20.浄化
フェニックスはペガサスの時の様に僕に近付いて来た。
僕の目の前に立つと僕に一度頭を下げる様な仕草をし、そして首を僕の肩に乗せた。
僕は驚いた。だって、相手はフェニックスだ。燃えているのだから。近付いただけで熱を感じる。でも、何故か耐えられない熱さではないし火傷する様な感覚も無い。
火傷と言えば、先日のレオンの攻撃で嫌という程に味わった痛みだ。そのトラウマもあり火を見るのは少し怖い。でも至近距離に近付くと燃える様な熱さは無く、どちらかというと温かみを感じた。
「君はフェニックスだよね。ペガサスと同じ様に私の友人になってくれるのかな?」
僕がそう言うと、フェニックスは僕の頬に顔をすりすりと擦り付けた。
「クルゥ」
「ふふっ、くすぐったいよ」
皆は、フェニックスの炎の熱さのせいか、それとも聖獣の圧倒的な存在感に押されているのか、身動きもせず僕らを見守っていた。
その時、ゴメス伯が屋敷から顔を出した。屋敷の外がフェニックスの炎で明るく照らされていたので見に来た様だ。
「それは・・・怨獣ですか?!」
すると、フェニックスはゴメス伯に向かって走り出した。
「トテテテテッ!」
「ゴウォッ!」
なんと!フェニックスはゴメス伯に向かって嘴を開いたと思った瞬間、躊躇なく煉獄の炎を打ち放った。
「ボッ!」
真直ぐにゴメス伯に向かって放たれた真っ赤な炎は、あっという間にゴメス伯を包み、彼の姿は煉獄の中で蒸発した。
「うわっ!なんで?」
僕は驚き、身動きできなくなった。聖獣って人間を殺すこともあるんだ・・・それは皆も同じで声を上げることもできずにいた。
そうしてフェニックスを見つめていると、その向こう、屋敷の陰からねずみの怨獣たちが一斉に飛び出して来た。
その数、20、いや30は居るだろうか・・・
そして、怨獣たちは一列に整列する様に並び、フェニックスに向かって立ち上がると鼻をひくひくさせている。
「一体、どうしたというんだ?」
すると、フェニックスの身体が白く光り、赤い炎が白い陽炎の様に変化した。そして怨獣たちに向かってフェニックスは嘴を開いた。
え?怨獣を焼き払うのか?何故、怨獣は逃げないんだ?
「パウッ!」
フェニックスの嘴から白い光なのか、炎なのか判別がつかない光の様なものが怨獣に向かって放たれた。
「シュゥーッ!」
白い光に包まれると、怨獣は次々に元の普通のねずみに姿を変えていった。そして白い光の中で黒く細かな粒子が霧散していった。
「な、なんと!ねずみに戻ったぞ!」
「し、信じられない!」
「怨獣の怨念を浄化したというのか・・・」
あぁ、そうか。あの白い光は聖獣の持つ聖属性魔力から出たもの。そして怨獣の怨念を浄化し、元の獣の姿に戻したということか。
では、ゴメス伯に罰が与えられたことで怨みは晴れ、怨みを持ったまま死んで怨獣と成れ果てた人間の魂は成仏したと考えて良いのだろうか。
ねずみ達は元の姿に戻ると、一匹、また一匹とフェニックスを見つめた後、屋敷の裏の茂みへと走って消えて行った。
ねずみが全て居なくなると、フェニックスは僕に振り返った。
そしてまた、てけてけと僕に近付く。すると今度はペガサスがした様に首を下げた。
「もしかして・・・君に乗れと言うの?」
「クルルーッ」
「そうなのか。乗って良いのだね?」
僕は恐る恐るフェニックスに跨った。すると首を持ち上げ走り出した。
「エリアス様!どこへ?」
「え?わからない。なんか乗れって言っているみたいだから、その辺を少し飛んで来るよ!」
「えーっ!そんな!大丈夫なのですか!?」
「ルーナと同じでしょう?きっと大丈夫ですよ!」
バサバサと羽ばたきながら夜空へ飛び立ち、ゴメス伯の城の周辺を周回した。
「君はペガサスと友達なのかな?ルーナを知っているの?」
「クルーッ!」
うーん。何を言っているのか解からないけど。そうだよ。って感じなのかな?
あ。これ、アニエスだったら会話できるのかな?
