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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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44.妖精

 ロンバルディ王国にある帝国の離宮で、五世の祖父母との会話が続いていた。


「お爺様、アレクサンドお爺様はどの様な方だったのでしょうか?」

「私が物心ついた頃にはもう父上はこの世に居なかった・・・これは乳母から聞いた話だが、とても純粋な人だったそうだ。生粋の技術者でな。金属性を強く持った聖女と親しくなり、二人で様々な産業技術を創り出したのだ」


「この世界の科学技術のいしずえを創ったふたりなのですね?」

「そうだ。それを引き裂いたことが全ての悲劇の始まりだった・・・」

「そう言えば、エリアスは父上が残した書を解読したそうだな?」


「はい。それは私のために残してくれたものでした」

「そうか。役に立ったのだな?」

「はい。とても。そしてこの世界の怨獣を淘汰するきっかけとなっています」

「怨獣は人の、貴族の成れの果てだとか・・・ではその怨獣を殺すのは人を殺すのと同義なのか?」


「いいえ、怨獣はその名の通り、人の怨念が宿った獣に過ぎません。人ではないのです。聖獣の様にその怨念を浄化できるならば、獣の命すら奪わずに済む様ですが、我々にはそこまでのことはできません」


「そうか・・・どうしたら淘汰できるのだろうな?」

「退治することも大切ですが、新たな怨獣を生み出さぬことが重要だと考えます」


「ほう。それはどうすれば良いのかな?」

「この世界の不平等や不均衡を正すのです」

「それはつまり、人の不平不満を無くすということか?」

「はい。全て無くすことが不可能であることは心得ています。できることから取り組むべきと思います」


「うむ。その通りなのだろうな。エリアス。お前は父上と同じ様に神と呼ばれるに相応しいな」

「勿体ないお言葉です」


「そう言えば・・・聖獣で思い出したな」

「聖獣で?」

「うむ。帝国にはティーターンがあるだろう?」

「はい。その船をお借りして旅をしております」


「ティーターンの他にもう一隻船が有るのだ。父上が私に使えとおっしゃった。だが、父上があの様なことになり、ティーターンがあれば事足りる様になってしまった」

「その船はどこにあるのですか?」

「ステュアート王国だ。父上の話ではグリフォンに預けてあると言っていた」

「グリフォンに?」


「うむ。エリアスはグリフォンに会えるのだろう?必要ならばグリフォンに言って出してもらうが良い」

「私がもらい受けてもよろしいのですか?」

「父上が造った船だ。エリアスが使うのが相応しいだろう」

「ありがとうございます」


「エリアスよ。ウーラノスを、この世界を頼むぞ」

「はい。できる限りのことをさせていただきます」

「ありがとう。エリアス」


「ありがとう、エリアス。アニエス、エリアスを支えてね」

「はい。エリアス様は私が守ります」

「良かったわ」

 お爺様とお婆様は、満足そうに柔和な笑みをたたえていた。




「さぁ、みんな!早く行きましょう!グズグズしていたら夜になってしまうわ!」

 ジュリアは張り切って皆を引率している。午後はジュリアの親戚が経営しているショッピングセンターへ行くことになった。そこでは買い物だけでなく、若者や家族連れで様々なアクティビティが楽しめるとのことだ。


 ドームになっているこの場所は、貴族だけでなく一般民衆も利用できるそうだ。

「エリアス様、ここには一般民衆も居るのですがよろしいですか?」

「勿論、良いに決まっているよ。以前、フォンテーヌ王国の王都も散策したからね。楽しみだよ」

「そうおっしゃっていただけると嬉しいです」


「ここはジュリアの親戚が経営しているのだよね?」

「はい。叔父が経営しております」


 皆でショッピングエリアに入ると、道行く人が足を止め僕らを凝視している。

フォンテーヌ王国の王都でもそうだったが、僕らはとても目立ってしまう。背が大きいだけでなく騎士服を纏い、マントを羽織って帯剣もしているから余計だ。


「ジュリア、この国でも一般民衆の人たちって身長があまり高くないのだね?」

「と言いますか、我々貴族が大きいのです」

「あぁ、そうか」

 男性でも170cm位、女性は160cmに満たない人が多い様だ。それに魔力が強くないから、髪や瞳の色がくすんでいる人が多い。僕らは一番低いグレースでも185cmある。更にヒールのある靴やブーツを履いているから女性も2m近いのだ。


