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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
42/97

41.休息

 司祭の放った黒い鳥は、近くの木の枝に身を隠し、アニエスたちを偵察していた。


「エリアス様、ここでどの様な実験をしましょうか?」

「そうだな、まずは皆の最大魔力が見てみたいな」

「あぁ、海に向かって魔力を撃てば良いのですね?」

「うん、お願いできるかな?」


 レオンが一歩前に出て海に向かって呪文を詠唱した。

「では、まず私が・・・プロメテウスの炎よ。我にその力を預けよ!」

 両腕を海に向けて伸ばし手を広げた。身体全体に赤い火のマナが集まり、魔法陣が浮かび上がった。

劫火ごうかよ!敵を焼き尽くせ!!」

「ゴゥオーッ!」


 直径2m程の真っ赤な火柱が海上を真直ぐに貫いて行った。その熱で海面が熱せられ湯気か立ち昇った。


「おぉ!凄いね!」

「それ程でもありません」

 レオンは皆に振り返ると涼しいドヤ顔で決めた。


「ねぇ、それさ。グレースの風魔法を合わせたらもっと強い火力になるのでは?」

「あぁ、火事の時なんかに強い風が吹くと火の勢いが増しますからね」

「グレース、やってみようか」

「はい」


「アイオロスの力を我に!風のマナよ、集まりて我のものとなれ!」

 今度はグレースが緑色の光に包まれた。

「劫火よ!敵を焼き尽くせ!!」

「ゴゥオーッ!」

「風よ!炎に力を与えよ!」

「ビュォーッ!」


「ドーンッ!グゥォーッ!」

 その炎の柱は直径が5m位に膨らみ、爆発的な勢いで海を渡り、海面から水蒸気が雲の様に浮かんで一直線に残った。

「うわっ!あっつ!とんでもない火力だね。これならば人型の怨獣でも倒せるのでは?」

「そうかも知れませんね!凄いです!」


「そうね。グレースとは魔法の相性も良いみたいね」

「うふ、ジュリアったら!」

 グレースもレオンと協力できて嬉しそうだ。


「とても良いね。ではジュリアの実力を見せていただけるかな?」

「承知致しました」


「オーケアノスの大地よ。我に水の恩恵を与えよ!」

「あ!ジュリア、魔法は海から空へ向かって撃ってくれるかな?」

「はい!水の竜巻よ空へ届け!」

「ズズズッ!ゴーッ!」


 水の竜巻はジュリアの両手の先に浮かんだ青い魔法陣から撃ち出され、空へとグングン昇って行った。竜巻は普通、風で作るものだが水で作るとはね。


 でも、空へ撃ってもらって良かった。あの勢いで竜巻が海面を滑って行ったら、お母様の居るかも知れないエレボスに津波を起こしてしまうかも知れないからね。


「ジュリアの魔力は素晴らしいね!」

「殿下!お褒めにあずかり光栄に御座います」

 ジュリアは侯爵令嬢に戻って僕に挨拶をした。お転婆なんだか可愛いのか良く判らないだな・・・


「ジュリア様!あんなに素晴らしい魔法を見たのは初めてです!」

「まぁ!キース。正直なのね!」

 レオンは呆れ顔になり、グレースは作り笑顔で見守った。


「それでは次はマティアス・・・なんだけど・・・」

「エリアス様、どうかされましたか?」

「いや、土魔法の攻撃だとさ、物理的にこの辺りの景観を変えてしまうとか、海を汚す様なことにならないかな?」


「あ、はい。どうしてもそうなってしまうかと。あ、それならばあそこに見える大きな岩を持ち上げるだけにして元に戻すのは如何でしょうか?」

「そうだね。物足りないけれど、この美しい自然を壊してまで魔法を行使する必要はないよね?」

「わかりました。では・・・ガイアの大地よ!我にその力を貸し賜え!」

 マティアスに土属性のマナが集まり、黄色い光に包まれた。


「あの巨大な岩を持ち上げろ!」

「ゴゴッ!バラバラッ!」

 巨大な岩は黄色い魔法陣に包まれると轟音ごうおんと共に持ち上がり、土や砂が音を立てて落ちて行った。


 空中に巨大な岩が浮かぶ不思議な光景となった。カメラを持っていたら写真を撮りたくなるな。あ、携帯端末で撮れるのだった。撮らないけど。

「マティアス、その岩を細かい砂に変えられる?」

「はい。できます!岩よ!砂に姿を変えよ!」


「バンッ!ドサッ!」

「うわっ!」

 一瞬で巨大な岩の塊が砂粒の塊となり、元在った場所にドサッと落ち、穴を塞いだ。


「うん、お見事!」

「簡単なことです。畑仕事でよくやっていますから」

「あぁ、それならばさ。岩を見てその成分って判る?」

「成分で御座いますか?」

