51.法案
この世界の人間にとって貴族制度は当たり前のものとなっている様だ。
違う目線があることを知るのも大切なことだろう。
「私は異世界から来ました。その世界では既に貴族制度は廃れていたのです。お父様、5代前の皇帝より前の時代から貴族制度はありましたね?」
「うむ。古き時代より続いていると聞いているな」
「5代前の皇帝も私と同じ世界から来た人間です。何故、この世界で未だに貴族制度が継続しているのか不思議に思います」
「もしや貴族制度を廃止なさるおつもりで御座いますか?」
「いえ、直ぐに廃止すべきとは思っておりませんし、それを私が決めて良いとも思っておりません」
僕の言葉を聞いて王たちは安堵の表情を浮かべた。
「ですが、貴族と一般民衆の間には大きな壁があります。貴族には大きな魔力という特権があるからです。その特権が差別を産み、怨みを持たれることもあるのではないでしょうか?」
「しかし、貴族はその大きな魔力で一般民衆を怨獣から守る役割を担っているのです」
「えぇ、ですがその怨獣は貴族の成れの果てですよ?元貴族が一般民衆を襲っているのです。いっそのこと、貴族が居なくなれば怨獣も出現しないのでは?」
「そ、それは・・・」
王たちの顔が青ざめてしまった。
「言い過ぎました。申し訳御座いません。貴族が一般民衆を守るためだけに魔力を使い、全ての民衆から感謝され、敬われているのであれば問題は発生しないでしょう」
その言葉を聞くと、王たちは口を噤み、ばつの悪い顔となった。
「残念ながら、一部の貴族は自分の魔力の大きさを自分の覇権と勘違いし、尊大な態度を取り、人を従わせようとする。またある者は利己主義に走り、自ら経営する会社で働く民衆を奴隷の様に扱う者も居る様です」
「申し訳御座いません。それらは全て私どもの管理不行き届きで御座います」
王や王妃たちが申し訳なさそうな顔になってしまった。
「私は皆さんが悪いと申しているのではありません。私の前の世界でも同じです。人は大きな力を手にすると、権力や欲に溺れるのです」
「エリアス皇子殿下、それは抑制できるものなのでしょうか?」
水の国のパトリツィア王妃は切実な表情で聞いてきた。
「人の欲は簡単に抑えられるものでは御座いません。自分を律することができるのは極限られた者だけです」
「では、どうすれば・・・」
「そのためにも法が必要なのです。この世界の科学や文化は十分に進んでいます。本来であればこれだけ成熟した社会であれば、自然に世の秩序は保たれるものだと思います」
「ですが、怨獣の存在がそれを狂わせているのです。この世界がもっと平穏であったなら、この様なことを会議の議題としなくて良い筈です」
「おっしゃる通りだと思います」
「残念ながら怨獣が発生する限り平時ではないのです。しかし、平時ではないからと言って、騎士の権力を大きく、民衆は貴族に協力し、虐げられて当たり前と言っていたのでは、平等からは程遠い社会となってしまうのです」
「そしてそこから生まれる怨念が未来永劫に渡り、怨獣を生み出し続けるのです」
「それでは平穏な社会は訪れませんね・・・」
「そうです。ですから今、無理をしてでも歪な形となった社会を修正しないといけないのです」
「それが、新しい法案なのだな?」
「はい。父上」
「勿論、新しい法を作っても、直ぐには納得しない者や法を犯す者も居るとは思います。だからといって何もせずに放置しては何も改善されないのです」
「おっしゃる通りで御座いますね」
「今のままでは同じことの繰り返しなのですね」
「では、エリアスの法案に反対する者は居ないか?」
「あの・・・」
アドリアナお母様が遠慮がちに手を上げ、恐る恐るといった感じで声を上げた。
「なんだ?アドリアナ」
「帝国を継ぐ者にも自由に結婚相手を決めさせるのでしょうか?」
「それは私も気になっていました。光属性を持つ者は、お相手が聖属性を持つ聖女でないと光属性を子に引き継げないのでしょうか?」
「それは私にも判らん。受け継がれて来たことを続けているに過ぎないのだ」
「でも、その伝統を止めてしまって、光属性を受け継ぐ者が途絶えてしまったら、この世界は大変なことになってしまうでしょう」
「エリアス様」
「はい。なんでしょう?宰相殿」
「エリアス様は聖獣たちと親しくされていますね。聖獣は神の遣い。そして神とは光の神です。聖獣ならば光属性の仕組みを知っているのでは御座いませんか?」
