表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
37/97

36.逃避

 アニエスは誕生日を迎え、奉仕活動のため神殿へ赴くこととなった。


 学校が終わった放課後、アニエスは帝国城を出ると隣にある神殿の表門へ向かった。門の前には神殿の使用人が二人門番として立っており、直ぐにアニエスに気付いた。


「聖女様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

「はい」


 門が開かれると一人が先を歩き、神殿へと案内される。神殿の内部は帝国城と同じ様な造りだった。神殿の入り口が開くと中からは、更に使用人二人とガブリエルが笑顔で出迎えた。


「聖女アニエス様、お待ちしておりました。本日より、一般民衆への奉仕活動をよろしくお願いいたします」

「承知しました」

「さぁ、どうぞ。お入りください」


 ガブリエルに促され、神殿の中へと入った途端、アニエスは身体に感じる異変に気付き、立ち止まった。

「あ・・・」


 急に立ち止まったアニエスに振り返り、ガブリエルは声を掛ける。

「アニエス様、如何されましたか?」

「あ、あの・・・ここは・・・」

「は?何か?」


「わ、私・・・こ、ここには・・・居られません・・・」

 アニエスは両の手を胸の前で結び、震える身体でつぶやいた。

「どうされたのですか?」

 ガブリエルはアニエスが震えていることに気付くと彼女に近付き、手を取ろうと自分の手を差し伸べた。


 アニエスはその手を見た瞬間、きびすを返して外へ走り出ると、そのまま全速力で走って行ってしまった。


 ガブリエルは慌てて追いかけ、使用人に声を掛けた。

「アニエス様を追って!」

「は、はい!」


 アニエスは混乱し、帝国城へは戻らずに帝都の街の中へと走って行ってしまった。

使用人は4人でアニエスを追いかけた。

「聖女様!お待ちください!」


 アニエスは振り返ると追手4人が自分に迫っているのが見え、余計に焦ってしまった。

「ルーナ!ルーナ!助けて!ルーナ!」


 アニエスは無意識にルーナに助けを求め、叫んでいた。

するとアニエスの行く先の10m位上空に白い魔法陣が浮かび、光り輝いた。


「シュバッ!タタッ!」

 翼を広げた白いペガサスが魔法陣から出現し、アニエスの隣に降り立った。

「ルーナ!来てくれたのね!」


「うわぁ!ペガサスだ!」

「パウッ!」


 次の瞬間、ルーナは前足を突っ張り、首を低い体勢から伸ばすと、口から白い光が追手の4人を飲み込み、その向こうの神殿の塔を消し去った。


「ドカーンッ!バラバラッ」

 塔は根本からえぐり取られ、石くれがバラバラと落ちていく。

追手4人は膝下を残してこの世から消え去った。


「うわぁーっ!」

「聖獣が人を殺したぞ!」

「黒い聖女は人殺しだ!逃げろ!」

「イヤーッ!死にたくないわ!」


 一般民衆はパニックになって一目散に逃げだした。誰も居なくなった神殿前の広場からここまでの通路を見つめ、我に返ったアニエスは真っ青になってよろよろとルーナに近付くと、ひざまずいたルーナにしがみつく様にして乗った。


「ヒヒーンッ!」

 大きくいなないたルーナは走り出すと、翼を羽ばたき空へと飛んだ。そのまま街を抜け遠い空へと消えて行った。




 それから数十分後、帝国騎士団団長から皇帝の下へ報告が届いた。


「なに?聖獣が神殿の使用人を4人殺し、アニエスが行方不明?」

「はい。ペガサスに乗りどこかへ飛んで行ってしまったとのことで御座います」

「何故、その様なことになったのだ?」


「神殿の者・・・と言いましても司祭の息子であるガブリエルのみが当事者として生き残ったのですが、彼の証言によりますと・・・」


「アニエスは神殿に入った途端に震え出し、様子がおかしくなった。そして逃げ出したので使用人が後を追ったところ聖獣が現れ、アニエスを守る様に使用人を殺した。ということで御座います」

