52.事情
新しい法案について放送した翌日、帝国城の城門には早朝から長蛇の列ができていた。
レオン、キースと朝の鍛錬を終え、ランニングしながら城へ戻ると、城門から城をぐるりと一周する程の列となっていたのだ。
「エリアス様、あの人たちは何でしょう?」
「あぁ、あれか。親に結婚を反対されているカップルだよ」
「え?あんなに?全員を城で引き取るのですか?」
「流石にあの人数は無理だろうね」
「恐らくですが、今並んでいるのは帝都とその周辺に住む者でしょう。これから他の地域からも押し寄せるでしょうから・・・」
「受け付けるだけでも大変ですね!」
「どうされるのですか?」
「いや、実は昨日の夜から並び始めていたんだ。それでお父様や宰相と話し合い、まずは申し込みをしてもらうことにしたんだ」
「あぁ!申し込みをしたカップルを審査するのですね?」
「キース、そういうことだよ。特に一般民衆の場合、城で働きたいだけの者も居そうだからね」
「どの様に審査をされるのですか?」
「簡単だよ。親に電話するんだ」
「は?親に?えぇと、それは親にあなたは子の結婚に反対していますか?って聞くのですか?」
「そう。そして反対していると答えた場合は、親へ各国の王城へ出頭する様に命令を出すんだ」
「え?でも、反対していませんと嘘を言うのでは?」
「返答が嘘だった場合は投獄すると脅すし、2週間以内に子の結婚証明書を提出させる」
「なるほど。徹底していますね」
「しかしそうなると、結婚は許すが家からは出て行けと言う親も居るのではないでしょうか?」
「レオンの親ならそう言いそうなのかな?」
「まぁ、そうですね。貴族には多そうです」
「その時は帝国城に保護するよ。城の仕事量には限界があるからね。一般企業への就職も斡旋する」
「でも、その仕事は誰が?」
「宰相だよ。彼に全て任せたんだ」
「ふふっ。エリアス様、それって嫌がらせですよね?」
「そんなことはないでしょう?宰相は昔から人の結婚に首を突っ込むのが好きみたいだからさ。好きな仕事をさせてあげているんだよ」
そう言う僕は、少し悪い顔をしていたのかも知れない。
「流石です!エリアス様!」
そして、いつもの様に学校へ行ったが、そこでも大変なことになった。
校門から入った途端、
「キャーッ!エリアス様よ!」
「エリアス様!私と結婚してくださいませ!」
「私よ!私と結婚してください!」
「ちょ、ちょっと!これはどういうことなのかな?」
学校の玄関前にはドレスで着飾った令嬢たちが大勢集まり、僕を待ち構えていたのだ。
「エリアス!これはどういうことなの?」
「アニエス、私にもわからないよ」
「エリアス様が身分は関係なく、結婚は自由だとおっしゃったから、皆こうして結婚を申し込んでいるのはないでしょうか?」
ジュリアは真顔というか呆れ顔で淡々と言った。
「え?ジュリア、そういうことなの?」
「はい!結婚は自由なのですよね?エリアス様!」
「い、いや。私は結婚は・・・」
「お願いです!お話しだけでも聞いてください!」
「私はお手紙を書いて参りました!どうかお読みになってくださいませ!」
「私は贈り物を持参しました!どうぞお受け取りください!」
「いや、皆さん、ちょっと待ってください!」
「キャー!ちょっと!押さないで!危ないわ!」
令嬢たちが我先にと僕に群がり、押し競饅頭の様になってしまった。令嬢たちに手荒な真似はできないし・・・どうするか。
「オーケアノスの大地よ!我に水の恩恵を与えよ!皆の者、頭を冷やしなさい!」
「ザバーッ!」
「キャーッ!」
ジュリアが魔法を発動し、僕らの頭から大量の水を浴びせた。そこに居た全員がびしょ濡れとなった。
「皆さん!皇子殿下に求婚するのは構わないけれど、ではこの中から選ぼう!って。そんなことになる訳ないでしょう?頭を冷やしなさい!」
そこへ騒ぎを聞き付けた帝国騎士がやって来た。
「まぁまぁ!これはどうしたことかしら?」
「あぁ、ベルティーナ。騎士団長まで!」
「エリアス様、校長から騒ぎを収めてくれと連絡がありましてね」
「ジュリアが収めてくれた様ね」
「はい。ロッシ様」
「良い仕事をしたわね。エリアス様までびしょ濡れだけど」
「テヘッ!ペロ!」
ジュリアはかわい子ぶって舌を出した。
「団長、皆の服を乾かしていただけますと助かります」
「あぁ、そうだな。アイオロスの力を我に!風のマナよ、集まりて我のものとなれ!この者たちの服を乾かすのだ!」
「ビュォーッ!ヒュンヒュンヒュー」
僕らを暖かで爽やかな風が包み込み、小さな竜巻の様にぐるぐると回った。ものの数秒で服は乾き、そして風は消えた。
「騎士団長、今日は城の方も大変なのにこの様なことでご足労いただき申し訳ないです」
「エリアス様、お気になさらず。これしきのこと、何の問題も御座いません」
