3.真実
それから二週間。毎日お母さんに古文書を見せてもらって勉強した。
まずは発声練習だ。舌が短いなりにゆっくり発音して相手に伝わる様に心掛けた。するとあっという間に普通に発音し、会話ができる様になってしまった。もしかしたら、こちらの世界の身体は発育が早いのかも知れない。
そして文字も覚え、古文書に書いてある情報もほとんど目を通した。
古文書にはまず、この星のことが紹介されていた。この星には、水、風、土、火、金属の属性を持つ5大陸と北極に光の大陸、南極に闇の大陸がある。5大陸にはそれぞれ王国があり、風の大陸にはこの世界を統一する帝国がある。
そして、この7つの属性に加えて聖属性のマナと魔法が存在する。
マナは北極の人が住まない光の大陸を中心に主に北緯40度から70度帯にマナオーバルという名称で大気中に滞留している。闇属性のマナは存在しない。
魔法属性は全ての人間が持っているが、一般人は魔力1から5程度しかなく、それは生活魔法として使われている。
王族、貴族は属性ひとつが突出して大きくなり、10を大きく超える魔力を持っている。
人間は闇の属性を持たず、光の属性は皇帝の一族にしか遺伝しない。
聖属性も約20年に二人程、聖女と呼ばれる女性が生まれるだけで極めて珍しい属性だ。ただし、遠い昔に皇妃の持つ聖属性から男性で聖属性を持つ者が生まれ、今も神殿の司祭に受け継がれている。つまり、司祭は皇帝の遠い親戚だ。
皇帝はその時代で一番強い聖属性魔力を持つ聖女を皇妃に迎えることが慣わしとなっている。
そして僕は、突然変異で魔力属性も魔力も全く持たずに生まれたことを知らされた。
それを聞いても特にショックは受けなかった。僕が地球からの転生者だからなのだろうか?前世でも魔力など持っていなかったのだから当たり前なのではないか?それくらいにしか感じなかった。そう、僕はこの世界のことをまだ何も解かっていなかったのだ。
そんなある日、朝の授乳後に僕の部屋へ神妙な顔をしたお父様とお母様が訪れた。
ベビーベッドの前に椅子を二つ並べて座ると僕に話し掛けてきた。
「エリアス、あなたはどうして生まれて直ぐに言葉が話せて、私たちの知らない言語が読めるのかしら?」
ふむ。そう来たか。そりゃあそうだよね。逆に何故、今まで聞いて来ないのかと思っていたよ。
「その質問は、僕がこの世界の言葉を話せる様になるまで待っていてくださった。そういうことですね?」
「エリアス。其方は賢いな。生まれたばかりで敬語を話すのか」
「ありがとうございます。敬語については、本にそう話せと書いてあったのです」
「なるほど・・・」
ここは正直に真実を話してしまうしかないよね・・・
「僕はこの星ではない別の世界で暮らしていました。そして、そこで死に、この世界に生まれ変わったのです」
「別の世界だと?それはどこだ?」
「お父様、ここがどこなのか判らないのでご説明はでき兼ねます」
「あぁ、そういうものか・・・」
お父様は手を頭に当て少し顔が赤くなった。
「エリアス、それを覚えているということは、あなたには前世で生きた記憶が残っているのですね?」
「はい。お母様。私は21歳の時に死んだのです」
「21歳?随分若いのですね。その世界では何歳まで生きられるのですか?」
「そうですね、その国の人間の平均寿命は85歳くらいでしょうか?」
「85歳?随分と短いのだな」
「ウーラノスでは如何ですか?」
「この星の名を知っているのか?」
「本に書いてありました。大陸や帝国のこと、魔法や怨獣のことも」
「そうか。ではもう全て知っているのだな・・・この星では人間の寿命は120歳ほどだ」
「エリアスの星では85歳まで生きられるのでしょう?あなたは何故21歳で亡くなったのかしら?聞いてもよろしくて?」
「はい。強盗に襲われている女性を助けようとして返り討ちに遭ったのです」
「殺されたのですか!」
お母様は口に手を当て驚いている。
「そうか。エリアスは勇敢だったのだな」
「いえ、ただ無謀なだけだったのかも知れません」
お父様は残念そうに俯いた。
「すみません。僕に魔力があれば騎士になれたかも知れないのに」
「それは良いのだ。エリアスよ。古文書に書いてあることや前世の世界の知識でこの世界に役立つことがあるならば教えて欲しい」
「何かお困りのことがあるのですか?」
「うむ。昔から続く怨獣への対処だな」
お父様はそう言って遠い目をした。お母様も真剣な表情だ。
「怨獣は強い魔力を持つ貴族たちの成れの果て、ですよね?」
「なに?」
「エリアス、それは本当なの?」
「怨獣は元貴族なのか?」
「え?ご存じなかったのですか?本に書いてありましたよ?」
