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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
31/97

30.授業

 僕の学校生活が始まった。いつも通りに3人で朝の鍛錬を終わらせてから登校する。


 僕は侍従のグレースを伴って登校し、アニエスとは毎朝校門で待ち合わせすることとなった。ベルティーナの従者からアニエスを引き継ぎ、一緒に校舎へ入る。


「エリアス、グレース!おはよう!」

「おはよう!アニエス」

「おはよう御座います。アニエス様」

 学生が皆、僕らを見つめている。これにも慣れないといけない様だ。


 見ているだけで誰も近付いて来ない。と思った矢先、ひとりの男子学生が近付いて来た。

僕と同じ碧い瞳に白い髪、文系の制服に白いネクタイだ。


 白いネクタイ?聖属性?あ。この人が司祭の息子か!そして早速アニエスに近付いて来たってことか!僕は心の中だけで身構えた。


「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます」

 目の前に立ってみたら、彼の身長は170cm程で僕らとは明らかに差がある。そして線が細くちょっと陰気な感じだ。でも顔は鼻筋の通った美顔と言えるだろう。


「許します」

「初めてお目に掛かります。私は司祭、ミハイロ・エヴァノフの息子、ガブリエル・エヴァノフで御座います。どうぞ、お見知りおきを」


「初めまして、エリアス・アルカディウスです」

「初めてお目に掛かります。アニエス・クレールで御座います」


 アニエスとガブリエルの身長差は頭ひとつ分以上ある。これだけ近付くとガブリエルは思いっ切り見上げないとアニエスと視線が合わない。だが、ガブリエルは少々引きつりながらもめげずに話し掛ける。


「アニエス様は文系の授業をお受けになるのですよね?」

「はい。左様で御座います」

「私も文系なのです」

「そうですか・・・では、これで・・・」

 アニエスはガブリエルに無反応とも言える塩対応でその場を立ち去ろうとした。


「え?あ、あの・・・」

 同じ文系だから何だと言うのだろう?何も反応しなかったことに驚いている様だ。


「私はエリアス様と一緒に授業を受けますので、こちらで失礼致します」

「え?な、なんで・・・あ、あの!エリアス皇子殿下。そのお姿は騎士志望の授業をお受けになるのでは?」


「私ですか?私は魔法の授業だけを受講します。それ以外はアニエスの護衛として、アニエスの受ける全ての授業に付き添います」

「え?あ、あぁ・・・そ、そう・・・なのですね・・・」

 ガブリエルは肩を落とし、顔は真っ青となった。何なのだろう?


「それが何か?」

「い、いえ・・・な、何でも御座いません・・・」

 何でもないって顔ではないな。ガブリエルか。ちょっと気にしておこう。


 僕は小声でアニエスに話した。

「アニエス、ガブリエルはお父様の言う通り、アニエスを妻にと狙っている様だね」

「え?今のはそういうことだったのですか?」

「多分そうだよ。まずはお近付きになって、同じ文系で一緒に授業を受ける内に仲良くなろうと思ったのではないかな?」


「それでエリアスは、わざわざ私とずっと一緒に居る。って言ったのね?」

「うん、そうだよ。牽制してみたんだけど」

「そんな必要あるのかしら?」

「あれ?余計なことをしたのかな?」


「だって、私が彼と結婚するつもりがなければ、彼が何を言おうと関係ないでしょう?」

「いや、アニエスは出自がはっきりしていない。つまり貴族の位が判らないんだ。それだと神殿の司祭の地位はどの貴族よりも上だからね。結婚を命じることはできてしまうんだよ」


