65.訓練
ルミエールでの一日目が終わろうとしていた。
寝室は複数あったが、僕らはいつもの様にひとつのベッドに入った。
「エリアス、聞いても良いかしら?」
「なんだい?」
「エリアスは無能ではなかった。それどころかこの世界で一番大きな魔力を持つことになったのよね」
「そうみたいだね」
「エリアスは皇帝になるの?」
「え?あぁ、そうか・・・私は皇帝にはならないよ」
「どうして?」
「いや、皇帝はさ、ほぼ一年中帝国城から離れられないんだよ?折角、こんなに美しい星に暮らしているのにさ。私はきっと耐えられないと思うんだ」
「それはそうね。私だって同じ所にずっと居るのは辛いわ」
「アニエスも同じなんだね?良かった」
「でも・・・それで許されるのかしら?」
「あー、まぁ一応、私は第一皇子だからね。でも私が無能だったから、お父様はアドリアナお母様を迎え、世継ぎのリカルドが生まれたんだ。帝国は彼が継ぐ予定になっているし、今更それを覆しても、皆が困惑するだけだと思うよ」
「そうね。それで済めば良いのだけど・・・では、エリアスは学校を卒業したら旅に出るの?」
「旅なんて気軽なものだったら良いのだけどね。そうもいかないだろうね。夢幻旅団と同じ様なことをするのではないかな?」
「えっ!」
それを聞いてアニエスは飛び起き、ベッドの上に正座して僕に向き直った。
「怨獣と戦い続けるの?」
「できるだけ平等で不満を産まない社会に変革することも大事だけれどね。限界はあると思うんだ。人が誰も恨まなくなるなんてことはないだろう?」
「残念だけど、そうね」
「誰かがやらないといけないでしょう?船もあるって言っていたしね」
「それなら、私も同行するわ!」
「アニエスも?危険なのだけど・・・でも一緒が良いな」
「エリアス!」
アニエスはそう叫び、笑顔で僕に抱きついた。
「アニエス、ずっと一緒だもんね?」
「嬉しい!」
僕もアニエスを深く抱きしめた。
それからアニエスは僕の言葉に安心したのか、直ぐに眠ってしまった。
僕の腕枕で眠るアニエスの安らかな寝顔を見ながら考え事をした。
アニエスが起きていたら僕が考えていることを読まれてしまうからね。
僕は無能だから結婚して子を残すことはできないと思っていた。だからアニエスとの未来を考えるのが怖かった。
だけど無能でないならば、子を儲けても良いのではなかろうか。それならばアニエスと結婚もできる。
今日、来世で僕がドラゴンになったら、アニエスはペガサスになると言った。そこまで想ってくれているなら、もう結婚するしかない。いや、結婚したい。
僕はアニエスの寝顔を見つめ、静かに覚悟を決めた。
翌朝、目覚めるとアニエスが先に起きて僕の髪を手で撫でていた。
「アニエス、おはよう。早いね」
「おはよう。エリアス」
「どうしたの?」
「エリアスの瞳と髪の色は、今のところ変わらない様ね」
「え?変わるの?」
「だって昨日、強い魔力を使った時にその属性の色に変化していたから、今日、目覚めたらお父様の様に金色の瞳と髪になっているのではないかと思っていたの」
「あぁ、なるほど。でも、私は全ての属性を強く持っているから変わらないのかな?」
「そうね。良かったわ」
「アニエスは今のこの色が良いのかな?」
「えぇ、その碧く美しい瞳と絹の様に白い髪が好き・・・」
「ふふっ。照れるな。私もアニエスの黒い瞳と髪が好きだよ」
「私は・・・エリアスと同じになりたいわ・・・」
「そうなんだ・・・聖属性の魔力を使っている時はそうなっているね。勿論、その色のアニエスも好きだよ」
「そう・・・ありがとう。エリアス」
朝食はパンケーキだった。フルーツと生クリームが山盛りだ。
「まぁ!これ、なぁに?」
「アニエス、パンケーキだよ。あったかくてふわふわで美味しいんだよ」
「これも地球の食べ物なのね?」
「そうだね。さぁ、召し上がれ」
「もっもっもっ」
「うわぁ!美味しい!本当にふわふわだわ!」
「気に入った様だね」
「私も地球に行ってみたい!」
「あ。そう言えば、アレクサンド様は地球へ行く時、奥様を同行していたのかな?」
「一緒に行けたら良いなぁ!」
「後で聞いてみよう」
「今日は魔法の制御ができる様になると良いわね」
「そうだね。でも、思ったよりも難しいよ」
「だって、一万だものね。私にも想像がつかないわ」
「アニエスも本当は100ではなくて、もっと大きいのではないかな?」
「測定器で測ったら100だったのよ?」
「その測定器だよ。100までしか測定できないのではないかな?」
「そうなのかしら?」
「あ。あの測定器を造ったのもアレクサンド様なんじゃない?聞いてみようよ」
「そうね」
朝食後、早速、午前中の訓練を開始した。だが、昨日とあまり変わらず進歩しない。
どうやって魔力を制御して出力するのかが掴めないのだ。
すると洞窟からドラゴンが出て来た。
「アレクサンド様、おはよう御座います!」
『おはよう。こうして人と挨拶をするのは19年ぶりだな・・・』
「アレクサンド様、地球へ行っていたとお聞きしましたが、その時は奥様も同伴されていたのですか?」
『うむ。いつもな。ここは一見美しく春の様に穏やかだが、ずっとここに閉じ込められているのは精神的には良くないのでな』
「それでは、クローディア様も私の前世の姿を見ていたのですね?」
『あぁ、クローディアが其方を気に入ったのだよ』
「だからなのね!ルーナがエリアスを好きなのは!」
アニエスは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「なんだか・・・ありがたい・・・ですね」
『其方はやはり日本人だな。そんな気遣いは要らんよ。それで?少しは制御できるようになったか?』
「いや、それが・・・全く上達しないのです」
『そうか。では、こうしよう。これから全力で炎を出してみるのだ。そこからガスコンロの火力を絞る様に炎を小さくしていってみなさい』
「あ!それ、解かり易いですね!って、ここで全力を出して良いのですか?」
『あぁ、これから空の結界を強化する。空に向けて炎を撃つのだ』
「わかりました。やってみます」
空を見ていると光のマナが集まり、六角形の金色の鏡の集合体となり、全体としては大きな盾の様な形になった。あれに向けて炎を撃てば良いのだな?
