83.狡猾
アニエスはジュリアの辛い記憶を見届け、聖属性魔法でジュリアを癒した。
「ジュリア、あなたはとても辛い経験をしたのですね」
「アニエス様には全てが見えたのですか?」
ジュリアは聖属性魔法で癒され落ち着いたのか、再び敬語でアニエスと話し始めた。
「えぇ、全て見せていただきました。先日、帝国病院でも魔力器官の病気を司祭に治療してもらえない貴族が居ましたね」
「はい。アニエス様が治療して命が救われました」
「司祭は魔力の強い貴族の治療をしないと言っていましたね?」
「はい。そうでした」
「これは推測なのですが、もしかすると魔力の強い貴族の治療を拒否して死なせることで、怨獣を増やそうとしていたのではないでしょうか?」
「それは・・・有得ることですね・・・あ。でも?」
一度は同意したジュリアだが、直ぐに疑問を感じた。
「でも、それだと治療をしてくれなかった司祭を怨んで、神殿に怨獣が現れるのではありませんか?」
「それでも良いのです。司祭は怨獣を操れるのです。神殿に現れたならば、捕えて自分の意のままに使えるのですから」
「なるほど!では司祭ではなく、医師である父を逆恨みしてしまった者が私の家に現れたのですね?」
「そういうことだと思います。つまりそれは、ジュリアのお母様を殺したのは司祭だと言っても過言ではないのです」
「司祭が・・・」
ジュリアは自分の頬に手を添えて呟いた。
「近い内にエリアスは司祭の討伐に動く筈です」
「私もエレボスへ同行させていただけるでしょうか?」
「えぇ、今回はエリアスだけでなく、組織立てて討伐に向かうことでしょう」
「私も必ず参戦いたします!」
「そうね。キースとのこともその後で良いかしらね?」
「はい!」
ジュリアの心には新たな闘志が湧いて来たのだった。
ここは帝国騎士団の訓練場の端にある広場だ。今日はお母様と共にエレボスから帰還した人間の女の子や元怨獣たちを集めて、今後について話していた。
特に元怨獣だった者たちは、一時的とは言え帝国城に住まわせることは憚られたので、帝国騎士の寮の空き部屋へ入ってもらっていたのだ。
騎士団長とベルティーナ、アニエスとサンドリーヌお母様、僕の侍従たちにも来てもらっていた。
「皆、エレボスから脱出してそろそろ落ち着いたと思うの。皆のこれからの希望を聞きたいのだけど?」
「私はエレノーラ様と一緒に居たいです!」
人間の子であるエメは笑顔で言った。お母様に懐いているのだな。
「エメ、お家へ帰らなくてもいいの?」
「だってうちのことなんて、なにも覚えていないんだもの・・・」
エメは悲しそうな顔になって下を向いた。
「そう。それならば、エリアスの城で使用人になるのはどうかしら?そこで私も働くのよ?」
「あ!そうしたいです!」
ぱぁっと明るい表情になり茶色の瞳をくりくりさせた。
「それなら私も!親のことなんてなにも知らないんだもん!」
「私もよ!」
「そう、アンとリリーもエメと同じなのね?」
「はい!」
「ミアはどう?」
「ミアは良くわからないモー!美味しいご飯が食べられるならどこでもいいんだモー」
「ラウラは?」
「あたいは・・・こういうお城は好きじゃないかな・・・」
「そうね、ラーラもそうかしら?」
「そうクマ!山とか森に近い所がいいクマ!」
「やっぱり、そうよね」
その時だった。僕の胸のリヴァイアサンのペンダントが小さく震えた。
ペンダントをしている者たちが顔を見合わせ、緊張感が走った。
「エリアス!」
「アニエスも判ったんだね?でも、反応が小さいね・・・これは・・・」
僕は辺りを見渡した。すると城壁の向こうの木の枝に黒い鳥が一羽止まっており、こちらを見ている気がした。
僕はその鳥を見つめて指差すと、迷わず聖属性魔法の光を飛ばした。
「ピカッ!」
指先から放たれた真っ白な閃光が一瞬で黒い鳥を包み込み黒い煙となって霧散した。
「やっぱり・・・」
「エリアス、今のは?」
「お母様、司祭が送り込んだ鳥の怨獣です。鳥を操って僕らを監視していたのです」
「司祭はそんなこともできるのですか!」
「えぇ、ですからどこに居ても安心はできないのです」
「恐ろしい・・・」
「う!うぅ!」
「く、苦しい!」
「エ、エレノーラ・・・さ・・・ま」
「グゥォー!く、苦しい・・・くま」
