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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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6.恋詩

 僕は5歳の誕生日を迎えた。もう身長は125cmある。


 僕のこの身体がそうなのか、それともこの世界の人間の成長がそうなのか判らないのだが、僕の成長はとても早いと思う。


 勿論、そうなりたくて毎日沢山食べ、走り込みをし、体幹トレーニングを積み、自分で作った木刀で素振りや打ち込みの稽古をしているのだ。


 毎日毎日、飽きもせず同じトレーニングのルーティーンをこなしている僕をお母様も飽きもせず見守ってくれている。あれからは暗殺に遭うこともなく、僕を助けてくれた生き物が現れることもなかった。


「エリアス。毎日頑張っていますね。その木刀を振るっているのは剣術というものですね?」

 上半身が着物の様な衣装を着たお母様は、ヨーロッパ調の城の庭園の真っ白なベンチに座って微笑みながら話し掛けてきた。なんだかちょっと不思議な光景だ。


 僕は素振りをしながら答える。


「えぇ、そうですね。僕が前世で力を入れてやっていたことです」

「では、その訓練は前世で毎日やっていたことなのですね?」

「はい。おっしゃる通りです」


「この世界でも大昔にはあった様ですね。でも今は魔力の強くない者が、魔力の発動を補う手段として補助的に使うか、一部の騎士が趣味でやっているくらいでしょうか」

「では、お母様の様に魔力が強い人は剣を持つ必要もないのですね?」

「えぇ、そうです。ですが私の出身国は金属の国ですから、剣術は他の国よりは盛んだと思いますよ」

「なるほど。それがこの世界なのですね」


「エリアスは本物の剣を必要としますか?」

「え?本物の剣が手に入るのですか?」

 僕は素振りを止め、お母様に向き直った。


「必要ならば私が造りましょう」

「お母様が造る?のですか?」

 え?魔法で剣が造れるというのだろうか?


