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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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46.墓所

 アリーチェの屋敷に泊まり朝を迎えた。


 目が覚めると目の前にアニエスの顔があった。もうそれが当たり前ではあるのだが。


 昨日からアニエスの態度が少し変わり、僕との距離を縮めようとしていた。僕もいつもより意識してしまい、今こうして至近距離にアニエスの顔があるとドキドキしてしまう。


 整った形をした淡いピンク色の唇を見ているとキスしたくなってしまう。

だが、それをしてしまったら歯止めが効かなくなってしまうだろう。それにアニエスだってファーストキスは思い出に残るものにしたいはずだ。ここで勝手にして良い訳がない。


 思い留まり、艶のある髪と柔らかな頬を撫でるだけにしておいた。するとその刺激でアニエスは目を覚ました。


「エリアス・・・おはよう」

「おはよう、アニエス」

「今、髪に触っていたの?」

「うん。艶のある綺麗な髪だね」


「エリアスだけよ。この髪が綺麗だなんて言ってくれるのは。でも、エリアスの前のお母様も黒髪だったわね」

「あぁ、そこまではっきりと見えていたんだね?」

「えぇ、私と同じだと思ったし、エリアスがこの髪を綺麗だと言ってくれるのは本心だって判ったから・・・だから忘れられないの」

「そう・・・」


 地球のお母さんとアニエスを重ねて見ている訳ではないけれど、アニエスが嬉しそうだから良かった。


「そうだ。リヴァイアサンに昨日の話を聞いてみようか」

「そうね」


 僕らはバルコニーに出て、リヴァイアサンを探した。すると左からゆっくりと視界に入って来た。

「リヴァイアサン!おはよう!」

「クゥォーン!」

「おはよう、って言っているわ」


 リヴァイアサンは僕らに近付いて来た。高度を落とし、屋敷に寄り添うように横付けし、胸びれをバルコニーの手すりに触れさせて止まった。


 アニエスは胸びれに手を触れて話し始めた。

「リヴァイアサン、あなたたち聖獣は怨獣の怨念を浄化できるわよね?人間の怨みや憎しみを晴らすことはできないかしら?」


「クゥォーン!クカカカッ」

「怨獣はあくまでも獣。獣に憑りついた念だけならば浄化できる。でも、人の怨みや憎しみ、怨念は人の思い。そして記憶。それを取り除くのは記憶を消去すること。だそうよ」

「やはりそうか。怨みだけでなく記憶ごと消さなければならないのだね?」

「えぇ、それはできないわね」


「あ。あのさ、ユニコーンはねずみの怨獣の怨念だけを浄化して、ねずみを元に戻したんだ。でも、この前、リヴァイアサンは怨獣ごと消してしまったよね?」

「キュイーン!クゥィーン!」


「うん、うん。そうなのね・・・ねずみの怨獣は魔力の低い者が憑りついたもの。表層にしか憑りついていないから、怨念だけを剥がせたのだと思う。でも、魔力の強い者の怨念は獣の身体自体を作り変えてしまう。だから獣は救えない」


「クゥォーン!」

「だけど、この前の怨獣たちは怨念ではなく、闇属性魔法で造られたもの達だった」

「え?怨念がりついたのではなく、闇属性魔法で人工的に造られたってこと?」


「クゥォーン!」

「そうだって。あれは今まで見たことがないって」

「大変なことじゃないか!対策を考えないと!」

「どうするの?」


「とは言え、いつどこで襲って来るか判らないからね。今はリヴァイアサンが居るから安心できるけど・・・」

「旅は中止した方が良いのかしら?」

「そうだね。私たちだけでは危険かも知れないね」


「クゥォーン!」

「この大陸を離れるなら、今日これから案内したい所があるそうよ」

「そうなんだ。では、そこへ行ってから帰ろうか」

「えぇ、そうね」




 朝食の席でリヴァイアサンとの会話を皆に伝えた。

「人工的に造られた怨獣?!」

「確かに今までの怨獣とは違うとは思いましたが・・・」

「一体誰がそんなことを・・・って、司祭様なのでしょうか?」

「まさか、ペガサスが神殿を攻撃したのって、その気配を感じたからなのでは?」

「そうかも知れないね」


 皆、恐怖を感じて何か言わないと落ち着かないといった感じだ。


「こうしては居られませんね。司祭を拘束して調べるべきです!」

「うーん。でもね、レオン。本当に司祭がアニエスを狙っているのか、また誰が人工的に怨獣を創り出したのか。証拠は何も無いからね。それに相手は一筋縄ではいかないあの司祭だ。お父様は動けないと思うよ」

