42.拉致
休息も束の間、僕たちは闇夜の中で怨獣に襲われた。
「みんな!呪文の詠唱を!怨獣を落とすぞ!」
「はい!」
レオンが中心となり、他の4人が並んでそれぞれに呪文の詠唱を始めた。
「あの怨獣が毒を吐くかも知れない。壁を作れる者は壁を作って防御しながら攻撃するんだ」
「レオン!奴らは夜空を飛んでいる。狙いが絞り辛いから複合攻撃は難しい。各個で撃退するしかないぞ!」
「承知しました!」
「グレースは無理をしないで!」
「はい!やれるだけやってみます!」
「劫火よ、敵を焼き尽くせ!!」
「ゴゥオーッ!」
「ギィヤァーッ!」
レオンの放った炎に焼かれ、一匹の怨獣が落ちた。
「水の刃よ敵を切り刻め!」
「シュバッ!シュバッ!シュバッ!シュバッ!」
「ギャッ!」
「ボトボトボトッ!」
ジュリアの撃った水のカッターが、怨獣の翼や身体を斬り刻み、バラバラにして落とした。
「銀の槍よ!敵を串刺しにしろ!」
「シュンッ!シュンッ!シュンッ!」
「グサッ!グサッ!ボキッ!」
「ギィーッ!」
「ドサッ!」
キースが銀の槍を怨獣の頭や身体に撃ち込み、絶命させた。
「石の礫よ!敵を打ちのめせ!」
「ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!」
「ビシッ!バシッ!ドシッ!ビシッ!」
「グァーッ!」
「ドサッ!」
マティアスの石の礫が何十発も怨獣の身体にめり込み、貫いて落とした。
「風よ!突風を起こし、敵を蹂躙しろ!」
「ビュゥオーーーッ!」
「バシッ!グシャァッ!バキバキバキッ!」
「ギッ!ギィヤァーッ!」
「ドサッ!」
グレースが起こした突風に怨獣が飛ばされ、他の怨獣に激突し、身体がグシャグシャになって絶命した。
怨獣は代わる代わる近付いて来ようとする。それを皆が入れ替わり立ち代わりで攻撃し、落としていく。
すると一匹の怨獣が攻撃を躱してアニエスに近付いて行った。
「まさか、こいつら!アニエスを狙っているのかも!」
「なんですって?!」
「シュバッ!」
「ズシャッ!」
僕は横っ飛びしながら、アニエスに迫る怨獣の首を切り捨てた。
「エリアス!」
「アニエス!大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
「エリアス様!後ろ!」
「クッ!」
「シュバッ!」
「ギィェーッ!」
後ろから迫って来た怨獣をバック転しながら翼を切り落とした。
「これ、一体何匹居るのでしょう?」
「判らない!かなり多いな!」
既に一人当たり4、5匹は落としているだろうか。切りが無いなと思ったその時、僕とアニエスに向かって2匹が同時に襲い掛かって来た。
「シュバッ!」
「グッシャーーッ!」
僕の真正面から真直ぐに飛んで来た怨獣を嘴から真っ二つにする様にして刀が入っていった。切り裂き終わってアニエスの方へ振り返ると、もう一匹の怨獣がアニエスをがっちりと足で掴み、空へと飛び上がる瞬間だった。
「きゃぁーっ!エリアス!」
「ア、アニエス!」
体制を立て直し、両足で踏み切ってそちらへ飛んだのだが、怨獣の尻尾の先を斬ることしかできず、そのままアニエスは怨獣に拉致されてしまった。
「アニエス様!」
ジュリアは叫びながらも攻撃はできず、行方を目で追うしかなかった。
「アニエス・・・」
僕は身体が震えその場から動けなくなった。お母様が攫われた時の記憶が甦り、漆黒の絶望へと落ちて行った。またしても・・・僕は何もできないのか・・・
その時だった。海が白く輝きだした。
「あそこ!何?」
「あ!リヴァイアサンじゃない?」
海から顔を出したリヴァイアサンは、空の怨獣に向けてその大きな口を開いた。
「パウッ!」
次の瞬間、真っ白く輝く光が口から放たれ、その光は広がりながら空へ昇って行った。
そして、アニエスを掴んでいる怨獣と他の生き残りの怨獣を光が包み込むと、怨獣は溶ける様に姿を消して行った。
リヴァイアサンは力強く尾びれを振ると驚く程の速さで空へと舞い上がり、アニエスを胸びれで受け止めた。
「うわぁ!リヴァイアサンがアニエス様を助けてくれた!」
「リヴァイアサン!」
リヴァイアサンはゆっくりと僕らの方へ降りて来て、アニエスが乗る胸びれをそっと砂浜へ降ろした。