「では、アニエスは神殿で何かされた訳ではないのだな?」

「はい。ガブリエルは何もしていないと申しております」


「このことをエリアスは知っているのか?」

「いえ、エリアス様は、まだ学校の方で魔法の研究をしているとのことです」

「では、急ぎ呼んで参れ」

「仰せのままに」


 騎士団長は学校へ電話し、エリアスを呼び出した。それから数分でエリアスは皇帝の前に現れ、エリアスに先程の話を伝えた。


「そんな・・・あ、そうか。アニエスは神殿には行きたくなさそうでしたね」

「あぁ、確かにそういう顔をしていたな」

「神殿にはアニエスが逃げ出したくなる何かがあるのでしょうか?」

「恐らくはそういうことなのだろうな」


「それでどうするのだ?」

「アニエスを探しに行きます。あ!電話をしてみます」

「・・・」

 携帯端末でアニエスを呼び出すがアニエスは応答しない。


「出ませんね。やはり探しに行きます」

「当てはあるのか?」

「そうですね・・・やはりあそこしかないか。恐らくですが、ルーナと遊んでいた家ではないかと・・・」


「では行って来るが良い。ニコラスよ、アルテミスでエリアスを送ってくれ。ベルティーナも連れて行くが良い」

「御意!」


 それから15分後にはアルテミスで飛び立ち、全速力でフォンテーヌ王国南部にあるアニエスが暮らした家へと向かった。


「エリアス様、アニエスはどうしたのでしょう?」

「ベルティーナ、私にはわからないけれど、ガブリエルに何か言われたか、神殿にアニエスにとって何か嫌なものがあったのでしょう」

「でも、アニエスは神殿に行ったことはないですよね?」

「私たちが知る限りではそうですね」


「しかし、大変なことになりましたな。これで理由がなければ、聖獣は罪もない人間を殺したということになってしまいます」

「そうですね。しかもアニエスと聖獣には良くない噂話も出ていました。これで更に立場は悪くなってしまうでしょう・・・」

 僕だってこんなことは言いたくない。だが、状況はそうなのだ。


「アニエスは純真無垢な聖女です。人を助けることはあっても、ルーナに人殺しを指示する様な子ではありません!」

「ベルティーナ、解かっています。勿論そうです。兎に角、アニエスを探して何があったのか聞いてみましょう」

「そうですね」


 それから2時間後、アニエスが老夫婦と暮らした家の上空へ到着した。

すると家の前の野原に寝転んだルーナとルーナに寄り添っているアニエスを見つけた。


「あ!アニエスとルーナが居ました!」

「良かった。やはりここだったのですね」


「エリアス様、どうされますか?」

「では私だけが降りてアニエスと話します」

「わかりました。ここでお待ちしております」


 僕は船を降りると真直ぐにアニエスの下へと歩いた。

僕が近付くとまずはルーナが気付き、ブルルッと言った。するとアニエスは頭を上げ、僕の顔を見るや否や、泣き腫らした顔のまま走って来た。


「ドンッ!」

 アニエスは僕の胸に飛び込み、背中に腕を回してきつく抱きしめた。

「エリアス!来てくれたのね?」


 僕もアニエスを抱きしめると、まだ少し震えていた。僕は背中を擦って声を掛けた。

「アニエス。大丈夫かい?」

「大変なことになってしまったわ・・・」

「その様だね。まずはルーナの横に座ろうか?」

「えぇ・・・」


 ふたりは寄り添ってルーナのお腹に寄り掛かる様にして座った。

「何があったんだい?」

「あのね、今日から奉仕活動で神殿へ行ったのだけど・・・」

「うん。神殿で何かあったのかい?」

「神殿に入った途端に思い出したの」

「思い出した?何を思い出したの?」


「私が3歳になるまで、暗い部屋に閉じ込められていたって話したのを覚えている?」

「うん。覚えているよ」

「同じ匂いがしたの・・・」

「え?つまり、アニエスは3歳まで神殿の中にある部屋に閉じ込められていたってこと?」


「本当かどうかは判らない。でも匂いで思い出したの。そうしたら身体が震えて、ここに居ては駄目だって・・・そう思って走り出して・・・ルーナを呼んだの」

「あぁ、ルーナは男たちに追われているアニエスを守るために攻撃したのだね?」

「えぇ、あの人たちに罪はないのに・・・どうしましょう!」

 アニエスは大粒の涙をポロポロと流していた。


「うーん。そうだな、帝国城へ帰ってお父様に相談しよう」

「でも、隣には神殿があるのよ?」

「アニエス。私は君を神殿に渡したりはしない。約束するよ」

「本当?」


「私がアニエスに嘘をついたことがあるかい?」

「ないわ・・・それなら・・・一緒に帰るわ」


