28.入学
今日は帝国貴族学校の入学式の日だ。
学校は帝国城の横にある帝国騎士団の宿舎の向こうにある。学校にも宿舎は在り、帝国騎士団の宿舎と隣り合わせになっている。
宿舎に入る学生は、帝都に家を持つ貴族の子弟以外の子たちだ。
僕は帝国城から、キースも帝都の家から歩いて通うので宿舎には入らない。
グレースを伴って歩いて学校の門をくぐると、待ち構えていた代表の生徒や先生方が一斉に膝を付いた。
「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます」
先生の中でも威厳のありそうな紳士が深々と頭を下げている。
「許します」
「初めてお目に掛かります。私は当校の校長、エーデルクラウト・クライン公爵で御座います」
「初めまして、エリアス・アルカディウスです」
「どれ程この時を待ち侘びたことでしょう!学校一同、エリアス皇子殿下を歓迎致します!」
「うわぁーっ!エリアス皇子殿下万歳!」
「ようこそ!エリアス皇子殿下!」
「これは大変な歓迎ですね」
「それはもう!これまでの皇子殿下のご活躍を皆が拝見しておりましたので!」
「そうでしたか、ですが私もこの学校では学ばせていただく身ですので、他の学生と変わらぬご対応をいただければと思います」
「いえいえ、他の学生と同じになど、どうしてできましょうか!」
「でも私は学生ですから」
「エリアス皇子殿下にお教えすることなどあるので御座いましょうか?」
「私は魔法の研究をしているのですよ」
「まぁ!魔法の研究で御座いますか!」
その時、教師と思われる女性が声を上げた。
「え?」
「あ!た、大変失礼を致しました。ウーラノスの・・・」
「あぁ、それはもう結構です」
一人ひとりにそんな挨拶をされては堪ったものじゃないよ。
「初めてお目に掛かります。私は当校の火属性魔法の教師、ベニータ・サンチェス侯爵で御座いますわ。うふん!」
うわっ、ウインクした!
「え、あ。火魔法の先生ですか。どうぞよろしくお願いいたします」
「えぇ!こちらこそ!是非、よろしくお願いしますぅ!」
うーん、なんかねちっこい感じだな。気をつけないとな。
「エリアス皇子殿下、この後、全校集会にて一言ご挨拶を賜ることは叶いますでしょうか?」
「クライン校長、私がですか?」
「はい。新入生代表として、是非ともお願い申し上げます」
「はぁ。まぁ、構いませんが」
「本日は全生徒と先生が揃います。これだけの人数が一同に入れる施設は御座いませんので外の訓練場の方へお願い致します」
「あの・・・聖女はどこに?」
「聖女?あぁ、アニエス・クレール様のことで御座いますね。それが、まだ来ていないのです」
「え?来ていない?初日から遅刻か・・・どうしたのだろう?」
外にある訓練場へ向かうとそこには在校生と新入生が既に整列していた。
学生たちが並ぶ面前の中央には、壇上の左右に分かれ教師たちが一列に整列していた。
クライン校長の後について歩いて行くと整然と並んだ学生たちが目に入った。
学生の制服が真ん中から右と左で全く違う。右側には色は真っ白だが、日本でも見る様なブレザーの上着を着た学生が並んでいる。各属性で男子のネクタイと女子のリボンの色分けがされている。いわゆる文系ということだろう。
左半分は騎士志望なのだろう。皆、騎士服を纏っている。騎士服は帝国騎士に準じた白の生地に各属性の色の縁取りがされている。帝国騎士との違いは襟の高さくらいだ。
僕は無能なので、元から真っ白な騎士服を着ている。学校に入るからといって、皆と同じ制服の騎士服は用意しなかったし、それを求められてもいない。
騎士志望の新入生の先頭にキースが立っていた。
「やぁ、キース!」
「エリアス様!」
お互いに手を振り、声を掛け合うと周りがざわついた。
「え?なに、神様とお知り合いの方が居たの?」
「あれって誰なのかしら?」
「あ、あの方は、ナンバー騎士ヘンリー・ジョンソン侯爵様のご子息、キース様よ!」
「まぁ!侯爵家のご子息なのね!」
「え!キース様と親しくなれば、皇子殿下とお近付きになれるかも!」
「キャーッ!」
何やらミーハーな囁きが駆け巡っているな・・・
「えーうほん!お静かに!これより、入学式を始める。まずは校長よりお言葉をいただきます」
「皆の者、私が帝国貴族学校の校長、エーデルクラウト・クライン公爵である」
