63.天国
ルーナが会議室の外に現れた。また何かあったのだろうか?
「アニエス!ルーナが来ているよ!何かあったのでは?」
アニエスは窓を開けてバルコニーへ出た。
「ヒヒーン!」
「バサッ!バサッ!」
ルーナは大きく羽ばたきながらバルコニーの高さに合わせて滞空している。
「え?本当に?!」
「アニエス、どうしたんだい?!」
アニエスはこちらに振り向くと、驚いた顔のまま言った。
「エリアス、ドラゴンがエリアスを呼んでいるのですって!今からルーナが連れて行くって」
「えーっ!」
会議室に居た騎士たちが大口を開けて一斉に叫んだ。
「ド、ドラゴン?」
「エリアス、どういうことなのだ?」
「いや、お父様、私にも判りませんよ!」
「アニエス、どこへ行くの?」
「ブルルッ!」
「ルミエールだって言っているわ」
「ルミエール?光の神の?神に呼ばれていると言うのか?」
お父様は少し怯える様な表情となった。
「はい、そうだと思います」
「それでは断る訳にはいかないのだろうね」
「そうね・・・私には判らないけれど」
「ヒヒーン!」
「エリアスのためだって」
「わかったよ」
「ブルルッ!」
「あら、そうなの?」
「どうしたの?」
「私も一緒に行くのですって」
「あぁ、通訳ということかな?」
「なるほど。そうね。では行きましょう」
「では、お父様、よく解かりませんが行って参ります」
「エリアス、戻って来るのだよな?」
「ブルルッ!」
「ルーナが大丈夫だって言っています」
「そうか、気をつけて行って来るのだぞ」
「はい。行って参ります」
僕はアニエスとバルコニーからルーナに飛び乗った。
「ヒヒーン!」
「行くよって!」
「あぁ!」
目の前に白い魔法陣が浮かび上がり、ルーナは羽ばたきながらその中へ飛び込んだ。
僕は思わず目を瞑ってしまった。そして次に目を開いて驚いた。
「な、なんだ、ここは!」
「凄いわ!きれい!」
僕とアニエスは叫んだ。
そこはこの星の北極圏に位置するルミエールだ。氷の世界を想像していたのだが、全く違っていた。そこは春の様に暖かく、光りに満ちていた。
空には光のマナが大量に漂い、空全体が光っている。でも太陽ではないから暑くなく、春の様な陽気なのだ。
地表には美しい川が幾筋も流れ、色とりどりの花が満ち溢れていた。
「これって、天国ってやつみたいだ・・・」
「天国ってなに?」
「地球ではね、生前に良い行いをした人が死後にはこの様な美しい世界へ行けるって、信じられているんだ」
「本当にここで暮らせるなら、死ぬのも悪くはないわね」
「ふふっ、そうかもね」
「ヒヒーン!」
「あそこがドラゴンの住処だって」
「あの山がそうなんだ・・・あ!あれって桜かな?」
その山は薄い桃色の花で覆われた木が林立していた。山の前には湖があった。水は透き通り、遠く離れていても魚が泳いでいるのが見えた。
「あれって木なの?とてもきれいね!」
「うん。地球にある花と同じに見えるね。桜って言うんだ」
「サクラ?初めて見たわ!とてもきれいね!」
山の麓にある洞窟の入り口の前にルーナは降り立った。
「あの洞窟の中なのかな?」
「ブルルッ!」
「あの洞窟に入って行けばドラゴンが居るって」
「あれ?ルーナは行かないの?」
「ブフッ!」
「あとから行くって」
そう言うとルーナは湖畔に歩いて行った。きっと水を飲むのだろうな。
「エリアス、行きましょう!」
「ちょっと待って!アニエス、怖くないの?」
「怖い?何故?」
「だって、ドラゴンだよ?火を噴いたりするんじゃない?」
「ドラゴンは神様なのよ?怖い訳ないわ」
「あ、そうか。私の前世の感覚ではドラゴンは神様には結びつかないんだ。人を襲う猛獣と言うか・・・あー、でも実在する生き物ではないんだった。まぁ、想像上の生き物だな・・・あれ?龍神様って、崇められてもいるか。やっぱり神様で良いのか。いやドラゴンと龍は別物かな?」
「ふふっ、エリアス、混乱しているのね。そんなに怖いの?」
「あー、そうだね。ペガサスやユニコーンに比べたら・・・ね」
「大丈夫、私がエリアスを守るわ」
「そうだったね。アニエス、頼むよ」
「任せて!さぁ、行きましょう」
洞窟の中は光のマナが沢山漂っているお陰で暗くなく、不安を感じさせない明るさだった。
