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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
35/97

34.重罪

 ここは神殿の食堂。司祭家族の夕食の時間だ。


 毎夜のことだが家族の雰囲気は暗い。ガブリエルも母も自ら口を開こうとはしない。

常に父の機嫌をうかがい、食べることだけに集中する晩餐だ。


 だが、ここ1か月は違う。毎晩、父の一言から始まり尋問と変わらない質疑応答があるのだ。


「ガブリエル。今日の報告を聞こう」

「はい。お父様。今日、アニエス様は殿下と手を繋いで帝国城から登校されました」

「なんだと?」


 毎日、ガブリエルから聞かされる報告はミハイロの機嫌を悪くする内容ばかりだ。今となっては質問する前から眉間みけんしわが寄っている。まぁ、他からはマスクで見えないのだが。


「何故、一緒に登校されたのかをたずねました所、昨日よりアニエス様は住まいを帝国城へ移されたとのことでした」

「何?帝国城だと?それでは増々、殿下と距離が近くなるではないか」

「はい。アニエス様は、これからはずっと殿下と一緒に居られると嬉しそうに話しておられました」


「お前はそれを、指をくわえて見ていたと言うのか?」

「はい。今の所、ふたりには取り付く島も御座いませんので・・・」

「はぁ・・・まぁ、良い。今は仕方がないだろう」

「この先、アニエス様とお近付きになれる切っ掛けがあると良いのですが」


「ある」

「それはどんなことでしょうか?」


「聖女は16歳になると神殿に入り、一般民衆に病気や怪我の治癒を施す奉仕活動に従事するのだ」

「あ!それならば、アニエス様は神殿に来て下さるのですね?」

「うむ。その間にガブリエルのものとすれば良いだろう」

「はい。努力致します」


 ガブリエルのその言葉にミハイルの左眉が、いやマスクがぴくりと反応した。

「ガブリエル。努力など求めてはいない。どんな手を使っても、必ずアニエスを手に入れるのだ。良いな?」

「は、はい。お父様」

 ミハイルのマスクの下の表情は一切、読み取れない。しかしアニエスを手に入れることができなければ自分の命も無い。そうガブリエルの胸に刻み込まれたのだった。




 アニエスが城に住む様になって2週間が経った。あれから毎晩、アニエスは僕の部屋に来て一緒に眠っている。


 今朝などは、朝目覚めたらアニエスの唇が僕の頬に密着していた。

飛び起きそうな程驚いたが、なんとか我慢してゆっくりと身体を離した。


 でも、総じて一緒に暮らすことについては慣れて来た。風呂やトイレの介助もだ。

僕は心の中で「アニエスにとって僕はルーナと同じ」それを心の中で繰り返し唱えることでなんとか平常心を保っている。


 そんな毎日の中で魔法の研究は続けている。今日は土属性の仲間を増やしたいと入学の時から目を付けていた学生に会いに行くことにした。


「キース、土属性の研究仲間なのだけどね。マティアス・ベッカーに頼もうと思っているんだ」

「あぁ、あの山の様な男ですね?」

「山の様な男?」


「そう。身長220cmもある大男だよ。彼は貴族ではなかったのだけど、土属性魔力が100もあってね。12歳の時に自分の家のブドウ畑を地下数mから掘り起こし、土壌改良を重ねて素晴らしいブドウを育てたそうだ」