「では、行きます!」
「パウッ!ドーーーンッ!」
「キャーッ!」
アニエスが叫び、後退りして行く。
僕の瞳と髪はレオンの様に真っ赤に染まり、目の前1m位先から、空の盾に向かって一直線に青い炎が極太のレーザー光線の様に進んで行った。盾に当たると爆発音が起こり、それでも続けて炎がとんでもない勢いで盾に向かって昇って行く。しかし、炎は結界に吸い込まれて行く。
その炎をガスコンロのつまみを回して、炎を小さくしていくイメージで魔力を絞っていった。
「ゴゴゴゴゥーッ!」
「ゴゴゴッ!」
「ゴゥッ!」
「ボッ、ボッ!」
「ポゥ!」
「ポポ・・・」
「できた・・・のかな?」
「エリアス!できているわ!」
『うん。それで良いのだ。では、今度は水でやってみろ』
「はい!」
「ゴッ!ズズズズッ!ドブゥワァーーーッ!」
「す、凄い!」
「ドドドドドォーッ!」
「ドドドッ!」
「ビュビュッ!」
「できましたね!」
「青い髪だとそんな感じになるのね」
『では、逆に少ない方から大きくしていってみろ』
「はい!」
「ピューッ!」
「ビュビュビュビューッ!」
「ドドドドォーッ!」
「ズドォーーーンッ!」
「凄いわ!」
「なんとなく解かって来たかな・・・」
それから風や土、金属と一通り試してみた。
「聖属性はどの様に練習すれば良いのでしょう?」
『まずは透視だな。神眼とも言うが』
「え?私に神眼が?」
「それは聖属性の魔法のひとつだ。魔力が強ければ発動させられる」
「なんだ。神眼は聖属性魔法だったのか。特別な眼球を持っている訳ではないのですね」
『そうだ。身体の中を視ようと思えば発動する。私の身体を視てみろ』
「はい!」
「エリアス、瞳が碧く光っているわ!」
僕の瞳は光っているらしい。そのままドラゴンのお腹を透視した。
すると身体の中の臓器は良くわからないが、身体中に金の光の粒が無数に駆け回っている。
「これは?マナ?」
『うむ。見えた様だな。聖獣には血液に大量のマナが混ざっているのだ』
「それで魔力が大きいのですね?」
『そうだ。それに対して怨獣は、闇属性魔力が獣の身体を乗っ取っている』
「魔力と言えば、人間の魔力属性と魔力量を測る測定器なのですが、100までしか測れないのでしょうか?」
『あぁ、あれも私が造ったものだ。100を超える者は聖獣だけだからな。不要だと思って、100までしか表示させていないのだ。だから其方が測定しても100としか表示しないだろう』
「では、アニエスは100より大きいかも知れないのですね?」
『ふむ。アニエスよ。私に触れてみなさい』
ドラゴンはやや短い前足をアニエスに差し出した。
アニエスはドラゴンの指の長く鋭い爪に触れた。
『ほう・・・アニエスの聖属性魔力は1000以上あるな』
「1000以上!だから私はあれだけの大火傷を負いながら助かったんだね!」
「アレクサンド様、聖属性魔法で怨獣と戦うことはできないのでしょうか?」
『聖属性魔法は聖なる癒し。怨獣や闇の魔力に対抗できる。つまり、闇の魔力。怨念を浄化し、無力化できる』
「では、怨獣の闇の魔力を消すことができるのですね!」
『怨獣に向かって聖属性のマナを放つのだ、こんな風にな』
ドラゴンはそう言うと、空の結界に向かって口を開いた。
「パウッ!」
純白の眩しいマナが光線の様に空へ放たれ、結界に当たって霧散した。
『やってみなさい』
「はい」
アニエスは右手を空へ向けると、手の先に白い魔法陣が出現した。
「ビカッ!」
ドラゴンの光より直径が細かったが光の強さは変わらなかった。
「アニエス、凄いな。一度見ただけで同じことができるなんて!優秀だね!」
『うむ。だが、その程度の魔力では聖獣の様に完全に浄化することは難しいな』
「あれ?先日、ルーナはこの聖属性の光で神殿を破壊しましたよ?」
『聖獣ほどに魔力があれば、魔力の密度で物質を破壊できるのだ。アニエスでは難しいがエリアスならばできるだろう』
「そういうことですか」