「洞窟の中なのに明るいのだね」
「これなら怖くないわね」
「うん、そうだね」
僕はいつの間にか、アニエスの手を握っていた。
ふたりで手を繋いで洞窟を歩いて行くと、その先には明るく天井の高い、広場の様な場所に出た。
『よく来たな』
「え?」
『こっちだ』
僕は頭の中に響いた声に驚き、きょろきょろと辺りを見回した。すると、広間の奥から真っ白なドラゴンが出て来た。
「え?ド、ドラゴン?」
そのドラゴンは想像していた姿より小さかった。全長10m位だろうか。
『其方に会うのはこれで三度目だな。大きくなったものだ』
「三度目?初めまして、ではないのですか?」
『あぁ、初めてはお主が生まれて直ぐだ。二回目は暗殺されそうになった時だったな』
「え!では私の命を救ってくれたのはあなたなのですか!」
「エリアス、ドラゴンの声が聞こえているの?」
「あぁ、アニエス、そうなんだ。ドラゴンの声が直接頭に響いて来るんだよ」
「私が聖獣たちの声を聞く時と同じね。エリアスも話せる様になったのかしら?」
「そうだと良いのだけどね」
『うむ。これからは聖獣たちと自由に会話できる様になる』
「これからは?どうして今まではできなかったのですか?」
『それは其方の魔力を私が預かっていたからだ」
「預かっていた?私の魔力を?では、私は無能ではなかったのですか?」
『そうだ。生まれた時にあまりにも大きな魔力を持って生まれたために身体が耐えられず、命を落とすところだったのだ。それで私が魔力器官ごと剥がして預かったのだ』
「あぁ、それで私の身体が大きくなるまで待て。ということだったのですね?」
『そうだ』
「私はどんな属性の魔力を持てるのですか?」
『闇属性以外全てだ』
「え?全て?光や聖属性も含めてですか?」
『そうだ。人間たちが使う測定装置の単位で言うならば、その魔力は一万以上だ』
「い、一万?アニエスの百倍?」
『それが全ての属性で・・・だ』
「そんなに大きな魔力を持っても大丈夫なのですか?」
『だから其方の身長が2mを超えたらと言ったのだ』
「では、この身体は既に身長2mに達していて、その魔力に耐えられるのですね?」
『そういうことだ。では魔力を戻すぞ』
「はい、なんだか怖いな・・・」
ドラゴンは立ち上がると僕を見つめた。ドラゴンの頭には金色で鋭く長い、真ん中辺りで少しくねった形の角が二本ある。
その角の後ろ側、後頭部からキラキラと光る七色の羽の様な長いリボンにも見えるものがたなびいて輝いていた。
身体は白く真珠の様に輝く鱗で覆われ、全身が輝いている様だった。
背中には美しい翼があり、その翼を開いた。翼は基本白いが輪郭は金色に輝いていた。片翼だけで体長と同じ位ある様だ。
「バサッ!」
翼を広げると同時に金色の鋭い瞳と二本の角が光った。すると、洞窟の入り口から金のマナが流れ込んで来て、広間は光に包まれた。
「ドクン!」
僕の身体は黄金のマナに包まれ、身体が見えなくなった。その時、瞳が強制的にカッと開かれる。
「うっ!」
「ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!」
心臓が激しく鼓動し、身体が熱くなる。生まれた時の苦しさが甦った。
「エリアス!大丈夫?」
アニエスが心配そうに身体を寄せ、僕を支える様に抱きしめた。
そして、アニエスの身体は白い光を放ち、髪は真っ白になり輝いた。碧く輝く瞳は心配そうに僕を見つめている。
苦しさと同時に目の前に光が集まり、何も見えなくなって来る。本当に大丈夫なのだろうか?
『もう少しだ。我慢してくれ』
「これで、だ、大丈夫なのですね・・・」
『安心しろ、大丈夫だから』
そのドラゴンの声掛けから徐々に動悸が収まって来て苦しさは和らいだ。
あぁ、どうやら大丈夫みたいだ。
「エリアス、良かった!」
「え?何が?」
「え?今、どうやら大丈夫みたいだって、言ったわよね?」
「え?言ってないよ。それは心でそう思っただけだよ」
「あら?ではルーナ達と同じ様にエリアスの心の声が聞ける様になったのかしら?」
『そうだ。魔力が戻ったから、これからは心で会話ができるだろう』
「それは凄い!」・・・のだろうか?
