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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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5.暗殺

「ガシャーン!」


 エリアスの首を締め上げ、暗殺しようとしていた男は背後で割れた窓ガラスの音に驚き振り返った。


 何か白い物体が飛び込んで来て、そのままこちらに向かって来た。

男はエリアスを放すと反射的に後ろへ飛び叫んだ。


「お、お前は何だ!」


 その白い物体は、トカゲの様なうろこに覆われた身体に細い前足と恐竜の様に強靭な足、そしてやたらと長い尻尾。頭には小さな金色の角が二本あった。


 その二本の角の間から後頭部の辺りには羽なのか毛なのか判らないが、キラキラと光る7色の長いリボンやテープの様に見えるものが窓から吹き込む風になびいていた。


 暗闇の中、金色の瞳が鈍く光り、背中の大きく真っ白な翼は音も無く羽ばたいていた。

その翼からは金色の光のマナが霧散して後光の様に照らした。


 その生物はエリアスの前に浮かぶとその男に向かって口を開いた。

開いた口の中には鋭い牙が並んでいた。そして喉の奥に何か光った。そう思った瞬間。


「ボッ!ドカーンッ!」


 青い炎の咆哮ほうこう一閃いっせんした。


 男は両足の膝下だけを残して瞬時に蒸発し、その後ろの壁を窓ガラスごと直径2mの大きさでぶち抜き、大気を切り裂く音をかなでながら、遥か彼方まで青いレーザー光線の様に一直線に貫いて行った。


「ドーンッ!ドカンッ!ギュイーーーーーンッ!」


 帝国城は少し小高くなった丘の上に建っている。エリアスの部屋は4階の高さだから平地から30m位の高さがある。その高さを青い炎の光は真直ぐに進み、途中、街の一番高い建物の上部をえぐる様に燃え溶かし、その先の山を貫通して隣国の土の大陸ガイアのシュナイダー王国まで達した。


 幸いにも大型船の航路は空高く、中型以下の船の航路は低い高度を飛ぶので、丁度その間を炎は貫いて行った。


 だが、街の民衆はパニックとなって口々に恐怖を叫び、逃げ惑った。

燃えた建物やそこから落ちる火の粉に人々が群がり、水魔法で火を消し始めたのだ。何十、何百という人間が一斉に水魔法の呪文を詠唱するものだから、街は相応にやかましくなった。


 勿論、同時に帝国城の中も上を下への大騒ぎとなっていた。

「皇子殿下の部屋が燃えているぞ!」

「ロンバルディ王国の者は火を消せ!」

「怨獣の襲撃だ!騎士を早く!」

「皇子が亡くなった!」


 恐怖からデマや憶測が流れ、使用人や騎士が走り回っている。騒乱が最高潮に達した時、城内に放送が流れた。それは皇帝自らの声だった。


「皆の者、落ち着いて我の声を聞くのだ!」


「この城の結界は破られていない。怨獣の襲撃ではない!また、火災も起ってはいないしエリアスも存命だ。皆、落ち着いて各自の持ち場に戻るのだ!」


「おぉ!陛下のお言葉だ!エリアス皇子殿下は無事なんだ!」

「怨獣は居ないのね?安全なのね!」

「あぁ、良かった!」

 皆、安堵し、笑みを浮かべながら持ち場へ戻って行った。


 だが、帝国騎士のナンバー騎士だけは秘密裏ひみつりにエリアスの部屋へ集められた。


「ナンバー騎士は揃ったか?」

「はっ!陛下。只今、参上致しました!」

「うむ。まずは、この惨状を見るが良い」

「こ、これは・・・エ、エリアス皇子殿下は?!」

 騎士団長のニコラス・バーナード公爵は、緊張した面持ちで問い掛けた。


「エリアスは無事だ。今はエレノーラが治療している」

「お怪我を?」

「首を絞められた様だ。その足を残して蒸発した男にな」

 エリアスのベッドと大穴が開いた壁との中間の床にブーツを履いた膝より下の足だけが残っていた。


「あ、暗殺・・・で御座いますか?」

「うむ。我らは少し、気を緩めてしまっていた様だ」


「も、申し訳御座いません。全てはこの私の不徳の致すところで御座います」

 バーナード公は身体を強張こわばらせ、絞り出す様に言った。


「そ、それでこの暗殺者は何者なのでしょうか・・・」

「その足と騎士服のマントの切れ端がそこに落ちておる」

 騎士たちがその切れ端を凝視する。


「こ、これは!火属性の騎士のマントですね。ブーツもそうです」

 帝国騎士団は5つの国から騎士が集められている。騎士服の布地は全て白で、縁取りが各属性の色のラインとなっているのだ。そして、このマントの切れ端には赤いラインがあった。


