66.真実
ルミエールに来てから4日。僕は魔法の使い方と制御が概ねできる様になった。
お別れの時となり、僕らは洞窟の広間へと入った。
「アレクサンド様、これで魔法は習得できたのでしょうか?」
『うむ。最後に言うのもなんなのだが。怨獣と戦う時は瞬時の判断が要求される。その時に魔力の大きさを調整していたのでは対処が遅くなる場合もあるだろう』
「確かにそうですね・・・」
『其方は剣術に長けている様だから、その刀に魔力を乗せて撃つ方が良いかも知れぬな。そうすれば魔力を刀の刃から、狙った相手に向かって薄く、鋭く、的確に射出できるのではないかな?』
「なるほど!それはイメージが創り易いですね!」
『練習してみると良い』
「はい。ありがとう御座います」
『帝国城の結界だが、其方の父や弟では力が弱く、破られる恐れが高い。帰ったら其方が結界を張り直すと良いだろう』
「え?でも、それって私が常に帝国城に居る必要があるのでは?」
『いや、その様に建物や街全体に張った結界は、結界を張った者が生きている限りは、どこに居ようと有効だ』
「そうなのですか!では帰りましたら直ぐに結界を張ります」
『うむ。それが良いだろう』
『それと、戻ったら直ぐにエレボスへ母を迎えに行くのだろう?』
「はい。そのつもりです」
『エレボスでは、あ奴が其方の実力を試そうとするかも知れぬ。油断はしないことだ』
「はい。肝に銘じます」
『そして、あ奴は小さな鳥を怨獣に仕立て、その眼で監視することができる。其方の魔力ならば、その様な小さな相手でも察知できるだろう。見つけたらその場で消すのだ』
「あぁ、だから私やアニエスの居場所が判って、怨獣を送り込めたのですね?」
『そういうことだ』
『其方の母親は今、数人の人間と元怨獣たちと暮らしている。人間たちは元の生活していた場所へ帰してやってくれ』
「え?元怨獣?それは一体・・・」
『あぁ、説明していなかったな。あ奴が創った怨獣の中で失敗作を死の畔へ捨てていた様なのだ。まぁ、それも実験だったのかも知れないが。それを其方の母が聖属性魔法で治療し、人間に近いものにしているのだ』
「人間に近いもの・・・ですか。それは安全なのですか?」
『其方の母が毎日治療を続けているから命が繋がっているのだ。止めれば直ぐに死ぬだろう』
「それは、継続してあげた方が良いのでしょうか?」
『恐らく、其方の魔力ならば元の獣に戻せると思う。私はそうした方が良いと思っているが判断は任せよう』
『それとだ・・・』
そう言って、ドラゴンは急に言葉を日本語に切り替えた。
『彼女に聞かれない様、日本語で話そう』
「え?何故でしょうか?」
急に言葉が聞き取れなくなり、アニエスは不安そうな顔をしている。
「アニエス、ちょっと大事な話なんだ。日本のことだと思う。日本語で話すから少し待っていてね」
「えぇ、わかったわ」
『其方の母の所に彼女の母も居る様なのだ』
『え?それは本当ですか?』
『うむ。そして彼女の母は司祭同様、人間と怨獣の混血だ。ただし、今はほとんど人間と見分けがつかない程に人間化している』
『では、このまま人間として彼女に会わせても良いのでしょうか?』
『彼女の母は娘に会いたがっている。会えば親子だとお互いに気付くだろう。其方の聖属性魔力で治療し、完全に人間化しておいた方が良いだろう』
『私の魔力ならば、それができるのですね?』
『うむ。できる。だが、あ奴は黙っていないかも知れん』
『あぁ、用済みとして捨てたものが、完全な人間として甦れば、また欲しがるのかも知れませんね。それよりも彼女はショックを受けるのではないでしょうか?』
『それは判らない。だが、真実を知ることも大切だ。後は其方がついていてやるしかないだろう』
『真実か・・・そうですね。避けて通ることはできないでしょう。解かりました。私が支えます』
秘密の話は終わり、ウーラノス語に戻してアニエスに呼び掛けた。
「アニエス、ごめんね。話は終わったよ」
