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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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89.憑依

 何者かがこの部屋へと近付いて来る。イヴォーンは緊張した。


「コツ、コツ、コツ、コツ」

「ガチャ。ギィー」


 扉が開かれると廊下の光が部屋に入ってきた。それ程明るくはないのだが、その光の中に人影が見えた。目を凝らしてよく見ると、人だと思ったそれは人ではなかった。

「お、怨獣・・・」


 イヴォーンは緊張しながらもその姿をしっかりと見て確認していった。


 形は人間の様だが、全身真っ黒い体毛に覆われている。そして耳が頭部の上の方に付いている。目は離れていて顔の側面にあり、赤く光っている。


 鼻口部は突き出ていて口は大きく裂けている。その口からは鋭い牙が覗いている。手や足の爪は長く、鋭利な刃物の様だ。そして長く太い尻尾がゆらゆらと揺れていた。これは・・・狼の怨獣かしら。


「おい、俺と一緒に来い」

「怨獣がしゃべったわ!」

「怨獣だって?俺は怨獣なんかじゃない。ご主人様に創られた人間さまだぞ」

 怨獣はまるで人間の様に腕を組みドヤ顔を決めた。


 なんてこと・・・ジークムントは怨獣を使用人にしているのね。

つまり、怨獣を自由に創り、操れるということなのね。


「どこへ行くの?」

「敵が暴れていて、ここに迫って来ている。地下の部屋へ移動するぞ」

「地下?私を地下室に閉じ込めると言うの?」

「ご主人様の命令だからな」


 どうしよう・・・このままでは逃げられなくなってしまうわ。

この身体は何か魔法は使えないのかしら?聖女だから聖属性魔法は使えるわよね?


 でも、聖属性魔法で攻撃はできないわね・・・あ、そうだ!アニエスは闇属性魔力も持っているって言っていたわ。それを使って攻撃できないかしら?


「何故、動かない?行くぞ!こっちへ来い!」

 一歩、二歩と狼の怨獣が自分に迫って来る。闇属性魔法の呪文なんて知らないわ。どうしよう・・・イチかバチかそれらしいことを言ってみましょうか。


 イヴォーンは両手を広げ呪文を詠唱した。

「エレボスの闇の力よ!我に力を!」

「この狼男を殺せ!」


「ザワッ!ザワザワザワッ!」

 呪文を唱えるとイヴォーンの身体に黒いもやが集まり、黒い髪がざわざわと伸び始めた。


 次の瞬間。

「シュルルルーーッ!」

「グ、グェッ!な、なに・・・を・・・する・・・」

 イヴォーンの黒髪が束になり、むちの様にしなりながら伸びて行くと、怨獣の首に巻き付いて絞めつけた。


 怨獣は両手で髪の毛を取ろうともがいているが、首元をがっちりと絞めつけられ呼吸ができずに身動きができないでいる。


「グ、グゥヌヌ・・・」

「ドサッ!」

 そして怨獣は息絶え、力なく床に崩れ落ちた。


 イヴォーンの黒髪は鞭の様な太さから元の髪に戻り、シュルシュルと縮んで元通りになった。


「ふぅ。なんとか倒せたわね。この髪の武器は他にも使えないかしら?さっきは鞭の様になったから、槍の様に相手を突き刺すこともできるのではないかしら?」


 そう言うとイヴォーンは、また呪文を唱えた。

「黒き槍よ!敵を串刺しにしなさい!」

「ザワッ!ザワザワザワッ!」

「ビュビュッ!ビュッ!ビュッ!」

「グサグサグサグサッ!」


 黒い髪がざわざわと伸び、槍のように太くそして毛先が鋭くなると、倒れている怨獣の身体を目掛けて目にも止まらぬ速さで飛ぶ様に伸びて串刺しにした。


 何十本もの黒い槍に突き刺され、怨獣の身体は黒い霧の様に霧散して消えていった。

そして、黒髪は何事もなかったかのように元通りになった。


「これなら使えるわね。って・・・私、前世では聖女だったのに・・・結構、冷酷な一面も持っていたのかしら・・・あ、今はそんなこと考えている場合ではないわね。この部屋から逃げましょう」

