47.護衛
旅はあっけなく二泊三日で終了してしまった。
僕はアニエスの護衛の件を先にお父様に許可を取り、ジュリアには後から交渉した。
旅から帰った翌日、ジュリアを呼び出し帝国城の自室で再会した。
「ウーラノスの・・・」
「ジュリア、その挨拶は要らないよ。これからもずっとね」
「え、でも・・・」
「あぁ、僕らだけの時は。ということで」
「承知いたしました」
「ジュリア、呼び出してすまないね」
「とんでも御座いません。如何されたのですか?」
「ご存じの通り、私とアニエスはどこに居ても危険と隣り合わせだ。その状態ではあるけど、この城に閉じ籠っている訳にもいかない」
「明日からは学校に行こうと思うんだ。それでジュリアに護衛を頼めないかなと思ってね」
「私を護衛に使っていただけるので御座いますか?」
「うん。主にアニエスのね。私の護衛はレオンが居るから」
「はい!喜んでお引き受けします!」
「良かった。お父様の許可はもらってあるからね」
「ジュリア様、よろしくお願いします」
「アニエス様、必ずお守りいたします。あと、学校では旅の時のように私に様は付けずにジュリアとお呼び下さいます様にお願いいたします」
「それで良いのですか?」
「当然で御座います」
そこへレオンとグレースがやって来た。
「あ、ジュリア!来ていたのね?」
「えぇ、明日から私がアニエス様の護衛を任されたのよ」
「あぁ、それが良いのだろうな」
「レオンと一緒ってところがちょっとね・・・でもいいわ」
「何がちょっとだ!こっちこそ!」
「レオン!」
「二人共、仲良くお願いしますね?」
「あ!も、申し訳御座いません!」
「しっかりしろよ!」
「お前もな!」
「二人共!」
「ハイッ!」
グレースの一喝の方が僕よりも効く様だ・・・
翌朝、学校に向かう僕とアニエスが並んで歩く。そしてその後ろにレオンとジュリアがついて来る。
アニエスはすっかり僕と密着して歩くのが当たり前になった様だ。
僕の腕に絡みつく様にしがみつき、身体は密着させている。
城を出て、帝国騎士団の敷地の中を歩いていると、騎士たちの視線が突き刺さる。
「あら?ジュリアじゃない?どうしたの?」
「あ!ロッシ様!」
「あぁ、ベルティーナ!久しぶり!」
「アニエス!大丈夫だったのですか?大変だったと聞いたのです!」
「えぇ、大丈夫です。それに今日からジュリアが護衛についてくれるの」
「あぁ、そうなのですね。ジュリアなら安心ね。ジュリア、アニエス様をお願いね」
「はい!ロッシ様!」
ジュリアはベルティーナに憧れがあるのか、声を掛けられ嬉しそうだ。
学校の敷地に入ると騎士団の時とは比べ物にならない視線と歓声に包まれた。
「キャーッ!エリアス様!」
「お久しぶりで御座います!」
「またお会いできて嬉しいです!」
何も考えていない様な女生徒たちは僕に奇声を上げている。それは良いのだが、その向こうでひそひそと話している者たちはアニエスを刺す様な視線で見つめている。
アニエスはそちらを見ない様にして気がつかないふりをしている。でも僕の腕を掴む力は強くなっていた。やはりこうなってしまったか・・・
ジュリアはその様子に目敏く気付き、アニエスと生徒たちの間に立って歩いた。
「アニエス様、お気になさらず」
「ありがとう。ジュリア」
「アニエス、言いたい者には言わせておけば良いんだ。気にしないことだよ」
「エリアス・・・そうね」
アニエスは伏し目がちに答えた。
「コソコソと悪口を言う様な奴は、一発ぶん殴ってやりましょうか?」
レオンは右の拳を握り締め、陰口をたたく生徒たちを睨みつけた。レオンの真っ赤な髪が燃え上がっている様に見えるのは僕だけだろうか?
