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無能皇子と黒の聖女  作者: 空北 直也
19/97

18.侍従

 レオンに僕の侍従となってもらう交渉が始まった。


 キョトンと呆けた顔をしたレオンに僕は真顔で話し始めた。


「侍従というのは建前です。実際には私の鍛錬に付き合っていただき、まずは剣の道を極めます。レオンには身体を鍛え直すところから始めてもらいますけれどね。そして、魔法の研究にも付き合ってもらいたいのです」

「剣の鍛錬はわかりました。でも、魔法の研究とは?」


「知っての通り、怨獣は元貴族の成れの果てです。そして貴族だった時の魔力量によって獣型、人型に別れ、更には再生能力の有無にも関わる様です」


「私には魔力がありませんので、レオンには魔法でできること、怨獣となって現れる能力の区別などの研究に力を貸してもらいたいのです」


「それは怨獣と戦うこともあるのですか?」

「勿論です。帝国騎士団に随行し調査を行い、怨獣と出くわせば戦闘にもなります」

「それは願ってもないことです」


「レオンはアルフォンソ王国の騎士団からは外されるのですよ?」

「それは・・・当然でしょう」

「無能皇子の言いなりに動かなければなりません」

「私は死罪になると思っていました。命が繋がるならば何でもします」

 顔は至って真面目だ。嘘を言っている様には見えない。


「レオン。先に言っておきますが、実は私はこのウーラノスではない、別の世界から来たのです」

「え?それは・・・神様の?」

「そうです。皆さんが神だと言っている、5代前の皇帝も私と同じ世界から来た人間です。そして私はその世界で21歳まで生きていました。その記憶が全てあるので、精神的な年齢はレオンやオスカルよりも上なのです」


「それで何でも知っていて、落ち着いていらっしゃるのですね?」

「そうです。そしてその世界でも剣術をやっていました」

「あぁ、その技術があるから、あんなに強かったのか・・・」

「そういうことです。それを言わずに決闘をしたこと、申し訳なく思っています」


「そんなこと!それでも私がしたことは許されないことです」

「レオン、終わったことの話はもう良いではありませんか。これからの話をしましょう」

「ありがとう御座います。では、私にもその剣術を教えていただけるのですか?」

「えぇ、勿論です」


「レオン。剣術は教えますし、身体も鍛え直します。全てを得た時、あなたは赤の騎士よりも強くなるかも知れません」

「父上より?」

「えぇ、でも約束してください。例え父上に勝ったとしても、それを自慢したり、おごった態度を取らないと」


 レオンは歯を食いしばると絞り出す様な声で話し始めた。

「あぁ・・・俺は・・・私は、自分の魔力が大きいことに頼り切っていたのですね?」

「レオンの焦る気持ちは良く解かります。あれだけ強い人間があなたの周りに沢山居るのですからね、幾ら努力しても自分が小さく感じたことでしょう」


「私は自分に自信が持てていなかったのですね・・・だから無駄に虚勢を張って・・・」

「レオンが置かれた環境ならば、その様に自己顕示欲が強くなることは仕方がないことです。認めて欲しかったのですよね?」

「そうですね・・・私は次男です。公爵家を継げる訳ではないですし、騎士団の長を任されることもないでしょう。ただ、魔力が強いだけで・・・誰も認めてはくれませんでした」


