19.臆病
怨獣が逃げる?怨獣は人間を憎み、怨みをぶつけて来るもの達の筈だが?
僕だけでなく皆も驚いた顔になり、悲惨な姿となった城を見つめた。
「ゴメス伯、怨獣が逃げるとはどういうことなのでしょう?」
「それでしたら今夜、実際に見ていただければお解かりになるかと・・・」
「あぁ、怨獣は夜にしか現れないのですな?」
「はい。毎晩やってきます」
「毎晩?!」
「そんなに襲われていて、ゴメス伯はよく無事で居られますね?」
「私も退治してやろうと出て行くのですが、私の姿を見ても逃げるのです」
「はぁ?」
「そんな怨獣の話は聞いたことがありませんな」
「はい。皆さん、そうおっしゃいます」
「まぁ、その怨獣とやらを見てみないことには始まらないな」
「では、夜になったらまた参りましょう」
「はい。お願いいたします」
ゴメス伯は生気の無い顔で力なく言った。
夜になるまでアルフォンソ王城の隣にある、僕の祖父母の別宮に呼ばれ、立ち寄った。
呼ばれたのは僕とレオンだが、今回は国外遠征なのでグレースも伴っている。
案内され大きな食堂に入ると、そこには祖父母だけでなく、レオンの両親も来ていた。
レオンの母親が息子の顔を見るなり猛ダッシュで駆け寄り抱きついた。
「レオン!あぁ・・・レオン!よく生きていてくれました!」
「お母様・・・」
レオンは皆の前で母上に抱きつかれ、ちょっと恥ずかしそうだ。
すると、横目でちらと僕を見つけ、我に返ったレオンの母上が慌てて僕に向き合い頭を下げた。
「初めてお目に掛かります。私はレオンの母、シルビア・ベルトラン・バルデラスに御座います」
「初めまして。私はエリアス・アルカディウスです」
「この度は、不肖の息子がこともあろうに帝国の太陽である皇帝陛下のご子息様に手を掛けるなど死罪となって当然のところ、お情けをいただくどころか侍従に召し上げていただいたとのこと。どれ程の恩義を捧げれば良いのでしょうか」
「いえ、レオンは私の役に立ってくれています。お気になさらず」
「レオン、身体が一回り大きくなったのではないか?」
「父上、エリアス様の鍛錬のお陰で御座います」
「そうか。元気そうで何よりだ。エリアス様の期待にお応えするのだぞ」
「はい」
「ん?そちらのお嬢さんは騎士ではないのかな?」
「あぁ、こちらはグレース・ボナール嬢。フォンテーヌ王国ボナール侯爵の令嬢で、私の侍従です」
「皇子殿下の侍従で御座いましたか」
「今回は怨獣の調査に帯同させましたので、騎士服を着せております」
赤の騎士、アルフレッド・バルデラス団長はグレースを品定めする様に見て言った。
「もしかして、ボナール嬢は魔力がかなり強いのでは?」
「私の風属性の魔力は92で御座います」
「92!それは強いな。なぁ、シルビアよ」
「えぇ、そうですね。私よりも強いなんて・・・あら。レオンよりも強いのね」
「ボナール嬢は騎士志望なのかしら?」
「いいえ、私は騎士を目指してはおりません」
「まぁ!そうなのね・・・レオン。どうなの?」
あぁ、そういうことか。魔力の強い女性を嫁に欲しい。そういう話なのか。それにしても露骨だな。貴族って挨拶からこういう話になるのか・・・
「母上、どうなの、とは?」
「あぁ・・・この子ったら、未だにこういうことには興味が向いていないのね」
「レオンのお母上。そのことでしたら大丈夫ですよ。ね、グレース」
「まぁ!エリアス様!」
グレースは両手で頬を抑えて真っ赤になった。
「あら!まぁ!そうなの?あら、大変!」
「そうか。レオン。でかしたぞ!」
「え?なに?なんなの?」
レオンだけが取り残され、その場は祝福ムードとなった。知ーらないっと。
宴席に着くと、グレースは侍従であるのにレオンの隣に席が設けられた。
きょとんとするレオンの隣で真っ赤になって俯いて座るグレースが可愛らしかった。
「ところで、エリアス。あなた以前会った時から随分と成長した様ですね」
「はい。お祖母様。あの時は5歳で125cm程でした。今はもうすぐ13歳で168cmですから」
「13歳でもう、私と同じ位になったのね」
お婆様は以前とは少し違う、優し気な表情で僕を見つめた。なんだか僕に対する見方が変わったのだろうか?