「うむ。すぐに城内に居る火の属性の騎士を集めるのだ」

「カルロス、パトリシア。お前たちの責任において必ず犯人を特定するのだぞ!」

「御意!」

 ナンバー騎士の中で火の属性を持つ二人は、身震いしながら走り出した。


「陛下、それでこの男を足だけにしたのは誰なのですか?」

「いや。それが判らんのだ。先程、隣国のシュナイダー王から連絡が入り、国境の山脈に穴が開いたそうだ」

「え?この城からフォンテーヌ海を越えてシュナイダー王国まで火が到達したのですか?」

「ん?あれは火だったのか?」


「はい。カルロスが訓練場に残っており、エリアス様の部屋から青い火の筋が真っ直ぐ東へ貫かれる様を見たそうです」

「青い炎?」

「はい。青い炎はその温度が一万度を超えるそうです」

「あぁ、だからこの様に石壁が溶岩の様に溶けているのか・・・」


「それにしても隣の大陸まで届くとは、一体どれだけの魔力があればそれが可能なのか?」

「火の国の(エース)、赤の騎士の魔力でもあれだけの力は無いとカルロスが言っておりました」

「それでは人間ではない。ということか・・・」

「昨年、エリアス皇子殿下が生誕された夜にも何者かが部屋へ侵入していましたね」


「その時と同じということなのか・・・何者かがエリアスを守っていると・・・」

 皇帝は自分の顎を右手で撫でながら何かを考えていた。


「それが何者でその目的も判らぬが・・・まずはこの部屋の修復と警備体制の再構築を進めてくれ」

「御意!」




 皇帝はその足でエレノーラの部屋へ向かった。2名の騎士が部屋の扉の前に立っていた。

「誰も出入りしていないな?」

「はっ!仰せの通りに御座います!陛下!」

「うむ。我が出るまで何人たりとも入れるでないぞ」

「御意!」


 皇帝は部屋に入り静かに扉を閉めると、ベッドで眠っているエリアスの小さな手を握り、祈る様な表情で顔を見つめる皇妃に小声で話し掛けた。


「エレノーラよ。エリアスはどうだ?」

「陛下。そのまま眠っています。治癒ちゆを掛け、首のあざは消しました」

「そうか。エリアスは当分の間ひとりにはできぬな」

「やはり暗殺なので御座いますか?」


「状況はそう語っているな。今、カルロスたちに城内の火の属性の騎士を集めさせている」

「え?火の属性の騎士が犯人なのですか?」

「どうやらその様だ。火属性の騎士のブーツとマントの切れ端が残っておったのだ」

「そう・・ですか・・・」

 エレノーラは深刻な表情でつぶやいた。


「エレノーラよ。何か心当たりがあるのか?」

「はい。エリアスが前に言っていたのです。モンテスには注意が必要だ・・・嫌な予感がすると」

「何?モンテス?確かにあ奴は火の国の公爵であるな・・・」

 皇帝は怪訝けげんな表情のままうつむき、考え込んだ。


「だが、エリアスを消してどんな利があると言うのだ?」

「確実に火の国出身者を皇帝の跡継ぎとしたいのではありませんか?」

「どの属性を持つ皇妃が産もうと光の属性を持った子は、光属性だけ大きくなるのだ。そんなことは関係ないのではないか?」


「同じ故郷の者を贔屓ひいきすることを「どうきょうのよしみ」と言うのだとエリアスが言っていました」

「どうきょうのよしみ?それは何だ?」

「私にも解かりません。古文書に載っていることなのではないでしょうか?それが原因でエリアスを殺そうと・・・」


「ふむ・・・小心者のモンテスがその様なことをしでかすとは思えぬが・・・まぁ、良い。しばらくは奴を注視していよう」

「はい。お願いいたします」

 皇妃は悲痛な表情でエリアスの小さな手を握り、頬を撫でた。


「それはそうと、アドリアナは妊娠したのですか?」

「うむ。丁度、妊娠3か月に入ったところだ」

「それはおめでとう御座います」

「うむ。何か、素直に喜べぬな」


「アドリアナに気を使ってやっていただけますか?今回のことで不安になっていると思います」

「お前は優しいな・・・エレノーラの方がよっぽど辛かろうに」

「私は大丈夫です。エリアスさえ生きていてくれるならば・・・それだけで良いのです」

 エリアスの髪を優しく撫でながら、エレノーラはそう自分に言い聞かす様につぶやいた。




 翌日、僕は目が覚めると、お母様とお父様から質問攻めに遭った。

「エリアス、おはようございます。身体に痛いところはない?」

「お母様、お父様。おはようございます。うーん、そうですね。どこも痛くありません」