『では、エリアスもやってみるが良い』
「では・・・」
「パウッ!」
右手を空へ差し出すと、その1m程先からドラゴンの時とほぼ同じ大きさの光線が飛んで行った。
『うむ。できたな。では今度は光属性で同じことをやってみろ』
「光属性で?」
『聖属性は怨念を浄化する。光は闇を照らす。消し去ると言った感じだ』
「やってみます」
さっきの聖属性の時もそうだが、頭でイメージするだけなので呪文も要らないし魔法陣も出現しない。
「パウッ!」
「ビカッ!」
「ドドーンッ!」
「ヒィッ!」
アニエスが驚いた。光の光線は空ではなく水平に放たれてしまい、山に当たると山に大穴を開けてしまったのだ。
「あーっ!しまった!しっかり狙えていなかったんだ!山に穴を開けてしまった!」
『そうだろう。光だからな。レーザー光線の様なものだ。物理的に破壊してしまうよ。あぁ、そうだ。聖属性の光でも聖獣やエリアスなら物理的に破壊できてしまうから気をつけるのだぞ』
「えぇ、ルーナは神殿を破壊しましたね」
『あそこには怨獣が居たから、それを知らせたくて攻撃したのよ』
「やっぱり、そうだったのですね」
「ところで、あの穴の開いた山はどうしましょう?」
『土魔法で直して来てくれるか』
「え?でも山まで遠いですが・・・」
『其方は光属性魔法で転移ができると言っただろう?山は見えているのだから、あそこまで転移すれば良かろう』
「転移はどうすればできるのですか?」
『この場合、山は見えているのだから、あそこへ転移するぞとイメージすれば良い。見えない所へは記憶の中から脳内で映像化して、そこへ飛び、着地するイメージを持つのだ』
「なるほど!やってみます。あ!アニエスを連れて行きたい場合は?」
『抱きしめて一体となったイメージで飛ぶのだ』
「では、やってみようか。アニエス、良いかな?」
「はい。どうぞ」
アニエスは両腕を広げて笑顔になった。
僕はアニエスを抱きしめて、山の麓を見つめた。
「飛ぶぞ!」
金色のマナが僕らを包み込み、眩しい光に覆われた。そして次の瞬間、ふたりは山の麓へ転移した。
「シュンッ!」
「うわぁ!飛んだわ!一瞬で!」
「成功した様だね?良かったよ」
「山の穴を埋めるのね?」
「どうやれば良いのかな?」
「地下から土を盛り上げれば良いのでは?」
「アニエス、頭良いね。ではやってみよう!」
「ゴゴゴッ!ズズズッ!メリメリメリッ!」
僕の瞳と髪は黄色く変化し、あっという間に穴の底から土が盛り上がり、穴を埋めてしまった。
「あっという間ね。魔力が大きいって凄いのね!」
「うん。そうみたいだ。それでいて全く疲れないから力を使っている感覚がないんだ」
「もう神様の領域ね」
「あぁ、そうだね。これを人に見せたら神様と言われてしまうね」
「エリアス、そんなこと気にしなくていいじゃない。人のためになることをすれば良いのよ」
「まぁ、そういうことかな。では戻ろうか?」
「はーい!」
アニエスは笑顔で走って来て、僕の胸に飛び込んで来た。
「では、飛ぶよ?」
「はい」
「シュンッ!」
『うむ。上手くできたな。では、最後の仕上げだ』
「はい」
『これが上手く使いこなせる様になれば、命を落とすことはないだろう』
「え?どんな魔法ですか?」
『光を使った結界魔法だ。地球の記憶で言うならばバリアだな』
「バリア!」
『うむ。帝国城もこの魔法で守られているし、闇属性の攻撃もこれで防げるのだ』
「是非、教えてください!」
『先程見せているがな。もう一度出すぞ!』
「はい!」
ドラゴンは光のマナを集め、すぐさま六角形の鏡を作った。大きさは1m程だ。
『自分だけに飛んで来る攻撃ならば、これ1枚で防げる。広範囲に護る場合は、これを繋げて面積を増やせば良いのだ』
見ているものを自分の目の前にも出現させる様にイメージすると、同じ六角形の金色の盾ができた。
よし!これで、アニエスや皆を守ることができるんだな!
お読みいただきまして、ありがとうございました!