「今年は誠にめでたい年となりました。何より喜ばしいことは、ウーラノスの大神であられる、エリアス皇子殿下を学生としてお迎えできることです!」
「うぉー!」
「エリアス様!」
「エリアスさまーっ!結婚してーっ!」
「きゃーっ!」
「し、静に!神であるエリアス皇子殿下に向かって、はしたないですぞ!貴族の品格を弁える様に!」
「シーーーン」
「う、うほん!皆の者。くれぐれも、エリアス皇子殿下に粗相のない様に!」
「では、エリアス皇子殿下にご挨拶を賜ります。殿下、お願い申し上げます」
「はい!」
僕はゆっくりと皆の前にある壇上に上がると、一度皆を見渡した。
どの学生も皆、笑顔で僕を見ている。取り敢えず険悪な表情の者は見当たらない。一安心だ。
「皆さん、初めてお会いする方ばかりだと思います。初めまして。私はエリアス・アルカディウスです」
「もうご存じの方も多いと思いますが、私はここウーラノスではない他の世界で生き、こちらの世界へ転生した者です。こちらの世界では15歳ですが前世の記憶があるため、中身としては既に大人です。学業も既に習得済みですので、この学校で学ぶのは主に魔法についてとなります」
「魔法を学ぶと言いましても、私はどの属性も持たない無能者です。私が魔法を行使するのではなく、怨獣の根絶のために有効な手段を探すということです」
「皆さんにもご協力をいただき、この世界から怨獣を淘汰したいと考えておりますのでよろしくお願いいたします」
「うわぁー!」
「やっぱり神様だわーっ!」
「素敵―っ!」
「結婚したーいっ!」
「キャーッ!」
騒ぎの中、僕が壇上から降りると、先生たちが学生の向こうの空を指差し、ざわついていた。
「お、おい!あれはなんだ?」
「何かがこちらに飛んで来るのかしら?」
「鳥か?船?」
「い、いや、あれは・・・ペガサスじゃないか?!」
「え?ペガサス?ルーナ・・・ってことは、アニエス?」
僕は空を見上げ、ルーナを探した。すると白く鳥の様に羽ばたく生き物が少しずつ大きくなっていった。あぁ、あれはルーナだ。アニエス。やっと来たのか。ルーナに乗ってくるなんて・・・
「あれは聖獣ペガサスと聖女アニエス様!」
「うわぁー!あれがペガサス!」
もう学生は皆、大騒ぎだ。でも誰も止める者は居ない。皆、夢中でペガサスの姿を目で追い、携帯端末で映像を撮っている。
そして、この学校の上空に達すると旋回しながら高度を下げ、訓練場へ降りて来た。
「バサバサッ!トッ、トトトトッ」
ルーナは着地すると美しい翼を折り畳み、黄金のマナを霧散させながら軽やかに壇上の前まで走って来た。ルーナに乗るアニエスは、前とは違う真っ白なドレスを纏い風に靡かせている。
「エリアス!」
アニエスは目敏く僕を見つけると笑顔で声を掛けて来た。ルーナも僕に気付き、僕の前まで来て膝を折るとアニエスを降ろした。
アニエスが僕の目の前に立っている。あれ?アニエス、凄く大きくなっている。僕よりも背が高い様だ。
「エリアス!」
そう言って、早足で僕に近付くとそのまま僕を抱きしめた。
「キャーッ!」
女生徒たちが一斉に悲鳴の様な声を上げた。
「ブヒヒンッ!」
ルーナがその悲鳴に驚いて嘶いた。
「エリアス、元気でしたか?」
アニエスは僕の頬に自分の頬を合わせたまま話し掛けた。僕はアニエスを抱き返すことはできず、硬直したままアニエスに抱かれた。彼女の甘く心地よい香りが懐かしかった。
「うん。元気だよ。アニエスのお陰だ。アニエスも元気そうだ。凄く背が伸びたんだね」
「えぇ、エリアスもね。でも私は半年前に成長は止まった様だわ」
いや、これは背が伸びただけではない。む、胸が大きくなっていて僕の胸に当たっている。
「そ、そうか、それなら僕はもう少し成長したいな」
アニエスはやっと身体を離し僕の目を見つめながら言った。
「あら、エリアスはそんなことが気になるの?」
「それは少しね。気になるかな?」
「そうなのね。でもエリアスなら直ぐに私を追い越すでしょうね」
「それにしても、アニエス・・・そのドレス・・・綺麗だ」
「あら?そう?それなら良かった。この衣裳は聖女の制服なのですって」
「それが制服?皆とは違うのだね」
アニエスの聖女の制服は貴族令嬢が着る様なドレスに近い。でも、制服だと言われればそう見えないこともない程度だ。大人の女性の身体つきになってより美しくなった。