「うん。鉄とか硫黄、石炭やマグネシウムなんかを見分けられる?」


「はい、判ります。畑の作物によっては、良いものと悪いものがありますから、あらかじめ見分けてから畑に入れるか除くかを決めるのです」

「では、今私が言った、石炭、硫黄、マグネシウムを粉末に砕いて火の中へ投入すると粉塵爆発っていう大きな爆発が起きるよ」


「それって、レオン様が火の玉を投げて、それに岩を投げつけて直前で今みたいに砂粒に変えたら爆発するってことですか?」

「そう。それはそれは大きな爆発になると思うよ」

「人が近くに居たら危ないですね」


「そうだね。距離がないとこちらも危ないね」

「それならば土の壁を作って防げば良いのです」

「うん、そうだね。でもここでは試せないな。今度学校で小さい規模でやってみようか」

「はい」


「エリアス様は色々な知識をお持ちなのですね」

「ジュリア、これはね。化学というものだよ」

「私にも複合魔法を教えて下さい!」

「そうだね、これから色々と試してみようか」

「はい!」


 それから5人が5つの属性を組み合わせ、どんな攻撃ができるかを試してみた。

夕陽がかなり傾いて来た頃、皆に声を掛けた。


「ねぇ、皆、そろそろ晩御飯の支度をしようか」

「え?晩御飯の支度?」

「料理人が作ると思いますが?」

「いや、折角こんな大自然の中に居るのだからね。そしてここは海だ。魚を捕らないと!」


「あぁ、海で魚を捕るのですね?で、どうやって?」

「そうだな・・・グレースに頼もうかな?」

「え?私ですか?私、泳げませんけれど・・・」

「海に入らなくても良いんだよ」


「え?ではどうやって?」

「さっき、ジュリアが水で竜巻を作ったよね?グレースは風で作るんだよ。海の上で」

「あぁ!海で竜巻を起こして海中に居る魚を海水ごと巻き上げるのですね!」

「そういうこと!」


「はい。やってみます!」

「アイオロスの力を我に!風のマナよ、集まりて我のものとなれ!」

「竜巻よ!立ち上がりて魚ごと巻き上げよ!」

「ゴーッ!ギュイーン!」


「バラバラバラッ!」

「うわっ!大粒の雨だ!」

「ドサッ!バサッ!ビチビチビチッ!」

 海水だけでなく一緒に巻き上げられた魚が落ちて来る。

「おいおい、魚が降って来るぞ!気をつけろ!」


「グレース、もう止めて良いよ!」

「はい。エリアス様」


 海水の雨が降り、夕刻の海岸に大きな虹が作られた。

「うわぁ!きれいな虹!」

「あぁ、良い景色になったね」

「それよりも凄い数の魚ですよ!」


「それでは魚を料理人に捌いてもらおうか。何匹かは焚き火で焼いて食べよう」

「マティアス、あそこにある木を倒してもらえるかい?」

「お安い御用です!」

 マティアスは木を掴むと腰を下ろして力を入れた。

「ふんっ!メキメキメキッ!」


「おや、そこは魔法じゃないんだ?土を魔法で堀起こして木を倒すのかと思った」

「この程度の木ならば腕力だけで抜けます!」

「これは恐れ入ったね」

「流石、シュナイダーベアだな!」


「それじゃ、私がこれを薪にしようか」

「スパスパスパッ!」

「ビシッ、パシッ!」

「うわぁ!剣の動きが見えません!何て速さなの!」


 日本の刀ならこうして木を切ったらすぐに刃がボロボロになってしまうけど、キレイカルコスで鍛えたこの刀ならば造作もない。あっという間に木が何十本もの薪に姿を変えた。


「グレース、風魔法でこの薪を乾燥させてくれる?」

「承知致しました!風よこの薪から水分を抜き去りなさい!」

「ゴーッ!」


 積み上がった薪を小さな竜巻の様な風が包み込み、水分を抜いて行く。

あっという間にカラッカラの薪ができ上がった。


「では、レオン。火を点けてくれるかな?」

「お安い御用です!」

「ボッ!パチパチパチッ!」

 レオンは指先から炎を出し、あっという間に着火させた。


「グレース、料理人から塩と魚を刺す串をもらって来てくれる?」

「はい、こちらに」

「流石、グレース。準備が良いね」

「ありがとうございます」


 皆で火を囲んで夕暮れの海岸でキャンプが始まった。

「暖かいです。こうやって皆で火を囲んで座ることなんてなかったですね」

「そうなんだ。私の前の世界ではね。これをキャンプと言ってね。自然の中で食事を作り、火を囲んで会話を楽しむんだよ」

「エリアス。キャンプって素敵ね!」


 そこへ料理人たちが料理を運んで来た。僕らの横にテーブルを置き、料理と飲み物を並べた。

「これは贅沢なキャンプだな。こんなに沢山の料理が並ぶなんて」

「さぁ、乾杯しようか?」

