35.中傷
マティアス・ベッカー男爵領に到着し、屋敷の庭に降り立った。
そこには問題のクルト・バイス子爵、それにマティアスの家族が一列に並んで跪いていた。
「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます」
「許します」
「初めてお目に掛かり光栄に存じます。私はベッカー男爵領に隣接致します、バイス領当主、クルト・バイス子爵に御座います」
「初めまして。私はエリアス・アルカディウス。こちらは聖女アニエス・クレールです。そちらに控えるのは私の侍従たちです」
「バイス子爵、王命により派遣された王国騎士団団長、モーリッツ・フリードリヒ公爵である」
「ははーっ!」
バイス子爵は魔力が35しかなく、身長も170cm程しかない。ここに居る者の中で一番小柄だ。それが更に小さくなって跪いている。
「バイス子爵よ、此度は王命もさることながら、ウーラノスの大神であるエリアス皇子殿下まで此処に来た理由はわかっているな?」
「い、いえ。私には何のことだかさっぱり存じ上げないので御座います・・・」
「ほほう。では、船に同乗し一緒に視察を行おうではないか」
「・・・」
バイス子爵は下を見つめたまま顔を上げようとはしなかった。
バイス子爵とマティアスの両親と思われる二人をアルテミスに乗せると、マティアスとバイス子爵の領地の境目からバイス子爵領側の壁の外に広がる畑の横へ着陸させた。
船から降りたアニエスは畑とは反対の方を向いて真剣な表情をしている。きっとユニコーンを呼んでいるのだろう。
「この塀の外に広がる畑はなんなのだ?!」
外へ出るなり、畑を見やりながらフリードリヒ公は大声で言った。どうもシュナイダー王国の人たちは身体も大きいが声も大きい様だ。
「この畑で御座いますか?それはマティアスが作った畑で御座います」
「そ、そんな!バイス様!私はお断りしたのに、無理に命じて作らせたのでは御座いませんか!」
「ふん!戯言を!私はそんなことをお前に命じた覚えはないわ!」
こいつ、息をする様に嘘をつくのだな。
その時だった、目の端に白く明るい光が輝いた。そちらへ振り向くと、白い魔法陣が現れていた。
「ん?魔法陣があんなところに」
するとその魔法陣の中心から、角が出て来たと思ったらユニコーンの頭、首、そして身体がにゅーっと飛び出して来た。
「あれは・・・ユニコーン」
「うわぁ!本当に現れた!エリアス様の行く先々には必ず聖獣が現れるのですね!」
「キース、今回はアニエスが呼んだのだと思うよ」
「アニエス様が!」
その言葉の通りに、ユニコーンは軽やかに走って来るとアニエスの目の前で止まった。
アニエスはルーナにする様にユニコーンの首に抱き着き頬擦りしている。
やっぱり。アニエスの僕への距離感は聖獣に対するものと同じだな・・・
そして、ユニコーンは前足を折って跪くとアニエスを背中に乗せ、こちらへゆっくりと歩いて来た。
「ブヒヒン!」
「エリアスに挨拶しているわ」
「そうか、ユニコーン。初めまして」
「ヒヒーンッ!」
一段高く嘶き、僕の肩に首を降ろした。僕はアニエスがした様に首に抱き着き、撫でてやった。
「ブヒヒン!」
「よく来たねって言っているわ」
「会えて嬉しいよ」
「ブヒン!」
挨拶が終わるとユニコーンは、マティアスに近付いて行った。
マティアスの目を真直ぐに見つめた。
「ブヒヒン!」
「マティアス、ユニコーンが久しぶりって言っているわ」
「え?」
マティアスは一瞬、狐に抓まれた様な顔になったが、「はっ」と何かに気付いた顔となった。
「あ!お、思い出しました!あれは私がまだ幼い頃の話です。この先の塀にまだ小さかった私がやっと通り抜けられる小さな穴を見つけて塀の外へ出て遊んでいたのです」
「その時に気付いたらそこにユニコーンが居たのです。私は驚いて動けなくなったのですが、ユニコーンが私に近付いて碧く光る瞳で私の目を見つめたのです」
「身体中が熱くなり電気が走った様に感じ、そのまま気絶してしまいました。それから丸一日その場で失神していて、目覚めてから急いで家に帰ったのです。でもその時にはもう、ユニコーンに会ったことは忘れていました」