「いや、古文書は誰にも解読できておらぬのだ」
「あれ?この本を書いた人は皇族ではないのですか?」
「それはそうなのだが古文書の内容は伝えられていないのだ」
「それは残念ですね。何か理由があったのでしょうか・・・」
「それで、怨獣が貴族の成れの果てとは?」
「生前、深い怨みや憎しみを抱えたまま亡くなると、獣に憑りつき怨獣となる。生前の魔力の強さによって獣の姿のものと人間の姿に近付くものも居ると」
「あぁ!人の怨みが獣に憑りついたものだから怨獣というのか!だから人型はあれ程に強いのだな?」
「人型では人間の言葉を話すものも居ると聞いたのですが、本当だったのですね」
「そういうことだったのか!」
お父様は苦虫を嚙み潰した様な顔になった。
「ただ、怨獣の倒し方は書いてありませんでした」
「そうか・・・では今まで通り、戦い続けるしかないのだな」
「お父様、怨獣は沢山居るものなのですか?」
「出現数は少しずつ増えて来ていると聞いておる」
「ということは、貴族の不満や憎悪が増えて来ているということでしょうか?貴族の待遇や暮らしが悪くなって来ているのですか?」
「いや、貴族の待遇や暮らしは昔から変わってはおらんよ」
「貴族が不満や怨みを持つとすれば、どんなことがあるのでしょう?」
「不満か・・・」
お父様は呟きながら腕組みをして天井を仰ぎ見た。
「陛下、貴族は怨獣から一般民衆を守るため、少しでも魔力の強い子を多く産む義務が御座います。そのことで無理が掛かっているのでは御座いませんか?」
「お父様、貴族は子を作ることが義務になっているのですか?」
「うむ。最低でも3人は儲け、ひとりは騎士としなければならない。それに魔力を高めるために、より魔力の大きい相手との縁組を強いられるのだ」
「なるほど。では恋愛結婚などは無いのですかね?」
「れんあい結婚?それはどんなものだ?」
「え?あ。いや、僕が暮らした世界では愛する相手と結婚するのが普通なのです」
「エリアス。「あいする」とは何かしら?」
え?そこからですか?うーん。僕だって前世で恋なんてしたことないのだから解からないよ・・・
「えーとですね。お相手と接している過程で容姿や人となりを気に入って、その人のことばかり考えて、いつも一緒に居たくなって、その相手と家族となり、一生守っていきたいと考える。そういった想いのことでしょうか」
うわー自分で言っていてなんだが恥ずかしい。大体、これで合っているのだろうか?
「エリアス!では私はあなたを愛しています!いつも一緒に居て、あなたを守りたいです!」
「お母様、それは家族愛と言って、子供を守りたい母性というものですね」
「ぼせい?」
「はい。結婚したいと思う恋愛感情とはまた別のものです。でも広い意味の愛では同じです」
「ほら!愛しています!」
そう言ってお母様は僕を抱き上げて頬ずりし、抱きしめた。
あぁ、お母さんの温もりって良いものだな・・・前世のお母さんも僕が赤ん坊の時はこうして抱いてくれたのかな・・・
「話が逸れましたが貴族とは、義務で魔力の大きい相手と結婚し、子を儲けて怨獣と戦うだけの存在なのでしょうか?」
「男でも女でも戦闘に向かない者は、一般人の仕事の管理者となる役目を選ぶこともできるし、現役を引退すれば領主としての仕事もある」
「そうね。全ての貴族が戦える訳ではないの。だから多く子を作らないと騎士の数が足りなくなってしまうのよ」
あぁ、そうか。貴族全員が無理やりに戦わされている訳ではないのか。それならまだ救われるな。
「では、魔力の大きい者とそうでない者との格差はありますか?小さい者は大きい者の言いなりになるとか」
「それはあるな。帝国騎士団も魔力量上位10名にナンバーを与え、戦闘の指揮を執らせ、下位の者を訓練する立場にあるからな」
「ナンバーの上位の者が絶対なのですね?」
「うむ」
それはストレスになるよな。でも軍隊では当たり前のことだ。やっぱり、愛の無い結婚とか貴族の爵位や魔力量の格差が問題なのかな・・・
「何れにしても、この世界の貴族制度や騎士の日々の暮らしを見てみないことには、今の僕には問題点が見えて来ないですね」
「エリアス。其方は本当に賢いのだな」
「お褒めに与り光栄です」
「お父様、お母様、僕にこの世界のことを教えてくれる先生を付けてくださいますか?」
「もう勉強をするのですか?」
「恐らく勉強と言われる様な内容は僕には必要ないでしょう。この世界の知識です。歴史とか文化、習慣と言われるものですね」
「う、うむ。わかったが、それは其方の首が座ってからでも良いか?」
あ!いけない。そうだった。僕はまだ生後二週間の赤ん坊だった。まだ首も座っていなければ自分で食事もできないのだった!
