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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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54.奉仕

 アニエスの不穏な言葉に驚き、僕はアニエスをバルコニーへいざなった。


「アニエス、ちょっとバルコニーへ。皆さん、少々お待ちください」

「承知いたしました」


 ふたりでバルコニーへ出ると欄干の前に立ち、顔を外に向けて小さな声で話した。

「アニエス、治さない方が良い病気なんてあるのかい?」

「あ。そういうことではないの。奥さまの怨念が伝わって来て覗き見してしまったの」

「怨念?!奥さまは何に対して憎しみを持っていたの?」


「アドルノ伯よ。彼は家庭をかえりみることなく、騎士の仕事に没頭していた様なの。家にも帰らず、家族の生活をないがしろにしていた様だわ」

「それでアドルノ伯をうらんでいるのか」

「えぇ、だから今回、私がアドルノ伯の病を治してしまったら、また同じことになって奥さまはより深い闇へと落ちてしまうと思うの」


「なるほど。その可能性は高いね。だけど、今治療しなければ彼は死んでしまうだろう」

「奥さまに選んでいただくのはどうかしら?」

「治して騎士に戻すか、このまま死なせるかって?いや、それは・・・」

「でも、アドルノ伯を治して騎士に戻したら、今度は怨まれるのは私なのでは?」

「そうか。そういうこともあるのか・・・」


 僕は空を見上げ、マナがキラキラと輝きながら流れる様を見つめて考えた。

輝くマナの向こうに満月のルナが昇って来た。あの美しい月の様に丸く収めるにはどうしたら良いのだろうか・・・


 このまま見殺しにするのはなしだ。それは当然だ。ではどうやってアドルノ伯を改心させるかだな・・・うん。やはりこれしかないだろう。


「アニエス、私に任せてもらえるかな?」

「考えがあるのね?私はエリアスを信じているわ」

「ありがとう。アニエス。では戻ろうか」

「はい」


 病室に戻ると、僕は院長であるレフェーブル公に質問した。

「レフェーブル公、アドルノ伯はこのまま治療しなければどうなるのでしょう?」

「ウホン!そ、それは・・・心臓も弱って来ております故、あと数か月の命かと」

「そうですか。では、アドルノ伯。あなたはこの病が完治したら何をされますか?」

「それは勿論!騎士の職に戻り、怨獣と戦い、人々を守りたいと存じます」


「騎士以外の仕事を選ぶことはできませんか?」

「騎士以外?私にその様な選択肢は御座いません」

「ふむ。では、騎士以外の仕事に就かないならば治療はしない。そう言われたら?」

「え?私は騎士に戻ってはいけないのですか?」


「まぁ、解からないですよね。良いでしょう。アドルノ伯、あなたの奥様が耐えられないのですよ」

「あ!わ、私・・・」

 奥さまは慌てた様子で視線を周囲に泳がせた。

「な!モニーク!どういうことなのだ?!」

 アドルノ伯は力のない顔で奥さまを睨みつけた。


「あー!奥さまを責めないでください。アニエスが奥さまの抱えていた怨念を読み取ったのです」

「怨念?モニークに怨念が?」

「アドルノ伯。身に覚えはありませんか?」

「私に?私がモニークに怨みを抱かせたとおっしゃるのですか・・・あ!」

 アドルノ伯はいきどおりながらも少し考え、そして直ぐに何かに気付いた様だ。


 奥さまは終始(うつむ)いて、アドルノ伯と目を合わせようとしない。

「気付いた様ですね。あなたは騎士の仕事に没頭し、家庭を顧みることがなかった。家にも帰らず、子の成長を見守ることもしなかった」

「それは・・・」


 アドルノ伯は天井を仰ぎ、口を真一文字に結んで黙り込んだ。

「アドルノ伯、何故奥さまを、家族を放置したのですか?」

「いや・・・理由など御座いません。貴族に生まれた者の務めとして騎士という仕事を選び、人々を守るという使命を果たすべく努力を重ねていたつもりです」

「では、家族を捨てたとか、愛情が無くなったということではないのですね?」


「その様なことは御座いません・・・ですが・・・私はひとつのことに夢中になると他のことに目が届かなくなるのかも・・・」

「そうね。あなたはそういう人ね・・・解かっていたわ・・・でも・・・私も、子供たちももう、耐えられなくなっていたの」

「モニーク・・・」


「奥さま。アドルノ伯を治療せずこのまま死ぬのを待つのと、治してまた目の前から居なくなるのとどちらが良いですか?」

 奥さまはしばらく沈黙し、握り締めた自分のこぶしを見つめていたがようやく顔をあげると、とつとつと話し始めた。

「私には・・・選べません。どちらも同じことなのですから・・・」

「な!」

 アドルノ伯は驚きの声を上げたが、言葉は出て来ない。


「奥さま、そうですね。アドルノ伯、解かりましたか?あなたはこのまま病で死んでも、怨獣と戦って死んでも、奥さまにとっては同じことなのです。ただ騎士に戻れば、いつ死の知らせが届くのか怯えながら待つ苦しみが増えるだけなのかも知れませんね」


