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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
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26.心傷

 族に逆襲を受けた僕を見て騎士団長が叫んだ。


 騎士団長はすぐさま鬼の形相で大きな魔法陣を出現させていた。

「ヤバい!逃げろっ!」

 騎士団長を見て危険を察知した族の二人はきびすを返して逃げようとした。


 だが、騎士団長よりも早く魔法を発動したのはキースだった。

「ミスリルの檻よ!湧き出て奴らを閉じ込めろ!」


 地面から何十本もの銀色に光るミスリルの棒が生えて来て族の行く手を阻んだ。

「ギュイーンッ!」

「ガシャーン!」

「う、うわぁぁ!なんだこれ!」


 族の二人は生えて来たミスリルの棒を両手で掴んだまま呆然とした。

キースの機転を利かせた魔法で族の2人をミスリルの檻に閉じ込めることに成功した。


「エリアス様!お怪我は?!」

「え?エリアス様?」

 僕は顔面蒼白となり、固まったまま動けずにいた。グレースが心配して駆け寄り声を掛けた。続いてキースが僕の顔を覗き込んで固まった。


「エリアス様!大丈夫ですか?」

 レオンに両肩を掴まれ前後に揺らされて初めて我に返った。

「エリアス様、一体どうしたのですか!」

「あ、あぁ、レオン・・・だ、大丈夫だよ・・・」


 これは・・・PTSD、心的外傷後ストレス障害という奴か・・・前世で自分が殺されたシーンは心の傷となって深く刻みつけられている・・・ということなのか。


 確かにさっきのシーンは、僕が殺された時と全く同じだった。女性を襲う族が二人、それを止めようと割って入り逆襲を受けた。それがフラッシュバックした様だった。


 なんてことだ。今世では獣や怨獣と戦うこともできた。それなのに恐怖を感じることがなかった族を相手に動けなくなってしまうなんて・・・


「エリアス様、そのご様子は大丈夫とは言えませんぞ?どうされたのですか?」

「騎士団長・・・いや・・・それよりも襲われた女性を・・・」

「そうですね・・・グレース、彼女に怪我がないか確認してやってくれるか」

「承知いたしました」


「王国騎士団の者を呼びます。少々お待ちを」

 騎士団長が冷静に携帯端末で王国騎士団へ連絡を入れると5分程で騎士団の船が飛んで来た。


「シューンッ!」

 騎士団の船が着陸すると、男性二名と女性二名の騎士が降りて来た。


「うわっ!こ、これは・・・何ですか?」

 騎士たちは街中に突如として現れたミスリルの檻に入った二人の族を見て驚いている。


「ご苦労さまです。先程、この二人の族がこちらの女性を路地に引きずり込んで鞄を奪ったので捕まえておきました」

 驚いている騎士たちにキースは笑顔で答えた。

「こ、これは・・・どちらの騎士様でしょうか?」


「あ!グレース!あなたどうしてこんなところに!あ!た、大変だわ!ちょっとみんな!下がって!」

 女性騎士のひとりがグレースに声を掛けたかと思ったら急に血相を変えてその場にひざまずいた。その姿を見て他の騎士たちも僕と騎士団長の顔を見ると、瞬く間に血の気が引いていった。そして直ぐに女性騎士の後ろに並び、その場で膝を付いた。


「ウーラノスの大神にご挨拶を差し上げます」

「許します」

「皇子殿下とは知らず、大変失礼を致しました。私はフォンテーヌ王国騎士団所属ペネローペ・ボナールに御座います」


「エリアス・アルカディウスです。あなたはグレース嬢の姉君ですね?」

「はい。妹のグレースが大変お世話になっております」

 こんな所でグレースの姉君に遭遇するとは・・・


「世話になっているのは私の方です。先程、ボナール家に挨拶に行って来たところですよ」

「はい。皇子殿下が訪問されるとの連絡はいただいておりました。ご挨拶に出向けず申し訳御座いません!」

「騎士団の仕事があったのでしょう。良いのです」


「お気遣いを賜り感謝申し上げます。ところでこの族は、皇子殿下が捕らえて下さったのでしょうか?」

「いえ、捕まえたのは私の侍従です」

「ありがとう御座います。これから取り調べをさせていただきます」

「あぁ、その取り調べなのですが、私も立ち会わせていただけますか?」


「え?皇子殿下が取り調べを?」

「いえ、ちょっと気になると言いますか・・・」

「エリアス様、何故、この様なコソ泥風情の取り調べに立ち会われるので御座いますか?」

 ペネローペも騎士団長も不思議そうな顔で聞いてきた。


「騎士団長。彼らはまだ子供ですよね?それも風属性の魔法が強い様です。つまり、ただの一般民衆ではないはずでは?それなのに女性から金品を奪おうとする程お金に困っているということでしょう。その理由が気になるのです」

