表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
3/97

2.無能

 宰相は血相を変えて走り、帝国城の隣にある神殿を訪れると裏口の扉を叩いた。


「ドンドンドンッ!」

「司祭様!司祭様!緊急で御座います!」


「ギギーッ」

「ん?これはこれは宰相閣下、こんな夜中に如何されたのでしょう?」

 使用人が不思議そうな顔で宰相を見つめて言った。


「皇子殿下がお生まれになったのです!しかし、ご様子が・・・」

「な、なんと!直ぐに司祭様をお呼び致します!」

「うむ。急いでくれ」


 数分後、司祭が呼ばれ玄関口へ出て来た。

「宰相閣下、皇子殿下がお生まれになったとか。おめでとう御座います」

「それは良いのです。直ぐに診察していただきたいのです!」

「診察?どこか悪いのですかな?」

「それが判らないから陛下がお呼びになっているのです!」

「それもそうでしょうな・・・では参りましょう」


 司祭は真っ白で銀の刺繍のある立襟の祭服にマントをまとっている。

身長190cmのやせ型の体躯たいくに絹の様に真っ白でウエーブした髪は肩まで届いている。そして目は、やはり真っ白で銀の刺繍のほどこされたマスクで隠している。


 神眼を持つ司祭は、神眼を使う時のみマスクを外すと言われている。つまり、普段はマスクをすることで普通の人間の視力を得るということなのだろう。


 全身真っ白なで立ちは、荘厳そうごんであり威厳いげんも感じさせる。だが、目元を隠したマスクにより、不穏ふおんな雰囲気もまとっている。




 司祭が宰相と共に皇子の部屋の前まで来ると、何人もの使用人が部屋を慌ただしく出入りしていた。


「おい!何事だ!?」

「は、はい。宰相閣下。皇子殿下の部屋に外から侵入した者が居た様なのです!ガラス窓が割られておりまして・・・」

「何だと!怨獣が出たのか?」


「い、いえ。陛下のお話では結界は破られていないとのことで、怨獣の気配は御座いません。皇子殿下はご無事で御座います。ガラスが割られていた以外は今のところ損害は無い様です」


「怨獣ではない?しかし、ここは4階だぞ?陛下の結界も有るのだし、人間が外から侵入できる訳がなかろうに・・・」

 宰相は怪訝けげんな表情のまま、司祭を促して皇子の部屋へ入った。


「陛下、司祭様にお越しいただきました」

「おお、司祭殿。待っておったぞ」

 皇帝は落ち着いた雰囲気で司祭を迎えた。


「皇帝陛下、この度は皇子殿下のご生誕。誠におめでとう御座います」

「うむ。生まれたのは良いのだが、生まれて直ぐに様子がおかしいことに気付いたのだ」


 司祭はマスクで目元が隠されているから表情がうかがえない。だが、口元は緩んでおらず、祝辞を述べながらもその顔が笑顔になっているとは認識できない。


「様子がおかしい?ふむ。今は安らかにお眠りになっている様にお見受け致しますが?」

「うむ。今はな。生まれて直ぐに泣くのは普通のことだろう。だが、その泣き方が尋常ではなかったのだ。エレノーラが治癒を掛けたが効果がなく、その後も泣きながら何かを話していたのだ」