「なるほど・・・それは聞いてみる価値はありますね」
ふむ、初めて宰相からまともな意見を聞いた気がするな・・・
「では、それについてはその結果を待つこととしよう。他に異論はないか?」
「御座いません!」
5大王国の王たちが声を揃え、僕の法案が可決された。
僕はアニエスの待つ自室に戻った。
「ガチャ!」
「あ!エリアス!お帰りなさい!」
アニエスは飛び起きてベッドから降りた。
「法案はどうなったの?」
「うん。概ね賛同をいただいたよ」
「概ね?」
「アドリアナお母様に帝国を継ぐ皇子も自由に結婚をさせるのか?って聞かれてね」
「光属性魔力の継承を心配されているのね?」
「そういうこと。確かに今のこの世界では大切なことだからね。それで聖獣に光属性の遺伝について聞くことはできないかな?」
「では、リヴァイアサンを呼びましょう」
「ありがとう。バルコニーへ出ようか」
「えぇ」
僕らはふたりでロンバルディ王宮のバルコニーからリヴァイアサンを呼んだ。
「リヴァイアサン!お願い!ここに来て!」
「リヴァイアサン!聞きたいことがあるんだ。来てくれるかな?」
数十秒の静寂の後、空にキラリと光る魔法陣が見えた。
「あ!あそこ!」
すると魔法陣からリヴァイアサンが飛び出し、ゆっくりと僕らに向かって降りて来た。
「リヴァイアサン!来てくれたのね!ありがとう!」
「クゥオーン!」
「また会えたわね!」
「リヴァイアサン。元気そうだね」
アニエスと僕はリヴァイアサンの胸びれに手を触れた。
「クゥオーン!」
「元気だって。今日はどうしたの?って」
「リヴァイアサンに聞きたいことがあるんだ。この世界では光属性の魔力を持つ者は皇帝とその子供に限られている。その光属性魔力は聖属性を持つ聖女との子でないと受け継げないのかな?」
「クゥオーン!クキキキキ」
「光属性魔力は、それを持つ者の子に遺伝する。相手の属性は関係ないって」
「え?関係ないの?」
「それなら、リカルドは必ずしも聖女と結婚しなくても良いのね?」
「そういうことになるね」
「エリアスは・・・」
「私は無能だから・・・」
「ごめんなさい・・・」
「いいんだ」
あー結局、結婚の話になるとこうなってしまうな。
「あ!そう言えば、宰相が言っていたのだけど、聖獣は神の遣い。その神は光の神と言っていたんだ。光の神って何者なのかな?」
「何者?どういうこと?」
「神って抽象的な表現だと思うんだ。5代前の皇帝は人間だけど神と呼ばれていた。では、光の神も人間なの?それとも本当に神という存在が?」
「クゥオーン!」
「それはまだ教えられない・・・だって」
「またそれか!まぁ、いいさ。帝国を継ぐ者の相手が誰でも良いことが判ったのだから」
僕らはしばらくの間、バルコニーでリヴァイアサンとのんびりした時間を過ごした。
帝国へ戻った翌日、アニエスが今度はルーナに会いたいと言うので帝国城の庭園に呼んだ。アニエスと僕は交代でルーナの首に抱きついて挨拶した。
そこへバルコニーから僕らを見掛けたリカルドが声を掛けて来た。
「お兄様!そこへ行ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、勿論だよ。おいで」
「うわぁ!ペガサスだ!」
「ヒヒーン!」
ルーナがリカルドを見つめて嘶いた。
「君が次の皇帝となる人間なのねって言っているわ」
「え?ペガサスには、その様なことも判るのですか?」
「ルーナは光の神に仕えているそうよ」
「お兄様、お聞きしたいことがあるのですが・・・」
リカルドは少し思い詰めた表情で僕を真直ぐに見た。
「勿論だよ。何でも聞いて良いのだよ?」
「はい・・・あの、お兄様。僕がお父様の後を継いでもよろしいのですか?」
「あぁ、そのことか。リカルド、私は無能だ。光属性どころか魔法で水を出して手を洗うことすらできないんだ。申し訳ないけれど、リカルドに頼む外はないんだ」
「リカルドは皇帝になりたくないのですか?」
「お姉様。そんなことは御座いません。ただ、お兄様は世界中の人々から、神と崇められているお方です。僕はお兄様が皇帝になるべきだと思うのです」
「その気持ちは嬉しいのだけどね。実際の所、魔力が無ければ皇帝の務めは果たせないからね」
「はい・・・」
「ところで、リカルド。私は新しい法案を創ったんだ。それはね。人は好きな相手と結婚出来る。親は子の結婚相手を強制的に決めてはいけないという法案をね」