 イヴォーンは扉から廊下に顔を出すときょろきょろと見回し、誰も居ないことを確認して廊下に出た。


「ジークムントの居場所が判らないから迂闊に部屋の扉を開けられないわね。兎に角、玄関を探しましょう」

 廊下を歩いて行くと階段が在った。上と下の両方に伸びている。ここが何階なのか判らない。


「狼の怨獣は私を地下へ連れて行くと言ったわ。それならここは地上階かそれより上ね。ではまず、この階に玄関が在るか探しましょう」


 イヴォーンは廊下をくまなく歩き玄関を探したが見つからなかった。外が見える窓も無い。


「玄関が無いということは、ここは2階以上なのね。まずは階段を下りてみましょう」

「コツ、コツ、コツ、コツ」


 階段を半分程降りると廊下へ向けて顔を出し、見える範囲をうかがって人や怨獣が居ないか警戒した。


 ひとつ下の階へ下りると玄関を探した。しかし、この階にも玄関は見つからなかった。


 そして階段を更に下りようとした時だった。

「ガチャッ!」

「む!」

「あ!」


 階段前の部屋から出て来たのは、ジークムントだった。二人は鉢合わせし、お互いに驚き声を上げた。


「アニエス、何故、お前がここに居るのだ?ギークはどうした?」

「ギーク?」

「お前を迎えに行った者だ」

「もしかして狼男のことかしら?」


「狼男?・・・あぁ、まぁ、そうだな」

「彼なら・・・死にました」

「死んだ?どうして?まさか・・・アニエス、お前が殺したとでも言うのか?」

「そうだとしたら?」

 ジークムントの眉間みけんにしわが寄り、目元がピクピクと痙攣けいれんした。


 これはとても不味い状況ね・・・どうしたものかしら?


「なんだと?・・・お前・・・本当にアニエスなのか?」

 そう言いながらジークムントの瞳が赤く光った。


「私?そうね・・・」

「お前・・・まさか・・・その記憶は・・・」

「あら?魔眼って、相手の過去の記憶まで見られるの?」

「その記憶は・・・」


 あぁ、もうバレてしまった様ね。これ以上は誤魔化せないわね。


「えぇ、そうよ。私はイヴォーンよ。久しぶりね。ジークムント」

「な、なんと!ほ、本当なのか・・・イヴォーン!」

「そうね。何故か、このアニエスっての身体に私の意識が憑依ひょういしてしまったみたいね」

「おぉ・・・イヴォーン・・・・お前が・・・また、私の前に現れるとは・・・」

 ジークムントは声を詰まらせながら肩を震わせた。


 イヴォーンは背筋を伸ばし、毅然とした態度でジークムントに対峙する様に立って言い放った。


「感動しているところを申し訳ないのだけど。私はあなたに会いたいと思ってはいないのよ」

「イヴォーン・・・」

 ジークムントは切ない表情となり、すがり付く様な瞳でイヴォーンを見つめた。


「そんな顔をしても駄目よ。貴方あなたは、いつもそうやって私を縛り付けようとしたわよね?」

「イヴォーン、私は君を縛り付けようなんて思ったことはないよ・・・」


「はぁ・・・もう、仕方がないわね。どこか座って話せるかしら?」

「あぁ、勿論だ!この部屋へ入りなさい」


 イヴォーンが下を向き、首を横に振ってそう言うと、ジークムントは出て来た部屋の扉を開いて招き入れた。


 その部屋はジークムントの執務室と居間を兼ねている様だった。奥に大きな机と椅子、手前にはソファとテーブルがあった。


 壁には大きなモニターがあり、分割された画面には屋敷の外と思われる幾つもの景色が映し出されていた。


「旦那様、お客様かにゃ?」

「え?」

 その言葉に振り向くと、部屋にある奥の扉の前にひとりの使用人が立っていた。


「あぁ、そうだ。こちらは私の客人だ。お茶をお出ししてくれ」

「承知しましたにゃ」


 またしても使用人は怨獣の様で、今度は真っ黒いひょうだ。

さっきの狼男は何も着ていなかったのに、何故かこの豹の怨獣にはメイドのお仕着せを着せている。まさか、この男にこんな趣味があったなんて・・・


 イヴォーンはドン引きで口に手を当て驚いている。

「さぁ、イヴォーン。こちらへ掛けてくれ」

「え、えぇ・・・」


 豹の怨獣はお茶のセットを乗せたワゴンを押して戻って来ると、手慣れた様子で二人に紅茶を淹れた。

「ありがとう・・・」

「どういたしましてにゃ」


 そう言って豹の怨獣は扉の横に戻って立った。豹の怨獣は体毛が黒いせいか、表情が判らない。こうして見ると普通の人間を毛むくじゃらにして、豹の頭をポンと乗せた様に見える。もの凄い違和感だ。だが、メイドのお仕着せのせいか恐怖は感じない。