「ふーん。でも私、無理矢理結婚しろと言われたら、ルーナに乗って逃げてしまうと思うわ」

「逃げる?あぁ・・・ふふっ、はははっ!」

「あら?エリアス。何がそんなにおかしいの?」

「いや、ごめん。アニエスらしいなって思ってさ」

 アニエスは少しだけ眉間にしわを寄せて僕を見つめていた。


「でも、エリアスが守ってくれるのよね?」

「うん。守るよ。アニエスが私を守ってくれる様にね」

「それなら大丈夫でしょう?」

「そうだね」




 そして授業は始まった。アニエスはとても賢く、どの授業もすんなりと理解し、僕が教える必要もないくらいだった。


 真面目な顔をして授業を聞いており、時折ノートにメモを取っていた。その横顔に僕は見惚みとれていた。

「エリアス、私の顔に何か付いているのかしら?」

 先生の方を向いたまま、真面目な顔でアニエスは聞いた。


「え?美しい顔と綺麗な髪?」

 僕は相当にとぼけた答えを返していた。無意識に。

「何を言っているの?」

「あ。い、いや・・・」


「エリアス、また顔が真っ赤になっているわ?やっぱり熱があるのでは?」

 アニエスはそう言うと、突然僕の方を向き、僕の頬を両手で挟んで自分に向けると、おでことおでこをくっつけた。


「キャーッ!」

「な、な・・・キ、キス?」

 教室に居た女生徒が僕らを見て驚きの声を上げた。


「あら?熱は無いわね・・・」

「そりゃぁ、無いよ!」

「だって・・・顔が赤いのだもの」


 ふたりはお互いの顔を数cmの距離で見つめ合いながら話した。


「あ、あの・・・エリアス皇子殿下?どうかなさいましたか?」

「あ!先生。すみません。何でもないのです。気にせず授業を続けてください!」

「そうですか?」


 先生も明らかに怪訝な顔でこちらを見つめている。女生徒たちは皆、顔が真っ赤だ。

ガブリエルは離れた席から僕らを見つめて真っ青な顔をしていた。


 あーもう!僕は女の子に免疫が無さ過ぎだよ・・・どうしよう!


 入学から一週間が経ち、他の生徒たちも慣れて来たのか僕たちとの距離を詰めて来た。騎士と文系が一緒に授業を受ける科目ではキースが僕の隣に座る。


 キースには既に女友達が沢山できている様だ。その娘たちが大挙して押し寄せて来たのだ。

「ジョンソン様、皇子殿下とお親しいのですね!」

「僕はエリアス様の侍従だからね」

「まぁ!侍従になられたのですか!」


「あぁ、アニエス。まだ紹介していなかったね。僕の侍従のキース・ジョンソンだよ」

「聖女様。初めてお目に掛かります。私はエリアス様の侍従を務めます、キース・ジョンソンで御座います」

「初めまして。アニエス・クレールです。エリアスの侍従なのですね」

「はい」


「キース、周りの皆さんは?」

「はい。良くは存じ上げません。いつの間にかついて来ていたのです」

「おいおい、それで私の侍従が務まるのかい?」

「エリアス様、学校に居る女生徒に害となる者など居る訳がありませんよ!」


「そうですわ!私たちに害なんて御座いませんことよ!」

「あーこれは失礼を致しました。皆、美しいお嬢様たちですからね」

「キャーッ!」

 耳をつんざく程の叫び声が上がった。


「まぁ!どうしましょう!」

「エリアス皇子殿下が私を美しいって!」

「あなたではないわ。みんな、って言ったのよ?」

 貴族令嬢たちは僕のお世辞にのぼせ上って大喜びだ。これって必要だったのかな?


「エリアス・・・あなた・・・」

「ん?アニエス、どうしたの?」

「何でもないわ・・・」

 む?明らかにアニエスの機嫌が悪くなった様な気がする。何故に?


「まぁ!アニエス様!その素敵なネックレスはどうされたので御座いますか?」

「え?これ?・・・これはね、エリアスがくれたのよ」

「えーっ!婚約?婚約されたので御座いますか?」

「え?もう婚約を!」


「あ、あのさ・・・この世界ではネックレスをプレゼントすると婚約になるのかい?」

「はい。女性に婚約を申し込む時は宝石を贈るのです」

「あーそうだったのか。アニエスは知っていたの?」

「えぇ、本で読んだから知っていたわ」


「え?それじゃぁ、アニエスはそういう意味と捉えていたの?」

「違うの?」

「え?あ・・・」

 これは困ったぞ?どうしよう!違うって言ったら悲しむのかな?


「ふふっ、嘘よ。これは命を救ったお礼だって、エリアスは言ったものね」

「あ、あぁ・・・そう・・・だね」

 あ。なんか、それはそれで・・・あーもう!僕はどうしたいんだ!


