表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
26/97

25.見学

 貴族学校の入学を控え、僕は小さな計画を立てた。


 僕の部屋には侍従の3人が集まった。グレースがお茶を淹れてくれて4人でテーブルを囲んだ。


「皆、もうすぐ貴族学校の入学なんだけどさ・・・」

「えぇ、そうですね」

「エリアス様、学校にはグレースを付き添わせるのですよね?私は護衛に付かなくてもよろしいのですか?」


「レオン。僕はトイレとか手を洗うだけでもグレースの助けが必要なんだよ。でも、護衛は必要ないかな?キースも居るしね」

 貴族学校では王族だけが侍従と警護の帯同を許されている。だが、無能皇子の僕が2人も付き添わせるのには、少々気が引けたのだ。


「はい!私がエリアス様をお守りします!」

「承知しました。では、キース。エリアス様を頼むぞ」

「お任せください!」

 キースは満面の笑顔でドヤ顔を決めた。相変わらず可愛い奴だ。


「それでね。僕らはこの一年、ずっと城と騎士団の敷地に閉じ籠っているよね?学校に行く前に少し気晴らしに行きたいなと思っているんだ」

「いいですね!是非、行きましょう!」

「どこへ行くのですか?」

「ですが、国外は不味いのでは御座いませんか?」


「あぁ、国外?うーん。国外と言えばそうなんだけど。風の国フォンテーヌの王都へ行ってみたいんだ」

「なるほど。フォンテーヌならば地続きですし、船で10分も飛べば行けますからね」

「それで・・・フォンテーヌの王都で何をされるのですか?」


「まずはグレースのご家族にご挨拶をね」

「え?わ、私の実家へ行かれるので御座いますか?」

「だって、折角フォンテーヌの王都へ行くのだからね。お世話になっているグレースのご両親に挨拶しないなんて失礼でしょう?」

「そ、そんな!お、おそれ多いこと・・・」


「その他はどこへ?」

「レオン、どこへという当ては無いんだ。帝国はアイオロス大陸のフォンテーヌ王国の一部に位置しているのに王都は上空を通過したことしかないんだ。この前、スチュアート王国に行った時にフォンテーヌ王国にはちゃんと行ったことがないなと思ったんだ」


「では王都を散策する程度、ということでしょうか?」

「そうだね」

「それならば、陛下もお許しくださると思います」

「グレース、お父様に謁見を依頼してくれるかな?」

「承知いたしました」




 その後、お父様に呼ばれ執務室へ赴いた。

「おお、エリアス。どうしたのだ?」

「お父様、お願いがあるのですが」

「お願い?なんだ?」

「私は帝国内で謹慎してもうすぐ一年になります。学校に入学する前にフォンテーヌ王国の王都を見学したいのです」

「見学?見るだけか?」

 お父様は僕がまた何かしでかすつもりなのかと疑いの目を向けて来た。


「帝都とフォンテーヌの王都は隣り合っているというのに、一度も行ったことがないのです。ついでにグレースのご家族にもご挨拶したいと思いまして」

「あぁ、そういうことか。何かしようと思っている訳ではないのだな?」

「あとは何か気に入った物でも見つかれば買い物も良いかと思っていますが」

「そうだな。エリアスはほとんど城に籠っている様なものだったな・・・」

 お父様は右手を顎に添えて何か試案している様だ。


「では、ニコラスをお目付け役として付けるならば許可しよう」

「騎士団長を?僕は信用されていないのですね?」

「そういう訳ではないぞ。あくまでも護衛ということだ」

「フォンテーヌは騎士団長の母国でもあるのですものね?」


「そういうことだ。それでは携帯端末に買い物ができる登録をしておこう」

「あ!そうか。僕、お金を使ったことが無いのです。お金を使っても良いのですか?」

「うむ。既にエリアスはこの世界のために多大な功績を挙げているのだからな。金額は気にせず自由に使って良いぞ」

「ありがとう御座います!お父様!」

 お父様って、皇帝の顔の時はやたらと怖いけど、父親の顔になるとやけに優しいんだよな・・・僕はこの世界では両親に恵まれている。幸せなことだな・・・




 一週間後にフォンテーヌ王国の王都へ5人で訪れた。

まずは事前に訪問の連絡を送っていたグレースの実家、ボナール侯爵家の王都の屋敷を訪問した。玄関には既にグレースの両親と兄、使用人が勢揃いしていた。


「ウーラノスの大神にご挨拶を差し上げます」

「許します」

「初めてお目に掛かります。私は当家の主、クレメント・ボナール侯爵に御座います。こちらは妻のロクサーヌ・マイヤー・ボナールと息子のヴィクターです」

「初めまして。エリアス・アルカディウスです。いつもグレース嬢にはお世話になっています。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」


