32.入浴
レオンはグレースの目の前に立つと一度深呼吸した。
「スー、ハァー!」
グレースは耳まで真っ赤にして、初め指の間からちらちらとレオンを見ていたが、彼女も一度深呼吸して両手を下ろし胸の前で組んだ。
「あ、あの・・・グレース。間違いじゃなかったら・・・俺の妻になってくれますか?」
「え?」
その場に居た全員が声を合わせ絶句した。
「お、おい!レオン!なにか順番が違うのでは?」
まぁ、僕も恋愛に関しては偉そうなことは言えないのだけどね。
「あ。そうか・・・あの・・・実は・・・その、俺、学生の時、魔法の攻撃の授業でグレースが凄く強いのを見た時、とてもドキドキしたんだ・・・この女性と結婚したいって」
「うん、それでつまり?」
「そ、その・・・グレース。す、好きです。俺と結婚してください!」
「ヒューッ!」
「よし!」
「それで、グレース?」
「はい、あ、あの、私でよろしければ・・・よろしくお願いいたします」
「やった!」
「レオン、グレース。おめでとう!」
「おめでとう!」
「グレース、良かったじゃない!アニエスと殿下のお陰ね?」
「はい!ベルティーナ様。ありがとう御座います!アニエス様、エリアス様!」
「おめでとう!グレース」
「お祝いムードのところ、水を差す様ですがレオン様のご両親は大丈夫なのですか?」
「あぁ、キース、それは大丈夫。既にグレースには一度、会っていてね、レオンのご両親はグレースのことをとても気に入っていたよ」
「え?そうなのですか?」
「あの席で気付いていなかったのはレオンだけだよ」
「えーっ、そうだったのですか!」
「で、どうする?今晩からふたりの部屋を一緒にするかい?」
「エリアス様!」
グレースは爆発しそうな程に真っ赤になってしまった。
「ふふっ、冗談だよ!」
「あ。それで?アニエスはどうするの?本当に帝国城へ引っ越す?」
「うーん。そうしたいけど・・・でもエリアスが色々言われてしまうのでしょう?困らせるならば我慢するわ」
「困ることではないのだけどね。恥ずかしいだけで」
「あ、そうか!レオン様とグレース様が結婚するならば、エリアス様の侍従が居なくなってしまうではありませんか?」
「あ、そうか・・・グレースはもう慣れたから良かったのだけど、これから新たな侍従を迎えてまた裸を見られるのはどうなのだろう?」
「そうですね。子供ならまだ良いですけれど、もう立派な大人で御座いますからね」
「それなら、やっぱり私が行こうかしら?」
「ではこういたしましょう。これから殿下と私で陛下にご相談致しましょう」
「陛下はお許しくださるかしら?」
「陛下はアニエスのことをとても心配していらっしゃったの。だから帝国城に置いておく方が安心だっておっしゃるのではないかしら?」
「本当?」
アニエスはパァッと明るくなった。あぁ、やっぱり可愛いな・・・
「では、レオンとグレースのことも報告が必要でしょうから、皆で行きましょうか?」
「はい。参りましょう!」
「何だか一番関係ないキースが一番張り切っているな!」
「ふふっ、だって面白いじゃないですか!」
「こら!キース、外で言い触らすんじゃないぞ!」
「それは勿論!お約束します!」
「まったく・・・」
成り行きに任せ、ベルティーナの屋敷を後にして帝国城へ帰った。
一旦、サロンに入り、お父様への謁見を申請した。
「ウーラノスの太陽、皇帝陛下がお見えになります!」
皇帝付きの騎士二人が声を張った。
皆、その場で跪き頭を下げた。
「皆の者、挨拶は良いぞ」
「はっ、陛下、お時間を賜り感謝申し上げます」
「ベルティーナ、どうした?ん?アニエスと・・・エリアスの侍従たちもか」
「お父様、ひとつのご報告とひとつのお願いが御座います」
「エリアス、報告と願いか。なんだ?」
「ご報告は私の侍従のレオンとグレースが結婚の意思を示しております」
「レオンとグレース・・・ふむ」
レオンとグレースは息を呑み、生唾を飲み込んだ。相当に緊張している様だ。
「まぁ、魔力の強い者同士の結婚だ。誰も反対する者はおらんだろう」
お父様の言葉を聞き、レオンとグレースは一気に緊張が解け、口元が緩んだ。
「だが」
「ひっ!」
レオンとグレースは口を真一文字に結んで俯いた。