「そう。悪いお話だったの?」
「いや、大丈夫。心配は要らないよ」
「そうね。エリアスなら、何でも解決できるわ!」
「うん。任せてくれ」
ふたりの会話をドラゴンは黙って聞いていたが、ふと、洞窟の入り口の方を見て話し掛けて来た。
『他に聞いておきたいことはあるか?』
「アレクサンド様は人間の居る大陸には行かずに、ずっとここに居らっしゃるのですか?」
『たまには空を飛んでおるよ。雲の隙間から人間界を見下ろすことも有る。だが、下界へ降りたら人々を怖がらせてしまうだろうからな』
「いえ、光の神様と崇められているのですから、怖がられることなどないでしょう」
『そうかな?私はまだ大きくなる。この倍くらいにはな』
「こんなに美しいのですから。他の聖獣も私の行く先々で出現したので、人間たちはもうすっかり慣れているのです。ドラゴンだって大丈夫です!」
『そうか・・・それでは、たまには顔を出すかな・・・』
「えぇ、お待ちしています!」
「アレクサンド様、またここに遊びに来ても良いでしょうか?」
『アニエス、ここが気に入ったのか?』
「はい。とっても・・・日本の食べ物も美味しかったです!」
『そうか、それならば月のうち何日かは、ここに寝泊まりしても良いのだぞ。それと、エリアスとアニエスはその内に地球へ行くことになるだろう。アニエスに日本語を教えておくと良いぞ』
「え?私、日本へ行けるのですか?嬉しい!エリアス、日本語を教えてください!」
「そうなのですか・・・わかったよ。アニエス。日本語を教えよう」
「楽しみだわ!」
『では、気をつけて帰るが良い。ペガサスは湖畔で待っているぞ』
「あぁ、やっぱり!転移魔法で帰ったら驚かせてしまうものな!」
「そうね。私はルーナに乗って帰りたいわ!」
「アレクサンド様、色々とありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
『うむ。いつでも来るが良い』
「それでは、失礼いたします」
洞窟を抜けると、眩しい光のマナの下でルーナは湖の水を飲んでいた。
「ルーナ!」
「ヒヒーン!」『アニエス!エリアス!時間が掛かったのね?!』
「うん。魔法の使い方にてこずってしまってね」
「ルーナ!これからは私とも直接話ができるんだね?」
「ブヒヒン!」『そうよ!これからもよろしくね!』
「では、帝国城まで送ってもらえるかな?」
「ブヒン!」『えぇ、いいわ!』
そして、僕とアニエスはルーナに乗って帝国城へ戻った。
帝国城の上空に出現すると、いつもの様に旋回しながら庭園に降りて行った。
「ヒヒーン!」『またいつでも呼んでね!』
「ルーナ、ありがとう!」
「ありがとう!ルーナ。今度は3人でのんびりできる時に会おうね」
「ブヒヒンッ!」『嬉しい!待っているわ!』
そしてルーナは駆け出し、羽ばたくと空へと舞い上がり帰って行った。
ふたりはまず、僕の部屋へ向かった。城の中ではすれ違う使用人や臣下たちが嬉しそうに挨拶してくれた。
自室に入ると、フィオナが部屋の掃除をしていた。
「やぁ、フィオナ。ただいま」
「あ!エリアス様!アニエス様!よくご無事で!お帰りなさいませ」
「それは無事だよ。危ない所へ行った訳ではないのだからね」
「なんだか、ずっと会っていない感じがします!」
「そうかい?フィオナは元気だった?」
「はい!レオン様とキース様に剣術を習っていたのです」
「おぉ!それは良いね。剣術はどうだい?」
「はい。とっても楽しいです!でも、基礎体力をもっと鍛えないといけません」
「うん。頑張ってね」
「はい!」
「フィオナ、お父様への謁見を頼んでくれるかな?会議室で二人だけで話したいと」
「承知いたしました。直ぐに行って参ります」
「頼んだよ」
「アニエス、お風呂に入りたいな」
「え?一緒に?」
「え?そんなこと考えていないよね?」
「あ。そうね。そうだわ。直ぐにお湯を張るわね」
ふふっ、アニエスも僕を意識しているのかな?