「それで、怨獣も倒したそうだな?」
「はい。お祖父様。大型の熊型でした」
「魔力は無くとも技術さえあれば、怨獣とは倒せるものなのだな」
「はい。その様に考えます」
夕食が供され、僕たちは食事をしながら会話した。レオンが団長にお伺いを立てる。
「お父様、今日はセレドニオ・ゴメス伯爵の屋敷に出るという怨獣の調査で来たのです。ゴメス伯の話では怨獣が逃げてしまうので捕らえられないとのことでしたが?」
「うむ。もうお手上げでな。夜に見張り、怨獣が出たところで攻撃しようとするのだが、騎士の姿を見た瞬間に逃げてしまうのだ」
「逃げると言っても追いかけて攻撃すれば良いのではありませんか?」
「いや、恐ろしく素早いのだ。それに穴に逃げ込んだりもするしな」
「え?どんな獣なのですか?」
「ねずみだよ」
「ねずみ?」
皆が声を揃えた。
「ねずみの怨獣?ということは小さいのですか?」
「そうだな、体長は10cmから大きくても15cm程だ」
「本当にねずみなのですね」
「怨獣のくせに臆病なのですね。それは人間であった時の魔力がかなり小さいということでしょうか」
「皇子殿下。実は、ゴメス伯なのですが、怨獣に襲われる様になるまで、金に汚く、女にも目がない奴でしてね」
「なんですって?貴族の風上にも置けない奴ですね」
レオンは正義感が強いのだな。そんなにいきり立つなんて。僕のイメージでは貴族なんて一定数はそういう輩が居るものだと思っていたけどな。
「では、もしかして怨獣となっているのは貴族ではない娘たち?」
「その可能性が高いですね。だから貴族どころかゴメス伯にも近付きたくないと逃げるのでしょう。しかし怨みはあるし復讐はしたい。そんなところでしょうか」
「あぁ・・・それで夢幻旅団もやっていられないと?」
「いい気味だ・・・と言って笑っていました」
「なるほど・・・それでは、今のところは近隣の家や畑に被害は無いのですね?」
「はい。そうです」
「それで放置されていたのですか」
「皇子殿下、どうされるおつもりなのですか?」
「そうですね。ゴメス伯は既に財政的に窮地に立たされているのでは御座いませんか?」
「えぇ、このままでは近く、子爵へ降爵されるでしょう」
「今までの悪行を考えると助けたくない気持ちになることも解かるのですが、あの土地に怨獣を放置すれば、人が寄り付かず荒廃するだけでしょう。国としてもそれを放置することは良くない筈です」
「では、退治されるのですね」
「退治できるかは判りませんが、できる限りやってみます」
それからサロンへ移り、出発の時間までお茶をいただくこととなった。
そこへ客が現れた。アルフォンソ王国の王と王妃、それに王子と次期聖女である王女だ。
「初めてお目に掛かります。私は火の国アルフォンソの王、ハビエル・アルフォンソで御座います。こちらは王妃アナスタシア・ディアス・アルフォンソ、王子フェルナンド、王女レティシアに御座います」
「初めまして。エリアス・アルカディウスです」
「皇子殿下は、12歳とお伺いしておりましたが?」
「はい。そうです。来月13歳になりますが」
「フェルナンドと同い年だというのに、もうそんなに大きく成長されていらっしゃるのですね」
そうは言ってもフェルナンドも160cmはある。大きい方だろう。そう言う王ハビエルは200cmある大男だが。レティシアは10歳でまだまだ子供だ。
「そう言えば、次世代の第一聖女候補が現れたそうですね」
「えぇ、そうですね」
「その娘の瞳と髪は黒いのですね・・・」
「誰からそれを?」
「テレビで拝見しました」
テレビで報道されたのか・・・まぁ、聖女のことは世界の一大事ということか。
「あぁ、そういうことでしたか。えぇ、確かに髪は黒いですね。それが何か?」
「いえ、リカルド皇子殿下に相応しいのか・・・と」
「その聖女は私と同い年です。2年後には帝国の貴族学校へ入ります。その2年後には、リカルドとレティシア王女も入学されるでしょう。その際に見定めていただければ良いのではないでしょうか?」
「ごもっともで御座いますね。良いかレティシア。其方の主人となるお方のことだ。しっかりと見定めるのだよ?」
「はい。お父様」
自分の意思ではなく、言わされている感が強いな。まだ子供だもん。わかんないよな。
この世界の貴族は自分の身分と魔力の強さのことしか考えていない。これを変えることはできるのだろうか?