「私は・・・それ程までに家族を・・・苦しめていたのですね・・・」

「えぇ、そしてこのまま、あなたに何も考えさせずに治療したならば、奥さまは聖女を憎むこととなったでしょう」

「あぁ!全て私が悪いのです!」

 アドルノ伯も奥さまも大粒の涙を流していた。まぁ、こんなものかな。


「アドルノ伯はどちらの所属だったのですか?」

「私は帝国騎士所属で御座います」

「あぁ、休みはあまり無いのでしたね?」

「いえ、休暇は取ろうと思えば取れます」


「では、こうしましょう。治療を施す条件として、病が治り騎士に復帰したならば、週に2日は休みを取って家に帰ること。これを守れなければ帝国騎士は解雇します」

「え?解雇?で御座いますか?」

「奥さま、その条件ならば如何でしょうか?」

「本当にその様なこと、よろしいのですか?」


 奥さまは少しだけ口元が緩んだ。アドルノ伯の顔には明らかに不満の色が滲んでいた。


「それで騎士の務めを果たせるでしょうか?」

「ふむ。ではアドルノ伯、あなたは現役の時、何体の怨獣を仕留めたのですか?」

「いえ、一人で怨獣を仕留めたことは御座いません」

「えぇ、そうでしょう。夢幻旅団の一員でもない限り、普段怨獣と戦うことなどそれ程多くはないはずですからね」


「お恥ずかしい限りです。復帰したならば必ずや怨獣をこの手で!」

「いや、人には各々(おのおの)役割というものがあるのです。今や魔力が低い者でも属性の組み合わせで複合攻撃もできるのです。魔力が強い騎士が怨獣を撃つものと決めつける必要はないのですよ」

「そうなのですか?」


「えぇ、騎士が誇り高い仕事で、一般民衆相手の商いが卑しい仕事だと言う人も居ないでしょう?そもそもどんな仕事だろうと、誰かが必要としているから仕事になっているのです。仕事に優劣など無いのですよ」


