の土砂を盛り上げて隙間なく塞いだ。
「これでよしと」
すると地面を動かした音と振動で皆が目を覚ました。
「う、うーん・・・」
「あれ?俺、なんで寝てたんだ?」
「陛下!皇妃殿下も!ご無事ですか?」
「ニコラス、大丈夫だ。もう全て終わったぞ」
「え?司祭を倒したのですか?アニエスは?」
「うむ。司祭は倒したし、アニエスもあの通り、取り戻した」
そう言って振り向いた先には、エリアスがアニエスをお姫様抱っこしていた。
「それで・・・何故、我々は眠っていたのですか?」
「あぁ、それか。司祭と壮絶な戦いになってな。怨獣と化した司祭の精神攻撃で光と聖属性魔力を持っていない者は皆、一斉に意識を飛ばされてしまったのだ。記憶障害もあるだろう」
「た、確かに・・・ここで戦っていたことまでは記憶にあるのですが・・・」
「うむ。記憶障害だな・・・だが、エリアスが司祭を倒してくれたのだ」
「おぉ!流石、エリアス様!」
「エリアス様!その騎士服の穴と血の跡は?!」
副団長が僕の脇腹に穴が開き、血だらけとなった騎士服を見て血相を変えながら聞いてきた。
「あぁ、これは司祭にやられたのです。でも、お母様と聖獣たちが治してくれたのです」
「神様のエリアス様でさえ、傷付けられるとは・・・」
「えぇ、私はまだ本当の意味で神と呼ばれる存在には至っていないのでしょう。こういうこともあります」
「それでもエリアス様、この世界をお救いくださり、ありがとう御座います!」
「私だけの力ではありません。皆さんの協力のお陰です」
「エリアス様!アニエス様の髪はどうされたのですか?」
「あぁ、フィオナ。これはね、アニエスの身体から闇属性魔力が消えたからなんだ」
「それもエリアス様が?」
「うん。司祭との戦いの中でそうなったんだ」
「アニエス様はまだ、お目覚めにならないのですか?」
「そうだね。そろそろ目覚めてくれないか?アニエス」
僕はそう語り掛けながらアニエスの肩を抱く右手の指でトントンと叩いた。
「うーん・・・あら?エリアス?エリアス!エリアスーっ!」
アニエスは目を覚ますと目を丸くして僕の顔を見つめ、次に僕の名を叫びながら首に腕を回し抱きついた。
「アニエス。気がついた?良かった・・・アニエス」
「エリアス・・・怖かった・・・二度とエリアスに逢えなかったらどうしようって」
「うん。私も怖かったよ。アニエスを失うかも知れないって、そう思ったら・・・」
でも、あの時は本当に二度とアニエスに逢えないと思ってしまったんだよな。
「もう大丈夫なの?」
「うん。司祭はもうこの世に居ない。安心していいよ」
「本当なのね?もう怯えて過ごさなくてもいいのね?」
「あぁ。本当に大丈夫だよ」
「エリアス!良かった!」
「あ!アニエス様!」
洞窟の入り口にジュリアとキースが立っていた。キースはジュリアの肩に腕を回して支えられながらここまで来た様だ。
「ジュリア!」
僕はアニエスを下ろした。するとアニエスはジュリアの下へ走り、抱きついた。
「アニエス様!無事だったのですね!」
「えぇ、ジュリア。エリアスが助けに来てくれたわ!」
「あら?まぁ!キースどうしたのですか?」
キースの騎士服も穴が開き、血の跡が付いている。
「アニエス様、キースは私を怨獣の攻撃から守って身代わりになってくれたのです」
「でも、もう大丈夫なのね?」
「はい。エリアス様に治療していただきましたから」
「キース、まだ安静にしていないと駄目じゃないか」
「いえ、ジュリア様がどうしても戻ると聞かないものですから」
「仕方がないな」
「エリアス様、司祭は倒されたのですね?」
「あぁ、倒したよ。アニエスはその戦闘の中で闇属性魔力を失い、この様な髪色になったんだ」
「え?私・・・あ!この色!エリアスと一緒だわ!お母様とも!」
「アニエス様、瞳の色もエリアス様と同じですよ」