「君たち聖獣はなんで僕に優しくしてくれるのだろう?君たちにとって僕は何なの?」
「クルルーッ!」
「ははっ。やっぱり解からないや」
あぁ、それにしてもこの世界は美しい。自然は豊かだし、夜空の月も星も本当にきれいだ。
そこにマナの光の川も見えるのだからな。夜でもマナは光り輝いている。それが星々の輝きと合わさって、幻想的な美しさとなっている。
更にペガサスやフェニックスの様に美しい聖獣も存在するなんて・・・本当に素晴らしい世界だ。
遠くに見える山は噴煙を上げ、赤い溶岩が少しずつ流れ出しているのが判る。流石、火の大陸だな・・・一頻り夜空の飛行を楽しんだところで、ゆっくりと降下し、皆の所へ戻った。
皆は声を上げながらも怖いのか近付いては来ない。遠巻きに見つめている。
「フェニックス。今夜はありがとう。ゴメス伯を消したことはどうなのか判らないけれど、彼への怨みを晴らしたことで怨獣が成仏し、ねずみ達が元の姿へ戻れたことは良かったと思うよ」
「クルーッ!」
フェニックスは鳴きながら空を向き、そのまま羽ばたいて飛んで行った。
「ありがとう!」
「クルルーッ!」
フェニックスは高い夜空へと飛び、赤い炎の残像と黄金のマナを残しながら消えて行った。
そして漸く、全てを見守っていた皆が僕に近付いて来た。
「エリアス様、火傷はしていないのですか?」
「え?あ、うん。大丈夫だね。燃えている様に見えて、実際に触れてみると温かいだけなんだ」
「そうなのですね!これは明日から世界が大騒ぎになりますよ!」
「え?どうして?」
「ペガサスに続き、フェニックスも実在していることが判ったのです。その両方にエリアス様は乗ったのですから!」
「でも、それを知っているのはここに居る者だけだよね?」
「いえ、この映像は船から撮影されています。テレビで全世界に放映されますから」
「え?そうなの?ペガサスの時も?」
「はい。撮っていましたし放映もされました」
あぁ、僕はテレビを観ないから知らなかったよ。
「もうすっかり、エリアス様は神様との認識で御座いますよ」
「え?副団長が言っているだけではなかったのですか?」
「それはもう!一般民衆は既にほとんどの者が神様と認識し、崇拝しております!」
なんて嬉しそうに言うのだろう。まったく・・・
「あぁ・・・なんだかなぁ・・・もう」
「それにしても、フェニックスがゴメス伯を殺してしまったことはどうなのですか?」
「それは当然で御座いましょう。我々、貴族ではそこまで断罪できませんでしたが、此度は神の裁断で御座いますからね。誰も文句は言えますまい」
「そうですか。その辺については私から言及はできませんが、フェニックスが怨獣を浄化できることが知れたのは大発見だと思います」
「全くその通りで御座いますね。ただ、聖獣に怨獣退治を依頼できる訳でも御座いませんが」
「そうですね。その辺は今後も調査を続けないといけませんね」
「エリアス様、聖獣が怨獣を浄化できるのか、アニエスからルーナに聞いてもらえば良いのでは御座いませんか?」
「おぉ!ベルティーナ。それは良い考えですね。是非、聞いてみたいところです」
「あれ?今更なのだけど。聖獣って、神様の様な位置付けなのですか?」
「はい。聖獣は神の遣いで御座います」
「で、神とは?」
「エリアス様です」
「い、いや、そうではなく・・・」
「エリアス様は神様です。そうとしか思えません」
「そうです。魔力を持たずに獣や怨獣を倒し、聖獣にあの様に崇められていらっしゃるのですから」
「そうだ!正にその通りです!」
「レオン、君まで・・・止めてよ!」
興奮するレオンの腕にしがみ付く様につかまり、身を寄せるグレースの笑顔がやけに心を温かくしたのだった。
翌日、ゴメス伯と怨獣、それにフェニックスのことを報告するため、アルフォンソ王宮へ参上した。挨拶を済ませると、早速、王アルフォンソが興奮気味に質問して来た。
「エリアス皇子殿下。昨夜映像を見せていただきました。私もフェニックスを見るのは初めてで御座います。やはり・・・」
「あ、あの!フェニックスがゴメス伯を殺してしまったのです。それはどう判断されますか?」
失礼を承知で王の言葉を遮った。王にまで神様扱いされるのは気が引けたからだ。