 僕たち貴族は身体が大きく魔法属性の色が濃いから貴族だと一目で判ってしまう。

そもそも、ここから優越感や劣等感が生まれるのではなかろうか。魔力なんて無ければ良いのに・・・


「キャーッ!見て!エリアス皇子殿下よ!」

「聖女様も居らっしゃるわ!」

「エリアス様がいらっしゃったからリヴァイアサンが現れたのね!」

「なんて大きいの!テレビで観ただけでは判らないのね!」

「あーなんて素敵なお方・・・」


「エリアス様、モテモテですね!」

「キース、私ではなく君のことを言っているんじゃないかな?」

「そんな訳ありません!皆、エリアス様を見ていますよ!」


「ジュリア、エリアスは皆に好かれるの?」

「そうですね。アニエス様。エリアス様は一般民衆の憧れの的です。いえ、一般民衆だけでは御座いません。貴族の年若い娘は皆、エリアス様を愛しているのです!」

「愛している!皆が?エリアスを?」

 アニエスは女性たちを見つめ、落ち着きが無くなった。


「アニエス様、どうされますか?」

「それは・・・駄目よ!」

 アニエスは真っ赤な顔になり、両手を握り締め語気を強めた。


「でもエリアス様には婚約者がいらっしゃらないのですから・・・結婚したい娘は山ほど居るのです」

「え!そんなの・・・駄目」

 ジュリアはアニエスを焚きつけているのかな?なんでそんなことをしているのだろうか?


「まぁ!ジュリア!ジュリアじゃない!久しぶり!」

「あら、アリーチェ!」

「あ!まさか!そちらのお方は!」

 ジュリアの知り合いらしい女性は、僕に気がつくとあっという間に2mは後ろへ下がってひざまずいた。


「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます」

 うーん。こんなところでまたこれか・・・仕方がない。

「許します」


「初めてお目に掛かり光栄に御座います。私はジュリアの従姉いとこに当たります、フェデリコ・マルティーニ子爵の娘、アリーチェ・マルティーニで御座います」

「初めまして、エリアス・アルカディウスです。こちらは聖女アニエス・クレール、そちらは侍従と友人です」


「エリアス様、アリーチェのお父様がここの経営者なのです」

「そうでしたか。素晴らしい施設ですね」

「おめにあずかり光栄に御座います」

「アリーチェ、今日は買い物に来たのよ」


「まぁ!そうでしたか!どうぞ、お買い物を楽しんでくださいませ!」

「あの・・・アリーチェ様って、歌手の?」

「アニエス様、その通りです。アリーチェは歌手なのです。ご存じだったのですか?」

「テレビで観たことがあるのです。私、アリーチェ様の歌が好きだったのです」

「まぁ!ありがとうございます!聖女様に聞いていただけていたなんて!光栄に御座います!」


 アリーチェはピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。彼女はジュリアに少し似ている様だ。髪と瞳は同じ様に青く、身長はジュリアより少し大きく190cm以上ありそうだ。