「え?それは・・・」
「勿論、リカルドも含めてだよ」
「え?僕は聖女と結婚しなくてはならない・・・のではないのですか?」
「うん。今まではその様な慣習があったそうだね」
「光属性はそれを持つ親から子へ遺伝する。お相手の女性の魔法属性は関係ないそうよ」
「本当なのですか?」
「うん。アドリアナお母様がそれを心配してね。それで私も気になったから、リヴァイアサンに聞いてみたんだよ」
「では、僕は誰と結婚しても良いのですね?」
「そういうことだよ。でもまだ、好きな人は居ないのだろう?」
「はい。それはそうです」
「リカルド、そうは言っても、アドリアナお母様や宰相は、レティシア王女を君の結婚相手に薦めると思う。でも、決めるのはリカルド自身だ」
「僕が決めても良いのですね?」
「そうだよ。でも、レティシア王女はとても可愛くて良い娘だと思うけれどね」
「え?お兄様は彼女を薦めるのですか?」
「薦めたりはしないよ。良い娘だと思っているけれどね。でも、リカルドが気に入らなければ意味がないからね」
「ねぇ、エリアス。随分とそのレティシアって娘がお気に入りの様ね?」
「あ。い、いや。良い娘だと言っただけで、私が気に入っている訳ではないよ?」
「ふーん。そうなのね?それなら良いのだけど」
「お兄様とお姉様は相変わらず仲が良いのですね!」
「ヒヒーン!」
「あら、ルーナまでそんなこと・・・」
「え?ルーナが何だって?」
「エリアスをあまりいじめないでって」
「おぉ!ルーナ!君は本当に良い子だね!」
僕はルーナの首を抱きしめて擦った。
「ブヒヒン!」
「もう!ルーナったら!エリアスは私のものよ!」
「え?」
「あ!」
アニエスは真っ赤な顔をしてそっぽを向いた。リカルドはニヤニヤしながら僕の顔を見ている。恥ずかしいなぁ、もう。
「ヒヒーン!ブルルッ!」
「見ていられないからもう帰るって!」
「え?ルーナ、もう帰るの?」
「ルーナ、また呼ぶから来てね?」
「ヒヒーン!」
「うん。わかったわ。今日はありがとう」
「ありがとう。ルーナ。また会おう!」
そして1か月後、新しい法案を発表するテレビ番組が放送された。
テレビスタジオには、皇帝、皇妃、僕とリカルドが並んで座り、まずは宰相が法案を読み上げた。
次に僕が法案の発案者として補足説明を行う。
「この法案を提案されました、エリアス皇子殿下より補足説明をいただきます」
「皆さま、今後、この世界に於ける結婚は全て自由です。皇族、王族、貴族、一般民衆の誰が誰と結婚しようと自由なのです。親には子の結婚を決める権利はありません。魔力の大きさや身分で相手を決めるのではなく、結婚を求める者自身で相手を探し、愛する者と生涯を共に生きる選択をしてください」
「今まで皇族は、光属性の継承を守るため、聖女と結婚することが慣習となっていました。しかし先日、聖獣に聞いたところ、光属性は親から子に遺伝するだけで、相手の魔法属性は関係ないことが明らかになりました」
「つまり、皇族も聖女も結婚は自由となったのです。ですから、国民は誰しもが過去の慣例に縛られることなく、自由にお相手を決めていただいて良いのです」
「そうは言っても、直ぐにそれを受け入れられない親は居ることでしょう。その場合は、愛するふたりで駆け落ちし、帝国城へ逃げ込んでください。帝国が保護し、ふたりに居場所と仕事を与え、一緒に暮らせる様にいたします」
「ただし、愛し合うふたりだけで考え闇雲に突っ走る、性急に決めるのではなく、必ず家族とは相談をしてください。相談し、知恵を絞り、それでも許されず、お互い諦められないならば。というお話です」
「では何故、この様な法案が可決成立したのかをご説明差し上げます」
「もうご存じの通り、怨獣は生前に強い憎しみや悲しみ、怨念を持った人間の成れの果てです。人の恋愛感情も大きな怨みを産むことがあるのです」
「生まれてしまった怨獣は退治するしかありません。ですが、これ以上増やさぬためには、人々の怨みや悲しみを少しでも減らす様、この社会を変えて行かなければならないのです」
「突然のことで戸惑う方も多くいらっしゃるとは思いますが、皆さまのご理解をいただきたいと思います」
そして翌日から、城と学校は大騒ぎとなってしまった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




