45.復讐
ジュリアの親戚が経営するショッピングセンターでアニエスの服を買った。
全部で10着は買っただろうか。さすがに妖精の様なドレスはいつも着る訳にはいかない。様々なシチュエーションに対応できる様にジュリアとグレースで考えてくれたのだ。買った洋服は全て王宮へ送り、ティーターンまで届ける様にジュリアが手配した。
洋服店を出るとアニエスは僕の腕にしがみ付く様にピッタリとくっついて歩いた。
「アニエス?どうしたの?」
「ううん。なんでもないわ」
なんでもないと言いながらも顔は赤い。
「でも、顔が赤いよ?」
「こうしてくっついていたら嫌?」
「嫌な訳はないよ。アニエスがそうしていたいなら構わないよ」
「ありがとう。エリアス」
ふと、視線を感じて振り返ると4人が盛大にニヤニヤしてこちらを見ていた。
「なんなの?みんな!」
「幸せな眺めです!」
道行く一般民衆も特に女性は真っ赤な顔をして僕らを見つめている。なんだかとても恥ずかしい。でも、アニエスを突き放すなんて僕にはできないに決まっている。
その時、ジュリアの携帯端末が鳴った。
「ピロリンコン♪ピロリンコン♪」
「あ。アリーチェ?うん、うん。あら、良いの?待って、ちょっと聞いてみるわね」
「エリアス様、アリーチェのお父様が晩餐に招待したいそうなのですが、如何しましょう?」
「ジュリア、迷惑ではないのかな?」
「もし、エリアス様がよろしいならば、アリーチェのためにお願いしたいと思います」
「あぁ、そういうことか。わかったよ。お招きに与ろう」
「ありがとうございます!アリーチェ!エリアス様がお受け下さるそうよ!」
「あぁ、ただし、固い挨拶はしないで欲しいと伝えてもらえるかな?」
「承知致しました。お気遣いありがとうございます」
ジュリアは深々と頭を下げた。こういうところがしっかりしているのだよな。流石は侯爵令嬢だ。
公共の船に乗り、マルティーニ子爵の屋敷へ向かった。アリーチェとマティアスは先に到着しているらしい。
屋敷に船が着くと、玄関前には子爵の家族とほぼ全ての使用人が待ち構えていた。
「おぉ!我が家に神が!」
「叔父様!」
既に浮かれている主にジュリアが一喝した。
「あ!こ、これは・・・ようこそお越し下さいました。初めてお目に掛かります。私は当家の主でフェデリコ・マルティーニと申します。こちらは妻のクラリーチェ・ロッソ・マルティーニ、息子のエドアルドと娘のアリーチェに御座います」
「初めまして、エリアス・アルカディウスです。お招きいただき感謝します。こちらは聖女アニエス・クレール、そちらは侍従たちです」
「勿体ないお言葉で御座います。さぁ、中へお入りください。心ばかりの晩餐をご用意させていただきました」
「叔父様、お久しぶりです」
「おぉ、ジュリア!神をお連れいただくなんて!どれ程感謝したら良いか!」
「叔父様、エリアス様は大袈裟な物言いはお好きではないの。控えて下さいますか?」
「あぁ、そうだったね。すまない。つい興奮してしまった様だ」
大きな食堂へ通された。子爵とは言えあの様な大きなショッピングセンターを経営しているだけあって、財力は莫大な様だ。公爵家と比べても遜色のない豪華な食堂だ。
「アリーチェ、あの後、マティアスとはどうだった?」
「それはもう!楽しくお話しさせていただいたわ!」
「ベッカー殿、我が娘は如何ですかな?」
「え、そ、それは・・・素晴らしい女性です」
「おぉ!そうですか!」
「あの、余計なお世話でしょうけれど、アリーチェ嬢は本気でマティアスと?」
「あ、はい。私はマティアス様さえよろしければと・・・」
「おぉ!」
「あ、あの・・・私は平民出の男爵です。私の様な者が子爵令嬢を・・・などということが許されるのでしょうか?」
「マティアス殿、アリーチェの姉のベレニーチェは王宮騎士団に所属しております。フェデリコの魔力は強くありませんが経営の才に恵まれております。当家の子供たちは既に国に貢献しておるのです。ですから末娘のアリーチェには好きな様にさせておるのです。結婚も自由にさせるつもりです」
「それは素晴らしいことですね」
「おぉ!ではエリアス皇子殿下は娘とベッカー殿の婚姻にご賛同いただけるのですね!」
「え?もう結婚の話になっているのですか?」