「私は金属の大陸レムノスのステュアート王国の王女。そして魔力が一番強いのです。金属の錬成は得意ですよ」

「それならば軽くて丈夫な金属で剣を造れますか?」

「軽くて丈夫・・・剣に適した金属・・・」

 お母様は美しい顔で少しの間、真剣に考え込んでいた。


「それならば、キレイカルコスで剣を錬成するのが良いでしょう」

「キレイカルコス?それはどんな金属なのですか?」

「この世界で一番固くて軽い金属です。キレイカルコスを錬成するには、金属属性の魔力が100に達していないとできないと言われています」


「それはつまり、この世界でその金属を使って剣を造ることができるのはお母様だけということですか?」

「現在ではそうですね」

「僕に造っていただけるのですか?」

「私の愛するエリアスのためなのですから!」


「ありがとうございます!お母様!」

 僕はまるで子供の様に喜び、その場でジャンプしてしまった。

あ、見た目はまだ子供だったんだな。


「ふふっ、そんなに喜んでくれるなんて!それでどんな剣が欲しいのですか?」

 そう言われ僕は少し迷った。剣道のイメージでは日本刀だ。でも前世で最後に慣れ親しんだのはフェンシングのサーブル剣だ。


 しかしサーブル剣は実戦用だとしても細くて獣や怨獣相手では役不足だ。やはり日本刀か西洋剣になるだろう。


 でも西洋の長剣は重い。今、造ってもらってもこの小さな身体では重くて振るえない。

やはり日本刀にするしかないだろう。日本刀ならば剣道を習っている時に先生が持っていた本物の日本刀を見せてもらったことがあるから記憶に残っている。


「前世の世界の剣なのですが、できるだけ細身で薄く、しなやかで軽く、切れ味の良い剣。長剣と短剣の2本必要です」

「エリアス、それを絵に描けるかしら?」

「はい。描けます!」


 僕は絵に描いてお母様に刀身の長さや薄さ、しなやかさ、そしてりについて説明した。

「なるほど、変わった形の剣なのですね。そして反りが重要なのですね?これがエリアスの前世の世界にある剣なのね」

「そうです。できるだけ軽く、そして強く造れますか?」

「やってみるわね」


 お母様は真剣な表情で身構えると腕を美しく回転させながら呪文を詠唱した。

「レムノスの力よ、我に集え!」


 お母様の周囲に銀色のマナが集まり光を放ち始め、銀色の魔法陣が浮かび上がる。

「キレイカルコスを生成し、我の心象にある剣を錬成せよ!」


 魔法陣に銀色のマナが吸い込まれる様に渦巻いて集まると、魔法陣の中心から一本の細い棒がうっすらと現れ、僕が絵に描いた剣の形に錬成し始めた。

「ズズズッ・・・ピキッ!パキッ!」


 いつの間にか、お母様の瞳と髪は銀色に変わっていた。とても不思議な感じだ。

お母様の額に汗が一筋流れ、ゆっくりと大きく呼吸しながら形を整えていく。


 そして、二振りの日本刀が現れた。


「最後におまじないを掛けましょう」


「ウーラノスの聖なる力よ!我に力を貸したまえ!」

 お母様が聖属性魔法の呪文を唱えると白い聖なるマナがお母様を包み込んだ。すると、碧い瞳とシルキーホワイトの髪に戻った。


「この剣に聖なる力を付与したまえ!」

 すると白い魔法陣が二振りの日本刀を白い光で包みながら進み、通り抜けるとゆっくりと消えていった。


「ふぅ・・・どうやら完成した様ね。エリアス、どうかしら?」

「持ってみても良いですか?」

「えぇ、重さを感じてみて」


 僕はまず、長剣ののないなかごと呼ぶ持ち手の部分をハンカチでくるんで持ち上げた。今の僕の力でもスッと軽く持ち上げることができた。


「うわぁ!何て軽いんだろう!」

 これは剣道の大人が使う竹刀しないと同じ位の重さだ。フェンシングのサーブル剣よりは重いけど、両腕で支えることを考えれば軽い。


 今の僕にはまだ、やや重いけど、訓練して行けば直ぐに軽々と振れる様になるはずだ。


「お母様、素晴らしいかたなです!本当にありがとうございます!」

「まぁ!そんなに喜んでくれるなんて!嬉しいわ!」


「でも、エリアス。その剣はこの世界で一番軽く、丈夫で何でも斬れるはずよ。扱いにはくれぐれも気をつけてね」

「はい。十分に注意いたします」


「あとは、つかつば、それにさやも造らなければなりませんね」

「あぁ、そのままでは持ち手が無いのですね?それならばステュアート王国に送って造らせましょう」

「ありがとうございます」




 そして、出来上がった日本刀を二振りとも騎士服の脇に差し、毎日その姿でランニングをした。


 長剣での素振りを200回、跳躍素振りも200回行い、短剣での踏み込みや素振り、それに刀を持ったまま、側転や後転飛び、後転宙返りの練習も始めた。


「エリアス、凄いことができるのね!そんな風に人が飛ぶのを見たことがないわ!」

「お母様、この世界にはこういった宙返りをする人が居ないのですね?それは参考になります」

 今後どこかで、魔力の高い騎士や怨獣と戦うことがあるかも知れない。僕は無能なりにも可能な限り、護身と攻撃を全部できる様にしておきたいのだ。


 僕は全速力で走り、庭園の木に登り、木から木へ飛び移り、宙返りして地面に降りる。

そんなパルクールを取り入れたトレーニングをひたすらに繰り返した。




 ある日のこと、一日の訓練を終えて部屋に戻ると、アリスがお風呂を入れてくれていた。身体を洗って汗を流し、アリスの手から出されるシャワーで頭を洗った。


 お風呂から出て、アリスの魔法ドライヤーで長くなった髪を乾かしてもらっていた。あー、そうそう。僕は髪を長く伸ばしていた。それは前世でのトラウマからきている。


 毎月、父親に髪を短くして来い!と怒鳴られバリカンで短く刈っていたのだ。僕はその髪型が嫌いだった。その反動で今は誰かに言われるまで髪を伸ばし続けているのだ。


 そんなことを考えながら髪を乾かすアリスの顔を見上げると、何か元気がないことに気付いた。


 アリスは風属性の魔法が使えるフォンテーヌ王国の子爵家の娘だ。魔力は52だそうで、まぁまぁ強い方だ。魔力が30以上あるとその魔法属性の色が髪に現れる。


 アリスの髪の色は柔らかな若草の様な緑色だ。瞳も緑だ。その瞳に悲しみが宿っている。これは何か悩み事があり、憂鬱ゆううつになっているに違いない。


「アリス。何か悩み事があるのかい?」

「え?あ!申し訳御座いません!」

「僕で良ければ話を聞くよ」

「そ、そんな!殿下にそんなこと・・・」


「僕とアリスは何年一緒に居るんだい?アリスの顔を見れば何を考えているかくらい判るんだよ。何か心配事とか悩みがあるのでしょう?」

「あ、あの・・・私・・・父上に結婚を命じられたので御座います・・・」

「・・・ということは、アリスが望まないお相手ということなのかな?」


「え?ど、どうして・・・」

「何故、判るかって?だってこの世界の結婚は、魔力量によって縁組みされるのでしょう?」

「あ。い、いえ・・・そうではなく、殿下は・・・まだ・・・」

「あぁ、5歳だから大人の結婚事情を知る訳がないだろうってこと?」

「あ、は、はい・・・し、失礼なことを・・・申し訳御座いません!」

 アリスは僕に気を遣い、更に気落ちしてしまった様子だ。


「謝る必要はないよ。僕はこの世界の古文書を読んで言語を学び、今ではこの世界の貴族学校で学ぶ内容だけでなく、文化や習慣も全て習得してしまったんだ。だからその辺の18歳の貴族よりも知識だけなら多く持っているんだよ」