「ジュリア、本当?」
「えぇ、本当です!」
「あぁ!嬉しい!」
「がばっ!」
「おいおい!」
アニエスは僕に飛びつくようにして抱きついた。
本当は黒髪のアニエスも好きだったけど・・・この色のアニエスも好きかな・・・
「エリアス・・・ありがとう!」
「あ、そうか。聞こえてしまうんだったね」
「さぁ、帰りましょう!みんな、目覚めましたか?」
「はい。全員目覚めています」
「ジュリア、ここに戻るまでの間、怨獣の気配は有ったかい?」
「いいえ、全くありませんでした。黒い靄も消えています」
「では、地上へ出ましょう。洞窟は全て埋めてしまいます」
騎士たちが列を作って地上に向けて行進を始めた。
僕は最後尾を歩き、洞窟を出る度に振り返っては結界を消し、土砂で埋めていった。
地上へ出ると神殿の土台を土魔法で砂粒の大きさに分解し、更地に戻した。
「クゥオーン!」『エリアス、終わったのね?』
「リヴァイアサン、全て終わったよ。手伝ってくれてありがとう」
「クゥオーン!」『どういたしまして。いつでも呼んで』
「うん、ありがとう」
「ヒヒーン!ブルルッ!『エリアス、司祭が居なくなってもエレボスの地表には闇属性の靄が湧き出ているわ』
「あぁ、やはり、これは出続けるのだね。今後は定期的に訪れてこの靄を消さないといけないね」
「ピュルルー!」『私たちも手伝うわ』
「クルルー!」『勿論よ。皆の仕事にしましょう』
「ヒヒーン!ブルル」『アニエス、無事で戻って来られて良かったわね』
「ルーナ!みんなも!ありがとう!心配掛けてごめんなさい!」
「ヒヒーン!」『いいのよ。エリアスと幸せにね』
「うん!ありがとう!」
「では、皆さん!帰りましょう!船に乗ってください!」
「おーーーっ!」
エリアスの呼び掛けに騎士たちが一斉に雄叫びを上げた。
ここは帝国城。夜も更けて僕とアニエスは自室のバルコニーへ出た。
「うわぁ!夜も遅いのに明るいわ!マナも沢山輝いている!」
「うん。今夜は月も3つ出ているね。それも全て満月だ」
「綺麗だわ!」
「うん。そうだね」
「またこうして、ふたりで落ち着いて夜空を見上げることができるなんて・・・幸せだわ」
「そうだね。やっと終わったんだ・・・それで・・・アニエス、司祭の最後だけど・・・」
「あのね・・・私の意識が無かった間、もしかしてイヴォーンが私の身体を使っていたのかしら?」
「判っていたのかい?」
「うんとね・・・夢を見ている様だったわ。イヴォーンの言葉が頭に響いていた・・・そしてイヴォーンの悲しみ、絶望、怨念。それと愛が伝わってきたの」
「司祭を止め、致命傷を負わせたのはイヴォーンなんだ。その後、説得してアレクサンド様がアニエスの身体から闇属性魔力ごとイヴォーンを引き剝がして、司祭と共に聖獣に生まれ変わらせたんだ」
「聖獣に?どんな?」
「2頭の真っ白なフェンリルの仔になったんだ。過去の記憶も消してね」
「ではこれからは、ふたりだけで暮らせるのね?」
「そうだよ。とても仲良さそうにお互いを舐め合っていたよ」
「そう・・・良かった!」
「うん。これで安心だ」
「でも、これでこの世界から怨獣が出現しなくなる訳ではないのよね?」
「うん。エレボスでは変わらずに闇の魔力が湧き出していた。今後は私と聖獣たちで定期的にエレボスを訪れて浄化するよ」
「私も参加するわ」
「そうだね。お願いするよ」
「本当に・・・終わったのね?」
「うん。終わったよ」
「全てエリアスのお陰よ。ありがとう」
そう言って、アニエスは僕の首に腕を回し、身体を預けてきた。
僕はアニエスを受け入れ、背中に両腕を回して抱きしめた。
ふたりは互いを見つめ合い、はにかみながら初めての口づけを交わした。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




