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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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4.予感

 ウーラノス星の帝国の皇子に生まれてから1年を迎えようとしていた。


 この世界では全ての人間が魔力を持ち、生活魔法というものが存在する。お風呂でも料理でも水や湯、火が出せるのだ。


 生活レベルは日本よりも遥かに高い。城にエレベーターが在ったし乗り物は音も無く空を飛んでいた。テレビや携帯電話もある。


 教育も充実していて、一般民衆は6歳から6年間学習し、それから3年間は希望する職業に就くために更に専門知識を学習し、訓練を受けるのだ。


 貴族は基本的な学習は各家紋にて実施し、15歳から3年間王立の貴族学校で学ぶそうだ。


 部屋のあかり、テレビや電話などの通信。それに乗り物は光属性のマナを活用しているそうだ。それが驚くことに帝国の城から5つの大陸全てに供給されているらしい。


 それだけ皇帝であるお父様一人の力に頼っているということだ。歴代の皇帝はそうしてこの星の人間の暮らしを支えて来たのだ。

それなのにその息子で皇子である僕は無能なのだ。僕はその事実を知って大いに焦ったし、絶望した。


 前世に続いて今世でも僕は何かしら不幸な境遇に生まれるらしい。一体僕が何をしたと言うのだ。いくら考えても解からない。


 だからといってこの人生を捨てばちに生きようとは思わない。前世だってそうだ。最悪の父親の下に生まれてしまったけど、お母さんの優しさに支えられて頑張って生きた。


 そのお母さんも失ってしまったが、ひとりぼっちになってからは勉強も剣道やフェンシングも死に物狂いで取り組んだ。その結果、国立大学に合格したし、フェンシングは世界選手権大会で優勝できた。


 その努力と経験があるから、この世界でだってへこたれやしない。


 そう自分に言い聞かせながら、この1年で言葉は勿論のこと、歴史、文化、習慣、ついでに学校で学ぶ様な勉強も全て習得しておいた。


 まだ1歳だけど歩けるし、食事も自分でできる。だが、ひとつだけ困ったことがある。


 何度も言うが僕は無能だ。水も湯も火も出せないのだ。一応、皇子ではあるので料理はしなくて良いし、お風呂は側仕えが湯を張ってくれる。

困っているのはトイレだ。この世界にはトイレットペーパーなるものが無いのだ。

用が済んだらシャワートイレよろしく魔法で湯を出して洗い流し、風を起こして乾かすのだ。


 でも魔力の無い僕にはそれができない。今はまだ1歳だからトイレの度に側仕えのアリスに洗ってもらっている。でもこれを続ける訳にはいかないと思う。しかし、この世界のトイレには便器だけが鎮座している。僕にはどうしようもないのだ。


「お母様、困ったことに気付いてしまいました」

「まぁ!エリアス。何でも知っていて何でもできるあなたが困ることなどあるの?」

「はい。トイレです」

「トイレ?あ!」

 お母様は気付いた様で少し頬が赤くなった。まぁ、お母様は皇妃だからね。子供の世話などしないから知らないよね。


「はい。いつまでもアリスに洗ってもらっている訳にはいかないと思うのです」

「そ、そうね・・・でも・・・こればかりは・・・ねぇ」

「どうしたら良いのでしょう・・・」

「今の側仕え、アリス・ブレーズは気に入らないのですか?」


「いえいえ、アリスはとても良いだと思います」

「まぁ!良い娘ですって?まるで大人ね!それで、アリスと会話はできているのですか?」

「始めは僕にとても驚いていたのですが、今は慣れて問題なく話していますよ」

「それならば良いではありませんか」


 でも思春期になったら、それは不味まずいと思うのだ。お互いにね。

あ、でもその頃にはアリスはもう結婚して僕の側仕えではなくなっているかな。


 まぁ、いいや。今から考えても仕方がないよね。


「お母様、もういいです。なる様になるでしょう」

「エリアスは本当に大人なのね。でもたまに鏡を見てね。あなたはまだ1歳にもなっていないのよ」

「はい。そうですね」




 そんな粗末なことを考えるのは止めよう。それよりも気になっていることがある。


 1年前から色々な方面の人に講師となってもらい、この世界のことを勉強して来た。

その中で帝国のまつりごとを宰相である、ラファエル・モンテスから教わっていた。


 もう習うことが無くなり、ついでの様に教わったので最後の教師となったのがモンテスだったのだ。


 僕は前世で父親から頻繁に虐待を受けていたので、人の顔色や機嫌をうかがうのが当たり前になっていた。相対あいたいする人間がイラついているのか、疲れているのか。自分を好きか、嫌いか、何を求めているのか。