「す、素晴らしいです!殿下!」

 驚きからか、少し頬が赤くなり、元気が出たみたいだ。


「お母様から聞いた話だとこの世界では恋愛して結婚することがないそうだね?」

「はい?い、いえ、恋愛は御座います!」

「恋愛がある?あ!そうか。恋愛って言葉が有るのだからね」

「はい」


「では、アリスには好きな男性が居るけど、その方ではない方と結婚する様に言われているんだね?」

「はい・・・」

「因みに、その結婚相手は誰なの?」

「あの・・・サイモン・ルーゼル侯爵様で御座います」


「サイモン・ルーゼル候?え?彼は確か35歳では?」

「え?もしかして、殿下は全ての貴族の名前や年齢を覚えていらっしゃるので御座いますか?」

「うん。覚えたよ。アリスのご両親や2人の兄上のこともね」

「えーっ!」

 アリスは両手を口に当て、思わず声を上げた。


「ふふっ、僕って変わっているよね?まぁ、それはそうとさ。ルーゼル候は王宮騎士団から退いて、これから結婚するというんだね?」

「はい。命の危険があるうちは、責任ある結婚はできないと断っていたそうで御座います」

「ふむ。筋は通っているよね。そうか、自分の魔力量と釣り合う相手として選んだのだね。でも、年齢差がね・・・アリスはまだ、22歳だものね」

「はい・・・」


 アリスはまた元気がなくなってしまった。僕の髪はもう乾いているのだが、無意識に風を送り、髪をかしている。


「あぁ、髪はもういいよ。それで?アリスは誰と結婚したいのかな?」

「え?あ。そ、それは・・・」

「僕には言えない?」

「い、いえ、そんなことは・・・あ、あの。アダム・マシュー様です。マシュー子爵家の長男で御座います」


「アダムも22歳だね。幼馴染なのかな?」

「あ、はい。おっしゃる通りに御座います」

「マシュー家とブレーズ家は同じ風属性で子爵家同士だ。そのまま結婚してもおかしくはないのでは?」

「いえ、その・・・アダム様の魔力量は40なのです」

 そう言うとアリスは泣きそうな表情になってしまった。これは不味マズい。


「あぁ、そうか。アリスは52も有るのだものね。取り合いになったら魔力も爵位も上のルーゼル家に優先されるという訳か・・・」

「はい・・・」


「ふぅん・・・そうか、何かアリスの力になれるか考えてみるよ」

「え!そ、そんな!大それたこと!」

「まだ、僕が何かできると決まった訳ではないんだ。だからこの話は誰にも話さないでおくんだよ?」

「は、はい・・・」

 さて、お母様とお父様に相談してみようかな。




 翌朝、目が覚めると、アリスの歌声で目が覚めた。

歌と言っても単調な音階で、淡々と詞をんでいる様な感じだ。お風呂の掃除をしながら唄っている様でその浴室で響く声が僕の寝室まで流れてくる。


 悠久の昔から変わらない 愛する人を想う気持ち 愛を忘れてはいけない

 それは人の心 そして心の支え それが叶わぬ恋だとしても 決して消えない

 愛しい人 その声 その横顔 その記憶はいつまでも いつまでも 私のもの


 僕はその詩を聞きながら考えていた。お父様もお母様も恋愛を知らないと言っていた。それは二人とも王家の人間だから許されていなかったのだろう。貴族だって一般民衆の様に普通に恋愛をしているのではないか?


 一般民衆のことはまた調べるとしても、貴族間で愛を引き裂かれて、爵位と魔力量だけで結婚を強いられたらどうなるだろう?


 そりゃぁ、悲しいしうらんだりもするのではないかな?それが大きければいつかその想いが怨獣へと成り果てるのかも知れない。


「アリス!おはよう!」

「殿下!おはようございます!」

「今日は元気そうだね」

「はい!昨日、殿下に話を聞いていただいたからでしょうか」

 アリスは少し恥ずかしそうに下を向いた。


「アリス、さっき口ずさんでいたうただけど」

「あ!も、申し訳御座いません!」

 アリスは真っ赤な顔をして頭を下げた。


「アリス、良いんだよ。その詩のことで聞きたいのだけど、あの詩はアリスが作ったのかな?」

「いいえ、あれはお母様から教わったもので、お母様は祖母から聞いたと申しておりました」

「なるほど・・・」


 これは怨獣に繋がる話かも知れないな・・・

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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