74.再会
怨獣は全て片付けたが、ロジェ伯爵の屋敷の周りは戦闘によって荒れ果てていた。
「テレーズ、申し訳ない。今回のことは私が関係して怨獣を呼んでしまったのかも知れません」
「いいえ、殿下のお役に立てたのなら良いのです。エレノーラ皇妃殿下をお救いするためなのですよね?」
「そう言っていただけるのであれば救われます」
「それにしても・・・法外な魔力ですな・・・」
バルデラス団長が無くなってしまった山の方を見つめながら呟く様に言った。
「これでも抑えたつもりなのですが・・・」
「ほう」
そしてアニエスが僕を抱きしめた。その瞳が碧く輝き、全身が白く輝いた。
まるでその場が昼間であるかの様に明るく照らしながら。
『エリアス、少し力を使い過ぎたわね』
『アニエス、心配させてしまった様だね』
『私はエリアスを守るために居るのだから。でも今回は良い訓練になったわ。自力で空を飛べる様になったのですから』
『これは人の域を超えてしまったのかな?』
『そう、あなたは神なのですから』
『神か・・・』
そして上空にはカオスとフォンテーヌ王国騎士団の戦闘艇、ジュノーが現れ、騎士たちを迎えに来た。
「ロジェ伯爵、街の復興には帝国が力を貸すことをお約束します」
「エリアス皇子殿下、ありがとう存じます」
「では、これで失礼します」
そして僕たちはロジェ伯爵領を離れ帝国へ帰還した。
「エリアス様、今夜はもう、怨獣は現れないでしょう。明日、エレボスへ発たれるのであれば、今夜は城へ戻り英気を養ってください」
「バルデラス団長、2週間お世話になりました。良い経験となり自信が持てました」
「お役に立てたならば本望です。良い知らせをお待ちしております」
「エリアス様、私たちもお連れください!きっとお役に立てます!」
「そうです!私、エリアス様のためならば、死んでも構いません!」
「エレーナ、キアラ。ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。僕はお母様を助けに行く。家族のために命を懸けるんだ。エレーナもキアラも、その力は自分の家族を守るために使って欲しいな」
「エリアス様・・・きっと、きっとご無事でお帰りくださいね!」
「あぁ、お母様と帰って来るよ。あ、そうだ。これから神殿のあった場所に聖アニエス病院を建てるんだ。そこは私の住まいでもあるのだけど、そこに私の侍従と創る新しい旅団と夢幻旅団の家も兼ねる予定だ」
「完成したら、カオスに寝泊まりするのではなく、その新しい家に一緒に住もう」
「え!本当で御座いますか?!」
「あぁ、本当だとも」
「リナルディ副団長、そこには食堂と料理人も置きます。副団長がゆっくり休める様にね」
「それはありがたい!」
「楽しみにしていてください」
「エリアス様!早く帰って来てください!」
「キアラ。エリアスは私のものなのだけど?」
「あ!それは・・・その通りです・・・申し訳御座いません。アニエス様」
キアラはアニエスの勢いに押され、語気が下がった。
「わかればいいのよ」
アニエスは笑顔で言った。僕は心でアニエスに話し掛けた。
『アニエス、ちょっと大人気ないよ?』
『あら?私、大人じゃないわ。まだ17歳なのよ?』
『確かにそうだね。悪かった。でもアニエスが私のことをそう言ってくれるのは嬉しいよ』
『では、エリアスも今度そう言ってね』
『え?私が言うのかい?』
『言葉で言ってくれないと伝わらないのよ?でも、私たちは心も通じるから、私の目を見てそう心で思ってくれてもいいわ』
『あ、あぁ・・・そうだね』
翌朝、朝食の席で僕はお父様たちに出発の挨拶をした。
「お父様、アドリアナお母様、リカルド。今日これから、お母様を救いにエレボスへ行って参ります」
「そうか。エレノーラの夫でありながら、何もできない私を許してくれ」
「お父様は世界の太陽です。これは私の役目です」
「エリアス様、どうかご無事で」
「お兄様、必ずやエレノーラお母様を連れ戻してください!」
「あぁ、リカルド。大丈夫だ」
「アニエスも一緒に行ってくれるのだな?エリアスを守ってくれるか?」
「はい。お父様。必ずやエリアスを守り、エレノーラお母様を連れ戻して参ります」
「うむ。頼んだぞ」