「では、アルテミスに乗って帰ろうか」

「そうね。あそこにはしばらくルーナを呼ばない方が良いかしら?」

「それは状況次第かな?でもずっと会えない訳ではないよ。ここに船で来て会っても良いのだからね」

「あ。そうね!エリアスは本当に優しいのね!」


 そう言ってアニエスは僕の首に腕を回して抱きついた。僕もアニエスを優しく抱きしめた。


 帝国城へ帰るアルテミスの中では、僕とアニエスは個室に入った。

「アニエス、神殿に入った時、匂い以外に何か思い出したことはあるかな?」

「いいえ、ただ怖かったの。身体が震えて逃げることしか考えられなかったわ」

「では、ガブリエルが何か言ったとか、されたということもないのだね?」

「えぇ、ガブリエルは歓迎してくれて案内しようとしただけだわ」

「そうか・・・」


 そして、2時間掛けて城に戻った時には既に夕方の遅い時間になっていた。

「お父様、只今、戻りました」

「うむ」


「ご報告ですが、アニエスは神殿で何かされた訳ではないとのことです」

「何もされていないのか?」

「はい。アニエスは15歳まで暮らしたあの家に行く前、3歳までどこかの暗い部屋に閉じ込められていたそうです。今日、神殿に入った途端、その暗い部屋と同じ匂いがして身体が震え怖くなって逃げたそうです」


「なんだって?神殿に閉じ込められていた?まさか・・・」

「え?何かご存じなのですか?」

「いや、何も知らないし、確証も無い。だがな、司祭は神眼を持っている。そして息子のガブリエルには受け継がれなかった。しかし、アニエスは神眼を持っている」


「え?まさか!」

「うん。それしか考えられまい」

「え?どういうことですか?」

「アニエス。落ち着いて聞いて。アニエスは司祭の娘かも知れないんだよ」


「え?私が司祭の娘?」

「うむ。ガブリエルの母親とは違う母親と司祭との娘。それならば辻褄つじつまが合う」

「司祭には二人の妻が居るのですか?」

「私はガブリエルの母親しか知らんな。だが貴族ならば、公表されない妻や愛人は何人居てもおかしくはないからな」


「そうか。公表できない子だから表に出さずに閉じ込めておいて、あんな辺境の地で育てさせたということですか」

「そうだな。それでも神眼の力は欲しい。だからどこの貴族の子か判らない様にして、帝国学校には通わせ、やがてガブリエルと結婚させて我がものとして取り返す。そういう算段か」


「え?でも、そうだとするとガブリエルとアニエスは兄弟ではありませんか?」

「今は少なくなったが、昔は貴族の魔力を維持するために兄弟で結婚させ子を成すことは当たり前だったのだ。ましてや希少な神眼を受け継ぐためならば、司祭の血筋ではやりかねないな」

「そんな・・・」

 話を聞いていたアニエスは顔面蒼白になってしまった。


 僕はアニエスの手を握って声を掛けた。

「アニエス。私は約束したよね。君を守ると」

「エリアス、ありがとう」


「晩餐はどうする?何も食べる気にはならんか?」

「はい。今日は遠慮いたします」

「うん。今日はもう休んだ方が良いだろう。今後のことは明日、話すとしよう」

「はい。ありがとう御座います」


 僕はアニエスを連れて僕の部屋へと帰った。

「エリアス、一緒にベッドに入りたい・・・」

「うん。良いよ」


 ふたりは言葉を交わさず、ただ抱きしめ合って横になっていた。眠れたのは夜更け過ぎだった。




 皇帝の寝室のソファで、皇帝はアドリアナ妃とワインを飲みながら話していた。

「これからどうなさるのですか?」

「うむ。どうしたものかな」


「ふたりはまた一緒に眠っているのですね?」

「アニエスがここに来てから毎日、一緒に眠っているらしいな」

「えぇ、本人たちは私たちが知っているとは思っていない様ですが」

「ふたりはもう、離れられないのだろうな」

「はい。そう思います」


「司祭はアニエスをあきらめるだろうか?」

「アニエスの神眼を簡単には諦められないでしょう。それだけではありません、魔眼も持っている可能性があるのですから」

「うむ。そこだ。司祭はどうやって魔眼を手に入れたのだろう?アニエスの母親が鍵となるのだろう」


「でも、闇属性を持つ人間は居ないのですよね?」

「そう言われて来たな。だが、あの黒い瞳と髪。そして魔眼だ。アニエスが闇属性を持っている可能性は高いな」

「では、アニエスの母親は一体?」

「得体の知れないものであることは間違いないだろう」


 皇帝は自分でそう言いながら、恐怖に襲われたのだった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