表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
74/97

73.習慣

 団長の返答を聞いたアニエスは、僕に心の中で問い掛けた。


『エリアス、イグナーツの過去を団長に話しても良いのかしら?』

『そうだね。本来なら話すべきではないのだろうけれど、イグナーツはこのまま放置しても悪い方向に落ちて行くだけだろう。知っていてもらった方が良いのではないかな?』

『わかったわ』


「エリアスが話しても良いと言うのでイグナーツの過去についてお話しします」

「え?今、お二人は会話を?」

 団長には僕たちが黙って見つめ合っていたのを不思議に思われた様だ。


「えぇ、私たちは口に出さずとも、心で会話ができるのです」

「えーっ!」

 周りに居た騎士たちが驚きの声を上げた。その驚きの声には関心を持たず、アニエスは淡々と話し始めた。


「イグナーツですが、先程のフォークト男爵の次男として生まれたのです。ですが、一人だけ魔力が大きかったことで父親からうとまれ、サドラー侯爵家の養子に出されました」


「そして、サドラー家では子として扱われず、とてもつらい目に遭いました。イグナーツを子としてではなく、国へ騎士として差し出す駒として買ったのですから」


「帝国でも学校や騎士団で、人と合わせることができずに孤立し、魔力の強さと魔法攻撃の上手さは認められたものの、騎士としての品性が無いとなじられ、夢幻旅団に送られた様です」


 バルデラス団長は目をつむり、顎に手を当て深いため息をついてから話し始めた。

「ふぅ・・・なるほど。貴族は3人以上の子を儲け、最低一人は騎士に出さねばならん。その騎士を養子で埋める者は後を絶たないのだ」


「そうですか・・・では、子を騎士に出すことを義務から外さないといけませんね」

「しかしそれでは、騎士の成り手が居なくなりますが?」

「義務で子を騎士にすることで親子の絆が断たれ、憎しみや怨みを生み、怨獣が増えるのであるならば、騎士など増えなくても良いではありませんか」


「では誰が怨獣を退治するのですか?」

「そうすることで本当に騎士が減ってしまい、当たり前に怨獣に人が殺される世となるならば、自ら立ち上がる者が出て来るものではありませんか?」

「そうね。やってみなければ判らないわね」

 アニエスはいつも僕の見方だ。本当に心強いよ。


「それに、一般民衆が誰一人として怨獣に殺されてはいけない。そう決めつけることもないでしょう?人の死に方は様々です。寿命や病気は勿論、山へきのこを採りに行き、熊に襲われて死ぬ人も居るのですから」

「あぁ・・・そう言われると・・・そうなのかも知れません」


「どの世界でもどの国でも、そしてどの家庭でも。昔からそうして生きて来た、と自分で良く考えもせず、知らない誰かが決めたこと、言ったことを鵜呑みにして守り続けている。そんなことは至る所で見られるのでは?」

