86.作戦
8隻の船がティーターンを中心にエレボスの手前の海の上空に並んで出現した。
「シュンッ!」
お母様が居た死の畔の前に転移したのだが、既に半島は全て霧に覆われていた。
「おぉ!これがエレボスなのか!本当に黒い霧で覆われて何も見えないのだな!」
「はい。この状況では陸地の状況もどこに怨獣が居るのかも判らないのです」
「うむ。これでは手の出し様がないな」
「お母様、ここは死の畔の目の前です」
「そう。すっかり黒い霧に吞まれてしまって森も無くなってしまったのね。また、ここへ戻って来ることになるなんて・・・」
「お母様、アニエスを救い出し、必ず帝国へ戻りますよ」
「そうね。エリアス」
そう言ってお母様は僕を抱きしめた。僕もお母様を抱きしめて笑顔で言った。
「お母様、大丈夫です」
「では、私が船外に出てあの霧を薙ぎ払います。お父様、霧が大方払えたら、皆に出撃を命じてください」
「その後、エリアスはどうするの?」
「私は聖獣を呼び寄せ、一緒にアニエスを探します」
「地表の怨獣はお任せください。一刻も早くアニエス様を見つけ取り戻してください!」
ジュリアは自分が付いていながらアニエスを守れなかった責任を感じているのだろう。
「ジュリア、アニエスの護衛を任されていたとは言え、ジュリアに責任はないんだ。あまり気負い過ぎない様にね」
「はい。お気遣い、ありがとう御座います」
「キース。解かっているね?」
「はい。エリアス様、お任せを」
ジュリアが無理をしてもキースがフォローするだろう。それを目配せで確認した。
「レオンも突っ込み過ぎない様にね。外は驚く程寒いし、きっと持久戦になる。体力の温存も考えながら頼むよ」
「承知しました」
「フェリックス、フィオナと一緒に行動するんだ。お互いを守りながら複合攻撃を使うんだよ」
「エリアス様、承知いたしました!」
「エリアス様、お気をつけて!」
「うん。では先に行くよ!」
「バサッ!」
そう言って僕は船のデッキへ出ると、船から飛び出すと同時に背中に純白の翼を広げ、一度だけ羽ばたくと滑空して船の前へ出た。
解かってはいたが南極の極寒の空気が顔に突き刺さり痛みを感じる。早く決着をつけないと!
「おぉ!あれが聞いていたエリアスの翼か!」
皇帝は船の窓から食い入る様に息子の姿を見守った。
「さぁ!始めようか!」
僕は腰から下げた刀を抜くと、右上から左下へ薙ぎ払い、力を制御した聖属性魔力をエレボスの黒い霧目掛けて射出した。
「ズバッ!」
「ビカッ!」
「ズゥォォォオオオオーーーーッ!」
地響きと共にエレボスの地表の黒い霧、氷の粒や埃が巻き上がり、見える範囲を吹き飛ばした。
すると、あちらこちらに蠢く黒い怨獣の姿が見えた。手前に居た怨獣は既に身体が真っ二つになって倒れていく。
「な、なんという力なのだ!これが神の力なのか・・・」
「えぇ、陛下、エリアスの・・・神の力です」
皇帝だけでなく、各船から見守っていた騎士たちもその力を目の当たりにし、息を呑んだ。
「ルーナ、ユニコーン、フェニックス、グリフォン、リヴァイアサン。皆、ここへ来てくれ!」
直ぐに地上にひとつ、空に4つの白い魔法陣が現れ、聖獣たちが魔法陣から出現した。
「ヒヒーン!」『エリアス!待っていたわ!』
「ブルルッ!」『エリアス!アニエスを救うのね?』
「クルルーッ!」『エリアス!ジークムントを始末するのね!』
「ピーヒョロロー!」『エリアス!ついにこの時が来たのね!』
「クゥォーン!」『エリアス!手伝うわ!』
聖獣たちは僕の周りに集まって来た。ユニコーンだけは海岸に立っているが。
「皆、来てくれたんだね!ありがとう!まずは霧と怨獣を払いながら、アニエスと司祭を探すよ。地下への入り口を探してくれるかな?」
聖獣たちは散開し、払い切れなかった霧を薙ぎ払い始めた。
それを見て皇帝が出撃を命じる。
「皆の者、出撃せよ!」
「おおぉーっ!」
各船のハッチが開き、騎士たちがスワローに乗って一斉に出撃した。真っ白いツバメの形をした小型艇に跨り、2機か3機ずつ組んで散らばって行った。
怨獣からの攻撃が飛んで来る。真っ黒い炎の塊、黒い風の刃、炭の様な黒い礫、黒く光る槍、そして黒い水流で出来たウォーターカッター。更には黒い触手が伸び、毒液が飛んで来る。