朝食後、僕とアニエスは自分の部屋のバルコニーへ出て、リヴァイアサンを呼んだ。
「リヴァイアサン!エレボスへ行く時が来た!ここへ来てくれ!」
「リヴァイアサン、私たちをエレボスへ連れて行って!」
そう言って、マナが光輝く空を見つめ待っていると、高い空に白く光る巨大な魔法陣が現れた。
「あ!あそこ!魔法陣が現れたわ!」
「うん。あの大きな魔法陣はリヴァイアサンに違いないね」
次の瞬間、魔法陣から真っ白に輝く白鯨が現れた。
「クゥオーン!」『エリアス!アニエス!』
「リヴァイアサン!待っていたよ!」
「クゥオーン!」『エリアス、準備ができたのね?』
「あぁ、お母様を救いにエレボスへ行くよ」
「私たちをエレボスへ連れて行ってくれる?」
「クゥオーン!」『勿論!約束したものね』
リヴァイアサンは僕の部屋のバルコニーへ左の胸びれを横付けし、僕たちが乗れる様にしてくれた。
僕はアニエスの手を取り、胸びれから背中へと乗り移った。
すると、食堂のバルコニーからお父様とお母様、リカルドが揃って僕らを見送ってくれた。
「お父様、行って参ります!」
「エリアス!エレノーラを頼んだぞ!」
「お任せください!」
するとカオスが城の裏から浮上し、デッキには騎士たちが勢揃いして見送ってくれた。
「エリアス様!どうかご無事にお戻りください!」
「早く帰って来てください!」
「みんな!ありがとう!」
反対側からは帝国騎士団の船、アルテミスも浮上し、デッキに騎士団長やベルティーナ、それに僕の侍従たちまで同乗して手を振っていた。
「エリアス様!闇の大陸なんて吹き飛ばして来てくださいよ!」
「レオン、できたらやってみるよ!」
「エリアス様!早く帰って朝の鍛錬に行きましょう!」
「キース、わかった!待っていてくれ!」
「クゥオーン!」『みんな、今生の別れみたいに必死なのね』
「皆、心配してくれているんだ。私は必ず帰るよ。お母様と一緒にね」
「えぇ、エリアスなら大丈夫よ」
「クゥオーン!クキキキッ!」『私もついているわ。いざとなったら、エレボスごと消し去ってしまいましょう』
「それって冗談ではなく、その選択肢も頭に入れておくべきなのかな?」
「クゥオーン!」『そうね。でも本当にエレボスを消し去ることはできないわ』
「できない?私の魔力を全て使ったとしても?」
「クゥオーン!」『闇の魔力は人間の負の念。今のエレボスを消し去ってもそれは一時的なこと。また怨念は蓄積して行くの』
「あぁ、そういうことか。今回はお母様を救い出せればそれで良いよ」
「クキキキッ!」『司祭は手強いわ』
「そうだろうね。気をつけるよ」
そして帝国城から離れると、前方に白く大きな魔法陣が出現した。
「エレボスへ転移するのだね?」
「クゥオーン!」『では行くわよ!』
「あぁ、頼む」
僕はアニエスの手を握る手に思わず力が入った。アニエスは僕の顔を見つめて微笑んだ。
「シュンッ!」
魔法陣を抜けるとそこは、今までとは全く違う世界だった。
「うわっ!さ、寒いわ!」
「うん。南極だからね。防寒の下着を着て来て良かったね」
「それでも顔が寒いわ!」
極寒のエレボスでは、空にほとんどマナが漂っていない。碧い空ではあるのだが、何か物足りない様な寂しさを感じた。
地上に目をやると、漆黒の靄に包まれた大陸があり、そこから空に向かって黒い霧の様なものが漂っていた。
そして、黒い大陸の手前にうっすらとシャボン玉の様な膜に覆われた半島があった。あれが死の畔、お母様が幽閉されている場所か。
「リヴァイアサン、あの半島にお母様が居るんだね?」
「クゥオーン!クキキキッ!」『そうよ。これから一回りしてから降りるわね』
リヴァイアサンは一回りしながら高度を下げ、半島に近付いて行った。
エレノーラはその朝、身震いする様な悪寒に襲われ目を覚ました。
「何かしら?エレボスの奥で何かがざわついている様な・・・嫌な感じがするわ」
朝食の支度をするために食堂へ行くと、サンドリーヌも気持ちの悪そうな顔をして入ってきた。
「サンドリーヌ、おはよう」
「おはよう、エレノーラ。今日は何か変ね」
「えぇ、何かざわざわするわ」
「そうなの。死の縁の向こうに何かが沢山集まっている様だわ」
「サンドリーヌにはそこまで判るのね?」
「えぇ、禍々しい何かよ。怖いわ」