「習慣・・・というものですか・・・」


「そうです。しかし、時代は変わるのです。習慣とか習わしなどというものは、誰かが意見し、変えて行かないといけません。いつまでも同じで良い訳がないのです」


「エリアス様・・・わたし・・・私もイグナーツと同じ様に親に売られたのです」

 一人、下を向いていたキアラ・ビアンキが顔を上げ、涙をこぼしながら訴え掛けて来た。


「キアラ、おいで」

 キアラが席を飛び上がる様にして立ち上がり走って来た。僕は腕を広げてキアラを抱きしめようとした瞬間、

『駄目!キアラは私が癒すわ!』

 アニエスが心で叫び、僕の前に飛び出すとキアラを抱きしめた。


 アニエスは真っ白に輝き、聖属性の力でキアラを癒した。キアラは目をつむり、アニエスにすがる様に抱きついた。あーなんだ・・・僕でなくてもいいんだ。


 うーん。これは黙っていて良い問題ではないな。僕はアニエスに心の声で訴え掛けた。

『アニエス、僕だってアニエスがイグナーツを抱きしめた時、やめてくれって言いたかったんだよ?!』

『ほんと?良かった!』

『もう!なんだかなぁ・・・』


『私はエリアスが私以外の女性に触れて欲しくないの』

『アニエス。私も同じだよ。私以外の男性にアニエスが触れているのは嫌だよ!』

『ふふっ、わかったわ。これからは気をつけるわね!』


 キアラが落ち着いたのを確認したアニエスは魔力の出力を止め、エレノアにキアラを任せた。エレノアはキアラの肩を抱いて彼女の自室へ連れて行った。


「さて、出動要請があるまで、皆、自室で休むと良い」

「そうですね。朝まではまだ時間はある。休める時に休んでおこう」

 団長に言われ、僕とアニエスは部屋へ戻った。


「エリアス、お風呂にする?それとも寝る?」

 その質問って・・・新婚さんみたい?あれ?ちょっと違うか?あ、そうか。お風呂かご飯だっけ・・・

「エリアス、それって何?新婚さん?」


「え?あ。そうか、聞こえちゃうんだっけ。いや、何でもないよ。お風呂に入ろうかな」

「手伝うわ」

「ありがとう」


 いつもの様にアニエスにお風呂を手伝ってもらった後、アニエスも一人でお風呂に入った。

僕は先に出てベッドに入ると、いつの間にか眠ってしまった。そして、気がつくと隣にアニエスが入り込んで僕に抱きついていた。


 僕はアニエスをきつく抱きしめた。

「あぁ・・・エリアス・・・起こしちゃった?」

「いいんだ」

「エリアス、どうしたの?」

「ん?だって、アニエスが焼きもちを焼かせるから・・・」


「それって、どういう意味なの?」

「アニエスと同じだよ」

「私もエリアス以外の男性に触れてはいけないのね?」

「そう。駄目だよ」


「嬉しい・・・」

 そう言って、アニエスも僕を深く抱きしめた。


 本当はアニエスにプロポーズしたかった。でも、言い出せなかった。

お母さんを救い出してからにしたい・・・っていうのは言い訳かな。いや、プロポーズはもっとロマンティックなシチュエーションでないと!うーん、それも言い訳だ。


 僕って、女性に関しては結構、ポンコツだったんだな。

アニエスはプロポーズとか解からないだろうし、自分から言うはずもない。いつかは僕から言わないといけないのだよな・・・




 結局、その日は翌朝まで出動は無かった。朝食前に僕はいつも通りに鍛錬に出て、カオスに戻ると朝食の準備ができていた。


 夢幻旅団では料理人は居らず、ほとんど副団長が作っているそうだ。

「リナルディ副団長、料理、お上手なのですね!」

「そうですか?それは良かった!」


 あ、そうだ!聖アニエス病院は僕の侍従と旅団のために建てようと思ったけど、夢幻旅団も一緒に住んでもらえば良いんだな。こうやって、ずっと船で暮らすなんて精神衛生上、良い訳がないんだから。船着き場にカオスと僕の船と2隻の船着き場を造ってもらおう。




 夢幻旅団への2週間の同行も今夜が最後となった。

勿論、平穏無事な夜を過ごせたら良かったのだが、そうはいかなかった。


「フィーン!フィーン!フィーン!」

 けたたましく警報が鳴り、怨獣出現の報が入る。


「フォンテーヌ王国ロジェ伯爵領に怨獣が多数出現!現在、フォンテーヌ王国騎士団が応戦中も被害甚大!」

「直ぐに飛ぶぞ!」


 ロジェ伯爵?どこかで聞いたことが?あ!動物学者のテレーズ・ロジェ伯爵だ!

怨獣が多数出現って、まさか研究で飼育していた動物が怨獣に憑りつかれたのだろうか?