「エリアス様、それが・・・その」
マティアスは真っ赤になってもじもじしている。
「マティアス、どうしたんだい?」
「あの、とても嬉しいことなのですが、あまりに突然でまだ信じられなくて」
「まぁ!マティアス様!私が信じられないので御座いますか?」
「い、いや、そうではないのです。私がこういうことに慣れていないもので・・・」
うん。それはそうだろう。僕だってまだ、アニエスに慣れていないのだからね。
「でもさ、男女の出会いってそういうものなのではないかな?マティアスが嫌でないならば良いのでは?」
「まぁ!エリアス様!賛成していただけるのですね!」
「うん。おめでとう。アリーチェ嬢、マティアスも」
「うわぁ!神に承諾をいただいたぞ!アリーチェ!でかした!」
「はい。お父様!」
「おめでとう!アリーチェ!」
「おめでとう!マティアス。こんなに美しい歌姫を妻に迎えられるなんて、幸せ者だな!」
「エリアス様。この旅にお誘い下さったお陰で御座います。ありがとうございます」
「ちょっと、エリアス!」
「え?なに?アニエス」
アニエスは可愛い顔でプリプリと怒っている様だ。僕の腕を掴み耳元で囁く様に言った。
「アリーチェが美しいって。好きなの?」
「え?そうじゃないよ。マティアスの奥様になる女性を褒めておかないといけないでしょう?」
「そういうものなのね?」
「そうだよ。心配要らないよ」
って、何が心配なんだ?良く解からない。女心ってものは。
「マティアス、結婚式はどちらの国で挙げるんだ?」
「それは・・・財力とアリーチェ様の知名度を考えますとこちらになるかと・・・」
「まぁ、そうだろうな」
「レオンってそんなこと考えるんだね!」
「それは貴族の男ですからね」
「ふぅん。ではグレースとの式はどちらで?」
「え?そ、それは・・・帝国でしょうね」
「帝国?何故?」
「叔父と兄は帝国に仕えていますし、グレースの家は帝国のあるフォンテーヌ王国ですから。間を取ってということです」
「へぇ、そんなバランスを考えるんだ!」
「それってグレースが考えた案なんじゃない?」
「あぁ!そうか」
「あ!こらジュリア!余計なことを!」
「グレースは素晴らしいね」
「お褒めに与り光栄に御座います!」
「あぁ!みんな、いいなぁ!私も結婚したくなったかも?」
「え?ジュリアが?!いいじゃない!誰か良い人が居るの?」
「グレースとアリーチェの幸せそうな顔を見て、そんな気になっただけよ。私は・・・」
そう言ってジュリアの顔は曇った。ジュリアには何かあるのかな?
その後はアリーチェとマティアスの結婚式やその後の住まいの話で盛り上がった。
晩餐が終わり、今夜は船ではなく、アリーチェの屋敷にそのまま泊まることとなった。
皆が各部屋へ案内される時、アリーチェが僕とアニエスに小声で声を掛けて来た。
「エリアス様、アニエス様、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
「構いませんよ」
「ありがとう御座います。ではサロンの方で」
アリーチェにサロンへ案内されると、侍女が僕らにお茶を出して下がって行った。
「エリアス様、ジュリアのことなのですけれど・・・」
「やはり、ジュリアには何か事情があるのですか?」
「はい。ジュリアの母は、怨獣に殺されているのです」
「怨獣に?」
「はい。ジュリアが8歳の時でした。屋敷に怨獣が現れ、ジュリアの父に襲い掛かったのです。それをジュリアの母が割って入って助けようとしたのですが・・・」
「まさか、ジュリアはそれを?」
「はい。一部始終を見ていたのです」
「それはショックだったでしょうね。私も10歳の時に目の前でお母様を怨獣に攫われましたから・・・」
「はい。でもジュリアはそのショックを抑え込み、無理に明るく振る舞って来たのです。でも心の中では憎しみが消えることはなく、10年経った今でも怨獣に復讐することだけを支えに生きている様なのです」
「それは・・・辛いことですね」
「あぁ!だから、フラヴィオ王子の求婚も蹴ったのか!」
「え?フラヴィオ王子がジュリアに求婚を?」
「あぁ、私たちの目の前で、ロンバルディ王がジュリアにそれを打診したのですが、彼女は帝国のナンバー騎士になりたいと、そしてその後は夢幻旅団に入るのが夢だと言って断ったのです」