「モーッ!モ、モー駄目・・・エレ・・・ノーラ」
「ギャン!い、息が・・・できない・・・ワオンッ!」
「エメ!み、みんな!一体、どうしたの?!」
お母様は血相を変え、苦しむエメを抱きかかえた。
皆、顔色がどんどん悪くなり、生気が吸われる様に失われていく。
立っていることもできず、その場にへたり込み、倒れて苦しんでいる者も居る。
そして元怨獣だった者たちは、その姿がどんどん変化していった。そう、怨獣に戻っていったのだ。
見る見るうちに牙や角が長く鋭く伸び、背骨がメリメリと音を立てながら浮かび上がって来る。体毛は当たり前の様に真っ黒になって長く伸びて来た。
エメ、アン、リリーの元々人間だった筈の3人は、怨獣には変化しないものの、倒れたままで全身の皮膚がどす黒くなっていき、息も絶え絶えになっている。
「な、なんてこと!私が治療して、ここまで人間に近付けたというのに!」
「お母様、どうしましょうか?」
「エリアス、もう助けられないのでしょうか?」
「そうですね。怨獣に戻ってしまった者たちは、呼び掛けてみて反応しなければ、殺すしかないでしょう」
「こちらの元々人間だった3人は私が聖属性魔法を掛けて戻せるかやってみましょう」
「えぇ、お願い!私はミア達に語り掛けてみるわね!」
「えぇ、お願いします」
「騎士団長、レオン、お母様が話し掛けて反応しないならば殺すしかありません!頼みます!」
「御意!」
「承知しました!」
騎士団長、ベルティーナ、レオン、フェリックス、キース、ジュリア、フィオナは戦闘態勢に入り、呪文を詠唱し始めた。僕とアニエス、サンドリーヌお母様は3人の娘たちに聖属性魔法を掛けた。
「皆!私の声が聞こえる?私が判る?エレノーラよ?!」
「グゥォー!グモー!」
「グルルルッ!」
「グゥワォーッ!」
怨獣たちは猛り狂い、仁王立ちとなってエレノーラに向かって行こうとした。
「エレノーラ皇妃殿下!危険です!」
騎士団長は叫び、いつでも魔法攻撃ができる体制を取った。
「わかりました・・・残念ですが・・・」
お母様は唇を噛みながら、悔しそうに声を絞り出した。
そして、騎士団長とベルティーナでミアを、レオンとフェリックスでラウラを、キースとジュリア、フィオナでラーラを殺した。
僕とアニエス、それにサンドリーヌお母様はそちらを見ない様にして、治癒魔法を掛けていった。
まずは僕が治療したエメの肌が元の色に戻り始めた。アニエスとサンドリーヌお母様が治療しているアンとリリーはまだ黒からグレーになり始めたところだ。
これでは間に合わないかな。
「アニエス、サンドリーヌお母様、二人でエメの治療をお願いします。アンとリリーは私が治療します」
「はい!」
僕はアンとリリーを両脇に並べて寝かせ、片手ずつ胸に当てて聖属性魔力を流す。僕の全身は真っ白に輝き、瞳は碧く輝いて神眼となり、体内を詳細に診ていくと魔力器官の中に黒く渦巻く小さな玉の様なものを見つけた。
僕はその玉に光属性の光を照射し、レーザー光線の様に焼き消した。
直ぐにエメの魔力器官も透視し、同様に黒い玉を焼き消した。
すると3人は穏やかに呼吸をし始め、落ち着いた。
「エリアス、エメたちはどうなのですか?」
「はい。3人とも魔力器官の中に黒く渦巻く玉がありました。普通の人間にはないものです。きっと司祭がこれを埋め込み、操るか怨獣化しようとしていたのでしょう」
「何てことを!」
「でも、その黒い玉は光属性魔力で消しましたので、もう同じことは起こらないでしょう。それにしても・・・こうして帝国城を混乱させるために、予めその玉を仕込んでいたのだとすると本当に恐ろしい男ですね」
「エリアス様、ちょっと待ってください!この者たちには闇の魔法が仕込まれていたのですよね?何故、結界の張ってある城の敷地に入れたのでしょうか?」
「あぁ、それは黒い玉が聖属性の魔力に包まれていたからです。それで結界を通ることができたのでしょう。私の持つリヴァイアサンの骨にも反応しませんでしたから」
お母様はそれを聞いて、静に怒りを募らせた。
「ミア、ラウラ、ラーラ・・・折角、帝国まで来られたのに・・・皆、これから幸せに暮らせると思ったのに・・・許せない・・・司祭・・・」