いつもの様にアニエスの介護でお風呂を使い、着替えた頃にお父様の侍従が呼びに来た。
「エリアス様、陛下がお会いになる準備が整いました。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
「アニエス、お父様と話してくるから、ゆっくりしていてね」
「えぇ、ありがとう」
会議室に入るとお父様が直ぐに入って来た。
「おぉ、エリアス。帰ったか」
「はい。ご心配をお掛けしました」
使用人がお茶を淹れてくれる。下がるのを待ってから話し始めた。
「それで、ルミエールで何をして来たのだ?」
「まず、お断りを先にさせていただきます。これから話すことは他言無用でお願い致します。それはアドリアナお母様やリカルド、宰相、騎士団長にもです」
「つまり、誰にも話すなと言うことだな?」
「はい。聞いていただければ理解いただけると思いますが」
「なんだか、聞くのが怖いな」
「怖い話はありません」
「そうか」
「まず、ドラゴンは私に魔力を返してくださいました」
「何?魔力を返してもらった?では、始めから魔力は持っていたのか!」
「はい。産まれた時、自分の魔力の大きさに身体が耐えられずに命を落とすところをドラゴンが救ってくれたのです」
「エリアスの部屋に外から侵入したのはドラゴンだったのか!」
「はい。そして私の身体が強大な魔力に耐えられる大きさに成長したので、ルミエールに呼ばれ、魔力を返してくださったのです」
「エリアスはそれを聞いていたのか?」
「いいえ、知りませんでした」
「それで・・・強大な魔力と言ったな?一体、どれ程の魔力なのだ?」
「闇属性以外の全ての属性魔力を各々一万以上持っています」
「い、一万以上?なんだそれは!」
「私はドラゴンの後継者なのだそうです」
「後継者?」
「その前に。今のドラゴンの前世はアレクサンド様でした」
「な、なんと!」
「そして、アレクサンド様は自殺されたのではなく、自殺と見せ掛けて皇帝の座を退き、ルミエールに身を隠したのだそうです。クローディア様も同様です。そしてルミエールでお二人で暮らし、私が生まれる一年前に亡くなってドラゴンへ転生したのだそうです」
「そ、そんなことが・・・」
お父様は顔面蒼白といった感じだ。驚き過ぎて倒れないか心配だ。
「お父様、大丈夫ですか?」
「い、いや・・・大丈夫・・・ではないかな・・・いや。大丈夫だ」
「因みにクローディア様は、ペガサスに転生されているそうです。そして強大な魔力を取り戻した私は、聖獣とも話ができる様になっています」
「いやはや・・・驚くことばかりだな」
「まだまだあります。お母様は生きています。エレボスの死の畔で、数人の人間たちと暮らしているそうです」
「そうか!エレノーラは生きていたのだな?!」
「そしてそこには、アニエスのお母様も居るそうです」
「何?アニエスの母?それは誰だったのだ?」
「元は怨獣だそうです。何度も歴代の司祭との間で掛け合わせ、人間に近付けた様です」
「何てことを・・・それで、今は?」
「お母様が治癒を繰り返し、ほとんど人間に近い状態になっている様です」
「それで、アニエスに会わせるのか?」
「はい。真実を避けては通れないと思います。それに私の魔力があれば、完全な人間にすることが可能なのだそうです」
「おぉ!そう言えば!光属性も一万あるのか?」
「えぇ、全て一万以上あります」
「それならば、私の世継ぎはエリアスで良いのだな?」
「それはできないのです。私にはアレクサンド様から賜った役目がありますので。お父様の世継ぎは、予定通りにリカルドでお願い致します。私も手伝いは致しますので」
「手伝い?」
「まずは、この城の結界です。今のままでは司祭の力に破られる可能性が高いとのことで、私が張り直す様に言われました」
「おぉ、エリアスが結界を張ってくれるのか!」
「はい。お任せください」
お父様に嘘をつくのは気が引けるが仕方がない。自分のこともあるが、リカルドを用無し扱いすることだけは絶対にさせたくないのだ。
「如何でしょう?他人に話せる内容でしたか?」
「そうだな。話せることは一つもないな。まぁ、エリアスが無能ではなかったことくらいは話しても良いのかも知れない。どうせ怨獣退治で使うのだろうから隠せないだろう」
「そう言えば、魔力属性と魔力量の測定器はアレクサンド様が造ったのだそうですが、あれは100以上の測定はできず、100以上は一万でも100と表示されるそうです。アニエスの聖属性は1000以上あるそうですよ」
「1000!では、エレノーラも100より大きいのかも知れないのだな?」
「えぇ、でも、ドラゴンに触れて測定して貰わないといけませんが」
「ドラゴンが魔力測定・・・」
お父様は驚き過ぎてしばらく椅子に座ったまま動けなかった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!