 その経験から僕には相手の自分に対する気持ちが手に取る様に判った。それでモンテスが僕のことを嫌っているのが伝わって来たのだ。


 講師として僕に教える時の話し方、目つき、ちょっとした仕草。全てに嫌悪感が漂っていた。僕としてもそれを感じ取り、早く終わらせたい気持ちから余計な会話は一切せず、淡々と講義を聞き、メモを取って暗記していった。


 何故、僕を嫌うのだろうか?皇子に生まれながら無能だから?その無能が生意気にも古文書を解読できたから?全ての学業を習得してしまうから?理由がはっきりしないから気持ちが悪い。


 聞いた話では、僕が生まれて無能が発覚すると、生まれて1時間も経っていないのに、モンテスはお父様に第二皇妃を迎えることを薦めたらしい。

お母様はそのこと自体は当然のことだと気にされていない様なので、僕も特に根に持つことも無かったのに・・・


 お母様の話では、モンテスは火の大陸、アルフォンソ王国の公爵家の長男で、母親はアルフォンソ王国の王女だったそうだ。


 そして、お父様のお母様、つまり僕の父方の祖母はそのアルフォンソ王国の王女だった。その様な血筋であれば、火の国の人間を贔屓ひいきすることは当然だろう。


 それにしても露骨過ぎるのではなかろうか?あ。そうか。そういう貴族の権力争いも貴族が怨みを持つ一因となっているのだろう。


 でも、今回は自分の思惑通りに火の国の第二聖女を帝国の第二皇妃に据えることができたのだから僥倖ぎょうこうではないか。


 まぁ、とりあえず。モンテス公の動向については注意を払っておくべきだな。


「お母様、モンテス公はどういう経緯いきさつで宰相の地位に収まったのですか?」

「モンテスですか?陛下とご学友だったのです。そして成績優秀であったため、前皇妃である陛下の母上より推薦されたのです」

「あぁ、なるほど。同郷のよしみという奴ですね」

「どうきょうのよしみ?ですか?」

「えぇ、お母様。同じ生まれ故郷出身の者同士での親しさや絆のことです。同郷の者を重用するのはよくあることです」

「そういうことですか」


「お母様、モンテスには注意していた方が良いと思っています」

「まぁ!何かされたのですか?」

「いいえ、今のところは何もありません。でも嫌な予感がするのです」

「嫌な予感・・・ですか・・・」

 お母様が美しい顔の眉間にしわを寄せた。あぁ、しまった!お母様にそんな顔をさせたくはなかったな・・・お母様には常に美しいままで居て欲しいのだ。




 僕の1歳の誕生日が過ぎた頃、第二皇妃となる女性が、アルフォンソ王国から嫁いで来た。


 この世界には転移魔法というものがある。これは光属性魔法なのだそうだ。だから転移魔法はお父様の家族しか発動できない。


 お父様の親は4代前のお爺様、つまりお父様のお爺様のお爺様まで存命であり、風の王国以外の水、火、土、金属の王宮の隣に帝国の別宮べつぐうを構え、そこで暮らしている。


 その4つの別宮に転移魔法が使える部屋が備えられており、各々で行き来ができるのだ。


 帝国城の転移魔法の部屋は、光のマナを貯めている釜がある城の最下層のひとつ上の階にある。


 その部屋は皇族や王族を出迎える場所でもあるので、壁や扉には豪奢ごうしゃな装飾がなされており、天井にはやけに明るいシャンデリアが幾つも下がっているため地下2階なのに眩しい程明るい。


 床には大きな魔法陣が金色で描かれている。部屋の四隅には帝国騎士団のナンバー騎士が立ち、警備している。


 出迎える皇族はお父様とお母様、それに僕だ。あとは宰相が同席する。

お父様が壁際にあるテーブルの電話をアルフォンソ王国別宮の転移部屋に掛け、準備が出来ているかを確認して電話を切ると、いよいよ転移魔法を発動する。


「ルミエールよ!我に力を集めよ!」

 お父様の周辺に金色の光のマナが集まり始め、お父様が黄金の光に包まれた。

まるで神様の様に神々しい姿だ。地球では考えられないことだ。

「プロメテウスより客人を転移させよ!」


 魔法陣が強く光り、その中の文字が浮かび上がる様に光ると、中心からまばゆい光が溢れ出した。僕は思わず目をつむってしまったが、薄目を開けて見ると光りの中に人が5人現れていた。


