59.資格
僕とアニエス、キースとフィオナは3年生になった。
弟のリカルドが学校に入学する。火の国の王女、レティシア・アルフォンソも同じ1年生だ。
5大王国の王子と王女が帝国学校に通学する3年間は、帝国城に住むことになっている。
アルフォンソ王は家族を連れて、転移の間に現れた。
転移の間で迎えると、レティシア王女はすっかり大人の女性になっていた。
身長は170cm位、赤い瞳にほとんどピンクと言って良い薄い赤毛だ。白地の生地に赤の刺繍やリボンのアクセントを付けたドレスを着ている。
僕はレティシアに初めて会うリカルドの反応を楽しみにしていた。
だが、リカルドはレティシアを見ても全く動じない。あれ?好みのタイプではなかったのかな?
「ウーラノスの光の神、大神にご挨拶差し上げます」
「許す、面を上げよ」
「許します。面をお上げください」
お父様と僕に許しを得て、アルフォンソ王の家族は立ち上がって挨拶を始めた。
最後にレティシア王女が挨拶をする。
「初めてお目に掛かり、光栄に御座います。私はレティシア・アルフォンソで御座います。本日より3年間、お世話になります」
「うむ。この城で暮らすこととなるのだな。安心して勉学に励むが良い」
「ありがたき幸せに御座います」
レティシアはお父様に深々と頭を下げた。そして顔を上げると僕に顔を向け、笑顔となった。うん?僕?リカルドじゃないのかな?まぁ、僕は会うのが二度目だからね。
その夜は歓迎の宴となった。僕とアニエスも同席した。
「エリアス皇子殿下、先日のテレビ番組を拝見致しました。相変わらずのご活躍で御座いますね」
「いえ、私はその場の思い付きで好き勝手にやらせていただいているに過ぎません。まだ活躍と呼べる様な功績は上げておりませんよ」
「そんなご謙遜を!それにしましても我が国に、借金の形に子を売っていた者が135名も居たことには驚きました。殿下の働きがなければ、私たちは何も気付けなかったことでしょう」
「人間とは、欲の深い生き物ですから。強い魔力によって権力を手に入れ、その力に酔いしれると、次は金に執着し更に欲に溺れます。そして人間の雄には、多くの女性を我が物にしたいという色欲まで持つ者が現れる」
「そこに貴族の矜持というものはないのでしょうか・・・残念なことです」
「その通りだな。エリアスの前世の世界はどうだったのだ?」
「同じです。魔力というものは存在しませんでしたが、大昔には貴族制度があり、王や貴族は大きな権力を持っていました」
「では、奴隷や人身売買の様なものもあるのか?」
「えぇ、昔は奴隷制度を持つ国もあり、闇で人身売買をする者も居りました」
「世界は違えど同じ人間。ということか・・・」
「はい。人間は皆、同じ性質を持っているのだと思います。欲を持つなという方がおかしいくらいです。その陰では怨念を抱く者が生まれるというのに」
「それでは、怨獣を淘汰することは難しいのだな」
「はい。前世の世界では沢山の法を制定し、法を破った者を捕らえ罰するのですが、犯罪者の数はなかなか減りません。ですからこの世界でも怨獣を倒し続ける必要があるのです」
「人間の欲か・・・確かに厄介なものだな・・・」
「すみません。レティシア王女の歓迎の席だというのに。重苦しい空気にしてしまいました。話題を変えましょう。レティシア王女は貴族学校に入ってやりたいことや学びたいことはありますか?」
「はい。私はアニエス様の様に多くの人を癒したいと考えております」
「私の様に?」
「はい。アニエス様は素晴らしいです。聖獣の言葉を聞き、エリアス皇子殿下の命を救い、自ら病院に出向き、難病を患う患者の治療もされていらっしゃいます」
「そうか、アニエスの様に人の役に立ちたいと考えているのですね?」
「はい」
「では、アニエスと一緒に行動されては如何ですか?勉強にもなるし、実地での体験もできると思います」
「エリアス、二人の聖女を一緒に行動させるのは危険ではないかな?」
「お父様、既に私の侍従には魔力が100の騎士が4人も居るのです。護衛としては最強だと思いますよ」
「あぁ、そうだったな。エリアスの侍従は皆、聖獣が魔力を増やしたのだったな」
「本当に凄いことですね。聖獣にその様なことをさせられるとは・・・」
「アルフォンソ殿、レティシア王女をアニエスと同行させることをお許しいただけますか?」
「勿論です。それが神の意思なのであれば、従うのが当然です」
「ありがとう御座います。では、レティシア王女。毎日アニエスとリカルドと共に通学し、病院へ慰問に行く際には同行をお願いします」
「承知いたしました。あの、エリアス皇子殿下。お願いなどとおっしゃらずに、命じて下されば良いのです。私のことも王女は付けずに、レティシアと呼び捨てにして下さいませ」
「それで良いのですか?」
「はい。是非に。アニエス様、リカルド様も同様にお願いいたします」
「えぇ、わかったわ。これからよろしくね。レティシア」
「レティシア、よろしくお願いします」
「はい!アニエス様!リカルド様!」
やっぱり、レティシアは僕やアニエスには懐いた態度を取るけど、リカルドにはまだ硬いな。初対面だからかな?