「生まれたばかりで話していた?何かをということは皇子殿下のお言葉は聞き取れなかったので御座いますね?」

「そうだ。我らの知らぬ言語で話しておった。だが、余りにも苦しそうな表情をしていたので司祭殿を呼んだのだ」


「しかし、今は安らかにお眠りになっていると・・・」

「うむ。我らが診察の準備を整えている間に何者かが窓ガラスを破って侵入し、誰にも見られぬ内に消え失せた。そして今、エリアスはこの様に安らかに眠っていたのだ」

「なるほど・・・4階の窓から侵入した何者かが、皇子殿下を治療した可能性があるので御座いますね?」


「ただ、それはあまりに短い時間ゆえ、治療されたのかどうかは判らぬのだ」

「まぁ、そうでしょう・・・では、皇子殿下を診察致しましょう」

「うむ。頼む」


 人払いされた皇子の部屋には、皇帝と宰相だけが残された。

司祭はゆっくりとした動作で自らの顔のマスクを外した。そして覗き込む様に皇子を診ていった。


 その神眼は透き通る様にあおく、美しい光を放っていた。司祭は表情を変えることなく、数分間エリアスを診た後、静かに言った。


「これは・・・少々、変わっておいでですね」

「変わっている?」

「魔力を測定してみましょう」

「宰相、測定器をここへ」

「承知致しました」


 司祭は再びマスクを装着すると、測定器をエリアスの両腕に装着し、スイッチを入れた。


「シーン・・・」

 測定器が何も反応しない。


 この測定器には、上部に7つの魔法属性の色のランプがある。

測定を開始すると、被験者の持つ魔法属性のランプが光り、その下のインジケーターに各々(おのおの)の魔力量が1から100まで表示されるのだ。


 そしてエリアスの測定結果は、ひとつも魔法属性を持たず、一切の魔力が無いという結果を示していた。

「なんだ?壊れているのか?」

 皇帝は怪訝けげんな表情で宰相を睨んだ。


「い、いえ、測定器が壊れたことなど御座いませんが・・・」

「では、宰相閣下を測定してみましょうか?」

「うむ。良いだろう」

 皇帝に詰め寄られ慌てふためく宰相に対し、司祭はあくまでも冷静に対応した。


 司祭は宰相を測定器が置かれた机の前の椅子に座らせると、両腕に装着してスイッチを入れた。

すると、水の青、風の緑、土の黄、火の赤、金属の銀の5つの属性のランプが光り、光と聖属性のランプは光らず魔力量のインジケーターは0、火の属性のインジケーターが60を、それ以外の属性は10を示した。


「はい。以前に測定した時と同じ結果で御座います。壊れてはいないかと・・・」

 宰相は少し怯える様に丁寧に話し、皇帝の顔色をうかがった。


「それでは、今度は我を測定してみよ」

「承知致しました」

 宰相と入れ替わり、皇帝が椅子に座り測定を始めると、6つの属性のランプが光り、聖属性だけ光らず0となり、光属性のインジケーターは80を、それ以外は10を示した。


「うーむ。やはり壊れてはいない様だな。では今一度、エリアスの測定を」

「承知致しました」


 司祭は測定器をエリアスに装着しスイッチを入れるのだが、またしても測定器は何も反応しなかった。


「こんなことが有得るのか?」

「私は聞いたことが御座いませんが、事実としてはどの属性の魔力もお持ちでない様です」

「モンテス、どうなのだ?」

 皇帝の顔がどんどん強張っていく。そして宰相の顔は青くなっていった。


「と、突然変異・・・というもので御座いましょうか・・・見知らぬ言語を話されていたことも御座いますので・・・」

「おお!それがあったな!司祭殿、その件はどうなのだ?」

「見知らぬ言語と魔力が無いことを結びつけることはできませぬが、見知らぬ言語と言えば帝国に伝わる古文書こもんじょの言語くらいしか思いつきません」


「あぁ・・・古文書か、確かにあれは誰も解読できておらぬな・・・エリアスの話していた言葉が、あの言語と同じということも考えられるのか」

「同じと断言することはできませぬが、古文書は皇帝陛下のご先祖が残されたものなのでは御座いませんか?」

「うむ。確かにそうであるな・・・わかった」


「あ、あの陛下、お、恐れながら・・・皇子殿下に魔力が無いとなれば、世継ぎをどうされるので御座いましょうか・・・」

「うむ・・・それがあったな・・・」

 皇帝は右手を顎に添えて少しうつむいて考え込んだ。


「司祭様、陛下に第二皇妃をお迎えになることは如何でしょうか?」

「そうですね・・・ひとつ言えることがあるとするならば、皇妃殿下は皇子殿下に魔力が無いことを知れば、大きな心労をお抱えになると思われます」

 司祭は至って冷静に起こっている事象から判断し、波風立てない言葉で答えた。


「ま、誠にその通りで御座いますね!皇妃殿下にはまず、御身体おからだをおいたわりいただくことが何よりも必要なことで御座いましょう。陛下、火の国アルフォンソ王国の公爵令嬢である、第二聖女、アドリアナ・マルティーニ嬢はまだ、結婚されておりませぬぞ」


「皇子が生まれたばかりであると言うのにお主は・・・しかしながら世継ぎはこの世界の人間の存続に関わる一大事であるからな・・・司祭殿の同意も得られたのだし良いだろう。その話、進めておけ」

「ははっ!」

 宰相は頭を下げながら、その顔はしてやったりという表情になった。


 司祭は表情を変えることもなく、ただ皇子の寝顔を見つめていた。




 一週間後、エリアスはエレノーラ皇妃に抱かれていた。

「エリアス、あなた魔力が無いそうね・・・ふふっ、でもそんなことはどうでも良いわ。私はあなたが生まれた時、直ぐに死んでしまうと思って怖かったの。今、こうして元気で居てくれるならば、魔力なんて無くても良いの」

「あう・・・うー」

「あら、エリアス。あなた生まれた日にあんなに話していたのに、今は話さないの?」

「あう・・・」


 お母さんが僕に何かを話している様だけど、何を言っているか解からないから答えようがないよね。それに日本語で話しても通じないのだし、話せないフリをしておこうかな。


 それにしても美しい人だ。こんなに輝くような白く美しい髪は見たことが無い。瞳も碧く透き通る様な透明感がある。


 生まれた時は寝巻の様な白く薄い布の服を着ていたが、それ以降は今の服装だ。その服装が変わっている。パッと見た感じは着物なのだ。白く輝くような生地に金糸と銀糸で美しい模様が描かれている。だが、それは上半身だけでその下はスカートになっている。