「レオン。気持ちだけもらっておくよ」
「あなた、何を言っているの?私たちはお二人を守る立場なのよ?お二人の立場を悪くしてどうするのよ!」
「解かってるって!俺は二人の気持ちを代弁しただけさ!」
レオンは両手を空へ向け肩を竦めた。
「そうだよね。ありがとう、レオン」
気持ちとしては僕だってそうだよ。
「あれってレオン・バルデラス様よ!」
「え?あの御方がレオン様?」
「噂通りの人ね!」
「あぁん?なんか言ったか?」
今度はレオンが直接口撃を受け、睨みつけて凄んだ。
「キャァーッ!」
「野蛮人!」
「な、なんだと!」
「ほら、ご覧なさい。そんなことでは自分の品格も落としてしまうわよ?グレースのことも考えて行動して頂戴」
「む。うぐぐっ!」
グレースを持ち出されると大人しくなる様だ。
教室に入るとレオンが僕とアニエスの席を教室の一番後ろの真ん中に移動させた。更にアニエスの前にはキースが座った。そして僕の隣にはレオンが、アニエスの隣にはジュリアが立った。
先生が入って来るなり、僕らを見て目を丸くした。
「エリアス皇子殿下、陛下よりご連絡を賜っております。そのお二人は護衛ですね?」
「はい。先生」
「何かあったのですか?」
何も知らない生徒が不思議そうに尋ねる。
「それは私からご説明差し上げます」
「あなたは・・・ジュリア・マルティーニ」
「えぇ、先生。お久しぶりです。聖女アニエス様は先日、ロンバルディ王国にて怨獣に襲われ、連れ去られそうになったのです。間一髪のところでリヴァイアサンに救われ事なきを得ましたが、もういつどこで襲われるか判らない状況なのです」
そう言いながらジュリアは、視線を移してガブリエルの顔を睨む様に凝視した。ガブリエルはその威圧に息を呑み、訳も判らないままに前を向いて俯いた。
うーん、ちょっと可愛そうかも知れない。
「な、なんと!では、この学校も危ないのですか?」
「もう無事と言える場所は無いのです。私とバルデラスで常に護衛をすることとなったのです」
「先生、心配は無用だ。そのために俺も居るのだからな」
「レオン・バルデラス。あなたも護衛に付くのね。わかったわ」
「レオン様、ちょっとカッコイイかも?!」
「そうね、頼りになりそう!」
「ふっ」
レオンはドヤ顔で笑顔を作った。ジュリアはそれを見てため息をついた。
「でも、赤の騎士団をクビになったのよね?」
「ガクッ!」
レオンはその場で膝を落とし、コケそうになった。
それから学校の中では常に5人で移動した。昼食の時にはマティアスも駆けつけ、6人で皇室専用の席を囲み、誰も近付けない様にした。
これでは交友関係が広げられないのだが、今はそんなことは言っていられない。どこに敵が居るか判らないのだから。
それはそうと、ガブリエルは相変わらずこちらの様子を窺っている様だ。
「エリアス様、もう気付いていらっしゃると思いますが、ガブリエルは常にアニエス様を見つめていますね」
「あぁ、それは入学してからずっとそうなんだ。きっとアニエスを嫁に迎える様に司祭から命じられているのではないかな?」
「本人に気持ちはあるのでしょうか?」
「それは・・・アニエス程、美しい女性を好きにならない男は居ないでしょう?」
「エリアス、恥ずかしいわ!」
「エリアス様、それ。素でおっしゃっているのですよね?」
「ジュリア、顔が怖いぞ!」
「なによ!レオン!」
「素で言ってはいけないの?」
「もしかして、この世界では本心を人前で言ってはいけないのかな?」
「いえ、そんな常識は御座いませんけれど・・・」
「ジュリアだって、とびきり可愛いじゃないか」
「エリアス様って誰にでもその様なことをおっしゃっているので御座いますか?」
「誰でもではないよ。本当に美しいとか可愛いと思った女性にしか言わないけど?」
「もう!なんて素直なお方なのでしょう!」
そう言って、ジュリアは真っ赤な顔でクネクネしている。なんだ。恥ずかしいだけなのか。
「ジュリア様は美しく可愛い女性です。エリアス様だけがそう思っている訳ではありませんよ」
「キース、あなた。本当に可愛いわね!」
「なんだお前ら。もうお腹いっぱいだよ」
「あら、レオンだって、いつもグレースといちゃいちゃしているクセに!」
「俺たちは婚約しているからいいんだよ!」
「流石、レオン様!余裕ですね!」
「キースも俺やマティアスの様に早く良い嫁を見つけるんだな!」
「はい。そうします!」
「ところで、ジュリア。先生に襲撃事件のことを伝えたのは何故なのかな?」
「アニエス様は襲われる立場であることを強調して、先日の神殿での事件の記憶を薄められたらと思ったのです。勝手なことをして申し訳御座いません」