「あぁ、そういうことで御座いますか・・・」

 騎士団長はそう言いながら頭で何か思案している顔をした。


「その顔は騎士団長には理由が判っているということですね?」

「えぇ、まぁ・・・」


「バーナード公爵閣下、如何すればよろしいでしょうか?」

「うむ。エリアス様のご意向に従い我らも取り調べに立ち会おう」

「御意!カステル、騎士団長へ報告し、取り調べの用意と王宮の船をここへ」

「はっ!」


 グレースの姉君は王国騎士団のナンバー騎士だ。上腕にナンバーⅢと書かれている。

グレースと同じ様に魔力が大きいのだろう。髪も鮮やかな緑色で瞳はエメラルドの様に美しい緑だ。身長や容姿はグレースに似ているがグレースを男勝りにした雰囲気を感じるな。凛々しくて格好いい。


 直ぐにフォンテーヌ王家の立派な船が迎えに来た。流石、王族の船だ。とっても豪華だ。


「あの・・・このおりは・・・」

「あ。このままでは彼らを連行できませんね。では、ミスリルの拘束具で逃げられない様にしてから檻を消しましょう」


「この者たちをミスリルの縄で捕縛せよ!」

 キースは呪文を唱えると二人の族の胸回りにミスリル製の輪っかを出現させ縛り上げると同時にミスリルの檻を消した。


「ギュイーン!シュンッ!」

「痛たた!痛いよ!何すんだよ!」

「悪いことをしたんだ。仕方ないだろう?少しの我慢だよ。城に着いたら外してやるよ」

 キースは笑顔で兄が弟をたしなめるような口調で言った。


「ご協力感謝します!では、皇子殿下、公爵閣下ご一行は王家の船にどうぞ」

「ありがとう」

「お姉様、私もこちらの船に乗って良いのですか?」

「勿論よ、グレース。あなたは皇子殿下のお付きなのですからね」

「お姉様、ありがとう御座います」


 船が王宮に向かって飛び始めると、レオンが僕に聞いてきた。

「エリアス様、それで?先程はどうされたのですか?」

「あぁ、そのことか・・・僕はね、前世で、さっきと全く同じ状況で女性と二人の族の間に割って入り、そしてさっきと同じ様に逆襲を受けて・・・殺されたんだ」


「えっ?」

「そ、そんな・・・」

「情けないことにね。どうやら僕の心にはあのシーンが大きな傷となって残ってしまっている様だね」

「で、でも!エリアス様は獣だって怨獣だって倒すことができるではありませんか!」


「うん。そうだね。きっとあのシーンにだけに反応してしまうのかも知れないね・・・」

 僕の言葉に誰も言葉を返せず、王宮に着くまで誰も言葉を発しなかった。




 フォンテーヌ王城の玄関に降り立った。フォンテーヌ城は風の属性カラーの緑色が随所に使われており、帝国城に負けない大きさと美しさだ。


 玄関には既に王と王妃、王子と大臣と思われる臣下が並び立っていた。

「ウーラノスの大神にご挨拶差し上げます」

「許します」

「初めてお目に掛かります。私はエドワール・フォンテーヌに御座います。こちらは王妃、ジャクリーン・ルグラン・フォンテーヌと息子のロベールです」


「初めまして。エリアス・アルカディウスです。こちらはご存じバーナード公と私の侍従たちです。急な訪問となってしまい申し訳御座いません」

「とんでも御座いません。聞きましたところ、王都にて族に襲われていた女性を救っていただいた上に族も捕らえて下さったとのこと」

「はい。王都を見学させていただいていたところ、たまたま犯行現場に出くわしたのです」


「その族の取り調べに立ち会われるとお聞きしたのですが」

「はい。私はまだ、この世界のことを勉強させていただいている身です。気になったことはこの目でじかに見て聞いて学びたいのです」


「承知いたしました。では、今回は特別に謁見の間にて取り調べをいたしましょう」

「では、フォンテーヌ様も立ち会われるのですか?」

「はい。是非に」

「承知しました。よろしくお願いします」


 どういうことだろう?王の居ないところで勝手なことをされては困るってことかな?