「そうでしたね。急ぎ過ぎました。ではまずはお母様から色々とお話をお聞かせいただければと思います」
「えぇ、そうね。なんでも聞いて頂戴」
翌日、お母様に抱かれながら質問してみた。
「お母様はどんな魔法が使えるのですか?」
「私?そうね、私は金属の大陸に在る、ステュアート王国の王女に生まれ、聖女の能力も授かったの。だから金属と聖属性両方の魔法が使えるわ」
「魔力はどれくらいあるのですか?」
「金属と聖属性は100ずつ、それ以外は10よ」
「え?100?100って一番大きいのですよね?」
「えぇ、そうね」
「では、お母様はお強いのですね?」
「強い?そうね。魔力の大きさならば、王宮騎士団の団長より大きかったわ」
「団長と戦ったことはあるのですか?」
「えぇ、模擬戦ならばね」
「どちらが勝ったのですか?」
「私よ」
「あぁ・・・そうなのですね」
「どうしたの?エリアスは戦いたいのかしら?」
「戦いたいというより、お母様を守れる力は欲しかったですね」
「え?私を?」
「はい。僕は前世でお母様を守れずに失ったのです」
「エリアスの前世の世界にも魔物が居るのですか?」
「いいえ、その世界には魔法はありませんし魔物も居りません。一番怖いのは正気を失った人間の心です」
「あぁ!解かります。この世界とて魔法以前に人間は人間なのです。人間の心の醜さは知っています」
「お母様、王女や皇妃というお立場は、厳しいものなのですね?」
「エリアス・・・あなた私よりも大人なのですね」
「お母様は今、お幾つなのですか?」
「私は20歳です。あなたは21歳なのですものね」
あらら、ちょっとおかしな会話になってしまったな。話題を変えないとな。
「そう言えば、お母様」
「なんでしょう?」
「この部屋の中に漂う、金や銀、赤や青の光の粒は何でしょうか?もしかしてこれがマナというものですか?」
「あら?エリアス。マナが見えるのですか?」
「この光の粒がマナというものならば、生まれた時から見えています」
「マナが見えるのは魔力量が90を超える者だけだと聞いているのですが?」
「え?そうなのですか?僕に魔力は無いのですものね。それではこれは違うものなのでしょうか?」
「エリアス、ちょっと外を見てみましょう」
そう言って、お母様は僕を抱いてバルコニーへ出た。
「エリアス、空を見上げてご覧なさい」
「うわぁー!凄い!」
僕は驚いた。空を光の川が幾つもの帯となってこの城に向かって流れて来ている。
オーロラってこんな感じなのだろうか?いや、テレビとか写真で観たことがあるけれど、オーロラは光のカーテンという感じだった。でもこれは光の粒が無数に輝き、光の川となって空を漂い、流れているのだ。
「お母様、美しいですね!特に金色の光がこの城に向かって流れているのですね!」
「あぁ、あなたにはやはりマナが見えているのですね。その金の光は光属性の金色に輝くマナです。陛下の力で集められ、城の最下層に在る釜に集められているのです」
ふと視線を下ろすと空に沢山の乗り物が飛んでいる。初めに目についたのは大きなタンカーの様な乗り物だ。
だが、その一段下層には大小様々な乗り物が音も無く飛んでいる。まるで未来都市だ。
「お母様、あの空を飛ぶ乗り物は何故、音も無く飛べるのでしょう?」
「あぁ、船のことね?あれは陛下の集めた光のマナで飛んでいるのよ。乗り物だけでなく、この世界のあらゆる生活に光のマナは使われているの」
「そうですか・・・凄いですね」
マナの光が美しいだけではない。改めて空を見上げると月も大きく美しい、その月が今は3つも見える。一番大きな月は地球の月の百倍以上の大きさだ。少し恐怖を覚える程だ。だが、美しい。
「これが、マナ・・・月も・・・この世界はこんなにも美しいのですね」
僕は美しいマナと月を眺め、思わず涙を零した。
「エリアス、あなたという人は・・・一体、何者なのですか・・・」
そう言うお母様を見上げると、マナの光の中に立つ女神の様に見えたのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!