「まぁ!そんなことが?」
「私もそれを聞いて、彼女には何か事情があるのだろうとは思っていました。でも、それ程に悲しい過去を背負っていたとは・・・でも復讐したところでね・・・」
「はい。おっしゃる通りに御座います」
うーん。僕はお母様が生きていて救い出すことができれば救われる。でも、ジュリアは幾ら復讐したところでお母様は帰って来ない。それは果てしなく、救いのない旅に出るようなものだな。
「それで・・・もしかして結婚相手を探して欲しいと?」
「い、いえ、彼女が結婚を望まない限り、相手を目の前に差し出したところで先程の様な反応になってしまうのだと思います」
「そうですね。つまり、彼女の怨みをどう晴らすかということですね?」
「はい。図々しいお願いであることは重々承知しているのですが、神に縋る思いでお話し差し上げた次第で御座います」
「解かりました。私にとってもジュリアは友人です。私たちで何かできないか考えてみましょう」
「ありがとう御座います!」
アリーチェは自分だけ幸せになることに罪悪感を覚えているのだろう。心残りがあってはマティアスとの結婚生活に悪影響が出かねない。ジュリアを何とかしてあげたいところだな。
僕とアニエスは部屋に案内され、まずはソファにふたりで座った。
「やはり、ジュリアは悲しい過去を背負っていたのですね?」
「うん、普段はあんなに明るく振る舞っているのにね」
「怨みを持ったままでは、今度はジュリアが怨獣になってしまいます」
「その通りだね」
「人の憎しみや怨みを晴らすことができるなら、新たな怨獣を生み出さずに済むのですよね?」
「うん。そうだね。聖獣が怨獣の怨念を浄化できる様に、人の怨みも晴らせるなら良いのだけどね」
「あ。そうだ。昨夜、アニエスは私の恐怖とか不安の様なものを聖属性魔法で癒してくれたよね?あれでジュリアの心を癒せないものかな?」
「うーん。あれは精神的な不安を癒しただけなの。エリアスもジュリアも憎しみや悲しみの元となる記憶がある限り、一時的に精神を安定させても直ぐに元に戻ってしまうと思うわ」
「あぁ、そういうことか。記憶か・・・」
確かに僕もお母様が攫われた時の記憶があるから昨夜みたいなことになったのだからな。ジュリアも僕と同じ様にパニックになったならアニエスが癒せるけど、根本的な解決にはならないのだな。
「あ。ねぇ、リヴァイアサンに聞いてみましょうか?」
「あ。そうか。今はリヴァイアサンが僕らの護衛で近くに居るのだからね」
「明日、聞いてみましょう」
ジュリアは自分の寝室に入るとバルコニーを開け放ち夜空を見上げた。
夜空にはリヴァイアサンがゆっくりと円を描いて屋敷の上空を飛んでいた。
リヴァイアサンを見て一瞬笑顔となったが、直ぐに険しい表情となった。
「お母様・・・私は結婚なんていいの。私からお母様を奪った怨獣を決して許さない。騎士となってその怨みを晴らすまで、私は戦い続けるわ。見ていてね。お母様」
僕とアニエスはベッドに入った。
アニエスの僕への密着度がいつもと違う。何か必死にしがみついてくる感じだ。
アニエスは今日の午後から明らかに態度が変わった。それだけではない。ジュリアやグレースも何か言動がおかしかった。
「アニエス。今日グレースやジュリアから何か言われたのかな?」
「え?うーん。そうね。エリアスは一般民衆だけでなく貴族の若い娘たちみんなから愛されていて、みんなエリアスと結婚したいと思っているって!」
「あーなるほど。そういうことか!」
「エリアス、どこにも行かない?」
「うん。行かないよ」
「ずっと私と一緒に居る?」
「うん。ずっと一緒だ」
このくだり、一体、何度目なのだろう?
でも、これを何度言われようとも、いじらしくて否定なんてできっこない。
「ホントね?」
「あぁ、本当だよ」
「良かった・・・」
「アニエスがそう思ってくれるなら、私も嬉しいよ」
「エリアス・・・」
アニエスは僕の首に腕を回して「きゅっ」と抱きしめ、頬を合わせた。
こうされるのも、もう慣れたと思っていたのだけど・・・
そろそろ我慢するのも辛くなって来たかなぁ・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!