「あ、レオンたちはワインを飲んで良いからね」

「え?僕は駄目なんですか?」


「キースはまだ15歳だろ?」

「え?エリアス様はそんな決まりを守っていらっしゃるのですか?」

「だって、この世界ではお酒は18歳からなのでしょう?」

「まぁ、それはそうなのですが、皇子殿下は誰からもとがめられませんよ?」


「いや、まだお酒はいいよ。ジュリアとレオン、グレースとマティアスは飲んで良いからね」

「え!そんな!エリアス様の前で酔う訳には参りません!」

「そんなに酔うまで飲まなければ良いでしょう?美味しく食事ができる程度に飲めば良いんだよ」

「エリアス様は本当に大人なのですね」

「そうだね。中身は21歳・・・いやもうそれ以上だからね」


「アニエス様はそんな大人なエリアス様にメロメロなのですね?」

「こ、こら!ジュリア!アニエスはそんなことないんだから!」

「ジュリア、メロメロって何?」

「ほら!解からないでしょう!」


「教えてください!」

「アニエス様、それはまた今度、教えて差し上げますね」

「えーそうなの?」




 楽しい食事を終え、辺りもすっかり暗くなり、空には沢山の星が出ていた。

「今日は月が出ていないから星が沢山見えるね」

「そうね。とてもきれいだわ!」


 気がつくと僕とアニエスの近くから皆が居なくなっていた。

周りを見回すと、レオンとグレース、キースとジュリアが各々(おのおの)距離を取って海岸に座り、星空を眺めていた。マティアスは・・・見当たらない。船に戻ったのかも知れない。


「エリアス、あそこに聖属性のマナが流れているわね」

「うん。あれはお母様が引き寄せているのだろうか・・・」

「きっとそうよ。エリアスのお母様は生きているのよ」

「今まで何の手掛かりもなくてね、もう駄目なのかと思い始めていたんだ。でも、希望を持っても良いのかな・・・」


「えぇ、大丈夫。必ずまた会えるわ」

「アニエスにそう言ってもらえると安心するね・・・あ、でも。ごめんね、アニエスのお母様のことは、まだ何も判っていなかったね」

「私の両親は・・・判らない方が良いのかも・・・」


 僕はアニエスの肩を抱いて引き寄せた。

「アニエス、残念だけど子が自分の親を選ぶことはできないからね」

「エリアス、それはあなたの前世のお父様のことを言っているの?」

「そうだね。アニエスがどこまで見たのか、知っているのか判らないけど、私の父親は母を殺した。私の目の前でね」


「エリアスが悪い訳ではないでしょう?」

「そうだね。まだ子供だった私には、父親をどうすることもできなかった。それはアニエスも同じだよ。親がどんな人間だろうと例え悪人であったとしても、子は別人格の人間なのだからね」


「世の中には自分ではどうしようもないこともあるけど、それでも自分でできる精一杯のことをするしかないのかな?」

「そんな風に考えられるエリアスは、良いお父様になるわね」


 あぁ、やっぱり・・・どこか他人事なんだな。自分の人生と重ねて考えてはくれていない様だ。


 あ!でも、それは仕方がないか。ずっと閉じ込められ、解放されても親の愛ではなく、面倒見役の手助けしかされていないのだ。本やテレビで知識は得ていても実際の愛に触れていなければ、自分のものとして実感できる訳はないだろう。


 アニエスにはもっと愛情を持って接してあげないといけないのだな・・・


「ギェーーーッ!」

「ギャァーーッ!」


「な、なんだ?!この声は!」

「あ!あそこ!何か飛んでいるわ!」

「え?こんな夜に?鳥?」


 その鳥は体長が2m位、広げた翼は5m程もある鳥の様な化け物だった。

暗闇で色は判らないが恐らくは黒い。闇の中でも空を飛んでいるとその向こうの星が見えなくなるから輪郭が見えるのだ。


「エリアス様!怨獣でしょうか!」

「レオン、そうだね。夜に飛ぶ鳥であの大きさは怨獣しかないかな?」


「大きいですね!見たこともない鳥です」

「沢山居るわ!どうしましょう!」

「皆、魔法の発動準備を!」


「エリアス様、竜巻で巻き込んで殺しましょうか?」

「グレース、それだと広範囲でないと意味がない。でも、そうすると今度はティーターンが巻き込まれてしまう。ここは各個で撃破していこう!」

「はい!」


 それにしても、こんな森もない僻地へきちで何故、怨獣が現れるんだ?

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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