それにしても背が高い。僕より大きいのに、更にハイヒールを履いている様で背丈はその辺の大柄の騎士よりも大きい。
「あ、あの・・・」
「あ!あぁ、アニエス。こちらはこの帝国貴族学校の校長先生だよ」
校長が遠慮がちに僕たちに声を掛けた。するとアニエスは僕から離れ、ドレスのスカートを抓み美しいカーテシーを決め挨拶した。
「初めてお目に掛かります。私はアニエス・クレールで御座います。そしてこちらが聖獣ペガサスのルーナです」
「初めてお目に掛かります。聖女様。私は当校の校長、エーデルクラウト・クライン公爵で御座います。聖獣をお連れになるとは・・・感激で御座います!」
「ブヒヒン」
「私、来たのが少し、遅かったのでしょうか?」
おっとりしたアニエスらしい、おどけた聞き方をするのを聞いて僕は何故か凄く安心した。
「そうだね、遅刻だよ。でも大丈夫。それよりもアニエス。ルーナはどうするの?」
「え?あぁ、ルーナは私を送ってくれたの。もう帰るわ」
「そうなのか。ルーナに聞きたいことがあったのだけどな」
「それなら、また呼ぶわ。いつでも来てくれるわ。ね?ルーナ」
「ヒヒーン!」
「そうか。それじゃ、また今度ゆっくりできる時に話を聞きたいな」
「えぇ、そうしましょう。ではルーナ。今日はありがとう」
「ブヒヒンッ!」
「バサッ!」
ルーナは翼を広げると、軽やかに走り出し離陸して飛んで行った。
そして、はっと気がつくと全学生と先生が僕とアニエスのやり取りをジッと見つめていた。
「あ!なんだかすみません!」
「いえいえ、あなたが聖女のアニエス様なのですね?」
「はい」
「アニエス様、寮の部屋は必要ないとのことでしたが、どちらに宿泊されるのでしょうか?」
「え?アニエス、寮に入らないのかい?」
「はい。私はベルティーナのお屋敷に身を寄せることとなったのです」
「ベルティーナ・ロッシ侯爵のお屋敷ですか」
「いつの間にベルティーナと仲良くなったんだい?」
「電話でたまにお話ししている内に仲良くなって、ベルティーナがうちに泊まれって」
「そうか、でもそれならば安心だ」
「あら。エリアスは何が心配だったのですか?」
「いや、何が・・・と言われても・・・」
アニエスは変わった髪の色をしているから、女子寮で女性徒たちに囲まれて何かを言われるのか心配になった・・・なんて言わない方がいいよな。
「エリアス、顔が赤いわ。熱でもあるの?」
そう言うと、アニエスの右手が白く聖なる光に包まれ、エリアスの額に当てた。
「あら・・・特に悪いところはないようね?」
「そ、そりゃそうだよ・・・恥ずかしいな!」
「何でもないなら良かったわ」
そう言うと、アニエスの手の光は消えていった。
「あれ?アニエス。今のは聖属性魔法だよね?呪文を詠唱していないのでは?」
「呪文を詠唱?それってなーに?」
「え?アニエスって無詠唱で魔法が使えるの?」
「良くわからないけれど、魔法を使うのに何か言わないといけないってことなの?」
うわぁ、アニエスって誰にも魔法を習わずに自分一人で魔法を操れるようになったってことなのかな?
「アニエスってすごいね!」
「え?何がすごいの?」
「いや、全てがさ!」
「ふふ、なんだかわからないけれど、褒められたのなら嬉しいわ」
そう言ってアニエスは僕の顔に自分の顔を近付けて笑った。
「まぁ!あのふたりって、もうそういうことなの?!」
「だって皇子様と聖女様なのですからね!」
「でもエリアス様は皇帝にはならないのでしょう?」
「そうなのかしら?でも神様よ?」
女学生たちは、嫉妬も交え言いたい放題を口にした。
「それよりもあの黒い瞳に黒髪よ?皇妃に相応しいのかしら?」
「そうは言っても、あの美しいペガサスを従えているのよ?皇妃に相応しくないなんてことはないでしょう!」
「ちょっと待って。皇帝は光の魔力が無ければこの世界を支えられないわ。皇帝の地位は第二皇子のリカルド様が継ぐのよ!」
「それならアニエス様はリカルド様の妻になるのではなくて?」
「うーん。普通はそうよね?」
「でも、あのお二人のご様子は・・・ねぇ?!」
「これからあのお二人の行く末は見逃せないわね!」
僕とアニエスのふたりが皆に注目される入学式となってしまった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