「それは良かったわ」

「お母様が治療してくださったのですか?」


「ということは・・・エリアスは昨夜あったことを覚えているのね?」

「覚えていることは少ないと思います。昨夜はいつもの様に早く寝てしまったのですが、誰かが部屋に入って来て、ぶつぶつと何か言っていたので目が覚めたのです」

「まぁ!何て言っていたのかしら?」


「確か・・・「可哀そうだがお前の人生は今日で最後だ」って、そう言って直ぐに首を絞めて来たのです」

「まぁ!何てことを!エリアス、可愛そうに・・・」

 そう言ってお母様は僕を優しく抱きしめた。


「その後のことは覚えているか?」

「あとは苦しくて気が遠くなっていったのです。その時に窓ガラスが割れて何かが飛び込んで来たのは判ったのですが、直ぐに気を失ってしまいました」

「その飛び込んで来たものを見たのかな?」


「うーん。あ!そうだ。僕が生まれた夜にも同じことがあったと思ったのです。あの時も意識を失い欠けた時に現れたので、良くは見えていないのですが、何か白い生き物だった様に思います」

「白い生き物?大きさは?」

「そこまではっきりと見えていないのですが、窓ガラスの大きさよりも小さかったので人間より小さいと思うのです」


「人間よりも小さい?それであんなに大きな魔力を?」

「魔力?それは見ていないので判りませんが・・・」

「そうか、覚えているのはそれだけか?」

「申し訳・・・」


「あぁ、良いのだ。危険と言うよりも、エリアスを守ろうとしていた可能性があるのでな。どんな生き物なのか知りたいのだ」

「そうですね。僕も知りたいです」


「それよりも、エリアスを暗殺しようとした犯人に心当たりはないか?」

「エリアス、前にあなたから聞いたモンテスの話を陛下にお話ししたの」

「あぁ、その件ですか・・・あれはただの勘です。モンテスは僕を好きではないと感じたのでその内、何かあるかも知れないと警戒していたのです」


「今のところ、犯人とモンテスを繋げる証拠は無いのだ。引き続き調査はするがな」

「エリアス。当分、あなたは私と一緒に寝ましょう」

「え?良いのですか?」

「えぇ、あなたをひとりにはできないわ」

「そうですか、わかりました」

 お母様と一緒に眠れるのはちょっと嬉しいな。前世でもそんなに小さい頃のお母さんとのことはあまり覚えていないからな。




 その後、1週間経っても1か月経っても、エリアスを暗殺しようとした犯人は特定できなかった。帝国騎士の火の属性の騎士は全て存命だったし、騎士服やマントも全員失くしてはいなかった。


 ただ、倉庫から火の国の騎士服がひと揃え紛失していたことが判明した。

その犯人は魔法を使っておらず、素手でエリアスの首を絞めたため、余計に犯人の特定が難しくなった。モンテスも何ら怪しいところはなく、日々、淡々と帝国のまつりごとをこなしていた。




 そうして事件から7か月が経過した頃、アドリアナ第二皇妃は、第二皇子のリカルドを生んだ。


 リカルドは光属性の魔力が50だった。それは、かろうじて皇帝として必要な魔力量だったが、世継ぎが誕生したことで帝国はお祭りムードとなった。


 僕としても嬉しいことだ。初めて弟というものができる喜びもあるし、これで皇帝の世継ぎとならなくて済むからだ。


 僕は大きな魔力とか社会的な権力とか、そういうものを欲しいとは思わない。それにお父様は大きな権力を持っているけれど、自分の生涯を全て国民に捧げている様なものだ。

見方を変えれば、個人の自由なんてひとつも無いのだ。


 僕は前世の記憶を持ったまま転生した。だから前世と今世の人生を比べることができてしまう。そうした時、前よりも少しだけ幸せになれたらそれで良い。そう思うだけだ。


 例えば前世でできなかった恋がしたい。愛する人と結婚したい。でも大きな魔力を持っていたら、皇帝の跡継ぎは一番大きな聖属性の魔力を持った聖女と結婚しなければならないのだ。そんなのつまらないじゃないか。


 でも、心配な点もある。今はお金に困っていないけど、このまま無能な皇子では、その内に城から追い出されてもおかしくないのだ。


 だから、無能は無能なりにできることを精一杯やって、いざという時に備えるのだ。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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