僕はまだわなわなと震える足を両手でバシッと叩き、歯を食いしばって立ち上がると、全速力で走って胸びれに飛び乗り、アニエスに駆け寄って抱き上げた。
「アニエス!大丈夫かい?」
「え、えぇ、大丈夫」
「あぁ、良かった。アニエス・・・」
アニエスは僕の首に腕を回して抱きついた。僕はそのまま歩いて砂浜へ降りるとリヴァイアサンに振り向いた。
「リヴァイアサン、アニエスを救ってくれてありがとう」
「クゥォーン!」
「どういたしまして、って言っているわ」
「あの怨獣たちは、アニエスを狙っていたのだろうか?」
「クゥォーン!」
「そうだ。って言っているわ」
「一体誰がアニエスを・・・」
「クゥォーン!」
「それは判らない、って」
「そうか・・・」
「やはり、夜はどこに居ても危険なのだな」
「そうですね。夜は外に居ない方が良さそうですね」
「直ぐに船に戻りましょう」
「あぁ、そうしよう。リヴァイアサン。本当にありがとう!」
「クゥォーン!」
「今夜は船の近くで見張ってくれる、って言っているわ」
「それは安心だ。ありがとう!」
僕らは急ぎ足でティーターンに戻り、各々の部屋で休むこととなった。
僕はアニエスを抱いたまま部屋へ戻ると、そのままソファに座り、アニエスを深く抱きしめた。
「アニエス、ごめん。君を守ると約束したのに・・・」
「エリアスは精一杯守ってくれたわ。無事だったのだから・・・大丈夫よ」
「あぁ・・・恐ろしかった・・・お母様が・・・怨獣に連れ去られた時の姿・・・それが重なってしまって・・・」
「エリアス、身体が震えているわ。大丈夫?」
またしても・・・過去の記憶がフラッシュバックして動けなくなってしまった。
「情けないね。お母様だけでなく、アニエスも守れなかったなんて」
「エリアス!しっかりして!私はここに居るわ!」
「あ、あぁ・・・そう・・・だったね」
その時、アニエスの身体が真っ白い光に包まれ、瞳が碧く光った。そして徐々に髪が絹の様な白色に変わっていった。
「アニエス・・・髪が・・・」
「エリアス。あなたは私が守る・・・」
そう言ってアニエスは僕を強く抱きしめた。僕はその言葉に心から安心し、暖かい光に包まれ、いつしかアニエスの腕の中で眠ってしまった。
アニエスは僕を抱きしめたまま頬を合わせ、瞳を閉じた。
翌朝、目が覚めると僕たちはソファに座ったままだった。アニエスは僕にもたれ掛かる様にして眠っていた。既に髪は元の黒い髪に戻っていた。
僕はアニエスを抱きしめながら耳元で声を掛けた。
「アニエス、おはよう」
「う、ううん・・・あ、エリアス・・・おはよう」
「アニエス、身体は大丈夫かい?どこか痛いところはない?」
「うん、そうね・・・大丈夫みたいだわ」
「昨日はあのまま眠ってしまったんだね」
「エリアスの心は酷く疲れていたから・・・」
「アニエスは僕の心を読んで聖属性魔法で癒してくれたのかい?」
「そんな感じかしら・・・心までは読めていないけど、ただ夢中で・・・」
「アニエスはいつも僕を気に掛けて・・・守ってくれるんだね・・・ありがとう」
「エリアスが私を気にしてくれるからよ。ありがとう」
そう言ってアニエスは僕の胸に顔を埋めた。僕はアニエスを優しく抱きしめた。
しばらくそうしてから時間を見計らってふたりは順番にお風呂を使い、食堂へ向かった。
食堂の窓から外を見ると、直ぐ近くの海面にリヴァイアサンがプッカリと浮かんでいた。
「あ、あそこにリヴァイアサンが居るね。一晩中、見張りをしてくれていたんだね」
「えぇ、そうね。お礼を言わないと」
僕らは船のデッキへ出るとリヴァイアサンに挨拶した。
「リヴァイアサン、おはよう!昨日はありがとう!」
「クゥォーン!」
「どういたしまして、って」
「クゥォーン!」
「これからどうするんだ?って」
「どうしようか。旅を続けて良いものか・・・」
「クゥォーン!」
「それなら一緒に行く。って」
「え?リヴァイアサンが?」
「クゥォーン!」
「護衛する。って」
「本当に?でも・・・目立ってしまうよね?」
「そうかしら?エリアスが街中を歩く方がよっぽど目立つと思うのだけど?」
「あ。そうか。逆にリヴァイアサンが街の上空に居たら、そちらに人の目が行くのかな?」
「そうね」
「それじゃ、頼もうかな?」
「クゥォーン!」