 日本と何か関係があるのだろうか?でも、日本人に見える人はどこにも見かけないのだ。


 そこへお父さんである、皇帝が現れた。


 あ。お父さんも上半身は着物の様ないで立ちだ。その下は袴にも見える程に幅広いズボンになっている。お母さんと比べると金糸が多い様だ。髪も瞳も金色だからそれに合わせているのだろうか?なんだかとってもみやびな雰囲気だ。本当に日本と関係ないのかな?


 でも、この着物みたいな服装は僕の両親だけだ。他の人たちは概ね、前世の世界とあまり変わらない格好をしていると思う。


「エレノーラよ。落ち着いたか?」

「はい。陛下。ご心労をお掛けし、申し訳御座いません」

「そんなことは良いのだ。その・・・なんだ・・・エリアスのことだが・・・」


「はい。魔力を持たないことも気にしてはおりません。それと第二皇妃をお迎えになるので御座いましょう?」

「すまぬな・・・」

 皇帝は心から申し訳なさそうな表情で謝罪した。


「この星の人間は陛下の光の魔力で生活を支えられているのです。世継ぎも光の魔力を持つ者でなければなりません。当然のことです」

「エリアスが生まれたばかりだというのにな・・・」


「誰が産もうと良いのです。もし第二皇妃の子も光の魔力を持っていなければ、次は私が二人目を産めば良いのですから」

「ありがとう。エレノーラ」

「それが、王妃である者の務めです」

 エレノーラ王妃はエリアスを抱いたまま、躊躇ちゅうちょなく言い切り、真直ぐに前を向いた。


 すると皇帝は、手に持っていた古めかしい本をお母さんに手渡して言った。

「エレノーラ、これは我が帝国に伝わる古文書だ。エリアスが生まれた日に話していた言語とこの古文書の言語が同じであるか確かめたいのだ」

「エリアスに見せて反応をみるのですね?」

「そういうことだ」


 お父さんとお母さんは何かを話し、古い本をお父さんから受け取ったお母さんは、ベッドに横になったまま、僕に見える様にその本を開いて見せた。


 僕はその文字を見て驚き、思わず声を出していた。

「あ!にゃんだこにょ本は!日本ぎょじゃにゃいか!」

 やはり、生まれたばかりで舌が上手く回らず、幼児らしい発音になっている様だが。


 その本の文字は漢字とひらがなで書いてあった。本自体が古く、字も所々かすれているが読めないことはない。


「エリアスが何か話したわ!」

「うむ。やはりこの古文書が読める様だな!」

「では、ゆっくりとページをめくって読んでもらいましょう」

「これは大変なことだぞ!」


 始めのページに書かれてあったのは前書きの様なものだ。

「これを読めるということは、あなたは元日本人なのでしょう。私も元日本人です。私は日本で死に、次に目覚めた時はこの世界に生まれていました。後からやって来たあなたが困らない様、私がこの世界で知ったことをここに記しておきます」


 その様な意味のことが書かれていた。その前置きの後は言語の説明だった。これはこの世界の単語や発音を日本語に訳して書いてくれている。国語の教科書みたいなものだ。


 やっぱり、この世界は日本と関係があったんだ。僕の祖先に日本からの転生者が居たから着物の様な服があるんだな。


 僕はまず30分程掛けて、この中で直ぐに使えそうな単語とその発音を覚えてお母さんとお父さんに話し掛けてみた。


「お父しゃま、お母しゃま」

「エリアス!お母様って言ったの?」

「お父様とも言ったぞ!」

 二人が僕の顔を覗き込んで興奮している。それはそうだろうな。


「こにょ・・・本じぇ・・・べ、べんきょ・・・しま・・・した」

「やはりこの本が読めたのか!」

「読め・・・ましゅ」

「生まれて直ぐにこの古文書が読めるなんて!」

 矢継ぎ早に話し掛けられても解からない単語がでてきてしまうな。


「もう・・・しゅきょし・・・勉強・・・しゃせて・・・くだしゃい」

「わ、わかった。エレノーラ、エリアスに無理にならない程度に、この古文書を読ませてやってくれるか」

「承知致しました」


「エリアス!嬉しいわ!こんなにも早く、あなたとお話しができる様になるなんて!」


 お母さんは僕に頬ずりして微笑んだ。あぁ、なんて美しく優しい女性なのだろうか。

この人が僕のお母さんだなんて・・・それだけでもこの世界に転生できて良かった。素直にそう思える。


 僕は今度こそ、お母さんを守らなければ。そう決意した瞬間だった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