「そうですね。その地域のワインの価値が跳ね上がって有名になったのです。その功績と王と同じ魔力量であることを見込まれ、男爵位を得たのでしたね」

「キース、一般民衆で魔力量が100なんてあり得るのだね?」


「いえいえ、あり得ません。もっぱらの噂ですが、マティアス先輩は高位貴族の婚外子だろうと囁かれているのです」

「あぁ、なるほど」


「では、元は貴族でなかったのでしたら、ここでの生活は大変なのでは?」

「アニエス様、そこは熊の様な巨体に魔力100ですから。あまり馬鹿にされることはないと聞いていますよ」

「それならば良かった」

「アニエスは優しいね」

「エリアス程ではないわ」


「またいちゃいちゃして・・・」

「キース、なんだって?」

「いえ、何も言っておりませーん!」


 マティアスは3年生だ。僕らは3人で3年生の居る、校舎の3階へ上がった。

「あ!みんな!注目!」

「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます」

「許します」


 先輩である学生のひとりが僕に気付き、廊下に居た周りの生徒たちに声を掛け、一斉に膝を付いて挨拶した。


「エリアス皇子殿下、私は3年生のフェリックス・バーナードで御座います」

「バーナード・・・あぁ、騎士団長のご子息でしたか」

「はい。殿下、3年生のどなたかに御用でしょうか?」


 背格好だけでなく、顔と緑色の瞳や髪も騎士団長にそっくりだ。騎士団長の若い時はこんな感じだったのだな。としげしげと見つめてしまった。


「えぇ、マティアス・ベッカーに会いに来たのです」

「マティアス?あのシュナイダーベアにですか?そう言えばさっき、庭園の方へ歩いて行く姿を見掛けました」

「シュナイダーベア?」


「マティアスの二つ名です。熊の様な大男ですから」

「なるほど。わかりました。庭園へ行ってみます」


 僕とアニエスを間近に見て、ざわつく先輩たちには構わずに僕らは校舎を出て庭園に向かった。


 庭園に出て辺りを見渡すと、ガゼボの中にひとりたたずむ大男を見つけた。

3人で近付いて行くが、彼は呆然と庭園を見つめていてこちらに気付かない。


「失礼ですが、マティアス・ベッカー殿でよろしいですか?」

「え?」


「あ!」

「ガツン!」

「痛たたっ!」

 僕の顔を見るなり急に立ち上がり、ガゼボの天井に頭をしたたかに打ちつけてしまったのだ。何故、自分の背丈より低いガゼボに身体を折り曲げてまで入り込んでいたのか謎だ。


「大丈夫ですか?!」

「あ、だ、大丈夫です・・・あ!も、申し訳ございません!ウ、ウーラノスの・・・」

「あぁ、挨拶は結構です。エリアス・アルカディウスです。こちらは聖女のアニエス・クレールと侍従のキース・ジョンソンです」


「初めてお目に掛かります。私はマティアス・ベッカーで御座います」

「あの、頭は大丈夫ですか?治癒を掛けましょうか?」

「そ、そんな!聖女様のお手を煩わせる訳には参りません!このくらい大丈夫で御座います!」


 マティアスは右手で頭を押さえながら、左手を振り大丈夫アピールをしている。顔は真っ赤で大慌てだ。とても優しそうな顔をしている。大熊と言うよりは熊さんと言った方が似合うと思うな。


「それにしても大きいですね!」

「はい、図体だけは大きくなりました」

「身体だけでなく魔力も大きいのでしょう?」

「そうですね。何故か・・・大きいようです。お陰で畑仕事がはかどって助かります」

 そう言った途端に寂しそうな表情となった。


「こんなところで一人で居るなんて、どうしたのですか?」

「その・・・あ!い、いえ、殿下や聖女様にお話しするようなことでは御座いません」

「良かったら聞かせて欲しいのですが?」

「え?良いのでしょうか・・・」


 マティアスは、今度は仔犬の様な表情で下からちらりと見上げる様なそぶりをした。


「マティアス先輩。是非、聞かせてください」

 アニエスにそう言われ、マティアスは観念した様だ。


「実は・・・私が畑の土壌を改良し、質の良いブドウが作れるようになったのです。そのブドウで良いワインを作り高く売れるようになったので、やっと男爵位に課せられ溜まっていた税金を払える様になったのですが・・・」


