24.司祭
僕は15歳となり、身長も180cmに届いた。
僕はこの1年、調査を自粛する生活を続けている。
そして学校へ入学する前にキースとの約束を果たすこととなった。
僕との模擬戦で一撃でも入れることができたなら、キースを僕の侍従にすると約束していたのだ。
帝国城の裏庭で模擬戦をすることとなった。使う剣はステュアート王国のライアン候に練成して貰ったミスリル製の刃の無い日本刀だ。審判はレオン。見届け人としてキースの父、帝国騎士ナンバーⅦのヘンリー・ジョンソンとグレースが立ち会った。
「ルールは5分以内にキースがエリアス様へ一撃でも入れられたらキースの勝ちとする。体術、魔法も使用可能。それでよろしいのですね?エリアス様」
「うん。良いよ。剣術だけならば勝負にならないからね。勿論、魔法の呪文を詠唱してから始めるので構わないよ」
「では、お言葉に甘えまして、先に呪文を詠唱させていただきます!」
「あぁ」
「レムノスの大地よ!我に力を集めたまえ!」
キースの周囲に金属属性の銀のマナが集まり始め、キースは銀の光に染まった。
「では、始め!」
「鋼の剣よ!敵を打て!」
「シュバッ!シュバッ!シュバッ!」
キースが日本刀を構えると、剣先から銀色の剣が出現しエリアスに襲い掛かる。
「キンッ!キンッ!キンッ!」
エリアスは刀を左右に小刻みに動かし、飛んで来る剣を打ち落としていく。
「ダンッ!」
キースはシルバーの剣を打ち出し終わるや否や踏み切り、2歩で間合いを詰めて飛び込むと同時に刀で真直ぐに突いて来た。
「シュンッ!」
エリアスは瞬時に後方宙返りして刀を躱し、着地と同時にキースに斬り掛かった。
「ビュオゥッ!」
キースも側転でエリアスの刀を躱すと、距離ができたところで魔法攻撃を放つ。
「鉄格子よ!我の面前に降り立ち賜え!」
「ザンッ!」
キースとエリアスの間に鉄格子が天から現れ立ち塞がった。
「ふふん!」
「ギンッ!」
「おわぁ!」
エリアスは笑みを浮かべながら鉄格子をミスリルの刀で難なく切り捨て、キースとの間合いを詰めた。
「ビュンッ!」
エリアスは切り裂いた鉄格子を潜る様に低い姿勢で抜けるとそのまま、キースの足を掬う様に刀を一閃した。
「シュワッ!」
キースは後方宙返りでそれを寸でのところで避け切った。
「キース、やるな!」
「へへっ!これからです!」
「ミスリルの壁よ敵を閉じ込めろ!」
「グォー!メキメキメキッ!」
地面からミスリル製の壁がそそり立ち、エリアスを四方から囲い込んだ。
「ぬ!こ、これは・・・」
エリアスはきょろきょろと周りを見渡すが、ミスリルの壁に囲まれたスペースは狭く、飛び上がっても壁を越せそうにない。万事休すか・・・ん?でもこれではキースだって攻撃できないのでは?
そう思った瞬間、上空から何かが降って来た。
「む!いかん!」
「ビシッ!ビシッ!バシッ!パシッ!」
金属の弾丸の様な塊が空から降って来たのだ。
エリアスはミスリルの刀を振り、必死に弾丸を防ぎ続けたが何発かが腕を掠めた。
「あー、駄目だ。キース、私の負けだ!」
「やったぁーっ!」
キースの叫ぶ声と同時にミスリルの壁も弾丸も消えて無くなった。
「キース。あんな魔法の使い方があったのだね。流石に無能の私では防ぎ切れないよ」
「申し訳御座いません。エリアス様。3晩寝ずに考えた策なのです!上手くいって良かった!」
「おい!キース!主を傷付けて良かったとは!お前!」
「レオン。良いのだよ。私もキースを甘く見て油断していたのだろう。今一度、自分を律しなくてはいけないね」
「エリアス様、直ぐに皇妃様に治療していただきましょう」
「グレース、このくらい大丈夫だよ。ちょっと掠って騎士服が破れただけさ」
「エリアス様、これで私もレオン様と同じ様に侍従にしていただけるのですよね?」
「あぁ、いいとも!キース。さっきの模擬戦は見事だった。あれは対怨獣でも効果的な攻撃になるのではないかな?如何ですか、ジョンソン候」
「はい。あのミスリルの壁は魔力が大きくないとできません。我が息子ながら大したものです」
「本当ですか!父上。それならば嬉しいです!」
「エリアス様、息子をよろしくお願いいたします」
「はい。ジョンソン候。キースをお預かりします」
キースは満面の笑みで喜びを露わにしている。素直な性格も彼の良いところだな。
それからは、レオンとキース、それにグレースも加わってもらって、魔法の研究に力を注いだ。