「お母様、ミアたちは残念です。残った3人は騎士団の寮ではなく、帝国城の使用人の部屋へ移しましょう。そこで私の城ができるまで、侍女の見習いをしながら暮らしてもらいましょう」
「えぇ、そうね。エリアス」
「エリアス、司祭をこのまま放置しないわよね?」
「えぇ、勿論です。討伐に行って参ります」
「エリアス、エレボスへはこの前の様に一人で行っては駄目よ?必ず、私も行きます」
「え?お母様が?それは危険です!ここでお待ちください!」
「いいえ、私はスチュアート王国騎士団のAでもあるのです。ミアたちの仇は私が打ちます!」
「え?王国騎士団には、ローガン・イングラム団長が居ますよね?」
「彼は2番手です。私が帝国に嫁いだので、騎士団長と銀の騎士の名を名乗ることは許していますが、1番手であるエースは私のものです。騎士服も持っていますよ?」
「えー!そうなのですか!って、でも。危ないし・・・」
「いいえ、今回ばかりは私も黙ってはいられません。決着をつけないと安心して過ごせませんから!」
「そうですか?まぁ、そうですよね・・・」
「エリアス様、今回は私たちも行きますから安心してください!」
「レオン。皆も行くのかい?」
「勿論です!」
「エリアス様、帝国騎士団もお忘れなく!」
「えぇ、全ての国の王国騎士団にも参戦していただきましょう!」
「あぁ、そうか。そうだね。それだけの戦力が集まれば、エレボスを破壊せずに司祭を打ち取れるかな?」
「まぁ!あなた、エレボス毎、司祭を始末してしまうつもりだったの?」
「お母様、司祭はあらゆる卑怯な手を使って来るのです。もういっそのことと・・・まぁ、その前に一度、ドラゴンにお伺いを立てて来ますけれど」
「えぇ、そうして頂戴。兎に角、あなたをひとりで行かせるなんて、絶対に駄目よ!」
「わかりました。ルミエールに行って来ます」
その翌日、エメたちは目を覚ました。黒い玉を覆っていた聖属性魔力のことを思い出し、3人の魔力を測定したところ、全員に聖属性魔力が20ずつ残っていた。
「まぁ!エメ、アン、リリー。あなた達3人とも聖女なのね!」
「え?私たちが聖女?本当ですか?!」
「そうだね。魔力は強くないけれど、軽い怪我や病気ならば治せるのではないかな?」
「本当ですか、神様!」
「あぁ、本当だよ。病院で患者の治療のお手伝いをしてくれるかな?」
「はい!私たちでよろしければ!一生懸命働きます!」
「うん。頼んだよ」
「はい!」
3人娘の笑顔が揃った。この3人だけでも救えて良かったな。
数日後、僕はひとりでルミエールへ飛んだ。アレクサンド様に司祭のことを相談するためだ。それだけの用なので身軽にひとりで転移したのだ。
アニエスはジュリアとキース、フェリックスとフィオナと共にデビュタントの衣装を調達に帝都の服飾店へ行くそうだ。僕には帝国皇子の衣装があるので用意は不要なのだ。
司祭のことが心配だが、だからと言って城に閉じ籠る訳にもいかない。司祭の討伐に向けて気を張り詰めていたところもあるから気分転換も必要ということになったのだ。
安全策として帝都全体に結界の傘を張っておいた。それに魔力を100にした侍従たちが居るのだから大丈夫だろう。
「シュンッ!」
僕はルミエールのドラゴンの住む洞窟の前に現れた。
『来たか。エリアスよ』
まだ昼前であるこの時間、ドラゴンは湖の畔に横になっていた。
「アレクサンド様。また司祭にやられてしまいました。元怨獣や攫った子供たちには魔力器官の中に闇魔法が仕込んであったのです」
『元怨獣たちは怨獣に戻されてしまったのか?』
「はい。そうなのです。エレボスから帰って直ぐに身体を検査するか、獣に戻すべきでした。完全に私のミスです」
『仕方がない。司祭は悪魔の様に繊細で狡猾なのだからな』
「はい。その狡猾な司祭を直ぐにでも抹殺したいのです」
『いよいよこの時が来たのだな』
ドラゴンはそう言うと首を持ち上げ遠い空を見つめた。
『だがな、エリアス、あ奴はただ殺してはならんぞ?』
「殺してはいけないのですか?」
『うむ。あ奴を殺したらどうなる?』
「あ!そうか!司祭を殺せば強大な怨獣に成り果てるのですね?」
『そうだ』
そうか、ただ殺すだけでは駄目なのか・・・一体、どうすればいいんだ?
お読みいただきまして、ありがとうございました!