「どうかしたのですか?」

「隣の領の子爵様が、自分の口利きで男爵になれたのだからと頼まれ、子爵の畑も土壌改良をして差し上げたのです」

「なるほど・・・それで?」


「子爵の畑のブドウの品質も上がったのですが、それに味を占めた子爵様が、勝手に塀の外にも畑を作りまして・・・」

「何だって?塀の外に?」


「それには手を貸せないとお断りしたのですが、それならば口利き料としてお前の畑をよこせと言われまして・・・仕方がなく畑作りを手伝ったのです」

「あぁ・・・まったく」


「今では、子爵のブドウ畑の方が格段に大きくなってしまいまして、私の収入が減ってしまったのです。このままでは税が払えず、お家取り潰しとなってしまいそうです」

「それは問題ですね。王家に陳情はしたのですか?」


「そんな・・・男爵に取り立てていただいたのに陳情なんて・・・とてもできません」

「では、お家取り潰しになっても良いのですか?」

「男爵位にしがみつくつもりはないのです。でも家族で育てた畑は失いたくないのです」

「ふむ・・・わかりました。私が視察に伺いましょう」


「え?殿下が私の領へ視察に?」

「えぇ、その上で王家に陳情を申し出ましょう。塀の外に畑を作った子爵には罰を与えなければなりませんしね」

「本当にその様なこと、よろしいのですか?」

「えぇ、その代わり、私のお願いをひとつ聞いてもらえますか?」


「殿下のお願い・・・で御座いますか?」

「えぇ、私は今、魔法の研究をしているのです。各属性の魔法でどんなことができるのかを確かめたいのです。今、土属性の魔力の強い協力者が欲しいのですよ」

「魔力だけなら無駄に大きいのでご協力はできるかと思います・・・でも、私などのために本当によろしいのでしょうか?」


「マティアスが必要なのですよ。良い仕事をしていただくためです。私にもできることは協力させていただきますよ」

「本当で御座いますか。良かった!ありがとう御座います!」

 マティアスは大きな肩を小さくし、膝を付いて泣いていた。


 僕はマティアスの肩に手を置いて言った。

「今度の休みの日に行きましょう!」

「はい。よろしくお願いいたします!」


「エリアス様、土の大陸ガイアには聖獣ユニコーンが居ますね?今度も現れるでしょうか?」

「キース、そうだね。マティアス、ユニコーンを見たことはありますか?」

「いいえ、御座いません。見たことがあるというお話も聞いたことが御座いません」


「私もユニコーンに会いたいわ」

「そうだね。アニエスも同行して、シュナイダー王国へ入ったらユニコーンに呼び掛けてみれば?きっと現れるのではないかな?」

「そうね。エリアスも居るのだから、きっと会えるわね!楽しみだわ!」




 そして、その件は事前にお父様に相談した。今回は聖獣を探しに行くついでという口実で、僕がシュナイダー王国へ訪問することを許可してくれた。


 皇帝であるお父様がシュナイダー王国の小さな事件に首を突っ込んだりしないのは通例であるが、僕が訪問する連絡のついでに、ベッカー男爵の件をシュナイダー王へ告げ口してくれた。


 当日は帝国騎士団の船、アルテミスでシュナイダー王国へ転移する。

同行するのはマティアス、騎士団長、ベルティーナ、キースの父とキース、レオンとグレース、僕とアニエスだ。


 シュナイダー王国に着くと、シュナイダー王家の者と王国騎士団のナンバー騎士が勢揃いで出迎えてくれた。王家の者も騎士も皆、土属性の魔力が強いのだろう。揃ってマティアスと同じ様に身体は大きめで、黄色い瞳と髪をしている。


 一連の挨拶を経て、王国騎士団の騎士団長とナンバー騎士の内、Ⅲ、Ⅴ、Ⅶの3名が同行することとなった。


「ベッカー男爵、報告の件は事実なのか?」


 船の中で王国騎士団の団長、モーリッツ・フリードリヒ公爵が厳しい表情でマティアスに質問した。


「はい。全てエリアス皇子殿下にお話し差し上げた通りに御座います」

「本当に塀の外へ勝手に領地を広げているとしたら重罪であるな」


「フリードリヒ公、その子爵は今日呼んでいるのですか?」

「はい。王命にて呼び出しておりますので、既に現地で待機していると思われます」


「ところで、マティアスの領のワインは美味しいのですか?」

「それはもう!2年前に新しくできたワインを飲んだ時の感動は今でも忘れられません」

「マティアス、そんなに美味しいのですか?」

「はい。最高のブドウができておりますので」


「エリアス皇子殿下はもうワインを飲まれているのでしょうか?」

「この世界では飲酒の許可は16歳からですよね?もう少し先ですね」

「殿下程の体格であれば、酒などいくらでも飲めましょうに」

「皇子自ら法を破るつもりは御座いませんよ」

「それはそれは・・・」


 フリードリヒ公は、温厚そうな顔に微笑を浮かべた。


「エリアス様、ベッカー男爵領へ入りました。先には国境の塀も見えて参りました」

「あぁ、美しいブドウ畑ですね、マティアス」

「はい。ありがとう御座います。毎日家族と使用人が手入れをしておりますので」


 しばらく飛ぶと、塀の向こうが見えて来た。すると塀の向こうにはベッカー男爵領の畑とほぼ同じ広さのブドウ畑ができていた。


「本当に塀の外に畑を作ってしまったのですね」

「それもかなりの広さですね」


 マティアスの表情は、ガゼボで初めて会った時の顔に戻ってしまっていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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