「皆、私はまだ、怨獣との戦闘をそれ程多く見ていないから、知らないところもあるのだけど、今までの戦闘は単調なものが多かったのではないかな?」
「そうですね。エリアス様に指摘されるまでは、魔法の複合攻撃など考えてもいなかったのですから」
「キースがやった様に怨獣を鉄格子や土とか石の壁で動けなくして攻撃するっていうのは安全度も高いし確実だと思うんだ」
「それは、常に金属と土の属性の騎士を伴って数名で組んで戦うということですね?」
「そう。今までは魔力の強い者が偉くて、個々の騎士がまるで力自慢をする様な戦い方だったのではないかな?」
「おっしゃる通りだと思います。弱いものは怨獣に易々と殺され、強いものはそれを嘲り、自分の力を見せつけることで立ち位置を確保しているのです。ずっとそうやって来たのです」
「そうやって、もたもたしている内に民衆が犠牲になっているのだよね・・・」
「でもさ。この前の戦闘でも夢幻旅団の戦闘は数分で決着していたよね?どの様な戦い方をしているのだろうか?」
「あぁ、伯父貴の部隊の戦闘は、全て個人技だと聞いています」
「それって、騎士全員の魔力が強いってこと?」
「基本的に夢幻旅団に入団できるのは魔力が90以上の者なのです」
「90?!」
「それって、マナが見える人。ってこと?」
「そうです」
「あれ?それならばレオンはその資格があるのだね?」
「はぁ、まぁ・・・一応は」
「何だい?自信が無いのかい?」
「いえ、俺は伯父貴に認められていないので・・・」
「なんだ、そんなことか。レオン、人の評価なんてものはいくらでも変わるものさ」
「そうでしょうか?」
「そうさ!私は生まれて直ぐに無能と診断され、誰にも期待されず、生まれて2時間で跡継ぎから外されたのだよ。そして第二皇妃を迎えることが決まり、リカルドが生まれたんだ」
「だけどその後、古文書を解読し、8歳で獣を倒し、12歳で怨獣を倒したら・・・どうなったかな?」
「皆がエリアス様を神様だと・・・」
「ね?変わったでしょう?そんなものなんだよ」
「ではエリアス様は、本当は皇帝の地位に即きたいとお考えなので御座いますか?」
「グレース、それはないな。ここだけの話だけど。お父様は世界中で消費する光のマナの供給源として帝国城からほとんど離れられないんだ。申し訳ないのだけど、私の前世の人の暮らしから考えると同じことは到底できそうにないよ」
「はい。皇帝陛下は世界の全ての人間のために自己を犠牲にしていらっしゃるのです」
「グレース。そうだね。私はね歴代の皇帝こそが神だと思うよ。私に真似はできない」
「では、エリアス様は何をなさるので御座いますか?」
「キース、そうだな・・・私にできることは、お父様やリカルドを支えるため、怨獣をこの世界から根絶する方策を考え実行することかな?」
「エリアス様っ!」
キースは立ち上がり、急に大きな声で呼び掛けた。
「うわっ!何?びっくりするな」
「私にもお手伝いさせてください!エレボスでもルミエールでもどこへでもお供いたします!」
「そうか。ありがとう!」
「キース、なんだよ自分だけ。エリアス様、私もキースと同じです。お供いたします」
「私もです!エリアス様!」
「え?レオンとグレースも?」
「はい!」
「あ!グレースも魔力は92だったね。グレースは攻撃魔法を撃てるの?」
「はい。私は騎士志望ではありませんでしたが、貴族学校では一通り学びましたので」
「エリアス様。グレースはとても強いのですよ」
「まぁ!レオン様!」
「様は付けない約束だが?」
「あ。あぁ・・・レオン。それは・・・」
「そうなんだね。グレースに戦闘に加わってくれと言うつもりはないよ。これからレオンとキースと一緒に攻撃魔法を色々と試して研究したいんだ。グレースもその研究に手を貸してもらえるかな?」
「はい!勿論で御座います!」
「ありがとう。みんな」
それからは他国へ調査に行けないので、城に籠って魔法の研究だ。一刻も早くお母様を探しに行きたいがそれは許されていない。焦る気持ちを抑えるためにも研究に没頭した。
中でもキースがやった様な相手を閉じ込め動けなくする魔法や、こちらを守る結界について調べて実践を繰り返した。
「これさ、あと水と土属性を持つ人も欲しいね」
「でも、魔力が強い人が良いのですよね?」
「そうだね。最低でも80。できれば90以上かな?」
「帝国騎士団の方ならばいらっしゃるのでは?」
