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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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40.白鯨

 どこまでも碧い海の沖合に白い島の様なものが浮かんでいるのを見つけた。


 その白い島はゆっくりと近付いて来るようだ。そして島が山の様に高くなって行く。


「おいおい、島が大きくなっていないか?」

「こっちに近付いていますよ!」

「きっとリヴァイアサンよ!」

 ジュリアは笑顔で叫んだ。


「リヴァイアサン・・・なの?」

 アニエスがそう言うと、大きな波が立ち海岸へと打ちつけた。

「ザパーンッ!」


「クゥォーーーン!」

 どこからか生き物のうなり声が響いた。


 するとその白く大きな物体は徐々に海面に姿を現し、そのままゆっくりと空中に浮かんだ。

「あー、どう見てもクジラ・・・白鯨はくげいだな・・・」

 パッと見た感じでは白いクジラ、白鯨だ。だが大きい。全長40m位あるのではなかろうか。


 僕はクジラの姿を良く知っている訳ではないのだが、テレビなんかで観たことがあるクジラと比べると、胸びれが異様に長く大きい気がする。まるでそのひれは羽ばたくためのものだと言わんばかりだ。


 だが実際にはひれで羽ばたくことなく空に浮かんだ。まるで飛行船の様だ。


 その他の特徴として、口と頭の部分だけで10m位ありそうだ。そして頭から三分の二位後ろに生えた背びれも大きく、尾びれの方に向かって長く伸びている。そして背びれの先から7本のリボンの様な紐状のものが風にたなびいている。