騎士たちは怨獣からの攻撃を防御しながら複合攻撃を撃ち込み怨獣を倒して行く。
皆、スワローに乗ったまま、数に物を言わせ一撃ずつ打ち込んで聖獣と共に僕に続いた。
「ヒヒーン!」『エリアス、アニエスに呼び掛けてみて!』
「ヒヒーン!ブルルッ!」『声が聞こえるかも知れないわ!』
「え?そうなの?あ!そうか。僕が君たちに呼び掛けると聞こえる様に、アニエスの声を聞けるかも知れないんだね?」
「クルルーッ!」『そうよ!』
「あぁ、そうか!アニエス!どこだ?私の声が聞こえるか?」
『・・・アス・・・リアス・・・』
頭の中にアニエスの小さな声が途切れ途切れに聞こえた。
「アニエス?今、少しだけ・・・アニエース!」
『アス・・・リアス・・・』
やはり、はっきりとは聞こえないがアニエスが僕を呼ぶ声が聞こえた。
「アニエス!聞こえるんだね?アニエス!迎えに来たよ!どこに居るんだ?」
『・・・リアス・・・たしは・・・こよ!まっく・・わから・・けど・・・』
「アニエス!大丈夫か?司祭に何もされていないか?」
『・・・アス、いまの・・・はだいじょ・・・くらい・・・とじこ・・・ている・・・』
「声が聞こえるのだから、アニエスのことを思い浮かべれば目の前に転移できるのではないかな?」
「ブルルッ!」『やってみるといいわ!』
僕はアニエスの顔を思い浮かべ、声を頼りに転移を試みる。僕の身体は金色のマナに包まれ、転移するかと思われたが、何も変化は起きず光のマナは消えていった。
「駄目だ。転移はできないようだね・・・」
「クルルーッ!」『闇属性魔法で光を通さない様にしているのでしょう』
「そうか。やはり、地下に潜って探し出さないといけないのだね。それにしてもどの辺りなのだろうか?」
「ピュルルーッ!」『エリアス!もっと南よ。大陸の中心の方だわ』
「アニエス!聖獣たちと一緒に君を探し出すから!もう少し待っていて!」
『はやく・・ね!・・・・・くてこわい・・・』
「アニエス!落ち着いて!もう少しの辛抱だよ!」
『・・アス・・りがとう!』
僕は速度を上げ、大陸の中心を目指した。途中、何度か魔力を撃ち込み霧と怨獣を薙ぎ払いながら。
それから30分位進んだところで霧が深い場所へ到達した。
「あれはなんだ?今までにないくらい霧が集中しているね」
「ブヒヒンッ!」『エリアス、恐らくあそこに地下への入り口があるのでしょう』
ルーナがエリアスに近付いて言った。
「まずは霧を払ってみるか」
そう言って刀を一閃し、聖属性魔力で黒い霧を薙ぎ払う。
「ヒュンッ!」
「ビュオゥー!」
「うわっ!あれは・・・」
霧を晴らすとそこには神殿がそびえ立っていた。帝都に在った神殿と全く同じ形だ。だが、外壁の色は漆黒だ。その姿は黒いというだけで邪悪な悪魔の館の様に見えるから不思議だ。
そこへ8隻の船とスワローに乗った騎士たちが集まって来た。
「な、なんだあれは!神殿ではないか!」
「黒い神殿・・・見るからに禍々《まがまが》しい・・・」
皇帝と皇妃は顔をひきつらせた。
神殿の周囲の霧が晴れ、騎士たちが取り囲んだ。外見は帝都に在った神殿と同じようだ。
「ルーナ、この神殿の様な建物の中にアニエスや司祭は居ないよね?」
「ヒヒーンッ!」『そうね。これは張りぼてかしらね。アニエスの声は地下から聞こえたものね』
「どうするか。罠もありそうだね。無暗に入るのは危険だが、入らなければアニエスを救い出すことはできない」
「クゥォーン!」『建物は邪魔だから壊してしまえば?』
「え?壊す?」
「クゥォーン!」『やっていい?』
「え、あ、あぁ。いいけど」
そう言うとリヴァイアサンはゆっくりと神殿目掛けて高度を下げると一度、正面を通り過ぎた。
と、思ったら尾びれを思いっ切り振り切り、神殿を正面からぶっ叩いた。
「ドッカーン!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
一部始終を見守っていた騎士たちが雄叫びの様な叫び声を上げた。
それは驚くだろう。神殿がリヴァイアサンの尾びれのパンチ一発で木っ端みじんに吹き飛んでしまったのだから。
「す、凄い!何て力なんだ!」
「中に人が居たらただでは済まないですね!」