「帝国騎士は常に警備が仕事なのですから、魔法の研究に付き合わせる訳にはいきませんね」
「それでは、もうすぐ帝国学校へ入学されるのですから、そこで見つけるのがよろしいでしょう」
「あぁ、そうだったね」
テレビでは連日、各国の聖獣とエリアス皇子の活躍を報じる特別番組が放送されていた。
神殿の自室でソファに深く座り、足を組んで番組を見ていた司祭はテレビを消すと、ゆっくり息を吐きひとり呟いた。
「あれから120年・・・エリアス・・・やはりあの男の再来・・・なのか・・・」
「それにしても・・・アニエス・・・神眼だけでなく魔眼も得ていたとは・・・それに聖獣と通じることができる・・・一体、いつその変化が現れたと言うのだ・・・」
「ふぅ・・・」
訝し気な表情でため息をつく司祭。その姿は絶対に人には見せない、いや見せられない。なぜならその髪はアニエスと同じ黒色で瞳は赤く光っていたからだ。
「トントン」
「司祭様、夕食のお時間で御座います」
使用人が廊下から告げると、司祭はゆっくりとした動作でマスクを装着し、立ち上がりながら髪を白く変化させていった。
「ガチャ」
司祭が扉を開くと、使用人は頭を下げたまま、廊下に立って待っていた。
「うむ」
食堂のテーブルには既に、妻のオードリー・デュポア・エヴァノフと息子のガブリエルが席に着いて主を待っていた。
「待たせたな。では食事にしよう」
食卓では誰も話さず、誰も他の者を見ようとしない。黙々と目の前の食事を口に運んでいた。
「ガブリエル、勉強は捗っているか?」
オードリーとガブリエルは、司祭が声を発したことに相当に驚き、委縮した。
ガブリエルは生まれてから一度たりとも父親の目を見ていない。マスクをした姿しか知らないのだ。
その得体の知れない容姿に人の親に対する愛情も感情も持ったことが無い。言い知れぬ恐怖が自分と父親との間に介在していた。その父親と会話を交わした記憶など一切なかったのだ。
それなのに。急に普通の人の親の様な質問を投げ掛けられ、全身に緊張が走った。
「は、はい。お父様。帝国学校で学ぶ内容も1年先まで進んでおります」
「うむ。よろしい」
「オードリー」
「は、はい」
「よくここまでガブリエルを育ててくれた。感謝するぞ」
「ありがたいお言葉で御座います」
オードリーは緊張しつつも笑顔を作り言葉を返した。
「さて、ガブリエル。もう直ぐ帝国学校へ入学するのだな?」
「はい。お父様」
「そこでお前に頼みがある」
「はい。どの様なことで御座いましょう?」
「お前と同学年で入学する、エリアス皇子殿下と聖女の学校での行いを全て私に報告するのだ」
「それは毎日でしょうか?」
「そうだ。どんなことでも、話した内容も全て報告する様に」
「承知いたしました」
「それともうひとつ。もう知っているとは思うが聖女は黒い瞳に黒い髪だ。次期皇帝となるリカルド皇子殿下の妻になることはないであろう」
「はい」
「ガブリエル、その聖女は必ずやお前が妻に迎えるのだ」
「せ、聖女を私の妻に?」
突然の言葉に戸惑うガブリエルに、母のオードリーは優しく諭す様に話し始めた。
「ガブリエル。本来、第一聖女は皇帝の妻となり、第二聖女は皇帝の跡取りが生まれた後に司祭の妻となることが決まっているのですよ。ただし今回の第一聖女は、力は強くてもその容姿が皇帝の妻として相応しくないのです」
「お母様、それではその黒髪の第一聖女が私の妻となることは、もう決まっている様なものなのですね?」
「そういうことです」
「そう、決まった様なもの・・・だ。だが、確定ではない。現皇帝が二人の聖女を妻にした例もある。だからこうして念を押しているのだ。良いか?ガブリエル」
「は、はい。お父様」
ガブリエルは心の中で自問自答した。
あぁ、お母様は聖女ではないのでしたね・・・つまり、僕は自分の妻を自分の意思で決めることはできないということですね・・・
貴族は皆、自分で結婚相手を決めることなどできないとは聞いていました。それは仕方のないことです。
それにしても・・・あの黒髪の聖女・・・聖女なのに黒い髪って・・・本当に聖女なのでしょうか・・・でも、お父様があの様におっしゃるのですから、聖女なのでしょう・・・
ガブリエルは釈然としないまま、神殿の司祭の息子として生まれた自分の運命を静かに受け入れるしかなかった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!