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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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56.希望

 サンドリーヌが加わって1年。幽冥での暮らしは8年目になろうとしていた。


「サンドリーヌ、今夜の料理を任せても良いかしら?」

「えぇ、任せてください!」

「もう、何でもできる様になったわね」

「はい。エレノーラ様のお陰です」


 サンドリーヌには、一日3回欠かさずに治癒魔法を掛けている。

この半年で手足の指の間に有った水かきが跡形も無く消え、歯も人間の様な形に変わった。もう人間と言って差し支えない。ただ、瞳と髪の色は黒いままだが。


 今日は海へ漁に出掛ける。ミアが引く荷車に獲物を入れる籠や金属の箱を載せて海へ向かう。一緒に行くのはミアとラウラ、それにラーラだ。

ラーラは元、熊の怨獣で幽冥の中で一番背が高い。狩りや漁に行く時には、ラウラと共に必ず同行してもらっている。


「エレノーラ、今日は何が捕れるワン?」

「そうね、久しぶりにアザラシが欲しいわね」

「アザラシ!そうだよワン。アタイの干し肉が無くなりそうなんだからワン!」

「そうだクマ。捕れたての肝臓は最高だからクマ」

 食に関してはどうしても獣の記憶が先に立ってしまうのね。


「ふふっ、仲良く分けてね」

「私はたらも食べたいクマ!」

「うん!鱈も最高だワン!」

「ラーラは食いしん坊ね」


「身体が大きいから仕方がないワン」

「そうクマ。いっぱい食べないと力が出ないクマ」

「さぁ!海に着いたわ。漁を始めましょう」


「レムノスの力よ、我に集え!」

 銀色のマナがエレノーラに集まり始め、シルキーホワイトの髪が銀色に変わり辺りを明るく照らした。


「鉄の鎖の網を造り出し、海の底から獲物を囲い込め!」

 エレノーラの手から銀色の魔法陣が現れ、鉄の鎖でできた網と共に海面にどんどん大きく広がっていく。その魔法陣と網が海に沈んで行った。


「網よ!ここへ獲物を運べ!」

 数十秒後に海面が盛り上がり始めたと思うと、魚が逃げ惑い海面を暴れ回った。

すると沖の方から網が持ち上がり、囲い込む様に徐々にこちらに向けて範囲を狭めていく。


「バシャバシャバシャッ!」

「うわぁ!大漁だモー!」

「あ!あそこ!アザラシも居るクマ!」


「銀の槍よ!アザラシを撃て!」

「シュバッ!シューッ!」

「ズサッ!」

「やったー!」


「あ!もう一頭居るワン!」

「大きいわね。銀の槍よ!アザラシを撃て!」

「シュバッ!シューッ!」

「ドシュッ!」

「よしっ!当たったクマ!」


 そして浜に網が上げられ、大量の魚と2頭のアザラシを捕らえた。

「このアザラシは大きいクマ!」

「これでしばらくはもつわね」

「エレノーラ、いつもありがとうモー!」

「いいのよ。この極寒の海に入る訳にはいかないものね」


 皆で協力しながら荷車の籠や箱に獲物を載せているとミアが叫んだ。

「あ!あれ?あれは何なのモー?」

「え?何のことワン?」

「ほら!あそこモー!空に大きな魚が浮かんでいるモー!」


「もしかして・・・リヴァイアサン・・・かしらね?」

「リヴァイアサン?」

「聖獣よ。確か水の大陸、オーケアノスの聖獣だわ。こんなところで見られるなんて!」

「え?ではあれは魚ではないクマ?」

「ラーラ、魚で空を飛べるのはトビウオくらいかしらね。あれは神の遣いである聖獣よ」


 リヴァイアサンは明らかにエレノーラ達を見ながらゆっくりと飛んでいる。

「水の国の聖獣が何故ここへ?あ!私たちを助けに来てくれたのではモー」

「どうかしらね・・・」

「エレノーラ、聖獣と話せるのワン?」

「いいえ、聖獣なんて話すどころか初めて出会ったのよ。聖獣が実在するとは思っていなかったわ」


「あれだけ大きいなら、私たちを乗せて飛べるのではないですかモー!」

「そうね、ミア。皆で声を掛けてみましょうか」


「おーい!助けてくれモー!」

「帝都に連れて行ってワン!」

「誰か助けを呼んでクマー!」

「リヴァイアサン!私がここに居ることを陛下とエリアスに伝えてください!お願い!」


「クゥォーン!」

 リヴァイアサンは身体をこちらへ回転させ、明らかに私たちを見つめながら空に響き渡る声で鳴いた。


「あ!応えたモー!」