「それより、皆。エリアス様に見初めて欲しいなら、自分を見ていただける様に研鑽を積むのです。それは魔法でも剣術でも学業でも良いのですよ」
「はい!ロッシ様!」
「ロッシ様・・・素敵!」
ジュリアもそうだが、ベルティーナは女性からの人気も高い様だな。令嬢たちが憧れの眼差しで見つめている。ベルティーナは美人だし、凛々しい女性だからな。
おっと、僕はこうしている場合ではなかったな。
「アニエス。大丈夫?髪や服は乾いたかな?」
「えぇ、大丈夫よ」
「では、教室へ行こうか」
「えぇ」
僕は右腕を差し出すとアニエスは貴族令嬢の様にごく自然な所作で僕の腕に掴まり歩き出した。
「アニエス様、今日は至って冷静ですね?」
「キース、私も解かってきたわ。エリアスは皆に愛されているのよね?」
「怒らないのですか?」
「どうして怒るの?エリアスが皆に愛されることは、私にとっても嬉しいことだわ」
「大人になったのですね!」
「キース、何を訳のわからないことを言っているんだい?」
「いえ、だって・・・アニエス様が・・・」
「私がなぁに?」
「いえ、大丈夫です」
今度はジュリアがキースの腕を掴んで引っ張って行った。
「ジュリア様!」
「キース。折角、アニエス様が落ち着いて来たのだから、余計なことを言っては駄目よ」
「あれは落ち着いたのですか?」
「そうよ。周りが見える様になったってこと。大人でしょう?」
「そうですね」
「まぁ、それはそうですよね。毎晩、一緒に寝ているんですから。余裕を持っていただかないと」
「ふふっ、ホントね」
ジュリアは艶っぽい表情でキースに笑い掛けた。
「え?!」
キースはジュリアの顔を見て真っ赤な顔になった。
「おい!キース、どうかしたのか?顔が真っ赤だぞ?」
「い、いや!な、何でもないです!」
「えー?何でもない訳ないだろう?あ!お前、もしかして?!」
レオンはキースの腕を引っ張るとジュリアを見ながらニヤついて言った。
「ちょっと!レオン様!」
「キース、本気なのか?」
「駄目ですか?!」
「うーん。お前がいいなら好きにすればいいさ。俺が口出しすることじゃない」
「はい!」
「だけどさ・・・難しいんじゃないかなぁ・・・」
「はい。そうですね」
ジュリアには抱えている事情がある。普通に恋をすることができるのだろうか。それが不安な点であることは確かだ。キースとは年齢差もあるしな・・・
少し思い詰めた顔をしてしまったキースは間髪を入れずに言われてしまった。
「おい!初めから諦めるなよ?」
「口出ししないんじゃ・・・」
「まぁ、頑張れ!」
「はい」
そう言ってキースの肩を叩いた。なんだかんだ言ってレオンはいい奴だ。
教室へ入ると直ぐに気付いた。ガブリエルだ。いつもならキラキラした瞳でアニエスを追っているのに、今朝は彼の周囲の空気が重く、塞ぎ込んだ顔をしている。
「エリアス様、ガブリエル様に何かあった様ですね」
「その様だね。やはり結婚について、司祭から何か言われたのかも知れないね」
「動きに注意しておきましょう」
ジュリアとレオンが僕に顔を寄せ、小声で話した。
「頼むね」
授業が始まると先生が初めに一言釘を刺した。
「皆さん、エリアス皇子殿下より発せられた結婚に関する新たな法案を聞き、落ち着かない人も居るでしょう。しかし皆さんはまだ学生なのです。勿論、在学中に結婚相手を決めたいと考える人も多いと思いますが、まずは学業と魔法の研鑽を積むことを優先してくださいませ」
「はーい!」
「皆さん、ちょっと一言良いですか?」
「キャーッ!エリアス様!」
「結婚は自由。新しい法案ではそう言っています。ですが勘違いはしないでください。法により親が子の結婚を勝手に決めることはできなくなります」
「ですが結婚は一人ではできません。お相手が必要です。そのお相手の意志も尊重しなければならないのです」
「これからは、結婚相手は自分で自由に選べます。ですがそれはお相手も同じなのです。お互いに相手を愛し、愛されなければならない。そして自分たちで決めた結婚は、自ら責任を持たなければなりません」
「皆さん、慎重にお相手を選んでくださいね」
「キャーッ!やっぱりエリアス様が良いです!」
「私もです!」
「これこれ!皆さん、エリアス皇子殿下のお話を聞いていましたか?自分が好きなだけでは駄目なのですよ?お相手からも愛される様、努力を怠ってはなりませんよ」
「はーい!」
「先生、お騒がせしてしまって、すみません」
「とんでもない。素晴らしい改革をなさったと思います。ありがとう御座います!」
「ありがとう御座います!エリアス様!」
教室の皆が声を揃えた。少し恥ずかしいな。
昼休みになり、昼食をいただきに食堂へ行った。食事をしている間も、ガブリエルは思い詰めた表情のままだ。食事も手に付いていない。本当にどうしたのだろう?