「証拠ですか・・・ペガサスに聞けば良いのではありませんか?」


「リヴァイアサンも人工的に造られたものであることは判った様だけど、誰が操っているかまでは判らないと言っていた。そんな簡単に尻尾を出すような相手ではないだろう」

「それもそうですね」

「では、今は打つ手がなく、旅をしている場合ではないと・・・」

「そうだね、キース。結界も隠れる場所もない状態で身を晒している場合ではないかな?」


「では旅は今日で終わりなのですね?」

「うん。それで最後になるならば、リヴァイアサンが案内したい所があるそうなので、これからそこへ行こうと思うんだ」

「まぁ!一体、どこへ連れて行ってくれるのでしょう!」


「それを聞いていないから行ってのお楽しみかな?」

「あの、私もご一緒させていただくことは叶いますでしょうか?」

「勿論、構わないよ。アリーチェ嬢はマティアスの婚約者なのだからね」

「ありがとう御座います!」


 マティアスも嬉しそうな顔となった。

「では、支度ができたらサロンに集まろうか」

「はい!」


 サロンに皆が集まると、アリーチェの両親も挨拶をしに顔を出した。

「エリアス皇子殿下、この度はアリーチェの縁談を仲介いただき、ありがとう御座いました」

「いいえ、私は何もしていません。ふたりは出逢うべくして出逢ったのですから」

「このご恩は生涯忘れません」

「アリーチェ嬢はこれからリヴァイアサンの案内で私たちと共に少し出掛けますが、こちらへ戻って参りますので」


「お手数をお掛けし、申し訳御座いません」

「良いのです。こちらこそ宿と食事をありがとうございました。では行こうか」

「はい!」


 僕たちはティーターンに乗ると、リヴァイアサンの先導で空へ飛び立った。


「エリアス様、リヴァイアサンについて行けば良いのですね?」

「そうです。どこへ行くのかは判らないのですが」

「承知いたしました」


 そこから北に進路を取り、2時間は飛んだだろうか。水の大陸オーケアノスの北端に近付いて来た。山々は雪で覆われ、外はかなり寒そうだ。


 地球で言ったらアラスカとかカナダの北極圏の景色の様だ。あぁ、そうかリヴァイアサンは地球のクジラみたいなものだから、住処もこういう所なのかな?


「クゥォーン!」

「あの山の向こうだって言っているわ」


 目の前に4千メートル級の山々が見えて来た。その向こうに海があるのだろうか?