「何て言ってるワン?」

「助けてくれるのかなクマ?」

「あぁ・・・リヴァイアサン・・・美しい聖獣ね・・・」


 そして、リヴァイアサンはゆっくりと来た方角へ戻って行き見えなくなった。


「あー行ってしまったモー!」

「助けてくれなかったワン!」

「言葉が判らなかったクマ?」

「どうかしらね。返事はしていた様だから、私たちのことを伝えてくれるかも知れないわ」

「そうだといいクマね」


 エレノーラはリヴァイアサンが見えなくなっても、その行方を見つめ荷車に座ったまま動かなくなった。


 エリアスは今、どうしているのか、また怨獣に襲われてはいないか。成長した姿を見たい。考え始めたら心配が恐怖へと変わり、自分の心が暗闇へ落ちて行くのがわかる。


 今の自分には何もできない。だから他人の世話を焼き、考えない様にしていた。でもリヴァイアサンに会ったことで期待を抱いてしまい、エリアスのことを思い出してしまった。


 エレノーラは涙が出そうになるのを必死にこらえていた。

「エレノーラ、大丈夫クマ?」

「え?あ。えぇ・・・大丈夫よ。さぁ、屋敷へ帰りましょうか」

「うん。捕れたてのアザラシを食べるワン!」

「肝臓は私のものクマ!」


 屋敷へ帰ると皆が集まって大騒ぎになっていた。

「あ!エレノーラ様!お帰りなさい!」

「エメ、皆集まって、どうしたの?」

「さっき、空に大きな魚が飛んでいるのを見たのです!」


「あぁ、そういうことね。皆!あれは魚ではないの。リヴァイアサンという聖獣なのよ」

「聖獣?」

 エメはきょとんしている。他の皆も同じだ。


「聖獣というのはね、この世界に在る5つの大陸に一体ずつ居る神の遣いよ。さっき見たのは水の国、オーケアノスの聖獣、リヴァイアサンなの」

「リヴァイアサン!」


「聖獣は滅多に人の前に現れないから伝説の生き物と思われているのよ。見られて良かったわね」

「何か良いことがあるのですか?」

「判らないけど・・・良いことがあるといいわね。そうして希望を持つことはとても良いことだと思うわ」


「希望!良い言葉ね。良いことがあります様に!」


 皆は空を見上げ、リヴァイアサンが飛んで行った方角を見つめた。




 夜、皆が寝静まった頃、エレノーラはひとり屋敷を出て空を見上げた。


 結界のドームは透明で星が空を埋め尽くすほど輝いていた。マナも少しは見えるのだが、星の数が圧倒的に多いので、飲まれてしまってほとんど区別がつかない。


 エレノーラは星を眺めながらつぶやいた。

「エリアス・・・どうしているのかしら。そう言えば、帝国学校に通っている歳ね。2年生になっているはずだわ」


「あ!2年生と言えば、結婚相手を決める歳よね?あぁ・・・エリアスの結婚相手を見たいわ。どんな娘を選ぶのかしら?」


「前に自分は結婚できないと言っていたわね。まさか、本当に結婚しないなんてことがあるのかしら?心配だわ・・・」


「でも、聖女が現れたら考えが変わるかも知れないわね。エリアスには幸せになって欲しい・・・」


「エレノーラ様?」

 サンドリーヌも屋敷から出て来てエレノーラに声を掛けた。

「あら?サンドリーヌ。どうしたの?眠れないの?」

「アニエスの夢を見たの」

「まぁ!娘さんの?どんな夢?」


「泣いていました・・・黒い瞳、黒い髪を人々から怖がられ、嫌われて・・・」

「アニエスの髪もサンドリーヌと同じなの?」

「えぇ、同じでした。でも、本当に可愛くて、美しい娘なのです。その瞳が涙で溢れていたのです・・・」


「そう・・・心配ね・・・私も息子が心配で仕方がないわ・・・」

「ここから出て、アニエスに会うことはできないのでしょうか?」

「私も出られるものなら出たいわ・・・そうやってもう8年もここに居るのよ・・・」

「あぁ・・・駄目なのですね・・・」


「サンドリーヌ、でも希望を捨ててはいけないわ。今日は聖獣も来てくれたじゃない!」

「あぁ、そうでしたね。聖獣が私たちを見つけてくれたのですものね」

「そうよ。希望を持ちましょう!」

「えぇ、わかったわ・・・」


 二人は互いを励まし合うとまた、星空を見上げた。




 エリアスたちが通う帝国学校は、相変わらず落ち着かない。

特に2年生と3年生は、結婚相手探しで大盛り上がりの日々が続いている。


 エリアスが学校に行くと、エリアスの席には山の様に沢山の手紙と贈り物が置いてあり、女の子たちが次から次へと挨拶に訪れる。


「皆、諦めずに良く続くものですね?」