「あぁ!そんなことがあったな・・・丸一日どこへ行っていたんだって、それはもう怒りましたね。でもマティアスはどこで何をしていたのか何も覚えていなかったのだ」
「そうでしたね。その日から大きな石を魔法で持ち上げたりして、どうして急に魔力が大きくなったのだろうって、不思議に思っていたのよね」
マティアスの両親が思い出したことを話してくれた。
「ユニコーン、あなたがマティアスに魔力を授けたの?」
「ブヒン!」
「そうだって、言っているわ」
「え?聖獣って、魔力を奪うだけではなく、授けることもできるのか!」
「その様ね」
すると今度は、ユニコーンはバイス子爵ににじり寄った。
バイス子爵は真っ青な顔になり、震え出した。
「知っている。お前が嫌がるマティアスに命じ、無理矢理にこの畑を作らせたことを」
アニエスはユニコーンの言葉を通訳して話した。その姿は聖女というよりは、裁判官が表情のない顔で死刑を宣告している様に見えた。
「バイス子爵、神の遣いであるユニコーンの言う通りで間違いないか?」
「い、いや・・・それは・・・」
それでもまだ、認めたくない様だ。往生際が悪い奴だな。
するとユニコーンが更にバイス子爵に近付き、目を30cmの距離で覗き込もうとした。
「わ!あ、あああ・・・すみません!そうです。私が命じて作らせたのです!」
はぁ・・・魔力を奪われるのが怖くて観念したか・・・
それを聞くとユニコーンは踵を返して離れて行った。
「よし、バイス子爵を王城へ連行するぞ!」
「御意!」
随行していたナンバー騎士たちがバイス子爵を捕縛し、船へと連行した。
「エリアス!この子が一緒に走ろうって!」
「え?乗せてくれるの?」
ユニコーンはその場に跪き、僕を乗せると立ち上がって畑に近付いた。
するとユニコーンの角に黄金の光が集まり始めた。
「あれ?どうしたのかな?」
次の瞬間、角の先から黄金の大きな魔法陣が出現し光り輝いた途端、
「ドーンッ!」
「うわぁ!」
一瞬で目の前の畑の土壌が地下から持ち上がったと思ったら、ブドウの木や葉、土や石までもが粉々になり真っさらな土地に姿を変えたのだった。
「これが神の怒りという奴か・・・」
騎士団長がボソッと呟いた。
ユニコーンは小走りに皆から離れて行ってしまう。
「エリアス様!船に戻って来るのですか?」
「え?どうなるの?」
「ブヒヒン!」
「城まで送るって言っているわ」
「わかった」
「レオン!ユニコーンが城まで送ってくれるって言っているから、先に帰っていてくれるかな!」
「承知いたしました!」
僕らは走り出すと目の前に白い魔法陣が現れた、そこへ真直ぐに飛び込んで行く。
「シュンッ!」
次の瞬間、目の前に青い海が広がっていた。どうやら砂浜に転移した様だ。
「ここはシュナイダー王国の中なのかな?」
「ブヒン!」
「同じ大陸だけど、王国の外だそうよ。ユニコーンが住んでいる地域なのではないかしら?」
「凄くきれいな海だね!」
「本当に!これが海なのね?!」
「あれ?アニエスは海を見るのは初めてなのかい?」
「ルーナと空を飛んでいる時に遠くに見えたことはあったわ。でもこうして目の前で見るのは初めてなの!」
「ユニコーンは君だけなのかな?」
「ヒヒン」
「ひとりだって」
「寂しくはないの?」
「ブヒン」
「たまにルーナや他の仲間に会うから寂しくないって」
「あぁ、聖獣同士で集まったりするのだね?どうやって子を成すの?」
「ブヒン」
「知らないって」
「そうか。聖獣に雄とか雌ってあるの?」
「ブヒン」
「今の聖獣は皆、雌だって。あ!だからみんな、エリアスが好きなのね?」
「え?やっぱり私は聖獣枠なんだね?」
「ふふっ。枠ってなーに?」
アニエスはそう言って少女の様に笑った。
「ところで、聖獣は人間の魔力を奪うだけでなく、付与することもできるのだね?」
「ブヒン」
「できるって」
「それなら、私にも魔力を付与できるのでは?」
「ブヒヒン!ブヒン!」
「それは駄目だって。大きくなるまで待てって」
「え?私はまだ、子供だってこと?」
「ブヒヒーン!」
「それは違うけど、ユニコーンにはできないみたい」
「なんだかなぁ・・・」
「ユニコーンは空を飛べないけれど、さっきみたいに転移魔法が使えるからどこへでも行けるのだね?」