「へ?・・・と、とんでも御座いません!私の様な者に・・・」

「エリアス様、普通、家臣の親に挨拶には出向きませんので」

 呆気に取られ恐縮するボナール候を見て、慌てて騎士団長が小声で助言をくれた。

「あ。そうなんだね・・・」


「お父様、お久しぶりで御座います。今日、お姉様は?」

「おぉ!グレースよ。元気そうで何よりだ。ペネローペだが騎士団の仕事が休めなくてな」

「そうでしょう」


「ささっ、中の方へ、ど、どうぞ!」

「では、お邪魔させていただきます」

 ボナール候は上ずった声で僕らをサロンへと招き入れた。


 サロンのソファに着席すると、早速、お茶とお菓子が供された。

「そう言えば紹介がまだでした。騎士団長は勿論、ご存じですね。こちらは私の侍従でレオン・バルデラスとキース・ジョンソンです」

「まぁ!あの?」

「あぁ、彼がそうなのか・・・」

「ふーん。彼がね・・・」


 グレースのお母さんがレオンを見て目を丸くし、お父さんと兄が品定めをする様に見つめながらつぶやいた。

「ん?レオンが何か?」

「あ!い、いえ・・・」


 ボナール候は言い淀みながらグレースの顔を見た。するとグレースの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。その顔をレオンは相変わらずポカンとした顔で見つめていた。そうか、グレースのご家族はレオンとのことを知っているのだな。これは好都合だ。


「ボナール候、私の侍従は本人が望む限り、生涯私と共に過ごすこととなるでしょう。勿論、その中での結婚も自由です」

「そ、それでは!娘は!」

「お母様、恐らく、ご安心いただいても大丈夫だと思いますよ」

 僕はグレースとレオンの顔を続けて見ながらグレースのお母さんに微笑みかけた。


「ほ、本当で御座いますか?!まぁ!あなた!」

「それは良かった!グレース、おめでとう!良かったな」

「ちょ、ちょっと!お父様!お母様!気が早過ぎます!」

「グレース、なんの話だい?何がおめでとうなんだ?」

「レオン!な、なんでもないのです!」

「なんでもない?そうか・・・」


 騎士団長はその様子を見ていて、肩をすくめると黙って首を横に振った。

これで両家の両親の許可は得た様なものだ。急ぐことはないだろう。


「そう言えば、ボナール候はフォンテーヌ王国で学校を経営されているのでしたね?」

「はい。一般庶民の学校で御座います。基礎クラスと専門クラスを備えて御座います」

「一般庶民の子は漏れなくその学校で学べるのでしょうか?」

「親元で暮らす子であれば」


「ん?親元で暮らしていない子が居るのですか?」

「はい。多くはありませんが、どこの国でも孤児は居りますので」

「孤児・・・そうですか」


 前世では僕もお母さんが亡くなってからは孤児みたいなものだった。これだけ文化が進んだ世界でも孤児は居るのだな・・・そうだ。街に出れば孤児の暮らしを垣間見ることができるかも知れないな。


