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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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87.焦燥

 僕たちは地下へ降りると辺りを見渡しアニエスに呼び掛けた。


「アニエス!聞こえるかい?アニエス!」

『・・アス、エリ・・聞こ・・わ!』

「今、地下に降りて来ているからね。もう少し待っていて!」

『わかっ・・・・やくね!』


 僕らの会話を横で聞いていたユニコーンは何度か首をかしげてアニエスの居る方向をうかがっているようだ。


「ユニコーン、今の声はどっちの方角だと思う?」

「ヒヒーン!」『恐らくこっちね』

 ユニコーンはそう言うと地下の空間とは逆の方角に首を振った。


「やっぱりそうか。私もこっちの方角だと思う。それももっと深い地下の様だ」

「ブルルッ!ヒヒーン!」『でも、大きな魔力で穴を掘ろうとすれば天井が崩れてしまうかも知れないわ』

「うん、そうだね。これは順当に創られた地下空間を進むしかないのだろうね」


 地下の広い空間を覗き見るのだが、真っ暗で広いのは判るが奥行きが判らない。


「これは奥が深そうだな。迂闊うかつに進むのは危険だ。どうするか・・・」

「ピュルルー」『私が照らしてみるわね』

「グリフォン、頼むよ」


「ビカッ!」

「うわっ!」

 グリフォンが身体を発光させたまま、口から聖属性の光を細く絞って射出し、地下を奥まで照らした。すると空間の奥の方に通路の入り口が見えた。


 地下空間の横幅は30m程、奥行きは100m以上あり、天井は5m程だろうか。


「かなり広いな。どちらにせよ、ここにアニエスは居ないんだ。先へ進むには奥の通路へ進むしかないようだね」

「あっ!出て来た!」


 キースが大きな声で叫び、指をさした先に怨獣が出て来た。ぞろぞろと湧いて出るかのように怨獣が地下空間を埋めていく。


 その怨獣は人型なのだが、様々な野獣が元になっている様だ。


「ピュルルー」『この空間の奥には別の空間が有りそうよ。無暗に大きな魔法攻撃をするのは危険だわ』

「あぁ、そうだね。僕らは魔力を絞って戦わなければならないね。では、聖獣たちは見ているだけにしておいてくれ」


「みんな、この奥の空間を突き破ると先に進めなくなる恐れがある。聖獣の大きな攻撃が出来ないから各個で撃破していく必要がある」

「御意!」


「皆、無理をしないように!」

「はい!」

「行くぞ!」

「やってやるさ!」


 聖獣たちは壁際に下がり、身体を白く発光させて地下空間を明るく照らしてくれた。


 僕は光の魔力を身体にまとうと、真ん中を突っ切って走った。刀から薄く光の魔力を放ち、目の前に居る怨獣を真っ二つに切り裂きながら。

「ビュッ!シュバッ!」

「ギエーッ!グゥワァーッ!」


 レオンやフェリックスたちも次々と怨獣を倒していく。

その中でもジュリアの気迫は皆を圧倒していた。呪文の詠唱が止まることがないくらいに連続して魔法攻撃を怨獣に打ち込み次々と倒していった。


 その後をキースがぴったりと付き、ジュリアが倒した怨獣にとどめを刺していく。

はたから見れば二人の息の合った攻撃に見えないこともないが、そのスピードが速過ぎる。少し間違えば反撃を食らいかねない危うさがある。


 ジュリアはアニエスを奪われたことに責任を感じ、焦燥感に駆られているのだろう。


「おい!ジュリア!飛ばし過ぎだ!落ち着けよ!」

「レオンは自分の相手に集中しなさいな!」

「レオン様、僕が付いていますから!」

「あぁ、キース。頼んだぞ!」

「はい!」


 フェリックスとフィオナは二人で風と土の複合攻撃を仕掛けていた。

まずはフィオナが岩で防御壁を造るとフェリックスが小さく強力な竜巻を起こす。それにフィオナが石のつぶてを合わせ、次々と怨獣をミンチにしていく。


 その竜巻は丁度、怨獣一体を包み込む大きさのため、大きくない分長持ちして次々に怨獣を巻き込んでいく。


 お母様はミスリルの盾を巧みに組み合わせて機動的な防御壁を操りながら動く。そしてミスリルをむちの様に細く伸ばすと怨獣をぐるぐる巻きに締めつける。


 それをお父様の光攻撃で怨獣を蒸発させていく。なかなかに良いコンビだ。お母様は凛々(りり)しく美しいまま、怨獣にひるむことなく果敢に攻め込んでいる。


 夢幻旅団の騎士たちは相変わらず個人技だが、確実に怨獣を仕留めていく。

帝国騎士団の騎士団長、ベルティーナたちもこれまでの経験を活かして怨獣を倒している。


「恐らくだが、ここに居る怨獣は全て司祭が人工的に創ったものだろう。人型だがそれ程強くはない様だ」