「グレースが居なくなったら誰がエリアスの面倒を見るのだ?」
「あぁ・・・そのことですか」
「陛下、私がエリアス様のお世話をいたします」
「アニエスが?」
「はい。お願いとは、そのために私がこの帝国城に住む許可をいただきたいので御座います」
「なに?それは・・・エリアスと・・・」
「お、お父様、結婚では御座いません」
「ではない?ん?」
お父様はかなり混乱している様だ。
「陛下、恐れながら・・・」
「ベルティーナ、説明してくれるのか?」
「はい。殿下もアニエスも恋愛や結婚を考える程には気持ちが成熟していないのです。ですが、アニエスは殿下の身の回りのお世話をグレース以外の者に任せたくないと言うのです」
「ふむ」
「ふたりにはもう少し時間が必要ということで、まずは殿下の身の回りのお世話をとのお話になったので御座います」
「そうか、アニエスがそうしたいと言うのだな?」
「はい。陛下、私の意思に御座います」
「わかった。アニエスの部屋を用意させよう」
「レオンとグレースの家には私から許可を出す。エリアスの侍従は続けるので良いのだな?」
「はい!ありがとう存じます!」
レオンとグレースは声を揃え、深々と頭を下げた。
「ベルティーナ、折角、あなたのお家に呼んでいただいたのにごめんなさいね」
「アニエス、良いのよ。それよりも殿下をお支えしてね」
「任せておいて」
そして翌日、アニエスは城へと引っ越して来た。
夕食前にはグレースからアニエスへ入浴の介添えについて引き継ぎがされた。
「アニエス様。毎日、この時間にはエリアス様の入浴のお手伝いをするのです」
「はい、どうするのですか?」
「まずは先にこの浴槽にお湯を張るのです」
「あ、私がやります」
「ザバッ!ザブンッ!」
「ひっ!」
突然、目の高さに青く輝く魔法陣が浮かんだと思ったら、そこから大量のお湯が一気に流れ落ち、一瞬で浴槽が湯で満たされた。グレースは突然のことに驚き、声を上げてドン引きとなった。
「い、今のはなに?」
「え?魔法ですよ?お湯で満たすのよね?これで良いのでしょう?」
「アニエス様、呪文の詠唱は?」
「あぁ、前にエリアスにも驚かれたわね。魔法って何か言わないといけないのかしら?」
「アニエス様は無詠唱で魔法が使えるのですね?凄いわ」
「凄いの?これが?」
「えぇ、とても凄いことです」
「それで、次は何をすれば良いのかしら?」
「あとはエリアス様にお声掛けして、浴槽に浸かっていただくの。その間に手からこの様にお湯を出して髪を洗うのよ」
「オーケアノスの大地よ。我に水の恩恵を与えよ!」
「温かいお湯を流しなさい!」
「シュワーッ!」
文字通り、シャワーの様にお湯が手先の青い魔法陣から噴出された。
「それなら自分でいつもやっているから大丈夫!」
アニエスが浴槽を見つめるとその上に小さな青い魔法陣が現れ、シャワーのお湯が降り注いだ。
「シュワーッ!」
「凄い!手先から出すのではないのですね?これなら両手を使って洗えるわ!」
「そうね。私はいつもそうしているから」
「あとはエリアス様の背中を洗って差し上げるのです」
「わかったわ」
「もしかして、身体の乾かし方も私たちとは違うのでしょうか?」
「身体の乾かし方?こうするのではないの?」
アニエスがそう言うと、さっきよりももっと小さく、今度は緑色の魔法陣が現れ、グレースの濡れた腕を指先から肘までスキャンする様に昇って行き消えた。するとグレースの手や腕の水滴は跡形もなく消えていた。
「なにこれ?風が吹いていないのに乾いたわ!どうやったのですか?」
「グレースの腕を乾かしたい。そう考えただけよ」
「なんてことなの!聖女様って凄いのですね!」
「他の人のことを知らないから凄いと言われても判らないけれど」
「これなら私よりも早く入浴を終えることができますね。エリアス様もお喜びになると思います!」
「それなら良かったわ」
早速、エリアスに声を掛けて入浴させることとなった。
「エリアス様、御入浴のお時間で御座います」
「なに?改まって。アニエス、いつも通りに話してくれないか?」
「ふふっ、ちょっと侍従みたいにしてみたかったの」
ふたりで浴室へ入った。
「では、裸になって浴槽へどうぞ」
「う、うん。ありがとう・・・」