「エリアス、嫌なの?」
「あ!あぁ、そんなことはないよ・・・」
『其方の魔力は普通の人間と比較して桁違いに大きい。使い方には十分に注意するのだぞ』
「あ!そう言えば、私が暗殺されそうになった時に助けて下さったのですよね?でも、あの時は窓を破って入って来たのだから、あなたはもっと小さかったのではありませんか?」
『私は其方が生まれる1年前にこの身体に転生したのだ。だからあの時はまだ幼体で小さかったのだ』
「その小さな身体であの様な大きな魔力を?」
『ドラゴンや聖獣たちは人間の身体とは造りが違う。身体が小さくても大きな魔力を持てるのだ』
「そうでしたか・・・それで何故、私を助けてくれるのでしょうか?」
『それは其方が私の後継者だからだ』
「後継者?光の神でドラゴンであるあなたの?」
『そうだ、同じ元日本人としてな』
「え?日本人?もしかして、あなたはアレクサンド・アルカディウス様なのですか?」
『そうだ。アレクサンドの前は日本人であったのだ』
「では、日本人の時とアレクサンド様の時の記憶を持ったまま、ドラゴンに転生したのですか?」
『うむ。そなたも次に転生する時はドラゴンとなるだろう』
「わ、私もドラゴンに?・・・あなたは・・・神なのですか?」
『其方も日本人ならば知っておるだろう?日本人はどんなものにも神が宿ると信じておる。信じて崇めたものが神となるのだということを』
「八百万の神。その考え方ですね?」
『うむ。この世界の人間が神と讃え、崇めるのならば、それが神となるのだよ』
「そうですね・・・あ。え?でも、日本人なんて沢山居るのに何故、後継者が私なのですか?」
『それはな、其方は常に他人を思いやり、自分より優先できる人間だからだ』
「私が・・・ですか・・・」
『自分では判らんか。それは無意識のうちに他を慮り、行動しているということだな』
「褒められているのでしょうか?・・・ありがとう御座います」
『誰でも良い訳ではないからな。それなりに見極めさせてもらっての結果だ』
ドラゴンの後継者に選ばれるなんて気後れするけど、日本人代表ってことだからな・・・
「あ。そう言えば!アレクサンド様は私より昔の時代の日本からこの世界へ転生されたのですよね?それなのに何故、この世界の科学技術は私の知る日本より進んだ技術を持っているのですか?」
『あぁ、それか、それはな。この大きな光属性の魔力で地球へ転移できるのだ。それも好きな時代へな』
「え?ではかなり先の未来へ飛んで、技術を学んで来られたのですか?」
『そうだな。其方の時代の三百年は先の時代へな』
「え?それでまた、この世界へ戻られたのですか?折角日本に帰れたのに、そのまま日本で暮らしたいとは思われなかったのですか?」
『其方は知らぬのだな。日本、いや地球の未来を・・・』
「え?それは住みたくなる様な世界ではなくなっている・・・ということでしょうか?」
『それは想像に任せる。地球と比べ、この世界は美しい。私はこの世界の人々を救いたかったのだ』
「確かにこの世界は美しいです。大昔の地球もこの世界の様に美しかったのかも知れませんね」
『うむ。この世界を人間の醜い欲で、地球の様に汚して行くのを見たくなかったのだ』
「そのお気持ちは良く解かります。それで高度な文明を持ち込んだのですね?」
『そうだ。だが、この世界には魔力というものが存在する。それが怨獣という地球にはないものを生み出していた』
「人間の存在する世界は、常に欲が絡む問題が憑き纏うのですね・・・」
『その様だな。それは鼬ごっこで尽きることはない様だ。だが、エリアスはそれを知っていながらでき得る限りのことをしてくれているな』
「アレクサンド様もこの星とそこに生きる者のことを考え、文明を築いてくださったではありませんか」
『私はあくまでも科学者だ。機械文明には明るいが人付き合いは苦手でな・・・人の暮らしまで目を配ることができず、歪な貴族社会となってしまった。だが、其方は人の暮らしを思いやりで改善してくれている』
「私のできることは微々たることですが・・・でも、どうやって私が後継者に選ばれたのでしょうか?」
『あぁ、それはな。気まぐれで地球に見に行った時に偶然、其方を見つけたのだ』
「私を日本で見つけたのですか?」
『いや、其方がフェンシングの世界大会に出向き、殺されたところに出くわしたのだ』
「よくその一瞬で私という人間のことが解かりましたね?」
『いや、その行いに興味を持ち、そこから21年前に遡って其方の人生を見届けたのだ』
「え?どの様なお姿で私を監視したのですか?」
『それはアレクサンドの姿だよ』
「え?既に亡くなられていたのではないのですか?」
『あぁ、私が皇帝の座を放棄し、自殺したことにしてここへ移住したのだ。そして後継者を探しに地球へ度々、転移していたのだ』
「え?自殺したことにした?では、クローディア様も?」
『そうだ。クローディアも自殺はしていない。その様に見せかけてここへ連れて来たのだ』
「では、お二人で幸せな時を過ごせたのですね?」
『うむ。そして今、クローディアは聖獣のペガサスとなっている』
ルーナがクラウディア様だって?
お読みいただきまして、ありがとうございました!