それからは僕とアニエス。侍従4人、それにリカルドとレティシアの8人で学校へ通った。
あぁ、そうだ。リカルドには専属の護衛が付けられた。騎士団長の次男で帝国騎士のフェリックス・バーナードも一緒だから9人だ。
入学式ではリカルドが新入生代表の挨拶に立った。
「皆さん。初めまして。私はリカルド・アルカディウスです」
「既に兄である、エリアスお兄様の名声が高くなっていますので、私の存在は薄くなっているとは思いますが、私もお兄様に負けない様、人々の役に立つ人間と成るべく学んで参りたいと思っています。皆さん、よろしくお願いいたします」
うん。リカルドは素晴らしい挨拶をしたな。ちょっと僕を褒め過ぎだけどね。
「うぉーっ!」
「リカルド様!ステキーッ!」
「なんて美しい髪なの!瞳も宝石の様だわ!」
「リカルド様に見初められたら、皇妃になれるのでしょう?」
「何を言っているの?リカルド様のお相手なんて、レティシア王女殿下に決まっているでしょう?王女で聖女なのよ?!」
「え?でも、皇帝陛下の光属性を継ぐのに必ずしも聖女でなくて良いとエリアス様はテレビでおっしゃっていたわ!誰だって候補になれるのよ!」
「そうね。諦めることはないわ。まだ、レティシア王女殿下と婚約したとは発表されていないのだから」
「それもそうね。でも、相手にされると思う?あ!あなたなら資格があるのではなくて?ミシェル」
「私に資格が?まさか!?」
「だって、あなたは帝国騎士団の団長の娘、公爵令嬢のミシェル・バーナードなのよ?あなたを置いて他に誰が居ると言うのよ?」
「そうなのかしら。確かにリカルド様って素敵ね。エリアス様の影響なのでしょうけれど、帝国の皇子だというのに口調も優しいし、尊大な態度を取ることもないようね」
「そうでしょう?ミシェルなら大丈夫よ!」
その時、先生方が並んでいる端に兄のフェリックスが見えた。
「あら?あそこに居るのはミシェルのお兄様ではなくて?」
「えぇ、そうよ。リカルド皇子殿下の護衛を任されたの」
「まぁ!凄いじゃない!」
「帝国騎士の仕事のひとつよ」
そして授業は始まった。リカルドとレティシアは同じクラスだ。親しくなれるだろうか?