「殿下、ゴメス伯はそうなって然るべき行いをして来たのです。あ奴が何人の使用人たちを手籠めにし、無惨に殺して来たか・・・因果応報というものでしょう」
「そんなことを・・・だから夢幻旅団も放置したのですね?」
「コンラードは特にあ奴を嫌っていたのですよ」
「聖獣はそれを知っていたのでしょうか?」
「聖獣は神の遣い。神からのお告げを受けての行動かも知れません」
「そうなのでしょうか・・・」
「あの!エリアス皇子殿下!」
真っ赤な可愛らしいドレスを着ているレティシア王女が、真っ赤な顔をして声を掛けて来た。
「レティシア王女殿下、如何なさいましたか?」
「わ、私のことはレティシアとお呼びください・・・あの、昨日のフェニックスも素晴らしいと思いましたが、私はペガサスの方が美しいと思うのです。帝国に、風の国へ行きましたら私もペガサスに触れることが叶いますでしょうか?」
「あぁ、あのペガサスはルーナという名前なのです。もう一人の聖女アニエスと仲良しなのですよ。帝国の学校に入ったなら、アニエスに会えるでしょうから頼んでみたら良いのです」
「あ!あの黒髪の聖女の方はアニエス様とおっしゃるのですね?それにルーナ!」
「そうです。アニエスは心優しい女性です。レティシアがお願いすればきっと願いを叶えてくれるのではないでしょうか」
「あぁ!楽しみです!」
レティシアは両手を胸の前で結び、頬を赤らめて興奮していた。
「レティシア。帝国の学校へは遊びに行くのではないのですよ?」
「は、はい。お母様。心得ております」
「王妃殿下、ペガサスはアドリアナお母様を聖女と認識していたそうです。聖獣と聖女には何か通じるものがあるのでしょう。聖獣との交流も聖女の務めと考えます」
「そうで御座いますよね!エリアス様!あ。私ったら・・・失礼致しました」
「レティシア。エリアス皇子殿下。だ!」
「申し訳御座いません。エリアス皇子殿下」
おやおや、今度は王からも叱責されてしまったな。ちょっと厳し過ぎると思うな。
「レティシア。私のことはエリアスと呼んでいただいて良いのですよ。まだ少し先のことにはなりますが、ルーナに会えるのを楽しみにしていてください」
「はい!エリアス様!」
報告を済ませ王宮を出ると、レオンのお父さんが別れを言いに来た。
「レオン、大丈夫だとは思うが、エリアス皇子殿下にしっかりとお仕えするのだぞ」
「はい。お任せください。ご心配をお掛けし、申し訳御座いませんでした。母上にもよろしくお伝え下さい」
「うむ」
アルテミスに戻ると、レオンが顔を近付けて言った。
「エリアス様、レティシア様はエリアス様をお慕いされているのでは御座いませんか?」
「え?そうかな?私のことよりもペガサスに夢中。って感じだったと思うけど?」
「いやぁ、そんなことはないでしょう!気がつかなかったのですか?」
「ふ。レオンに言われたくはないな。レオンだってグレースから・・・」
「エリアス様!」
グレースが叫ぶ様に僕を止めると、真っ赤な顔で両手を強く握りしめながら立ち竦んでいた。
「あ。グレース、口が滑ったね。ごめん、ごめん」
「え?何のことですか?」
「どうなんだい?グレース」
「まだ良いのです。エリアス様!」
「そうなんだ」
「え?なに?」
レオンは相当に鈍感な様だ。でもグレースはじっくりと愛を育みたいのかな?
お兄さんは余計な口出しをせずに、温かい目で見守れば良いということか。
「エリアス様、聖獣が怨獣の怨念を浄化した話ですが、アニエスに聞いてみるのですか?」
「ベルティーナ。そうだね・・・うーん。聞きたいけれどそれだけで会いに行くのもね」
「電話をすれば良いのではありませんか?」
「アニエスの電話番号を知っているの?」
「えぇ、前回、家庭教師を連れて行った時に聞いておきましたから」
「ふーん。そうなんだ・・・でも、電話で話すだけというのもね・・・」
「そういうものなのですか?」
ベルティーナの顔には?マークが浮かんでいる様だった。
だって僕は女性とお付き合いしたことが無いのだ。アニエスと二人だけで、しかも顔を見ることもなく話すなんて・・・何を話したら良いのか全くわからないよ・・・
大体、僕が女性と付き合うなんて・・・結婚する気も無いのに・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!