「ねぇ、皆、ガブリエルなんだけど、凄く気になるんだ。声を掛けてみようかと思うのだけど」
「そうですね。気になるのですから、こちらから聞いてしまえば良いのです」
「呼んで参りましょうか」
「レオン、頼むよ」
レオンはガブリエルの横に立つと声を掛けて僕らの方へ手を差し示した。
ガブリエルは少しおどおどした表情で僕らを見つめ、のろのろと立ち上がった。
レオンに背中を支えられながら僕らの席にやって来ると、キースが立ちあがり、その席に座る様に促した。
「ガブリエル、今日は元気が無い様に見えるのだけど・・・何かあったのかな?」
「いえ・・・それは・・・」
もう明らかに何か有りましたと言っている様な態度だ。
「私たちは面白がって聞いている訳ではないんだ。君のことを心配しているんだよ」
「え?僕のことを?し、心配しているのですか?」
「だって、私とガブリエルは親戚なのだからね」
「え?親戚?」
「そうさ。私たちの先祖を辿っていけば、同じ人に当たるのだからね」
「そう言えば、そうなのですね」
ガブリエルの表情は少し緩んだ様に見えた。
「それで?何かあったのかな?」
「それが・・・昨日、新法案について、父上から釘を刺されたのです」
「何て言われたんだい?」
「新法案はお前には関係ない。神殿の跡取りには神眼を持つ者が必要なことは解かっているだろう。そう言われました」
「ふむ。そもそも神眼って何に使っているの?」
「神眼は病院で原因不明の病気を診断し、治療するために使われています」
「それで、司祭は一日に何人の患者を治療しているんだい?」
「それは月に1人か2人位でしょうか?」
「え?それだけ?それは治療を受けるべき人がその程度しか居ないの?それとも患者は沢山居るけれどそれしか治療していないの?」
「後者かと・・・」
「それは何故?」
「父上は高貴なお方しか診ません。それ以外の方は病院で治療を受けるのです」
「ん?聖女は神殿で一般民衆の治療をするよね?」
「はい。それは聖女だけの特別な施しなのです。司祭は一般民衆を診ません」
「え?病院で治せないから神殿を頼るのではないの?」
「はい。でも父上は卑しい人間を治療してやる必要はない・・・と」
「はぁ・・・まったく。それじゃ神眼を持つ意味が無いと思うけれどね」
「私もそう思います・・・」
「君は司祭にもの申せる立場ではない様だね」
「はい。まったく・・・」
「それならさ。司祭の言うことなんて聞かなくて良いよ」
「え?」
「君は結婚したいと思う人を探して結婚すれば良いのさ。今回の法案は皇帝も対象なのだからね。司祭にだって子の結婚を決める権利は無いんだ」
「で、でも・・・父上は・・・」
「誰と結婚しろと言うんだい?」
「そ、それは・・・」
そう呟きながらアニエスの顔を下から見上げる様にチラッと見た。
「ふぅ・・・あのね。ガブリエル。悪いのだけど、私は貴方と結婚する気は無いの」
「あ。い、いえ、その・・・良いのです」
「ガブリエル、今後司祭に何を言われても、その場ではわかった様に返事をしておけば良い。そして愛するお相手ができたら、司祭には相談せずに帝国城へ逃げ込むんだ」
ガブリエルの家庭事情には心から同情するよ・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!