 山脈の中で特に高い山二つの間に、リヴァイアサンは滑る様に降りて行く。その後をゆっくりとティーターンがついて行った。


「こんなに高い山は初めて見ます!」

「水の国は高い山に降った雪が万年雪となり、それが流れ落ちて乾季でも十分な水を確保できているのではないかな?」

「エリアス様、その通りです!よくご存じで!」

「博識なのですね!」


「クゥォーン!」

「ここだよって」


「え?あれは何?」

「あ!あれは!」

 皆が釘付けになって見ているものは、恐らくリヴァイアサンの骨だと思われる。


「あれは、先代のリヴァイアサンかな?」

「クゥォーン!」

「そうだって」


 リヴァイアサンは先代のリヴァイアサンの亡骸の隣に滞空して止まった。

ティーターンもその隣に滞空した。


「リヴァイアサン、下へ降りても構わないかな?」

「クゥォーン!」

「いいよって」


「では、皆、降りようか。下では騒がない様にね」

「はい。承知いたしました」


 皆、騎士服の上にマントを羽織って地面へ降りた。周りを見渡すと、この場所は三方を山に囲われ入り江の様になっている。

人や獣が近付くことはないのだろう。そして入り江の周囲には草花が咲いており、とても美しく静かな場所だ。


「ここはリヴァイアサンの墓所なのですね」

「クゥォーン!」

「そうだって」


「どうしてここに案内してくれたのかな?」

「クゥォーン!」

「え?本当に?良いのかしら?」

「クゥォーン!」

「どうしたの?」


「先代のリヴァイアサンの骨を削って持ち帰れって」

「え?骨を?一体、どうして?」

「クゥォーン!クキキキッ!」

「あら、そうなの?!あのね、その骨を持っていれば怨獣が近付くと震えて白く光って教えてくれるのですって」


「あぁ、聖属性魔力が闇属性魔力に反応するってことでしょうか?」

「グレース、きっとそうだね」

「あ、それならば削った骨をペンダントにすると良いと思いませんか?」

「エリアスはブローチが良いのかしら?」


「そうね。騎士はペンダントでは邪魔になるかしらね」

「いや、ブローチでは暗闇の中で光ってしまうよね?ペンダントにして騎士服の中にしまっておこうよ。震えるって言っていたからそれで判るでしょう?」

「あぁ、その通りですね!では、どんな形が良いでしょう?」


「クゥォーン!」

「リヴァイアサンが8個削り出してくれるって」

「リヴァイアサンが?!それは嬉しいです!リヴァイアサンからの贈り物なのですね!」

「そうだね。どんな形だって構わないからね」


「ビーッ!」

 するとリヴァイアサンの瞳から青いレーザーの様な光が骨に照射された。

一瞬のうちに8個のペンダントトップができ上がっていた。


 ハート型とスペード型が4個ずつだった。ひとつの大きさは3cm位で中心が少し厚くなっている。表面は触るとつるつるしていて、骨なのになんとなく暖かく感じた。


「これは女性がハートで男性がスペードだね?」

「そうなりますね。とっても素敵!」

「リヴァイアサン、君たちは怨獣が近付くと身体で感じていたのだね?」

「クゥォーン!」

「そうだよって」


「凄い!これで私たちも聖獣ね?!」

「え?それは・・・でも、とても助かるね。怨獣の接近をいち早く察知できるのだからね」

「とてもありがたいです。リヴァイアサン、ありがとう!」

「クゥォーン!」

「どういたしましてって言っているわ」


「ありがとう!リヴァイアサン!」

「クゥォーン!」


 リヴァイアサンの墓所にあまり長居するのもはばかられたので、僕らは帰ることになった。

「リヴァイアサン、私たちはこれで帰るよ」

「クゥォーン!」

「気をつけてって言っているわ」


「ありがとう。また会おう!」

「クゥォーン!」


 船に戻ると操縦士たちに命じた。

「この場所の映像記録と位置情報を削除して欲しいんだ。聖獣の神聖な墓所は秘密にしておかないとね」

「承知いたしました」


 そして、僕らはティーターンの転移魔法でアリーチェの屋敷へ戻った。

「アリーチェ嬢、結婚式には僕らを呼んでくれるかな?」

「え!ご出席いただけるのですか!光栄で御座います!」

「本当によろしいのですか、エリアス様!」

「マティアス、アリーチェ嬢。おめでとう。ふたりの結婚式には出席させていただくよ」

「ありがとう御座います!」


「では、アリーチェ嬢、それまでお元気で!」

「エリアス様、アニエス様もどうかお気をつけて!」


 僕らは水の国、ロンバルディ王国を後にして転移魔法で帝国城へと帰還した。




 城へ戻るとまずはお父様へ報告だ。サロンでお茶をいただきながら話した。

「なんだと!また襲われたのか!」

「はい。それだけではありません。私たちを襲った怨獣は、人間の手で造られた怨獣でした」

「そ、そんなことができるのか?」

「はい。闇属性魔法で造られているそうです」


「誰がそんなことを!」

「そんなことができる者はそうは居ないと思います」

「やはり、司祭か?」

「恐らくは。しかし証拠は何も無いのです」

「では、押し入って調べることは難しいな」


「はい。そう思います。それで人目のない場所を呑気に旅行している訳にもいかなくなってしまったのです」

「うむ。誰にも行き先を告げていないのに襲われたのだからな。あまりにも危険が大きいな」

「はい」


「それでこれからどうするのだ?」

「また学校に行こうと思います」

「危なくはないのか?」

「それで護衛としてひとり雇いたい者が居るのですが」


「どこの誰だ?」

「ロンバルディ王立病院の院長、ヴァレリオ・マルティーニ侯爵の娘でジュリアです。レオンとグレースの友人でもあり、今回の旅行に同行してもらったのですが、魔力も強く、帝国騎士団のナンバー騎士志望なのです」

「なるほど、では実力は確認済みなのだな?」

「はい」

「わかった。良いだろう」


 さて、これからどうやってあの司祭の尻尾を出させるかだな・・・

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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