「やはりそういうことか。それなら良いんだ。助かるよ」
「ジュリア、私のためにありがとう」
「良かった。出過ぎたことをしたかと少し心配だったのです」
「そういうことはできれば事前に打ち合わせして欲しかったがな」
「そうね。次からはそうするわ」
するとアニエスが席を立った。
「ちょっとおトイレに行って来るわ」
「では、お供いたします」
「ジュリア、すぐそこのトイレに行くだけだからひとりで大丈夫よ」
そう言い残してアニエスはひとりでトイレに向かった。
するとアルフォンソ王国の者と一目で判る赤い瞳と髪の女生徒3人がアニエスの後を追う様にトイレに向かった。
それを見たジュリアは僕に目配せし、僕は黙って頷いた。
ジュリアは女生徒たちを追ってトイレに向かい、トイレの扉の前に立って中の様子を窺った。
アニエスがトイレの個室に入って用を足し出て来ると、3人の女生徒が出入口を塞ぐように立ちはだかっていた。
真ん中の女生徒は鮮やかな赤毛、ルビーの様な赤い瞳をしていて腕組みをしている。その両側に立つ2人も赤毛だが、茶髪に少し赤み掛かっている程度で瞳の色も赤みが薄い。
「あなた、エリアス皇子殿下の婚約者でもないのに、何故その様に恋人気取りでいるのかしら?」
「貴族なのかどうかも怪しいのでしょう?クレールなんて家紋は聞いたことが無くてよ!」
「婚約者でもない男性にベタベタするなんて。余りにも下品ではなくて?!」
「あなたたちは?」
「まぁ!アルフォンソ王国の侯爵令嬢であられる、オフェリア・ナルバエス様をご存じないのですか?」
右側の女生徒に持ち上げられ、オフェリアと呼ばれる女生徒は腕組みをしたまま気持ち良さそうにドヤ顔を決めた。
「知らないわ」
「まぁ!なんてこと!聖女だからって太々しい!やっぱりその黒い瞳と髪なだけはあるわね」
左側の女生徒は支離滅裂な悪口を言い放った。
「ちょっと何を言っているか解からないので失礼するわ」
アニエスは3人の横をすっとすり抜け、入り口の扉の方へ進んだ。
「待ちなさいよ!」
オフェリアに呼び止められ、アニエスは扉の前で彼女たちに振り返った。
「あなた、聖獣を使ってシュナイダー王国の子爵を貶めたのよね?」
「それだけではないわ!神殿の使用人を聖獣に殺させたのでしょう?」
「聖女と呼ばれながら、陰ではその様な悪事を重ねている女など、エリアス様に相応しくないと言っているのよ!」
アニエスは俯いて奥歯を噛みしめ、悲し気な表情となったが、すぐに顔を上げ笑顔を作った。次の瞬間。
「ザバーッ!」
「キャーッ!」
トイレの天井に青い魔法陣が3つ浮かぶと、そこから滝の様な大量の水が3人の女生徒の頭に落ち、3人は全身ずぶ濡れになった。
「アニエス様!」
女生徒たちの叫び声にトイレの外で待機していたジュリアが飛び込もうとしたが、それと同時にアニエスが出て来た。
「あぁ、ジュリア!」
「アニエス様!大丈夫でしたか?」
「えぇ、何ともないわ」
アニエスは涼しげな顔でそう言うと、ジュリアの腕を掴んでエリアスたちの居る席へ足早に歩いて行った。
トイレの中ではオフェリアたちが呆然としていた。
「ちょ、ちょっと・・・何?これ」
「どこかに水の魔力持ちが居たかしら?」
「い、いえ・・・ここには私たちだけしか居ません。それに魔法の詠唱も聞いていませんし・・・」
「では、あの黒の聖女の仕業なの?」
「判りません。黒の聖女は呪文を唱えていませんでしたが・・・」
「確かにそうね・・・では一体、誰がこんなことを!」
「そ、そんなことより早く乾かしませんと!午後の授業が始まってしまいます!」
「リーンゴーン!」
「あ!昼休みが終わってしまいました!」
「急いで乾かさないと!この格好では外に出られないわ!」
「アイオロスの力を我に!風のマナよ、集まりて我のものとなれ!」
「風よ立ち上がれ!この服を乾かしたまえ!」
「ビュオーッ!」
「あーっ、もう!なんでこうなるのよ!」
彼女たちは火の国の娘たちだ。風の魔力は強くない。下着までずぶ濡れになった服を乾かすのに時間が掛かり、午後の授業に遅刻したのは言うまでもない。
その後、アニエスのトイレには、ジュリアが必ず中まで付き添うこととなった。
それからの学校生活は、不思議な程問題が起こらず日々平穏に過ぎていった。
アニエスにも笑顔が戻り魔法の研究も充実した。特にジュリアが入ったことでレオンとの競争心に火が点き、二人の魔法の技術は大きく伸び、それに触発されたキースも大きく成長した。
そして僕らは帝国貴族学校の2年生に進級する。
お読みいただきまして、ありがとうございました!