それとも帝国の無能皇子が何をするのか興味本位で見たいだけだったりして・・・


 玄関から謁見の間に進むと、家臣たちが急場しのぎで席を用意していた。僕の席は王と王妃の隣にしつらえられた。

そこへ族の二人がペネローペと3人の騎士にがっちり両腕を掴まれたまま連行されて来た。


 二人は王の謁見の間に連れて来られ、顔面蒼白となり震えていた。

ちょっと可哀そうだ。自分たちは一体どうなってしまうのだろうと不安で一杯なはずだ。


 二人の前に出て来た騎士はバーナード公と同じ意匠の騎士服だ。ただし、配色は逆転したものだが。

そして、腕に「A」(エース)のナンバーが見えるので王国騎士団の騎士団長だ。確か名前はレアンドル・ミュラー公爵だな。この取り調べを取り仕切るのだろう。


「罪人よ、面を上げよ!」

「ひっ!な、なんだよ・・・これは・・・」

「ユーゴ、怖いよ!」

「勝手に口を開くな!」

「ひっ!」

 二人は怯え切っている。


「まず、名前を述べよ!」

「ユ、ユーゴです」

「ロ、ロ、ロビン・・・です」

「苗字は無いのか?」

「ふ、ふたり共、ありません」


「歳は?」

「僕は12歳、ロビンは11歳です」


「住所は?」

「王都の西の外れにある空き家に・・・その、勝手に住んでいます」

「つまり、親は居ないのか?」

「僕らは親に売られたそうです・・・それで・・・その先から逃げて・・・」

「二人共か?」


「そうです」

「二人だけで暮らしているのか?」

「・・・」

「別に探し出して捕まえようと言っている訳ではないぞ?本当のことを言うのだ」

「あの・・・あと4人居ます」


「4人とも売られた者たちか?」

「捨てられた者も居ます」

「お前たちが一番年上なのか?」

「そうです。僕らが面倒を見てるから・・・」


「そうか。それでお前たちは本日11時頃、王都クレメント通り2番街にて女性を襲い、鞄を奪おうとした。それで間違いないか?」

「あ、ありません」


「奪った鞄はどうするつもりだったのだ?」

「売って金に換えて食べるものに・・・」

「ユーゴと言ったな。お前は何年、その様な暮らしを続けているのだ?」

「僕は5年、ロビンは3年です」


「ふむ・・・何かご質問のある方はいらっしゃいますか?」

 ミュラー公は僕らに振り返って聞いた。大臣たちは皆、なんでこんなコソ泥の取り調べに立ち会わねばならないんだという不満そうな顔で黙っている。


 それでは僕から質問させてもらおうかな。


「それでは私から。君たちは私に風の魔法攻撃をしたね?髪の色を見ても一般民衆よりも明らかに魔力が強い様だ。君たちは貴族の子なのかな?」

「それは・・・判りません。物心ついた時には奴隷の様に働かされていたので・・・」

「なるほど。ミュラー公、一般民衆で彼らくらいの魔力を持つ子は居るものなのですか?」


「はい。下位貴族の長子でない者は一般民衆と結婚する場合が御座いますので、一般民衆にも魔力量30程度の者は非常に少ないですが存在します」

「では、この子たちの親は必ずしも貴族ではないのですね?」

「いえ、それは・・・」

 ミュラー公は言いよどむと、気まずい顔でバーナード公と顔を見合わせた。

するとバーナード公が一歩前に出て話し始めた。


「エリアス皇子殿下、私から申し上げます。一般民衆で魔力量の多い子が生まれると歓迎され大切にされます。売られたり捨てられたりする様なことは決して無いのです」

「では、やはり貴族の子ということですか?」

「恐らくは・・・高位貴族で稀に魔力量が低いと・・・」


「あぁ、やはりそういうことでしたか。無能の私に気を使う必要はありませんよ。高位貴族にとっては生まれてくる子の魔力が強いことは当たり前。そこに魔力量の少ない者が生まれた場合、使い道が無いばかりか家紋の恥となる。だから売り払ってしまえ。そういう話ですね?」

「ご推察の通りに御座います」


「うーん。とても残念なことですね。私がもう少し早く生まれていたら良かったのですが・・・ユーゴ、ロビン。魔力はね、私の様に無能であればどうすることもできないけれど、使える魔力量が少なくても使い方次第で怨獣を倒すことだってできるのですよ」

「そ、そうなのですか?」


「ユーゴとロビンの魔力量は?」

「僕は31です」

「僕は28です」

「ロビン、28でも他の属性の仲間と力を合わせれば、様々な攻撃ができるのですよ。それが判ったのは3年前なのですけれどね」

「ほ、本当ですか!?」


 それを聞いたユーゴの瞳が大きく開き、両の拳を強く握った。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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