僕はアニエスに背を向けると、視線を感じながら騎士服を脱いだ。
「なんだか、恥ずかしいな」
「大丈夫、前にも見ているから気にしないで」
「そうは言われてもな・・・」
「エリアスは恥ずかしがり屋さんね」
僕は裸になると一応、タオルで前を隠しながら長い浴槽に寝そべる様に入った。
「まずは髪を洗いましょう。頭を浴槽の縁に乗せてね」
「こうかい?」
そう言って天井を見上げると直ぐ上に小さな青い魔法陣が見えた。
「シュワーッ!」
「うわっ!」
「大丈夫よ。髪を洗うだけだから」
「そ、そうか、アニエスは無詠唱で魔法が使えるのだったね」
エリアスの髪を優しく梳きながら言った。
「エリアスの髪はとても綺麗だわ」
「そうかい?アニエスの髪も綺麗だよ?」
「そう言ってくれるのはエリアスだけよ」
「皆、黒髪の良さを知らないのだね・・・」
「ねぇ、エリアスは何故、こんなに髪を長く伸ばしているの?」
「あぁ、これはね。前世の父がいつも短く切れってうるさくてね。それが嫌だったから、今でも髪を切りたくないんだ」
「そう・・・とても似合っているわ。その逞しい身体でなければ、美しい女性の様ですものね」
「私は美しい・・・のかい?」
「えぇ、皆から言われない?」
「あぁ、そうかも知れない。でも他人の言うことをあまり気にしていないから」
「それで良いのよ」
「それにしてもアニエスは僕の裸を見ても平気なんだね?」
「平気ではないわね。さぁ、背中を流しましょう。座ってくださいますか?」
「あ、う、うん」
浴槽の中で胡坐をかくと、アニエスが手に液体石鹸をつけて素手で洗い始めた。背中から脇の下や胸の方まで手を回されると、くすぐったいのを通り越して何か感じてしまいそうになる。何か別のことを考えていないと身体が反応しそうだ。
「エリアスの背中は大きいのね」
「そうかい?」
「あの大火傷をした時と比べると、もう大人なんだわ」
「そうだね。だから・・・恥ずかしいんだよ」
「そう?私はそんな風には思わないわ。エリアスとは自然に接することができるの」
「それは何故?」
「うーん。わからないわ。そうね・・・ルーナと同じ・・・なのかしら?」
「え?私は聖獣なの?」
「ふふっ、聖獣には見えないわね」
「良かった」
「見た目ではないわ。心が通じる感じっていうのかしら?」
「それってなんだか・・・素敵だね」
「素敵?・・・そうね」
そう言ってアニエスは背中から僕を抱きしめた。
「あ!」
僕は慌ててタオルの上から下半身を手で押さえた・・・
振り返るとアニエスは瞳を閉じていた。僕は少し安心して平常心を保とうとした。
しばらくふたりは無言でそうしていて、アニエスが瞳を開くと
「では、身体を流して乾かしましょう」
「シュワーッ!」
浴槽の中で立ち上がり、頭上の魔法陣から流れ落ちるお湯で洗い流すと浴槽から出た。
「では乾かしますね」
すると僕とアニエスの頭の上に緑色の魔法陣が輝き、頭の上からゆっくりと降りて来た。
身体をスキャンする様に足元まで行くと床に滲みるように魔法陣が消えていった。
「あれ?身体が乾いている!あ。髪もだ。サラサラになってる!」
「そうでしょ?グレースも驚いていたわ。他の人たちは違う方法で乾かすみたいね?」
「うん、風魔法で乾かすんだよ。だから時間が掛かるんだ」
「そうね、これなら一瞬ね」
「あ、でもさっきお湯を出す時は青い魔法陣で、乾かす時は緑色だった。やっぱり乾かすのは風魔法ではあるのだな」
「これで入浴は終わりね。明日の朝は鍛錬の後のシャワーとトイレね」
「あぁ、そうか・・・トイレがなぁ・・・」
「トイレがどうしたの?」
「一番恥ずかしい・・・です」
「それは仕方がないわね。でも赤ちゃんはお母さんにそういう世話を受けるものよ?」
「だ、か、ら。私はもう大人なのです!」
「ふふっ、そうね。でも私はなんだか少し嬉しいけど」
「嬉しい?」
「それってエリアスの全てを知ることになるのよ?既にグレース様が知っているのが悔しいけど、私もそうなれることが嬉しいわ」
「そうですか・・・」
そう言われると、僕もアニエスの全てを知りたいと思ってしまった・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!