「あら、婚約ではなかったのですね!」

「まだチャンスはあるのね!」

「エリアス皇子殿下!どの様な女性がお好みなので御座いますか?」


「どんな?そ、それは難しい質問だね・・・」

 そう言いながら僕は無意識のうちにアニエスの顔を見つめていた。


「エリアス皇子殿下、先程からアニエス様ばかり見つめていらっしゃるのですね」

「え?そうかい?」

「そうお見受け致します」

「やっぱり、聖女様が?」


「皆、あまりエリアス様を困らせないでもらえるかな?エリアス様のお立場でその様なことを簡単にお答えできるはずがないではありませんか」

 キースはオーバー気味に肩をすくめ、首を横に振りながら女生徒たちをいさめてくれた。


「左様で御座いますね。大変、失礼を致しました」

「お許しください」

「わかれば良いのです。皆さん、ご自分の教室へお戻り下さい」


 キースにさとされ、後ろ髪を引かれながら女生徒たちは帰って行った。


「キース、助かったよ。ありがとう」

「私は侍従ですから、当然のことをしたまでです」

「これからも頼むよ」


「エリアス様、ご自分の意思をはっきりと示さない限り、今後も女生徒たちのアタックは続きますよ?」

「自分の意思・・・か」


 そう言う僕の顔を無表情で見つめるアニエスが少し怖かった。




 今日は初めての魔法の授業だ。初めの授業は初歩の初歩。魔法の発動原理についてだ。


 僕は既に貴族学校の授業で使う教科書は3年分全て頭に入っている。魔法の授業も基礎的なことは既に理解している。実践はできないのだけれどね。


 それでも魔法の授業に期待しているのは、怨獣への効果的な攻撃魔法の手掛かりが見出せればと思ってのことだ。


 先生がこの世界の人間の身体の中でどの様に魔力を創り出しているのかを説明し始めた。

アニエスは興味深そうに授業を聞いている。


「この様に皆さんの身体には魔力回路というものが存在します。生まれ持ったこの回路の大きさや変換効率の違いが魔力の大きさに差を与えるのです」

「先生、貴族と一般民衆では、どうして極端に魔力の大きさに差があるのでしょうか?」


「大変良い質問です。貴族も一般民衆も人間の身体の造りは同じです。大昔に魔力の大きかった者が王や貴族を名乗り、魔力の小さな者を従えました」


「そして、魔力の大きい者がその魔力を保つために、より魔力の大きい結婚相手を求め続けた結果、今の様な差が生まれたと考えられています」

「では、元は皆、同じ人間なのですね?」

「はい。その通りです」


「皆さん、貴族が何故、大きな魔力を求め続けるのか解かっていますか?」

「はい。権力を握り続けたいと考えるからです」

「それは違います!民衆を怨獣から守るための力を維持するためです!」

 騎士志望の生徒がいきり立つ様に言った。


「はい。その通りです。決して権力が欲しいからでは御座いません。怨獣から民衆を守るためです」

 その民衆を守る貴族の成れの果てが怨獣だってことはもう明らかなのだけど。それでも長い歴史の中で民衆を守りたいという善意でやって来た結果がこれだ。


 皮肉なものだな・・・そしてしまいには、魔力量の小さな子が生まれたら切り捨てるのだ。


「先生、生まれた後から魔力を大きくすることはできないのでしょうか?」

「魔力は生まれた時に授かった魔力回路の大きさと変換効率で決まってしまいます。生涯その大きさは変わりませんし、後天的に大きくすることもできません」

 まぁ、そうだよな。それができるなら捨てられる子は居ないよなぁ。


 騎士服を着た男子生徒が思いっ切り肩を落としている。その気持ちは凄く解かるよ。


「ねぇ、エリアス。もう一度、あなたの身体を診ても良いかしら?」

「身体?魔力のこと?」

「えぇ、そう」

「構わないけど」


 そう答えると、アニエスは僕に向き合い10cm程の至近距離で僕の目を見つめた。

ぽうっとアニエスの瞳が碧く光る。


「あら!聖女様の瞳が碧く光っているわ!きれい!」

「もしかして・・・あれが神眼なの?」

「殿下を神眼で診ているのね?」

 生徒たちがざわざわと騒ぎ出し、僕らを見つめた。


「まぁ!あれが聖女様の神眼なの?!」

 先生まで口に手を当てて驚愕の表情で見つめている。もう授業はそっちのけだ。

しばらく僕を見つめていたアニエスの顔は曇り、元気なく言った。


「やっぱり魔力回路が見当たらないわ。でも、こんなのおかしいと思うの」

「何がおかしいんだい?」

「先生が言った通り、一般民衆にだって魔力回路はあるのよ。でもエリアスの身体は明らかに皆とは違うの」

「どう違うんだい?」


「うーん、それが解からないからおかしいって言っているのよ」

「あぁ、そうか。そういうものだよね」

「あら?エリアス。ということは・・・あなたトイレやお風呂はどうしているの?」


「僕は水も風も出せないのだからね。それで侍従のグレースがこうしていつも私についていてくれているんだよ」

「え?ちょっと。一緒にトイレやお風呂に入っているの?」

 アニエスの顔がどんどん怒った顔になっていく。


「一緒に入るっていうか、介添えとして・・・ね」

「駄目よ!」


 アニエスは両の手を強く握りしめ、大声で言い放つと立ち上がってしまった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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