「ここが襲われるのかしら・・・早く朝食を食べてしまいましょう」
二人はいつもより早く朝食の支度を済ませ、皆に食べさせた。
「皆も感じているかも知れないけれど、死の縁の向こうで禍々しいものが集まっている様なの。皆、荷物をまとめて半島の先へ一時的に避難しましょう」
「やっぱりそうなのモー?朝から身体が震えるのモー」
「ミアも何か感じるのね・・・」
「何か臭い奴が集まっているワンッ!これは死臭だワンッ!」
「エレノーラ様!怖いです!」
「ラウラは匂いも嗅ぎ取っていたのね。エメ、アン、リリー。急ぎましょう!」
エレノーラたちは着替えや食料を荷車に載せると大急ぎで半島の突端を目指して移動を開始した。
「あ!大変!」
「どうしたの?」
「あそこを見て!死の縁の方よ!黒い霧が死の縁を越えてこちらへ迫っているわ!」
「本当だクマ!森が黒い霧に飲まれて行くクマ!」
「ラーラ!ゆっくり見ている場合ではないわ!」
皆で荷車を引きながら半島の開けた場所まで出た時だった。
「あ!あれ!空を見て!」
「え?今度は何?」
「あれって、前にも来たよね?」
「あれは・・・リヴァイアサン!」
「クゥオーン!」
「何か言ってるワンッ!」
「こっちに来ているモー!」
「助けに来てくれたのかしら?!」
「そうだといいクマ!」
「クゥオーン!」『エリアス、エレノーラたちが追い込まれているわ』
「なんだって?」
「あ!あれは・・・黒い霧が迫って来ているわ!」
「あの中に怨獣が居るのか!早くお母様たちを助け出さないと!」
「クゥオーン!」『直ぐに降りるわね』
リヴァイアサンは素早く高度を落とすと海に着水し、胸びれを浜辺へ着けた。
僕はアニエスの手を握ったまま走り出し、胸びれを伝って浜へと降り立った。
そしてその先には見覚えのある、美しい女性がこちらを見ていた。
「お母様!エレノーラお母様!」
「え?私?あなたは?」
お母様は一瞬、きょとんとし、僕を頭の先からつま先まで舐める様に見ていった。
「あ!その剣は・・・まさか・・・エリアス?」
「はい、お母様。エリアスです!」
「ほ、本当なの?」
「お母様、お待たせして申し訳御座いません。やっと迎えに来ることができました」
「エリアス!エリアスなのね!」
エレノーラはエリアスの下へ走り、そのまま胸に飛び込んだ。
「ドサッ!」
「あぁ!エリアス!エリアス!こんなに大きくなって!もう18歳になるのね?」
「えぇ、8年もお待たせしてしまって・・・」
エリアスはエレノーラを深く抱きしめ、頬を合わせた。お母様は笑顔で涙を流していた。
「あ、そのお嬢さんは?もしかして婚約を?」
お母様は僕越しにアニエスを見つけ、僕を抱きしめたまま聞いた。
「お母様、まだ婚約はしていません。聖女のアニエスです」
「え?アニエス?この娘が?」
「え?アニエスを知っているのですか?」
「アニエス?アニエスなの?!」
「はい?」
アニエスは急に二人の女性から名を呼ばれ、きょとんとしている。
だが、お母様ではないもう一人の女性は、アニエスと同じ黒い瞳に黒い髪だ。そしてアニエスに顔も似ていた。
「エリアス、この女性はサンドリーヌ。アニエスの母よ」
「アニエスのお母様?」
「私のお母様?」
僕とアニエスは同時に反応した。でもこの顔は間違いない。この人がアニエスの・・・
そうか、お母様が聖属性魔法で治療して、ここまで人間に近付けているんだ。
「アニエス!」
サンドリーヌはアニエスの目の前に立って名前を呼んだ。
「お母様・・・なのですか?」
「えぇ、そうです。私はアニエスの母、サンドリーヌです」
「本当に?私にお母様が?」
「えぇ、私はミハイロに神殿の地下に閉じ込められたままだったのです。そして命が尽きようとした時、ここへ捨てられたのです」
「あぁ、お母様!」
「アニエス!」
二人は抱き合って涙を流した。それを見ていて僕も涙を零した。
「エリアス、それはそうと、何故リヴァイアサンに乗って来たのですか?」
「元々、聖女であるアニエスが聖獣たちと会話ができたのです。それで仲良くなって連れて来てもらえたのです」
「そうなの!凄いわね!」
やっと、やっとお母様に逢えた。生きていてくれた。こんなに嬉しいことはない!
お読みいただきまして、ありがとうございました!