「この執念を勉学や魔法の鍛錬に向けてもらえると良いのにね」

「エリアス様、女性は良い結婚相手を見つけるのに必死なのです。許してあげてください」

「ジュリアはその様な女性の気持ちも解かるのだね?」


「私だって女の子ですから・・・」

「え?ジュリアが?」

「レオン?そんなこと言っていると、グレースに言いつけるから!」

「そ、それは・・・」


「レオン様、ジュリア様は素敵な女性です!」

「まぁ!キース。いつもありがとう!結婚相手が見つからなかったらもらってくれる?」

「はい!喜んで!」

「え?」


「はい!喜んで!」

「ホントに?」

「はい!本気です!喜んで!」

「あ。えーっと!その・・・ありがとう・・・でも・・・」

 ジュリアは茶目っ気たっぷりで雰囲気作りで言っただけなのに、キースの言葉に面食らってしまった様だ。


「ジュリア様。見つからなかったら・・・でしょ?」

「あ!え、えぇ、そうね。見つからなかったら・・・ね。その時はお願いね」

「えぇ、喜んで!」

 キースもよくわきまえているな。いい男だ。


「前に聞いたけれど、学生は2年生の内にお相手を決めて、3年生のデビュタントでは、そのお相手とダンスを踊るそうだね?」

「えぇ、卒業後直ぐに結婚するつもりのカップルの場合はそうですね。勿論、お相手が見つからなければ引き続きお相手探しは続く訳ですが」


「それはそうだよね。レオンとグレースの様に卒業後になっても良いんだよね?」

「勿論です。でも、皆、気持ちは焦る様ですね」

「まぁ、そういうものだよね」


 皆が恋愛の話題で盛り上がっている時、ひとり自分の机に座って外をぼんやりと眺めている女子生徒が居た。


 あれはフィオナ・シュルツ。土属性のシュナイダー王国の出身だ。父親は商社を営むヘルマン・シュルツ侯爵。確か父親の魔力が55しかなく、騎士ではなく稼業の商社を継いだのだ。母はハイリー・ホフマン・シュルツ。ホフマン子爵家の長女で魔力が75ある。


 魔力の大きさを買われて縁組されたのだろう。その娘のフィオナは魔力が80もある。

でも二人の兄、コンラートとアルフレートはそれぞれ55と50しかなかった。ちょっと、複雑な家庭環境なのかも知れないな。


 フィオナは魔法の授業の時は生き生きとしていた。でも、それ以外の授業や休み時間はいつも元気がない。どうしたのだろう?


「エリアス、あの娘が気になるの?」

「え?あ、あぁ、フィオナ・シュルツ。魔法の授業の時だけ元気で、それ以外はいつもあんな風に塞ぎ込んでいるんだ」

「放課後に聞いてみましょうか」

「そうだね」


 一日の授業が終わり、生徒が帰り始めた時、ジュリアがフィオナに声を掛けた。

「フィオナ・シュルツね?少しお時間よろしいかしら?」

「あ。わ、私で御座いますか?」

「えぇ、エリアス皇子殿下がお話ししたいそうです」

「殿下が?!」

 フィオナは驚いた顔で遠くに居る僕の顔を見つめた。


 学校の談話室を借りて話をすることとなった。

「フィオナ、急に呼び止めてしまってすまない。時間は大丈夫かな?」

「エリアス皇子殿下、問題御座いません」

「声を掛けたのはね、君の様子が気になったからなんだ」

「私の?」


「うん。君は魔法の授業の時は生き生きとしているのに、それ以外の時はいつも沈み込んでいる様に見えたから」

「あ・・・私・・・」

「フィオナ、あなたのことを見せていただいても良いかしら?」

「聖女様・・・私を見る?ので御座いますか?」

「えぇ、よろしい?」

「え、えぇ・・・構いませんが・・・」


 するとアニエスの瞳が赤く光り、フィオナの黄色い瞳を覗き込んだ。

フィオナは面食らい、半歩後ろに下がりながら赤く光るアニエスの瞳を見つめた。

数十秒の間、アニエスはフィオナを見つめ、瞳を閉じると再び瞼を開いた時には黒い瞳に戻っていた。


「フィオナ、あなたに起こっている辛い出来事なのだけど、エリアスやここに居る人たちに話しても良いかしら?」

「え?私のことが判るので御座いますか?」

「勝手に覗き込んでごめんなさいね。だから初めに断ったでしょ?」

「え?あ、はい。構いません」


「そう・・・フィオナは・・・この学校を卒業したら・・・身売りされるのね」


 なんだって?身売り?そんな馬鹿な!

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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