 ゆっくりと光は消えていき、そこにはアルフォンソ王国の王と王妃、クルス公爵と夫人、そしてお父様の第二皇妃となる娘が頭を下げたまま立っており、彼らの後ろには鞄や箱の荷物もあった。


 それにしても火の国の人たちだからなのか、服装が皆、真っ赤だ。王と王妃は中世ヨーロッパの王侯貴族の様な服装で、公爵の家族は前世の世界と同じ様な服装だ。だが、公爵令嬢はお姫様張りの真っ赤なドレスだけど。


「ウーラノスの光の神にご挨拶差し上げます」

「うむ。許す。面を上げよ、アルフォンソ!」

 これはお決まりの挨拶の口上の様だ。王族だの貴族だのとは面倒なことだな。


「ご紹介を差し上げます。こちらが、レオナルド・クルス公爵に御座います」

「ウーラノスの光の神にご挨拶差し上げます」

「許す、面を上げよ」

「初めてお目に掛かり、光栄に御座います。私はレオナルド・クルス。こちらは妻のサンドラ・ゲーリン・クルスと娘のアドリアナに御座います」


「うむ、其方がアドリアナか」

「は、初めてお目に掛かり、こ、光栄に御座います。ア、アドリアナでご、御座います」

「そんなに緊張しなくとも良いぞ。気を楽にな」

 普段は対外的に厳しい表情しか見せていないお父様も結婚相手には優しい表情も見せるのだな。それでもアドリアナはかなり緊張している様子だ。


「アドリアナ、2年ぶりですね」

「エレノーラ皇妃殿下!お久しゅう御座います!在学中は大変お世話になり、感謝申し上げます」

 アドリアナは身長170cmくらいかな。ピンクとも言える薄い赤毛に赤い瞳、色白で線の細い綺麗な女性だ。

お母様の2歳年下のため貴族学校で1年間、同じ聖女として一緒に過し、仲も良かったそうだ。お母様は身長が177cmあるからアドリアナは丁度、妹の様に見える。


 少し、お母様と雑談していたが、僕に気付くと近寄って床に膝を付いて話し掛けてきた。

「まぁ!皇子殿下でいらっしゃいますか?初めてお目に掛かります」

「初めまして。エリアス・アルカディウスに御座います」

 僕は胸に手を当てて軽く会釈し挨拶した。


「あぁ・・・エリアス皇子殿下・・・お会いできて光栄です」

「こちらこそ。これから、よろしくお願いいたします」


 あぁ・・・この表情、この声のトーン。覚えがある。これは僕に同情しているのだ。

同じ表情をされたことがある。それは前世で母が死に、父が刑務所に収監され、養護施設に初めて行った時の寮母さんだ。


「あぁ・・・あなたが光君ね。会えて嬉しいわ。これからはここがあなたのお家よ。遠慮しないで何でも言ってね」

 脳裏に顔が浮かんだ。それは懐かしく、そして悲しい思い出だ。


 そうか、僕が無能皇子だから同情しているのか。

まぁ、いいさ。あなたが皇帝の世継ぎとなる僕の弟を産んでくれたら良いのだから。


 それからアルフォンソ王たちと宴を催し、彼女は帝国の第二皇妃となった。




 それから半年が経った。僕はひとりでの行動が許されている城の中で、出入りできる所をひたすら歩き回り、時には走り、階段を昇り降りして自分の成長を早めようと努めていた。そのため夜は早々に眠くなり、その日も早く眠ってしまった。


 大人たちはまだ眠らない、そんな時間に事件は起きた。


 側仕えのアリスは僕が眠ると直ぐに帰ってしまう。それから30分後だった。

部屋に誰かが入って来た物音でうっすらと目が覚めた。でもはっきりと覚醒はしていない。


「こいつが無能皇子か・・・」

ん?・・・なんだ?誰だろう?聞いたことがない声だな・・・


「可哀そうだがお前の人生は今日で最後だ」

 男はやっと聞こえる様な小さな声でつぶやくと、僕の首を掴んで絞めた。


 僕は寝ぼけていた状態からやっと覚醒し、もがこうとするのだが小さな首に男の指が食い込んで息ができない。


「ぐ・・うぐ・・・」

「ガシャーン!」

 薄れゆく意識の中で窓ガラスが割れる音を聞いた。


 あれ?これってどこかで同じ様なことが?そんなことを考えつつも目の前は真っ暗になっていった。あぁ、どうやら今度は本当に死ぬみたいだ。


 僕はとうとう意識を手放した。


「お、お前は何だ!」

「ボッ!ドカーンッ!」


 大音響と共に僕の部屋は、内側から爆発した様に窓が壁ごと吹き飛んだ。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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