「それでは、あまりゆっくりしていると街を見る時間が無くなってしまいますので、この辺で失礼します」

「そうですか?もっとゆっくりしていっていただきたいところですが・・・」

「えぇ、またグレース嬢と共にお邪魔することもあるでしょう」

「はい。是非、お越しくださいませ」


「グレース、良かったわね。素晴らしいお方の下で幸せになるのですよ」

「はい。お母様・・・ありがとう御座います」

「バルデラス様、娘をよろしくお願いいたします」

「え?あ、はい」

 レオンは何をよろしく頼まれたのか判らないまま生返事を返していた。皆が笑顔だから、まぁ、良いか。




 僕らはグレースの家を出るとフォンテーヌ王国王都の街を散策した。

王都の街並みは東京の都心にある繁華街と変わらない。いや、もっと近代化されている様に見える。お洒落だしきれいな街並みだ。


 商店が並ぶエリアは銀座や青山の様だ。お店を冷やかしながら歩くのだが、僕には物に対する欲はあまりないようだ。何を見ても欲しいと思うことはなかった。


「グレース、買い物なんて久しぶりでしょう?欲しいものがあるならお店に入っても良いのだからね」

「エリアス様は本当にお優しいのですね!でも、大丈夫です。お休みの日に買い物はできますから。今日はエリアス様が気になるものを存分にご覧ください」

「そうかい?ありがとう」


「特に買いたい物も見つからないな。随分と歩いたから休憩しましょうか。そこにある喫茶店に入りましょう」

「エリアス様、あの店は貴族用の店ではありませんが構いませんか?」

「えぇ、そんなことは気にしません。いや、庶民のお店だからこそ入ってみたいのです」

「それならば良いのです」


 騎士団長が先に喫茶店に入ると店主と思われる人に何やら耳打ちをしていた。

すると店主は僕の顔を見て、一瞬血の気が引いた顔をしたが、なんとか気を取り直して僕らを席に案内してくれた。


 席に着くと紅茶と店の一番人気だというケーキを注文した。

店の中に居た庶民の客たちは、目敏めざとく僕らに気付いて色めき立っている。


 僕らはワンピースを着たグレース以外、皆、騎士服だから目立ってしまう。女性客は僕を見つめて笑顔で歓声を上げている。


「キャー、エリアス皇子様よ!」

「本物の皇子様だわ!なんて素敵なの!」

「えーっ!本当に男性なの?なんてお美しい!」

「だって神様なのでしょう!あぁ、神様にお会いできるなんて!」

 何だか思いっきり恥ずかしいのだけど・・・


「流石、エリアス様ですね!大人気です」

「それにしても、王都は庶民の方ばかりの様だね?」

 貴族は体格が大きいし、髪の色が魔法属性の派手な色をしているから直ぐに見分けがつく。だが、この王都ではほとんど見かけない。


「そうですね。貴族は帝都で買い物をすることがほとんどですので」

「グレース、王都では買い物をしないのかい?」

「値段が違うのです。帝都の店は貴族用に高級品のみを扱います。王都では庶民向けのものを庶民が購入できる金額で売っているのです」


「エリアス様、それはフォンテーヌ王国だけの話です。他国には帝都は御座いませんので、王都に貴族用の店舗が並ぶ地域があるのですよ」

「あぁ、なるほど・・・そうなっていたのか。ではグレースはいつも帝都で買い物をしているんだね?」

「はい。左様で御座います」


 なぁんだ。街並みを見たら高級な商店街だと思ったのに、あれで貴族街ではないのか。やはり、この世界は僕が暮らした地球よりも文化が進んでいるのだな。


 程なくして店の中が落ち着きを取り戻すと、紅茶とケーキが運ばれて来た。

「グレース、この紅茶はどうだい?」

「そうですね・・・まぁ、及第点といったところでしょうか」

「うん。そうだね。やはり、グレースの淹れてくれる紅茶の方が美味しいね」

「まぁ!本当ですか?ありがとう御座います」


 グレースはとびきりの笑顔で礼を述べた。その向こうでレオンはグレースの顔を見て微笑んでいた。


「うん。ケーキも十分に美味しいと思うよ」

「そうですか?僕はやっぱり帝国城のパティシエが作るケーキの方が美味しいと思いますね」

「ふーん。キースは舌が肥えているんだね」

「えぇ、甘いものに目がないもので!」


 それにしても、この世界の食べ物も地球より進んでいると思うな。庶民の食事のレベルも高いのだろう。やはり庶民の暮らしぶりを見ると勉強になるな。


 休憩が終わり喫茶店を出ると、再び街並みを見て回った。

すると前方の路地の入口のところで小さく女性が叫ぶ声が聞こえた。

「キャッ!」

「うん?」


 僕は視界の端に男二人が若い女性を路地に引っ張り込んだのを捉えた。

「タッ!シュンッ!ドカッ!」

 反射的に身体を飛ばして片方の男を突き飛ばし、もう片方の男の肩に掴み掛かった。


「うわっ!」

「クッ!な、なんだ!こいつ!」

 僕に肩を掴まれた男は、身長150cm位の痩せた若い男だ。いや、まだ子供だ!

シンプルなシャツに汚れた茶色のボトム。髪は薄い茶色に緑色が混じっている。


「ユーゴ!助けてくれ!」

「クソッ!貴族か!」

 もう片方の男は若い女性の腕を掴み、彼女からぎ取った鞄を手に持っていた。そいつも同じ様な背格好で髪はやはり茶色に緑色が混ざっており、既に風のマナをうっすらと身にまとっていた。


 僕の姿を見るや女性と鞄から手を離し、魔法の詠唱を始めた。

「風の刃よ!敵を切り刻め!」

「シュバッ!シュバッ!シュバッ!」


 大きくはない緑色の魔法陣を出現させ、風の刃を飛ばして来た。

「なっ!」

僕はそのシーンが前世の自分が死ぬ場面と重なり固まってしまった。風の刃は僕の左腕をかすめ騎士服を斬り裂いた。


「ぬぅおーっ!エリアス様!」


 騎士団長は顔を真っ赤にし、鬼の形相で叫んだ。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