その後、軽く世間話をして出発の時間となったため、祖父母と王たちに別れを告げた。
アルテミスで暗闇の中、ゴメス伯の城へ向かい、先程と同じ位置へ着陸する。
船から降り、辺りを警戒し耳を澄ましながらゆっくりと城に近付くと・・・
「カリカリ、コリコリ」
あちこちから壁を齧る音が聞こえてくる。どうやらねずみの怨獣が居るらしい。
僕らは予め打ち合わせをした。派手に魔法の呪文を唱えれば直ぐに気付かれ逃げられてしまう。
ここは魔力の無い僕がそっと近付いてみて、気付くのかどうか試してみようということになった。皆は遠くで見ているだけ。僕は抜き足差し足で音を立てない様に屋敷へ近付いて行く。
すると15cm位のねずみの怨獣が10匹程、懸命に城の壁を齧っていた。
その怨獣は体毛が黒く、黒い尻尾が体長と同じ位に長い。口からは鋭い牙がはみ出し、頭から首にかけて長く黒いリボンの様な紐状のものが靡いている。
背骨は少しだけ浮き出し、突起の様にゴツゴツしている。見た目はそれほど怖くない。何故なら小さいからだ。これで素早く走られたら追いつくだけでも大変だ。更に標的が小さいから刀を振っても当てられるのか心配になった。
少しずつ距離を縮めて行くのだが、どの怨獣も僕に気付かない。やはり僕に魔力が無いからなのだろうか?
そう考えた時、一匹の怨獣が突然、齧るのを止め僕に振り返った。
なんだか小さいから、ちょっとだけかわいいな。などと腑抜けたことを思った瞬間。
「キキーッ!」
その怨獣は金切り声の様な声を出した。すると一斉に他の怨獣も動きを止め、一目散に屋敷裏の茂みに向かって逃げ出した。
「トタタターッ!」
なんという速さだ。あっという間に見えなくなった。うわぁーやっちゃった。
僕は皆のところへとぼとぼと歩いて戻った。
「逃げられました。初めは私に気付かない感じだったのですが、斬り込める間合いに入った瞬間に気付かれて逃げられました。そして逃げ足が恐ろしく速いのです」
「エリアス様でも追いつけないのですか?」
「レオン、そうだね。今度は気付かれる前に走り出せばあるいは一匹位は斬れるかも?でも、10匹以上居たからね。全て退治するには何日も掛かるかも知れない。何か他の作戦を考えた方が良いかな?」
「こちらからは怨獣の姿は見えませんでした。相当に小さいのですね?」
「えぇ、15cm位しかありません。本当に大きさはねずみです」
「これは厄介ですね」
その時だった。グレースが空を見上げ声を上げた。
「あ。あれは何でしょう?」
「え?」
皆が空を見上げ、燃える様に赤く光る物体を見つけた。
それは空中で円を描きながら飛び、段々と降下して来る様だ。その鳥は羽ばたく度に炎の赤いマナと黄金のマナを霧散させていた。
「鳥?でしょうか?」
「鳥にしては大きいですね。それに今は夜ですよ?」
「まさか!」
お供として付いて来た赤の騎士、レオンの父が叫んだ。
「もしかして・・・フェニックスでは?」
「え?火の国の聖獣フェニックスですか?」
段々とその姿が大きくなって来て、どうやら鳥であることは間違いない様だ。
「あ、あれがフェニックス!」
「凄いです!団長!ペガサスに続き、フェニックスにも会えるなんて!」
ベルティーナが興奮して、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
そして、フェニックスは僕らの前に羽ばたきながら着地した。
羽ばたく度に赤い炎の様なマナが飛び散る様に宙に舞う様が美しい。
翼を広げた時の大きさは、ペガサスと同じ位ある。こんなに大きな鳥は見たことがない。
赤やオレンジ、所々に黄金の羽毛と羽に覆われ、頭から背中に向かって長い羽毛が靡いている。
尾っぽの羽は長く、その中に7色に輝く羽が光っている。でも一番印象的なのは、身体全体から蜃気楼の様な炎がメラメラと立ち上がっている所だ。皆がその美しさに息を呑み、身動きもできずにその姿を凝視していた。
するとフェニックスはてけてけと歩き出し、僕に近付いて来た。
お読みいただきまして、ありがとうございました!