 僕が想像した最悪の事態になっていなければ良いのだが・・・


 カオスがロジェ伯爵領の上空に出現し、眼下を確認すると、既に多数の怨獣が地上で暴れ回っているのが見えた。フォンテーヌ王国の王国騎士団の騎士も個別に戦っている。


「なんて数だ!何体居るのか判らないな」

「地上に降りて散開し、個別に撃退するしかあるまい。行くぞ!」

「御意!」


 地上に降りると、目に入る範囲には人型は居なかった。猪や山羊、羊、牛の怨獣が多い様だ。それにしても皆、悪魔の様な風貌だ。


 だが、これくらいならば魔法を使うまでもない。刀で片っ端から斬っていく。夢幻旅団の騎士たちも各個で怨獣を撃破していく。


 目の端に捉えられたのは、イグナーツとキアラの動きだ。昨日までより、動きが繊細でシャープになっている。荒々しさが消え、迷いなく一撃で仕留めて行く。


 うん。良い傾向だな。死体をミンチにするまで痛めつけることも無く、淡々と仕事をこなしている感じだ。


 僕は次のターゲットを探して走った。伯爵家の裏に回るとそこに怨獣に襲われかけている女性を見つけた。


 うん?!あれは!テレーズ!そう、帝国城で5歳の時に会議をした、あの時のテレーズ・ロジェ伯爵が目の前に居た。13年ぶりだ。


「テレーズ!」

「え?どなたですか?!」

「エリアスです!」

「エ、エリアス皇子殿下!」


 その時、テレーズの背後から一体の怨獣がテレーズに迫っていた。

「テレーズ、危ない!」

「あ!殿下!その子は!」

「怨獣ですよ?まさかテレーズが創ったのですか?」

「いいえ、さっきまで普通の羊だったのです。ルル!しっかりして!怨獣になっては駄目よ!」


 テレーズは必死にルルに話し掛ける。しかしその羊は既に怨獣に変化へんげしている。

頭に巻いた角は大きくなり、前足のひづめは割れて鋭いナイフの様になっている。全身漆黒の体毛に覆われ、背骨の突起が隆起している。


 口からは鋭い歯がむき出しになって大量のよだれを流している。羊には上顎うわあごに歯が無いはずなのに、歯茎から鋭い歯が生えてきている。


「テレーズ、そいつはもう怨獣になっている。殺すしかないんだ!」

「あぁ!どうしてこんなことに!」


 僕は心を鬼にして、ルルを刀で一刀両断にした。

「ズバッ!」

「ドサッ!」

「ルル!どうして!」


 テレーズはルルの前にうずくまり、涙を流していた。僕はテレーズに声を掛けようと近付いた。その時、

「殿下!後ろ!」


 バルデラス団長の声に振り返ると、そこには人型の怨獣が迫っていた。その怨獣は頭が三つもあり、羊、山羊、牛の角をそれぞれに持っていた。

そんなことよりもその大きさは今までに見たことがなかった。体長2m50cmはあったのだ。


 僕は何も考えること無く、反射的に怨獣に向けて魔力を射出した。


「パウッ!」

 一瞬にして僕の髪と瞳は金色に輝き、黄金の光が僕の身体から射出されると、瞬時にその光は広がり、怨獣を一瞬で蒸発させ、その向こうにあった全てのものを消し去った。


「グゥォォォォッ!」

 山も、森も一瞬にして蒸発して焼野原となり、何もない平原が地平線まで続き、ブスブスと煙を上げていた。


「やってしまった・・・」

 しかし、呆けている場合ではなかった。更に同じ様な頭を三つ持った大型の怨獣が、僕とテレーズに襲い掛かって来た。

「グォーーッ!」


 また同じことはできないな。どうするか・・・取り敢えず、この場を回避だ。

そう思った瞬間、僕の背中にルーナと同じ純白で大きな翼が出現し、重力から解放された。


 フワッと地面から浮き上がる感覚があり、慌ててテレーズを片腕で抱き上げた。次の瞬間、純白の翼が音もなく羽ばたき、テレーズを抱いた僕は空へと舞った。


 翼から放出される光のマナが夜空を照らし、怨獣はその眩しさにひるんだ。

「キャーッ!」

 僕に抱きかかえられ、空に舞ったことに驚き、叫ぶテレーズに騎士たちが振り返った。


 僕はそんなことよりも、あの常識破りな大型の怨獣を何とかしなくてはと考え、空から刀を怨獣目掛けて振り下ろした。


「シュォッ!」

「グゥオーーーーーッ!」

 青い炎が刀から噴出し、一直線に怨獣に突き進み、身体を青い炎で包むと一瞬にして消し去った。


「ギィヤァーーーッ!」

 怨獣の断末魔と共に宵闇よいやみが戻って来た。


 辺りは静まり返り、怨獣の気配は無くなった。

そしてひとり、またひとりと、騎士たちが集まって来た。騎士たちは空に浮かぶ純白の翼を広げた僕を、何か神々しいものを見る目で見守っていた。


 僕はテレーズを地面に下ろし、背中の翼を消すと金色に光っていた髪と瞳も元の色に戻っていった。


「さっきの黄金の光と青い炎は殿下の魔法ですか?」

「エリアス様、背中に純白の翼が生えていましたね」

「やっぱり、神様だったのですね・・・」


「えぇ!エリアス皇子殿下は正真正銘の神様でいらっしゃいます!」

「テレーズ、それはいいから」


 すると、騎士たちの合間からアニエスが現れた。

「エリアス、本来の力を得たのですね」

「本来の力?」

「えぇ、あなたは神なのですから・・・」

「神・・・」

 そう言うアニエスの表情は、真顔で少し冷たく感じた。


「あなたはお母様を救いにエレボスへ渡る。司祭もそれを阻止すべくエリアスの力を測ったのでしょう」

「司祭が?確かにあの怨獣たちは創られた怨獣に見えたね」

「でも、司祭の企みは失敗に終わるでしょう。だって、エリアスは空をも自在に飛べる術を得たのですから」


 闇属性は世界中の人間の負の念を魔力に変換できる。


 その力を自在に操る司祭に、僕は勝てるのだろうか?

お読みいただきまして、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