「任せて!って言っているわ!」
「ありがとう!リヴァイアサン!」
船の食堂で朝御飯をいただきながら、皆で今後のことを話した。
「皆、昨夜は大変だったね。怪我はしていないかい?」
「皆、大丈夫です。それよりアニエス様は?」
「私も大丈夫です。皆さん、私のためにすみません」
「え?何故、アニエス様が謝るのですか!」
「あぁ、昨夜の怨獣はアニエスを狙っていたらしいんだ」
「アニエス様を?どうして?」
「これはまだ確定した話ではないんだ。だから極秘だよ。アニエスは司祭の娘かも知れないんだよ」
「えーっ!」
「でも、それが事実だとしても、どうしてアニエス様を攫うのですか?」
「お父様の話では、司祭はアニエスの神眼が欲しいんだ。息子のガブリエルと結婚させたいみたいだ」
「え?でもそれはおかしいのでは?」
ジュリアは首を傾げながら答えた。
「なにがおかしいんだい?」
「だって、アニエス様が司祭の娘ならば、神殿から出さずにそのままガブリエルと結婚させれば良かったのではありませんか?」
「それはそうなのだけどね。ガブリエルはひとりっ子だし神眼を持たない。聖女を妻に迎えずに神眼を持つ子が生まれたら、それこそおかしいでしょう?若しくは、アニエスを神殿に閉じ込めておけない事情があったのかも知れないね」
「確かに。でもガブリエルの妻にできる保証はないのに、何故、アニエス様を他人の名前で外へ出したのでしょうか?」
「それは・・・私のこの髪と瞳の色ですから・・・皇子の妻に迎える筈がない。そう考えたのでしょう」
「あ。あぁ・・・」
レオンは自分で聞いておいて、気まずい顔になった。
「それなのにアニエスは私と常に一緒に行動しているからね。このままでは私に奪われてしまうと焦ったのではないかな?」
「だから神殿での奉仕活動の時も拉致しようとしたのですね?」
「いや、あの時は拉致しようとしたとは言えないかな?」
「はい。何も話さぬうちに私は逃げ出してしまったので」
「何故、逃げたので御座いますか?」
「私は3歳まで暗い牢の様な部屋に閉じ込められていたのです。この前、神殿に入った時、その閉じ込められていた時と同じ匂いがしたのです」
「なるほど!では、先程のお話は信憑性が高いので御座いますね」
「それにしても・・・司祭は怨獣を操れるということでしょうか?」
「真実は判らないけれど、そういうことになるよね」
「では、この先も昨夜の様に襲われる可能性があるのですね?」
「そうだね。それでね。リヴァイアサンが私たちの旅に同行してくれるそうだよ」
「え?リヴァイアサンが!それならば安心ですね!」
「あ!そう言えば、ペガサスが神殿を破壊したのですよね?それはもう、聖獣が神殿を敵視していると言って良いですよね?」
「うん。私もそう思っているよ」
「え?それなら、アニエス様は帝国城へ戻るのは危険なのではありませんか?」
「帝国城にはお父様の結界があるからね。大丈夫だと思いたいのだけどね」
「うーん。なんだかどこに居ても安全な場所は無い様な・・・」
レオンは腕を組みながら訝しい顔で呟いた。
「うん。昨夜のことを思い出してみても、無能の私がどこまでアニエスを守れるか・・・」
「エリアス。私のことはいいのよ。こんな人間の子かどうかも判らない者のことなんて」
アニエスは悲痛な表情で俯いた。
「アニエス、前にも言ったけど、君が何者だろうとも私は一緒に居て離れない。それに命に代えてもアニエスを守る。だから私のことはいいなんて言わないでくれ」
「はい・・・」
「皆が居ます!ここに居る皆が!皆でアニエス様をお守りします!」
「キース・・・ありがとう」
「そうです。皆で守れば大丈夫!それにリヴァイアサンも居るのですから!」
「ジュリアもありがとう」
「そうだね。私だけではないんだ。皆も居るし、リヴァイアサンやルーナたち聖獣も居るのだから」
「皆、ありがとう・・・私・・・生きていて良いのね?」
「勿論だよ!アニエス」
そう言ってアニエスは僕の胸に顔を埋めて泣いた。
「エリアス様、どこか楽しいところへ行きましょうよ!」
「ジュリア。そうだね!」
休息という名の旅は初日から苦難の旅となってしまった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!