「うむ、その様だな。再生能力がない様だし、何よりも攻撃力が弱いな」

 夢幻旅団と帝国騎士団の二人の団長が顔を見合わせ、感想を述べた。


「だが、それは我々を油断させる策略かも知れん。気を抜くでないぞ!」

「御意!」

 お父様が二人の団長にげきを飛ばした。


 そして地下空間での戦闘は、わずか15分程で終了し、怨獣を全て撃退した。

怨獣のしかばねは聖獣たちが聖属性の光で浄化し、消していった。

「さぁ、次だね。それにしても地下空間はそれ程寒くないから助かるな」

「そうですね。エリアスさま。これならば、まだまだ戦えます」


「次の通路へ降りる前にこの空間を光の結界で崩れない様にしておこう」

 そう言って、僕は光の結界を全ての壁と天井、床に張り巡らせた。


「まぁ!うっすらと金色に光っていてきれいだわ!」

「そうですね。お母様、疲れていませんか?」

「私は大丈夫です」

「くれぐれも無理はしないでくださいね。では、奥へ行きましょう!」

「はい」


 広い空間の奥にあった通路は、螺旋らせんを描く様に右にカーブしながら地下を更に降りて行く様だ。


 先頭にはグリフォンが進み、前方を照らしながら進む。僕はそのすぐ後を通路に結界を張りながら進んだ。これは帰り道を確保するためだ。


 かなりの深度まで進んだ先にまたもや広い空間が現れた。

「やはり、ここも真っ暗だな・・・」

「エリアス、先に結界を張ってはどうだ?さっきも結界の光で明るくなっただろう?」

「お父様、おっしゃる通りですね。では・・・」


 天井と壁、床に結界を張り巡らせた。するとそこはドラゴンの洞窟の様にドーム状の空間になっていた。結界のお陰で壁や天井がうっすらと光り洞窟の中が見通せた。


「おいおい!ありゃなんだ!」

「デカいな!あれも怨獣なのか?」


 ドーム状の地下空間の中心に黒く大きく、うねうねとうごめく物体が鎮座している。

怨獣なのかも知れないが、獣や人の形ではなく、ひと塊で異常に大きい。


 皆で遠巻きに注視していると、その塊の動きが大きくなってきた。

「おい、動き出したぞ!警戒!」

「はっ!」


「シュナイダーとステュアートの騎士は防御壁を築け!」

「御意!」


 その言葉が終わる前に黒い塊から長い触手がとんでもない速さで何本も飛んで来た。

「ビュオゥ!」

「ビシッ!」

「シュバッ!」


「逃げろ!」

「剣を持つ者は前に出て応戦!」

「御意!」


 僕とレオン、キースと夢幻旅団のメイソンとクリスティンが前に出て剣で触手を切断し始めた。

「ズバッ!」

「ザクッ!」

「ビシュッ!」


 次々と伸びてくる触手を斬り落とすのだが、あまりの速さに再生しているのか、次の触手が伸びてくるのか判らない。これでは延々と斬り続けなければならない。


「これでは・・・切りが無いな!」

「エリアス様、どうしますか?!」

「よし、光で攻撃してみよう!」

 僕はそう言って、刀を振るとそこに光の魔力を乗せて光線の様に黒い本体に当てた。


「ビカッ!」

「グゥオオオーッ!」

 黒い塊のどこかから吠える様な声が聞こえたと思ったら、塊のあちこちから伸び上がるように人の形をした怨獣が形作られていった。


「憎い・・・苦しい・・・」

「許せない・・・怨んでやる・・・」

「痛い・・・苦しい・・・」

「よくも・・・よくも・・・娘を・・・」

「俺の・・・俺の金を返せ・・・」


 黒い塊から上半身だけ人型となった怨獣は、口々に自分の怨みつらみを叫んだ。


「な、なんだ・・・これは・・・」

「これは・・・もしかして怨獣の成り損ないでは?」


 次の瞬間、個々の怨獣と黒い塊から攻撃が発せられた。触手が伸び、黒い槍、黒い刃、黒い炎の様な塊。


それは元の人間だった頃の属性魔法を使った攻撃だった。


「気をつけろ!」

「ウグッ!」

「ガーッ!」

 突然の攻撃を防げず、何人かの騎士が負傷し、その場で倒れ伏した。

負傷した騎士をミスリルや岩の壁の陰に引きずり込むと、僕とお母様。それに聖獣が手当てをしていった。


 その時、ジュリアが前に出ると呪文を唱え始めた。最大魔力を撃とうとしているのか、瞬時に青いマナの光に包まれていった。

「ウォーターカッター!最大圧力!敵を切り裂け!」


 青く大きな魔法陣が浮かび、その中から高圧縮された水の束が、天井まで高く上がると怨獣の塊目掛けてギロチンの刃の様に落ちて来た。

「ズバーンッ!」

「ギィェーーーッ!」


 水の刃が怨獣の塊に当たった瞬間、黒い煙を上げ、黒い塊を飛び散らかせながら分断されていった。


「やったか?!」

「ブゥワッ!」


 怨獣が弾ける様に分断されると、その中から今までよりも格段に太い触手がジュリア目掛けて伸びて来た。

「シュバババッ!」

「危ない!」