「ブヒン」
「そうだって」
「一瞬で王城へ戻れるなら、まだ時間はあるよね?」
「そうね。何かしたいの?」
「アニエスは泳いだことはないよね?泳げる?」
「海で泳ぐってこと?ないわね。でも泳げると思うわ」
「なに?その自信。流石聖女様だね。では泳ごうか」
「この格好で?」
「私はこの騎士服では泳げないから裸になるけどね」
「服が濡れてしまうわ」
「魔法で直ぐに乾かせるでしょう?」
「あ。そうだったわね。それじゃ、泳ぎましょうか!」
ここは南に位置しているのか、泳ぎたくなる程に暑かったのだ。
アニエスはユニコーンに乗ったまま、海にゆっくりと浸かっていった。僕はその横をスイスイと泳いだ。
「あー冷たくて気持ち良いわ!」
「そうでしょう!アニエス、手を握って」
「泳ぐのね?!」
僕はアニエスの手を握って沈まない様に支えながらゆっくりと泳いだ。ユニコーンは後をついて来る。
「どうだい?海に浮かんで手足を思いっ切り動かすのって気持ち良いでしょう?」
「えぇ!本当に!生きてるって感じがするわ!」
ふーん。いきなり生命の喜びに繋がってしまうのか・・・アニエスって初めから感じてはいるけど、何か普通の女の子ではないよな。その神秘的なところがまた魅力なのだけど。
一頻り、海で遊んで身体を乾かしてから王城へ帰った。
「シュンッ!」
白い魔法陣を抜けるとそこはシュナイダー王城の庭園だった。
帝国へ戻って数日経つと、テレビではアニエスを中傷する噂話があるとニュースで流され始めた。
ベッカー子爵は壁の外に勝手に領地を築いた重罪により、お家取り潰しとなった。
それに逆恨みをした親族たちが、あの日のことをまるで見ていたかの様に嘯いて噂を流していたのだ。
「ベッカー男爵が予め仕込んだ嘘を、黒い聖女が恰もユニコーンが言ったかの様に伝えたためにバイス子爵は貶められた」
「ユニコーンは人の言葉を話せない。黒い聖女がベッカー男爵から謝礼をもらって嘘を言ったのだ。あれは聖女ではない、悪魔の遣いだ。と」
その話をお父様から聞き、僕は頭に血が上るのを抑え切れなかった。
「なんてことを!バイスの親族諸共、魔力を奪ってやれば良いんだ!」
「エリアス。落ち着いて。私は大丈夫。この容姿ですもの、悪く言われるのには慣れているわ」
アニエスは伏し目がちに小声で言った。とても慣れている人の態度ではない。
「アニエスは何も悪くないのに我慢するなんておかしいよ!黒い髪だってこんなに美しいのに!」
「エリアスの言う通りだな。テレビ局には私から、噂話ではなく真実を伝える様に言っておいた。聖獣は神の遣い。聖女もな。どちらの言うことが正しいのかは言わずもがなだと」
「それはそうでしょう!」
「ただな。その様な悪い噂を流されてしまった以上、噂話を好む人間もまた一定数存在するものだ。このまま放置するのではなく、アニエスの信頼を回復する必要もあるだろう」
「どうするのですか?」
「アニエスは来月、16歳になるのだったな?」
「はい。お父様」
「聖女は帝国学校に入り、16歳になると放課後に神殿へ赴き、一般民衆の病気や怪我の治癒を行う奉仕活動があるのだ」
「奉仕活動を通じて一般民衆の信頼を回復させるということでしょうか?」
「そういうことだ」
「病気や怪我の治癒ならばできますが・・・」
「奉仕活動が嫌なのかい?」
「わかりません。でも・・・なんとなく・・・」
「気が進まないのかい?」
「アニエス、大丈夫ですよ。私も16歳から卒業するまで神殿で奉仕活動をしたのです。神殿に治癒を求めてやって来る患者は、病院で治癒できない難病を患う人だけが治療を許されるのです。そんなに多くの人が来る訳ではありませんから」
「それに難病を直してあげるとテレビでも扱ってくれるのですよ」
「そうですか・・・そうですね。それが聖女の務めであるならば・・・」
アニエスは終始その気になれない様だったが、アドリアナお母様に諭され、なんとなくやる方向に流れて行った。
僕としてもそれを無理に止めることはできなかったのだ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