「そして魔力が強い者が偉いという様な風潮は廃れていくことでしょう。これからは、どれだけ怨獣を倒すかではなく、如何にして新たに生み出さないかに主眼を置くのですよ」

「あ!それでモニークの怨念を・・・」

「そうです。このままでは奥さまが将来、怨獣に成り果てるやも知れぬのですからね」


「お、恐ろしい!」

「そう感じるならば、これからはご家族を大切になさってください」

「はい。肝にめいじます」

「では、アニエス。治療をお願いしても良いかな?」

「はい!」


 アニエスはアドルノ伯の前に進むと既に瞳が青く光って神眼が発動し、病の元を検査し始めた。


「あぁ、ここが悪いのね」

 アドルノ伯の胸の下辺りに右手をかざすと、アニエスの身体に聖属性のマナが集まり、白い光に包まれていった。そして瞳が碧く、髪の色が抜けて行く様に白く輝きだした。


「あ、あぁ・・・暖かい・・・」

「これは、治せるみたいね。もう少し掛かるけれど」

「おぉ・・・ありがとう御座います」


 それから10分程治療を続けると、アニエスを包んでいた光が消えていった。

「これで大丈夫でしょう。如何ですか?」

「えぇ、心臓の苦しさがありません。立てそうです」


 そう言ってアドルノ伯はベッドから起き上がり、そのまま立ち上がった。

「あぁ!魔力が、力が沸き上がって来る!」

 そのままバルコニーへ飛び出し、両手を空へ向かって広げ、力強い声で呪文を詠唱し始めた。


「アイオロスの力を我に!風のマナよ、集まりて我のものとなれ!」


 風の属性を持つアドルノ伯の周りに緑に光るマナが急速に集まり、バルコニーを緑色に染めていく。そして緑の魔法陣が浮かぶと叫んだ。

「風の槍よ!敵を射止めよ!」

「ビュオッ!ビュオッ!」

 風の槍が空へ向けて真直ぐに飛んで行った。

「おぉ!力が戻った!」


 アドルノ伯の瞳には涙が浮かび、バルコニーの欄干を両の手で掴んで喜びを噛みしめていた。そしてゆっくりと我々に振り向くと、


「聖女様、エリアス皇子殿下。本当にありがとう御座いました」

「ありがとう御座いました」

 奥さまも並んで深々と頭を下げた。


「良いのです。約束を守り、ご家族を大切にしてくださいね」

「はい。必ず守ります。いえ、今までの罪滅ぼしもさせていただきます」

「あなた・・・」

「モニーク。今まですまなかった」

 アドルノ伯は奥さまの肩を抱いて寄り添った。


「これにて一件落着。だね」

「はい!」


「レフェーブル公、今日はこれで帰りますが、治療の難しい患者が来ましたら連絡を」

「承知いたしました。大変、助かります。ありがとう御座います」


 奉仕活動を終えて、僕らは城へ戻った。




 皆で僕の部屋へ入ると、グレースがアニエスに話し掛けた。


「アニエス様、初めての奉仕活動は如何でしたか?」

「そうね・・・」

「あら?アニエス様、浮かないお顔ですね?」

「えぇ、私にはアドルノ伯の様な人をどうすれば良いのか判らないの。今日はエリアスが居てくれたから良かったけれど」

 アニエスは元気のない様子で淡々と説明した。


「アニエスは家族や社会と隔絶した暮らしをして来たからね。あの様に人の人生に直結する問題を理解することは、今すぐには難しいだろうね。でも大丈夫だよ。必ず私が同席して助言するから」

「ありがとう。エリアス」


 その時、ジュリアが思い詰めた表情で口を開いた。

「あ、あの・・・」

「ジュリア、どうしたの?」

「あの、エリアス様は前世でも今世でもお母様を目の前で失ったとお聞きしました。その時の相手を憎んではおられないのでしょうか?」


「そうだね・・・その瞬間は憎んでいたと思うよ」

「瞬間?その時だけなのですか?」

「うん。何故ああなってしまったのか、その時私に何かできなかったのか。後で色々考えてね。でも、自分には何もできなかったし、何より二人の母は自分の命に代えても私を助けたかったんだ。きっとね」


「だとしたら、母を亡くしたことをいつまでも考えてそこに留まり、相手を怨み続けていたら母は悲しむだろうなって考えたんだ」

「お母様が・・・悲しむ・・・」

 ジュリアは下を向いてつぶやいた。


「うん。母は私のために行動してくれた。助けてくれた。私はその恩にむくいるためにも前を向いて自分にできることを精一杯するだけだ。そう思っているよ」

「そう・・・ですか・・・」


「あぁ、やはりエリアス様は神様なのですね・・・」

 グレースが感慨深げな顔で両手を組んで床にひざまずいた。

「グレース、私はね。前世の記憶があるから今は二度目の人生なんだ。それだけ色々なものを見て来ているし、自分でやって来たことの積み重ねもある。その経験で語っているだけだよ。神様でもなんでもない」


「でも、エリアス様のように人を怨むことがなければ、怨獣も減ることでしょうね」

 レオンは少し残念そうな顔で窓の外を見つめながら呟いた。


「レオンは人を怨んだことがあるのかい?」

「私は・・・父を怨んでいましたね・・・今日のアドルノ伯と同じ様なものでしたから」

「あぁ、お父様は王国騎士団の団長だったね。それは忙しいことだろう」


「さぁ、どうだか。忙しいと言えば家に帰らなくて済むと思うのは、どこの騎士も同じかも知れませんね」

「そうか。では、同じ騎士となり結婚した今、レオンはお父様をどう思っているの?」

「そうですね。父の気持ちが少し解かるようになりましたかね」

「レオン!」

 その言葉を聞いてグレースは血相を変えて叫んだ。


「グレース。解かっているよ。俺がお父様の二の舞を演じることはないさ」

「まぁ!レオン!嬉しいわ!」

「流石、レオンだね。学習能力が高いよね」

「まぁ、それほどでも!」

 レオンはそう言いながら照れ隠しに微笑んだ。ふたりはなかなかに良い夫婦となりそうだ。


 ジュリアは終始(うつむ)き表情も暗いままだ。キースはジュリアの様子をうかがい空気を読むと、話題には触れずに彼女を見守った。


 ジュリアが自分の辛い過去の話を自分からして来ない限り、こちらから踏み込むことはしないでおこう。きっと今日のことで色々と考えるだろうしね。


 それにジュリアの事情や怨みの深さも、彼女にしか解からないことなのだから。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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