「イヴォーン、久しぶりだ。またこうして逢えて嬉しいよ」

「さっきも言ったけれど、私は嬉しくはないわ」

「そんな悲しいことを言わないでくれ」

「ところで・・・私が死んでから何年経っているの?」

「そうだな・・・約100年というところだ」


「そう・・・あれから100年も経っているのね。それで?あなたはその身体に憑依しているのかしら?」

「私はこの身体に転生したのだよ。私の5代後に生まれたのだ。今の名はミハイロ・エヴァノフという」

「ジークムントの記憶は転生した時から?」

「あぁ」


「この身体はあなたの娘なのでしょう?」

「何故、それを知っているのだ?」

「さっき、部屋に来た時にあなたが私に説明してくれたのよ」

「む。あの時、既にイヴォーンとして目覚めていたのか・・・」


「ジークムント。あなた、とんでもないことをしている様ね」

「とんでもないこと?なんのことだ?」

「怨獣を創り出し、操っていることよ。この私の身体も人間と怨獣から創り出しているのでしょう?」

「全てはお前を生き返らせるためではないか!お前が処刑されてからずっとこの研究を続けて来た。そして今、ついにその夢が叶ったのだ!」


「夢ですって?私を生き返らせることが?」

「そうだ。私はイヴォーンを心から愛している。君を失うことなど考えられないのだから」

「あぁ・・・あなたって人は・・・私の気持ちなど考えることは無かったわね」

「お前の気持ち?そんなこと解かっている。私を愛してくれていた。いついかなる時も」


「本当にそう思っているの?」

「無論だ。お前はいつだって私を受け入れてくれたではないか!あの憎き皇帝、アレクサンドの妻になった後も!」

「・・・ジークムント。それは・・・あなたがそうやって私に執着して離してくれなかっただけ・・・そして私はそれを強く拒むことができなかった・・・」


「な、なにを言い出すのだイヴォーン!お前がヴァレリーを産んでくれたお陰で今の私もアニエスも存在しているのだぞ?」

「え?ヴァレリーは生きることを許されたの?私とあなたが不貞を働いてできた子なのに?」

「あぁ、ヴァレリーが神眼を持っていたお陰だ」


「なんてこと・・・では、ヴァレリーも私を生き返らせるために私の亡骸を使って怨獣を創り出すことに加担したと言うの?」

「加担?そんな悲しい言い方をするな。ヴァレリーも母を生き返らせたい一心で、お前の亡骸に毎日聖属性魔力を注ぎ、研究に没頭してくれたのだ」


「それは都合の良い言い方ね。あなたがヴァレリーを洗脳したというべきでしょう?」

「子が母のことを想うのは普通のことだ」

「死者を生き返らせようとするなんて、とても普通とは言えないわ」

「それだけお前を愛していたのだ。今もな」


「今も?ではアニエスをどうするつもりなの?あなたの娘なのでしょう?」

「アニエス?もうその身体はイヴォーンのものだ」

「いいえ、さっきも私が眠った後、アニエスが意識を取り戻していたわ。この身体はアニエスのものよ。私は一時いっときだけこの身体に憑依しているに過ぎないわ」


「憑依しているだけ?・・・ふむ・・・そう言えば先程、お前がギークを殺したと言ったな。どうやって殺したのだ?」

「それは・・・」

「もしや闇の魔力を使ったのか・・・だとしたらイヴォーンの魂は闇の魔力の中にあるのかも知れないな」


「そうだとしたらなんなの?」

「その闇属性魔力を強めれば、その身体を乗っ取ることができるだろう」

「乗っ取るですって?言っているでしょう?私はそんなことはしたくないわ」

「何故だ?私の元へ戻れて嬉しいだろう?」


「はぁ・・・あなたはいつだって私を理解しようとしないのね」

 イヴォーンは呆れ顔で深いため息をつき、絞り出す様につぶやいた。


「理解?何を言っているんだ。私こそがお前の最大の理解者ではないか!」

「それが間違っていると言っているのよ。確かに結婚前までは私もジークムントが好きだった。でも、アレクサンド様と結婚することとなって、私は気持ちを切り替えようと思っていたわ」


「何を言っている。今は長い時を経て目覚めたばかりで混乱しているだけなのだ」

「いいえ。さっき目覚めてから100年前の記憶がはっきりと思い出せたのよ。あの断頭台で首を落とされる直前のことも・・・」

「その話はしないでくれ!それだけは思い出したくない!あの時のことだけは・・・」


「勝手なことを言わないで!あなたが結婚した私に執着し、離してくれなかったからああなったのよ。勿論、あなたを拒み切れなかった私も悪い。でも、処刑されたのは私だけなのよ!」


「シルヴェストルともヴァレリーとも一緒に生きることができなかった!そうさせたのはジークムント、あなたよ。私はあなたが憎い!首を落とされる瞬間、あなたを殺したいほどに呪ったわ」

「そ、そんな・・・私が・・・憎い?・・・私を・・・呪う?」

 ジークムントはソファに座ったまま、力なく崩れる様に項垂うなだれ、うめく様に呟いた。


「えぇ、私は今でもあなたが憎い!だからこの怨みの記憶を持ったまま、この身体で生き続けるなんて到底できるはずがないでしょう?」


「イヴォーン・・・そんな・・・そうだったのか・・・」

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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