土煙で周囲が見通せない。これでは危険なので土埃や瓦礫の山を吹き飛ばそう。
「みんな、土煙を晴らすから、その間周囲に注意を払って!」
「御意!」
僕の髪と瞳、そして全身が緑色に輝き、神殿の在った場所へ向け右手を一振りすると、
「グォォォォォォッ!」
「うわぁっ!」
「ビュオゥ!」
猛烈な風が巻き起こり、瓦礫も土埃も一気に吹き飛んだ。
「うん。これで良く見渡せる様になったね」
「はい。でも、エリアス様。何も無くなってしまいましたね」
「あ。あそこに地下への階段が見えますね」
「では、あそこから地下へ入れば良いのですね」
「ヒヒーン!ブルルルッ!」『ちょっと待って。あんなに狭い階段を下りるのは危ないわ』
「ルーナ、では、どうしたらいい?」
「ブルル!」『ちょっと待ってね』
そう言うとルーナは前足を前方に突っ張り首を低く構えた。
「パウッ!」
ルーナの口から放たれた白い光線が、低く地を這う様に広がり大地を50cm程の深さで抉って行く。そして、その光は神殿のあった場所を通り過ぎ、残っていた神殿の床を剥がした。
すると、すっぽりと口を開いた神殿の外枠に怨獣の手が次々と掛かり、ぬぅっと気味の悪い頭が出て来た。一体、何十頭居るのだろうか。
「さぁ、また怨獣のお出ましだ。だが、こちらから行くことはない。地下から出て来るものを倒していこう」
「御意!」
「皆の者、散開せよ!」
「おおーっ!」
勇ましい声を上げ、騎士たちは神殿の跡を取り囲んでいった。
まずはキース達、金属性の騎士がミスリルの防御壁を造って怨獣からの攻撃に備えた。
すると怨獣が地下から頭を出した瞬間、次々と黒い槍、黒い刃、黒い鞭が飛んで来る。
「ビュオゥ!ビシッ!バシッ!シュオウッ!」
騎士たちはミスリルの防護壁に半身を隠し、怨獣からの攻撃を躱しながら、地下から出て来る怨獣の頭を狙って魔法攻撃を繰り出した。
騎士のうち何人かは、タイミング悪く攻撃を食らい負傷するものが居たが、負傷者が出ると船からスワローが出て回収していく。
徐々に怨獣への攻撃に慣れて来ると、頭や前足、上半身が出て来る前に切り刻み、地下へと落としていく。皆の危なげない戦いぶりに安心し、僕は状況を確認しながら暫し息をつくことができた。
神殿の地下からわき出て来る怨獣を倒し続けて20分が経過した。
怨獣へ絶え間なく攻撃を続け、一体たりとも地上に上がらせずに倒し切った。
「よし!攻撃止め!」
「ふぅーやっと止まったか」
僕は神殿の跡地へ近付いて地下を覗き込んだ。すると、地下には騎士たちに倒された怨獣の屍が山の様に折り重なり、黒い煙を上げていた。
僕は右手を一振りし、黄金の光を照射してそれらを消滅させた。
「ピカッ!」
「シュゥーッ!」
「それでは地下へ降りましょうか」
「エリアス様、全員地下へ降ろしますか?」
「いや、少数精鋭としたいですね。私と父上と母上、私の侍従たちと夢幻旅団、それに帝国騎士団と王国騎士団のナンバー騎士半数に限定しましょう」
「承知しました。それ以外の騎士はここで待機し、警戒を続けさせましょう」
「あぁ、それで良いでしょう」
「では、今のうちに休憩と騎士の交代を!」
「御意!」
スワローに乗って船へ上がり、暖を取って休憩していた騎士たちと交代していく。
10分程の休憩が終わり、いよいよ地下へと突入する。
「ステュアート王国の方!手分けして2方向から鉄製の階段を地下まで下ろしてもらえますか?」
「承知しました!」
金属属性の騎士たちが呪文を詠唱すると銀色の魔法陣を浮かび上がらせ、鉄製の階段を地下へと下ろしていった。
「鉄製の階段をここより地下まで生成せよ!」
「キシキシキシ、ガコーン!キシキシキシ、ガコーン!」
鉄が軋む音を奏でながら地下へと階段が造られていく。
「よし、先頭は聖獣に立ってもらう。皆は後から続いてください」
「御意!」
全員が無事に階段を降りるのを待っている間、周囲を確認してみた。
地下の深さは城の3階分相当、約12m位だ。神殿の横幅分の広さから奥に地下空間がある様だ。
「うーん。広いな・・・」
さて、やはり問題は地下へ入ってからなのだろうな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!