「あ!あなたは!マティアス・ベッカー様で御座いますか?」

「え?私で御座いますか?そうですが」

「テレビで拝見しました。大きいのですね!」

「あぁ、はい。大きさだけは確かに」

 アリーチェはハイヒールの靴を履いているから身長が2mを超えている。だからマティアスとも普通の男女の差くらいに見えるのだ。


「ユニコーンに魔力を授かったのですよね!素晴らしいです!」

「そうでしょうか?私はそのことさえ覚えていなかったのですが」

「聖獣に認められたのです!きっと素敵なお方なのですわ」

「ねぇ、アリーチェ。さっきから何?」


「え?ジュリア。私はマティアス様が素敵だなって思っているだけよ?」

「ふーん。それって・・・」

 ジュリアは怪訝けげんな顔でアリーチェの顔を覗き込む様に見た。


「わ、私は・・・別に・・・その・・・」

「ふーん。そうなの」


「マティアス、どうかしら?私の従姉で歌手のアリーチェなのだけど・・・嫁に欲しい?」

「え?う、う、歌姫と呼ばれるアリーチェ様を?わ、私なんかが・・・」

 マティアスは真っ赤な顔で、しどろもどろになった。


「アリーチェって、マティアスみたいな人が好みだったのね」

「えーと、だって・・・私より背が高くて、魔力も大きくて、頼りになるでしょう?それに美味しいブドウやワインも作れるのだし・・・」

「え?でも歌手の仕事はどうするの?辞めるの?」


「え?歌手はテレビに出るだけが仕事ではないわ。年に何曲か歌を出して、たまにコンサートを開けば良いのだから・・・」

「あら、本気なの?」

「え?で、でも・・・マティアス様が私の様な年増では・・・」

「まぁ、年上ではあるわね。4つ上なのかしら?」


「ちょっと!皆さまの前で歳の話なんて!」

「だって、結婚なんて言うから・・・」

「誰も結婚の話なんてしていないじゃない!」

「でも、本気なのでしょう?」

「それは・・・」

 そう言いながら、ちらちらとマティアスの顔色をうかがっている。


「マティアス、この旅で良い人に巡り会えたらいいねって話していたよね?それも水属性の女性でね」

「あ。それは・・・そうですが・・・」

 マティアスは顔が真っ赤だ。


「え!そうなのですか?!」

「それならさ、これからふたりで別行動すれば?色々お話ししてみれば良いよ」

「よろしいのですか?」

「ふたりが良いなら構わないよ。マティアスは私の侍従ではない。友人として同行してくれているだけなのだからね」


「アリーチェ。マティアスを案内して差し上げて」

「エリアス様、本当によろしいのですか?」

「勿論です。ジュリアの連絡先はお判りになるのですよね?」

「はい。存じております」

「では、後程落ち合おう。マティアス、楽しんで来て」

「あ、は、はい。ありがとうございます」


 アリーチェとマティアスが別行動となり、僕らは買い物に行った。

アニエスの衣装は全て、見知らぬ親が準備して学校へ送られていたものしかない。だから、この機会に新しい衣装を揃えることとなった。


「私、どんな服を買えば良いのか判らないのだけど?」

「グレースとジュリアで選んであげてくれる?」

「勿論です!お任せください!」

「ありがとう」


 洋服店に入って驚いた。地球の洋服屋とほとんど変わらないのだ。洋服の進化ってどこでも同じ感じになるのだろうか?それともアレクサンドお爺様が何か関わったのだろうか?とても不思議だ。


 女性3人でキャーキャー言いながら服選びに夢中になっている。男3人は居場所なくうろうろしていた。


「エリアス様!これなんて如何でしょうか?」

「え?私?」

「そうです。エリアス様のお好みに合いますでしょうか?」

「それは・・・う、うん。アニエスに似合うのではないかな?」


 急に振られて驚いた。そんなシチュエーション。まるで日本のカップルのデートみたいじゃないか。僕にはそんな経験がないからリアクションに困るよ。第一、アニエス程可愛ければ、何を着たって似合うし可愛いのだから。


「アニエス様、試着してエリアス様に見ていただきましょう!」

「え!なんで私が見ないといけないんだい?」

「それは、アニエス様はいつもエリアス様のお隣に立たれているのですから、エリアス様がお気に召すお姿にしないと!」

「そ、そういうものなの?わかったよ」


「エリアス様、女性というのはそういうものなのです。邪険にしてはいけませんよ?」

「キースは解かっているのかい?」

「勿論です!」

「レオンは・・・解からないよね?」

「え!俺は!・・・そうですね・・・」

 そりゃ、そうだろうよ。


 男共が馬鹿なやり取りをしている内に試着が終わった様だ。

「さぁ、エリアス様、試着が終わりました。如何ですか?」

 その衣装は真っ白でドレスの様でドレスではなく、スカートは短く足がほとんど見えている。これは何かどこかで・・・


「まぁ!そんなに見つめて!相当にお気に召した様ですわね?」

「え!あ、いや、これはその・・・でも似合っているし、可愛いよ」

「え?可愛い?!」

 アニエスは、はにかんだ笑顔で真っ赤になった。あ、そうだ!妖精だ!テレビとかで観た覚えのある何かだと思ったが、これは妖精の様な姿だ。


「まるで妖精の様だね」

「妖精ってなに?」

「やはりこの世界には居ないのだね?前の世界でも伝説として語られているだけなのだけど、見た目としてはアニエスの背中に羽があって、このてのひらに乗る大きさの美しい女性のことだよ」

「まぁ!羽が?素敵ね!」


「エリアス様にとってアニエス様は、その妖精なのですね?」

「え?あ、あぁ、そうだね。夢の様に美しいよ」

「夢の様に?私が?」

「キャーッ!素敵!」

「ちょっと、ジュリア!」

「あ、ごめんなさい。興奮してしまったわ」


 アニエスは両手で顔を隠して真っ赤になっていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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