 ジュリアは魔法攻撃を撃った直後で動けなかった。僕も負傷者を治療中で直ぐに反応できない。


 その時、キースの叫び声が響き渡った。

「ジュリアさまっ!」


 キースは咄嗟に身体を飛ばし、刀を構えながらジュリアの前に立ちはだかった。

「ズバッ!」

「うっ!うぐぐ」

「ビシャビシャビシャッ!」


 触手はキースの刀をギリギリでかわし、キースの脇腹を貫くと、おびただしい血が噴き出した。しかし、キースはその触手を片腕で支えながら右手で持つ刀で薙ぎ払った。

「シュバッ!」

「ドサッ!」


「キース!」

 触手が切断され、地面に落ちるとキースはガクッと膝を付いた。ジュリアが叫びながらキースに飛びついた。


「ミ、ミスリルの壁よ・・・立ち上がれ・・・」

「ズ、ズズズーッ!」

 キースは気を失いそうになりながらも、ジュリアを守るためにミスリルの防御壁を立ち上がらせた。


「キース!キース!あぁ!どうしてあなたが・・・」

「ジュ、ジュリアさま・・・お怪我は・・・ありま・・・せんか?」

「私は大丈夫よ!それよりあなたが!駄目よ!そんな・・・どうしましょう!」


 気が動転したジュリアを見て、僕は慌てて負傷した騎士の治療を終えると、直ぐにキースのもとへと転移した。


「シュンッ!」

「キース!今、治療する。大丈夫だ!聖獣たち!怨獣へ攻撃をしてくれないか!こちら側とは結界で封鎖するから!」

 そう言って怨獣と僕たちの間に結界を張った。


「ヒヒーン!」『わかった!私たちが攻撃して良いのね?』

「ブルルッ!」『任せておいて!』

「クルルーッ!」『エリアスが結界を張ってくれたから大きめに撃っても大丈夫ね』

「ピュルルーッ!」『それなら四方から同時に攻撃しましょう!』


「みんな!頼んだよ!」

「ヒヒーン!ヒヒーン!クルルーッ!ピュルルーッ!」『任せておいて!』


「エリアス様!キースは助かるのですか?!大丈夫ですよね?!」

「あぁ、ジュリア、大丈夫だよ。落ち着いて」

「お願いします!キースを、キースをどうか・・・」

 ジュリアはキースの前でうずくまり、両手を胸の前で組んで涙を流していた。


 僕は気を失ってぐったりしたキースの脇腹に手をかざして聖属性魔力を送った。

キースも僕も全身真っ白の光に包まれ、ジュリアからも二人が見えなくなるほどだ。


 すると、同時に聖獣たちが怨獣の塊を四方から取り囲み、一斉に浄化の光を叩き込んだ。

「パウッ!」


 洞窟の中は僕とキースを包む光と聖獣の放った光で直視できないほどに眩しく光った。

数十秒間魔力の照射が続き、そして一斉に照射を止めた。すると怨獣の塊は跡形も無く消え去った。


「おぉーっ!怨獣が消えたぞ!」


「よし。これで大丈夫だろう」

 僕はそう言うと治療を終わらせ、聖属性魔法の照射を止めた。


「キース!聞こえるかい?!」

 僕はキースの頬を軽く叩いて起こした。


「う、うぅん・・・あ、あれ?僕は・・・」

「あぁ!キース!」


 ジュリアは叫びながらキースを抱きしめた。

「ジュリア・・・さま?」


 キースは瀕死の重傷を負ったが、なんとか一命を取り留めた。ただし、大量に出血してしまったため、意識は取り戻したが朦朧もうろうとしている。


「キース!キース、大丈夫なの?」

「ジュ・・・ジュリア・・・さま・・・良かった・・・」

「あ、キース!」

 キースはジュリアの顔を見て笑顔になると、また気を失ってしまった。


「ジュリア、キースは大量に出血していて意識が保てないんだ。休ませてやらないと」

「そうなのですね。命に別状はないのですね?」

「それは大丈夫だ。さて、どうやってキースをティーターンまで運ぼうか」


「ヒヒーン!ブルル!」『エリアスなら、転移魔法で船まで送れるでしょう?』

『ルーナ、それはそうなのだけどね。ジュリアを落ち着かせたいんだ』

「ピュルルー」『そうね。それなら私に任せて!』

「そうか、グリフォンが運んでくれるんだね。ありがとう!」


「ではジュリア、グリフォンに乗ってキースを支えて」

「はい」

 気が動転しているジュリアは、言われるままにグリフォンへまたがった。

そして僕がキースを抱え上げジュリアに支えてもらった。


「ジュリア、ティーターンの個室にキースを運んでベッドに寝かせるんだ」

「はい。キースを預けたら直ぐに戻ります」

「うーん。キースの傍に居て欲しいけれど・・・それはジュリアに任せるよ」

「はい。グリフォン、お願いします!」

「ピュルルーッ!」


 そして、キースとジュリアを乗せたグリフォンは地上へ向けて駆けて行った。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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