 そしてお腹と背中の境目なのだろうか?金色のラインが見える。これはクジラには無いものだよな。でも、きれいだ。


 僕らの頭上まで飛んで来ると、円を描く様にゆっくりと回り始めた。やはり、空を飛べる他の聖獣と同じで飛んでいると黄金の光のマナを空に霧散させている。


「リヴァイアサン!」

「クゥォーン!」

 アニエスが呼び掛けるとリヴァイアサンが応えた。


「エリアスに挨拶しているわ」

「私に?」

「やっぱり!エリアス様は神様なのですね!」

 ジュリアは興奮してピョンピョン飛び跳ねている。


「リヴァイアサン、初めまして!エリアスです!」

「クゥォーン!」

「皆を背中に乗せたいって言っているわ」

「え!乗れるのですか!キャーッ!」


「え?でもどうやって乗るの?」

 僕がそう言うと、リヴァイアサンはゆっくりと降りて来た。

海に浮かぶと身体を器用に傾け、左の胸びれを砂浜に下ろした。


「クゥォーン!」

「ここから乗れって!」

「なるほど。では皆、乗ろうか」

「え?大丈夫なのでしょうか・・・」

 マティアスはでっかい図体のくせに意外と臆病な様だ。


「大丈夫だよ。さぁ、行くよ」

「あ、はい」


 ジュリアは走って一番乗りで胸びれに乗った。全員が乗ると、胸びれをゆっくりと持ち上げ、身体も上昇させながら右にひねって僕らが背中に移動し易い体勢を取ってくれた。


 僕はアニエスと手を繋いで歩いた。皆で背中へ移ると身体を水平に戻してゆっくりと空を飛び始めた。


「アニエス、リヴァイアサンを呼んだのかい?」

「いいえ、まだ呼んでいなかったわ。リヴァイアサンの方からエリアスに会いに来たのよ」

「どうしてそう思うの?」

「いつだって聖獣はエリアスに会うために現れているでしょう?」


「そう言われるとそうなのかな?でもなんで私に会いに来るのだろう?」

「クゥォーン!」

「エリアスは特別なのですって!」

「え?」


「やっぱり神様なんだわ!」

「うーん・・・」


「あ!それよりもさ、アニエス。リヴァイアサンに聞いてくれるかな?」

「何を聞くのです?」

「ほら、あの一筋だけ流れて行く、聖属性のマナのことだよ」

「クゥォーン!」

「あれはあの先に居る人間に向かって引き寄せられているそうよ」


「え!人間!それって、どこへ流れて行くの?」

「クカカカカ・・・クゥォーン!」

「エレボスにある岬、って言っているわ」

「闇の大陸!そこに居る人間だって?それってお母様のことでは!?」


「クゥォーン!」

「それは知らないって」

「大変だ!こうしては居られない。お母様のところへ行かなければ!」


「キュィーン!キュイーン!」

「それは駄目だって」

「え?行ってはいけないのか?」


「クゥォーン!」

「今はまだ、駄目だって」

「今は?いつになれば良いんだ?」


「クゥォーン!」

「背が伸びたら・・・だって」

「え?それって前にも言われたね。背丈が200cmを超えたらって」


「クゥォーン!」

「それだって」


「エリアス様、エレボスは闇の大陸です。人間は誰も足を踏み入れたことがないのです。そのための準備が必要だということではないでしょうか?」

「しかし・・・もう既に5年経っているんだ。私が行くまでお母様が無事で居られる保証はないじゃないか!」


「クゥォーン!」

「大丈夫だって言っているわ」

「お母様が無事だって?」


「クゥォーン!」

「お母様かどうかは知らない。そこに居る人間は普通に暮らしているからって」

「普通に暮らしている?闇の大陸で?皆、そんな話を知っているかい?」

「いいえ、闇の大陸に人間の国が存在しているなんて話は聞いたことが御座いません」


「クキキキキ、クゥォーン!」

「人間の国ではないって。少数の人間が寄り添って暮らしているそうよ」

「では、そこにお母様が居るかも知れないんだ!」

「皇妃殿下がそこで生きていらっしゃるかも知れないのですね!」

「グレース、そうなのかも知れない。だって、聖属性のマナを使う人間なんて聖女しか居ないのだからね」


「可能性はあるのね。良かったわ。エリアス!」

「そうだね。リヴァイアサン、良い情報をありがとう」

「クゥォーン!」

「どういたしまして、って言っているわ」


「あ。そうだ。そのエレボスへはどうやって行けば良いのか知っているかい?」

「クゥォーン!」

「あら、そうなの?リヴァイアサンが連れて行ってくれるそうよ」

「え?そうなの!それっていつのこと?」


「エリアス、だから、あなたの背丈が200cmを超えたらよ」

「あ、あぁ、そういうことか。それっていつ頃なんだろう?」

「今、エリアスの背丈はどれくらいなの?」

「確か・・・」

「あぁ、今は私と同じ位、188cmね。ではあと、12cmね」


「それって・・・3年生になった頃かなぁ・・・まだ先だな・・・なんとかならないかな?」

「エリアス、焦らないで。聖獣たちが言うのだから、何か理由があるのよ」

「そうですよ!皇妃殿下はきっと無事です!」

「キース、その根拠は?」

「根拠は・・・ありません!」

「ガクッ!」


 まったく!キースは・・・屈託のない笑顔で言い切られたら文句も言えないよ。


「でも、希望が持てたことは良かったのかな?」

「えぇ、希望は捨てないで。エリアスが諦めてしまったらそこで終わってしまうのだから」

「そうだね。アニエス。ありがとう」

「クゥォーン!」


「ん?なんだって?」

「きっと大丈夫!だって」

「なんだかなぁ・・・」


「ところでリヴァイアサン、いつもはどこに居るの?」

「クゥォーン!」

「ロンバルディ王国近海の海か湖、大きな河に居るそうよ」

「他国には行かないのかい?」


「クゥォーン!」

「たまには行くって。他の国の海やルミエールにも!」

「そうか、世界中どこにでも行けるのだね」

「羨ましいわね!」


「え?ルミエール?リヴァイアサン、ルミエールには何があるの?」

「クゥォーン!」

「何もないって。ドラゴンが住んでいるのですって」

「ドラゴンの住処なのか。では人は居ないのだね?あれ?と言うことはルミエールに行かないとドラゴンには会えないのだね?」


「クゥォーン!」

「ドラゴンから呼ばれるって」

「え?ドラゴンに呼ばれて私が会いに行くの?」

「そう言っているわ」

「何故?どうして聖獣は私に会おうとするんだ?」


「クゥォーン!」

「まだ知らなくて良いって」

「えーなんだそれ!」

「エリアス様はもう、神様に決まっています!」


「ジュリア、あまりそれを言い触らさないで欲しいのだけど」

「あ!申し訳御座いません!」

「いや、怒ってないから・・・謝らなくて良いのだけどね」

「ジュリア。エリアスはね、自分で確信の持てないことで持てはやされるのは好きではないの」

「承知致しました。自重致します」


「ジュリア様、でもエリアス様は慣れていますから大丈夫ですよ」

「キース、ありがとう。あなたって優しいのね」

「それほどでもありません!」

 キースめ、人を出しにして自分の株を上げるなんて!