昼休みとなり、フェリックスに付き添われてリカルドとレティシアが食堂に現れた。
「リカルド、授業はどうだった?」
「私には簡単過ぎますね。ちょっと退屈でした」
「そうだろうね。リカルドはしっかり勉強して来たからね。学校では勉強すると言うより、友人を作る方が大切かも知れないね」
「そうですね。お兄様の様に信頼できる仲間を作ることも大切ですね」
「うん。解かっているじゃないか。何も心配は要らないな」
「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます!」
その時、皇室の席にひとりの女生徒が顔を真っ赤にして挨拶に立った。
「うん?許します」
「初めてお目に掛かります。私は帝国騎士団団長、ニコラス・バーナード公爵の娘、ミシェル・バーナードに御座います!」
「あぁ、騎士団長の娘?ん?フェリックスの妹かい?」
「はい。エリアス様。妹のミシェルで御座います。父より、必ずエリアス様に挨拶する様にと申し付けられまして」
「あ!ミシェル嬢は確か、フェリックスより魔力が強いのだよね?」
「はい。私の風属性の魔力は100で御座います」
「折角だから、一緒に食事をしよう」
「え?私の様な者が・・・」
「何を言っているの?ミシェル嬢は公爵令嬢でしょう?」
「そ、それはそうですが・・・」
「ミシェル、エリアス様にお許しいただいたのだから良いのだよ」
「はい。お兄様」
配膳係が僕らのテーブルに食事を運ぶ。10名分の食事が並んだ。食事をいただきながら皆で歓談した。
「その制服だとミシェル嬢は文系志望なのかな?」
「あ、これは・・・お母様の意向なので御座います」
「あぁ、兄二人とも騎士になったのだからね。お母様は寂しいのだろう」
「はい。その気持ちは解かりますので・・・」
「では、本心では騎士になりたいのかな?」
「それは・・・」
そう言って、ミシェルはフェリックスの顔色を窺った。
「フェリックス、ミシェル嬢の願いを叶えることは難しいのかい?」
「私は妹のやりたい様にすれば良いと思っております」
その時、リカルドが力強い口調で言い放った。
「ミシェル嬢、自分の進む道は自分で決めるべきです。自分のやりたいことをしてください」
「リカルド皇子殿下・・・ありがとう御座います」
ミシェルは頬を赤く染めてリカルドを見つめた。
「それで?つまり、騎士になりたいってこと?」
「自分でもまだ少し迷っているのです。お母様の気持ちも良く解かるので・・・」
「あぁ、そういうことか。主人を騎士団に囚われている妻は、皆、寂しい思いをしているからね」
「はい・・・」
「それでは、こういうのはどうだろう?実はレティシアの護衛を誰にするか、決めかねていたんだ。数日中には決めようと思っていたのだけどね。ミシェル嬢、レティシアの友人として共に勉強をしながら護衛をしてみないか?」
「そ、そんなこと・・・よろしいのですか?」
「フェリックス、バーナード家のことだから、ミシェル嬢も相当に鍛錬を積んできているのでしょう?」
「はい。ミシェルは父譲りの魔力を持っており、父に鍛えられておりますので」
「それならば実力は問題ないな。お父様も騎士団長も認めることだろう」
「本当にミシェルでよろしいのですか?」
「リカルドも言っていた通り、それを決めるのはミシェル嬢だよ」
「ミシェル嬢、後悔しない様に良く考えて!」
おぉ!なんか、リカルドがぐいぐい来るな。
「リカルド皇子殿下、ありがとう御座います!・・・レティシア王女殿下、私でよろしければ護衛の任を受けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「私は同い年の女の子が護ってくれるなら嬉しいわ。お友達にもなってもらえるのかしら?」
「はい。喜んで!」
「では、決まりだな。話はお父様に通しておくよ。ジュリア、衣装はどうしようか?」
「制服でも構わないのですが、護衛であると見分けがつく方が良いとは思います」
「あの、ジュリア様と同じ騎士服を着たいです」
「あぁ、これね。フィオナもこれを気に入ったものね」
「その騎士服、とても可愛いですね」
フェリックスが唐突に口を開いた。
「え?それはジュリアのこと?それともフィオナ?」
「あ!す、すみません!」
そう言いながら、フェリックスはフィオナを見つめていた。フェリックスに見つめられたフィオナは思わず真っ赤な顔になった。
「ふーん。いいね」
「あら、私じゃないのね・・・」
「ジュリア様はいつでも美しく、可愛い女性です!」
「キース。いつもありがとう!」
キースはいつもの様にジュリアへ笑顔を返した。
「ではフィオナ、君も学校内ではミシェル嬢と共にレティシアを護ってくれるかな?」
「はい。仰せのままに」
リカルドは終始ミシェルを見つめていた。もしかしてこちらがタイプだったのかな?
まぁ、ミシェルは公爵令嬢だし、父親同士も旧知の中だ。あり得るのかも知れないな。これは楽しみだ。
あれ?そうなるとレティシアがあぶれてしまうな。それはそれで問題だな・・・
誰か良い人が現れると良いのだけど・・・って、なんで僕がこんなに他人の恋路の心配をしているんだろう?
食後、教室へ向かって廊下を歩いていると、アニエスが僕の腕に絡みついて来て小さな声で言った。
「エリアスって、他人の心配ばかりしているのね?」
お読みいただきまして、ありがとうございました!