「クゥォーン!」

「皆、もう直ぐ嵐が来るから地上へ降ろすって」

「え?嵐が?あ!あそこに大きな雲の塊が来ているわ!」

「オーケアノス大陸は水の大陸です。こうやって小さな嵐が多く起こるのです」


 リヴァイアサンはゆっくりと高度を下げ、ティーターンの目の前の海に降りると胸びれを砂浜へ着けた。僕らは順番に砂浜へ降りると、リヴァイアサンは海の沖に移動し、海面に浮かんだ。


「リヴァイアサン、ありがとう!」

「クゥォーン!」


「ザバァーッ!」

「凄い雨!これが水の国の洗礼なのだね」

「地域によってはこの雨が日に何度か降る所もあるのです」

「そうなんだね」


「あれ?それだと洪水とか起こらない?」

「いいえ、昔からこの様な気候ですから、家は高台にしかありませんし、湖や河川の治水はしっかりしています」

「そうか、それなら良かった。では一度、船へ避難しようか」

「はい!」




 ここは帝国の神殿。夕食の食卓で司祭と息子のガブリエルが話していた。


「お父様、アニエス様はいつから学校へ登校されるのでしょうか?」

「謹慎中だからな。恐らく夏休みが明けるまで出て来ないであろう」

「それではアニエス様はどこへ行かれたのでしょうか?」

「うん?謹慎なのだから帝国城に居るのだろう」


「いえ、エリアス様とその侍従たちも学校に来ていないのです」

「なんだと!?」

「お父様はご存じないのですか?」

「私は帝国城で謹慎させるとしか聞いておらん」


「今朝、ティーターンが旅立ったそうです」

「何?ティーターンが・・・どこへ行ったと言うのだ」

「これで益々、アニエス様は私の手の届かない所へ行ってしまうのですね」

「くっ!ぬぬ・・・」

 ガブリエルは、初めて父親が歯を食いしばって悔しがる姿を見た。




 食後、司祭は自室の隠し扉を開けると地下室へと降りた。暗い階段の先にある鉄扉を開け、中に入ると鍵を掛けた。ガシャーン!と金属の冷たい音が響き渡った。


 神殿の地下に入ると司祭の髪は黒くなっていた。地下には幾つもの部屋と牢屋があった。その内のひとつの部屋の鍵を開け、扉を開いた。


 その部屋にはベッドとソファ、それに大きなバスタブがベッドの横にあった。

ベッドには女性が上体を起こしてたたずんでいた。


「ミ、ミハイロさ、ま」

「サンドリーヌよ。元気であるか?」


 司祭が声を掛けたサンドリーヌという女性は、黒い髪に黒い瞳、開いた口には肉食獣の様なギザギザの牙が見えた。そしてスカートの先から覗き見えた足指の合間には水かきと思われる皮膚が伸びた様な膜があった。


「ア、アニ、エ、ス」

「アニエスか。彼女は元気だ」

「あう・・・あ・・・」

「しばらく話さぬ内に会話能力は後退してしまった様だな」


 サンドリーヌにはそれ以上興味を示さず、司祭は他の部屋へ入った。そこには大きな水槽や動物を閉じ込めておく様な箱や牢が無造作においてあった。


 中には得体の知れない黒い動物がうごめいている牢もある。司祭は奥の棚に並んでいた鳥籠に向かって歩いた。


「ギャーッ!ギャーッ!」

 司祭が近付くと鳥籠の中の真っ黒い鳥が興奮して鳴いた。その鳥はからすの様だが、羽が毛羽立っており、頭の後ろからは黒いリボンの様な紐状の羽が何本か飛び出している。


 司祭はその鳥籠の上に付いているリングを掴んで籠を持ち上げ、部屋を出て行った。


 そのままエレベーターに乗り、最上階で降りると更に狭い階段を昇って行った。

そこは神殿に二つある塔のひとつ。ルーナに破壊されなかった塔の最上階だ。窓を開け放つとその窓枠に鳥籠を置いた。


「ギャーッ!」


 籠の扉を指先でつまんで開くと、司祭はマスクを外し赤く光る瞳でその黒い鳥を見つめた。先程まで興奮していた黒い鳥はその赤い瞳に見つめられると、まるで催眠術に掛かったかの様に従順になった。


 司祭は手を窓の外へゆっくりと差し出し、ブツブツと呪文を唱えるとその先に黒い魔法陣が浮かんだ。

「さぁ、アニエスの下へ飛ぶのだ。そしてその姿を私に見せろ」

「ギャーッ!」

「バサバサッ!」


 黒い鳥は羽ばたくと、そのまま真直ぐに魔法陣の中へ飛び込んで消えた。

司祭は闇夜を赤く光る瞳で見つめ、ゆっくりと瞳を閉じると再びマスクで目を隠した。




 エリアス達は嵐をやり過ごすと船から降りて海岸へ出た。


「皆、この誰もいない広々とした場所で魔法の研究をしようか」

「良いですね!ここならば最大魔力を使っても誰にも迷惑を掛けませんからね!」


 エリアス達7人を高い空から見下ろす黒い鳥は、夕刻の空を音も無く円を描いて飛んでいた。


 神殿の書斎の椅子に深く座った司祭は、マスクの中で何かを見てつぶやいた。


「見つけたぞ、アニエス、そしてエリアス皇子・・・」

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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