「そういう人たちを憎んでいましたか?」

「そうですね・・・憎んでいたのかも知れません」

「そういった貴族の家督の争いや魔力の大きさでの差別。それが貴族の憎しみや怨みを増し、死後、怨獣と成れ果てるのです」

「恐ろしいですね・・・自分が怨獣になるなんて。考えもしませんでした」


「えぇ、だから。人を憎まぬ様に、人からも憎まれぬ様に。身体だけでなく精神も鍛えるのです。そしてそれが完成した時には、どんな相手にも敬意を払うのです」

「人に敬意を払う・・・」


「そうです。先日、私と決闘した時。私はレオンに勝った後、レオンを笑いましたか?馬鹿にするような目で見ましたか?」

「いいえ。その様なことは・・・」


「勝っても負けても、戦った相手を尊重し、敬意を払うのです」

「わかりました。肝にめいじます」

「では、レオン。明日からよろしくお願いします」


「エリアス皇子殿下。先日の決闘では申し訳御座いませんでした。こちらこそ、これからよろしくお願いいたします」

「これからは、エリアスと呼んでください」

「はい!エリアス様!」




 僕は皆と一緒に牢獄の部屋を出て、廊下を歩きながら話した。


「どうやら説得は成功した様です」

「エリアス皇子殿下、お見事でした。あのかたくなな息子を・・・」

「感服致しました。レオンがあんなに素直に人の話を聞き入れるなんて・・・」

 レオンの父と兄は僕に向かって深々と頭を下げた。


「やはりエリアス殿下は神様の様ですな」

「まだ、言ってる・・・」

 副団長のエリアス信仰はどうにも止まらない様だ。




 僕は一段落して安心すると、自分の部屋へと帰った。

部屋には今年学校を卒業したばかりの新しい侍従のグレースが控えていた。

「ただいま、グレース」

「お帰りなさいませ、エリアス様」

「何か良いことがあったのですか?」


 どうやら僕は自然に微笑んでいた様だ。

「え?あ、うん。そうだ。グレース。私に新しい侍従が付くことになったんだ」

「え?侍従が?私はお役御免なので御座いますか?」

「いや、グレースはそのままだよ。二人目はちょっと変わった役目があるんだ」


「変わったお役目・・・で御座いますか?どなたがいらっしゃるのですか?」

「レオン・バルデラスだ。知っているかい?同い年だよね?」

「え?レ、レオン様?ほ、本当で御座いますか?」

 グレースは急に脱力し、わなわなと震え出した。


「うん?何をそんなに驚いているの?」

「だって・・・レオン様は・・・エリアス様を・・・」

「あぁ、そのことか。レオンが死罪になると思っていたのかい?」

「はい。皆、そうなるだろうと・・・話しておりましたので・・・」

「だって、レオンが私を殺そうとしたのは私が悪いのだからね」


「え?エリアス様が?そ、そんなはずは御座いません!」

「私が悪乗りしてレオンを焚きつけてしまったんだ。私も反省しているよ。だからね、私が彼を許して、引き受けることにしたんだ」

「あぁ・・・そんな・・・あ、ありがとう御座います!うっ・・・ううっ」

 グレースはその場で崩れ落ち、ひざまずくと顔を両手で覆ってむせび泣いた。


「あれ?何故グレースがそんなにレオンのことを?」

「あ!あ、あの・・・レオン様は貴族学校で3年間ご一緒させていただいたのです」

 そう言いながら顔が真っ赤になっている。あれ?これってまさか?


「ふーん。グレースはレオンが好きなの?」

「え?あ!そ、それは・・・」

「あぁ、そうか。だからこの1週間、グレースは元気が無かったんだね?それなら良かったじゃないか」

「え?何が良かったのでしょうか?」

「ん?いや、レオンが助かってさ」


「あ・・・はい!」

 グレースは18歳らしい、特別に可愛い笑顔となった。なんだ。レオンめ。こんな可愛い娘に愛されていたなんて。ちょっと妬けるな。




 翌朝、まだ早い時間。僕はいつもの様に鍛錬の支度を整えた。

「トントン!」


「どうぞ」

「失礼致します!おはよう御座います!エリアス様」

 開かれた扉の先にはレオンとグレースが笑顔で立っていた。


「おはよう。何だい?二人揃って」

「おはよう御座います!エリアス様!」

 二人は声を揃えて挨拶した。


「今日はレオン様が初めてエリアス様にお仕えするのですから」

「グレース。これから私は君と同じ、エリアス様の侍従なんだ。私に様なんて付けなくていいんだよ」

「公爵家のご子息様を、そ、そんな失礼なことはできません!」


「グレース。レオンの言う通りだよ。君は今日からレオンと呼ぶんだ。さぁ、言ってごらん」

「え?そんな・・・でも・・・」

「グレース。私からも頼む」

「わ、わかりました。レオン・・・」


「グレース。これからよろしく。エリアス様のために尽くしていこう」

「はい。レオン・・これからよろしくお願いいたします」

「何だか、二人が結婚するみたいだね!」

「え?」

「え?」

 ふたりはお互いの顔を見合わせ顔が真っ赤になった。


「レオンもグレースのことは知っているのでしょう?」

「あ、はい。貴族学校で一緒でしたから」

「そう。グレースはどんな娘だったのかな?」

「え?あ、はい・・・その・・・何かと私を気遣ってくれていた・・・様な・・・」


「えー!そうなんだ?グレース。どうなんだい?その辺は」

「そ、そんな・・・エリアス様・・・意地悪です・・・」

「な、なんなのだ?グレース?」

「あ!レオン様!違うのです!これは!」


「あーあー。もう見ていられないな」

「エリアスさま?」

 二人の声が重なった。


「まぁ、いいからさ。これからふたりは仲良く、私の侍従として尽くしてもらえるかな?」

「はい!」




 朝食前に柔軟体操とランニングから始める。

人がほとんど居ない早朝の帝都の貴族街を駆け抜ける。時に塀の上を走り、木に飛び移り、宙返りしながら降りる。


 勿論、レオンはそれについては来られない。道路から脱線して飛び回る僕を見上げながら道路を走って必死について来る。だが、コースの半分程を走ったところで音を上げた。


「エ、エリアス様!待ってください!わ、私は・・・もう・・・はぁ、はぁ、はぁ」

「あぁ、そうだね。初日で私に最後までついて来るのは難しいか。まだ半分だけどね。では、先に訓練場へ戻っていてくれるかな?」

「え?!まだ半分?はぁ、はぁ、はぁ」


 レオンは疲れ切り、とぼとぼと歩いて帝国騎士団の訓練場へ戻って来た。

そこへ兄のオスカルが顔を出した。


「レオン、ひとりでどうしたんだ?」

「あぁ、兄貴。エリアス様とランニングに出たんだが・・・」

「ついていけなかったのか?」

「あれは・・・とんでもない体力だよ」


「聞いた話によるとエリアス様は、1歳の頃からああやって走り、飛び回って身体を鍛えて来られたそうだ」

「1歳の頃から?そりゃ、ついて行ける訳ないよ!」

「そうだな。でもレオン、それで良いのか?」

「いや。やるよ。やってやるさ!」

「あぁ、その意気だ。頑張れよ!」

 そうしてレオンの修行は始まった。


 剣の鍛錬も基礎からだ。毎日、素振り200回、跳躍素振りも200回行い、それに剣を持ったまま、側転や後転飛び、後転宙返りの練習も始めた。


 そしてレオンも何とか僕の毎日のルーティーンについて来られる様になった頃、帝国騎士団の怨獣の調査に同行することとなった。


 それはレオンの母国、アルフォンソ王国だ。


 帝国騎士団の戦闘艇、アルテミスは城の裏側にある転移台の上にある。

ここからアルフォンソ王国の王宮の転移台へ船ごと転移するのだ。


 転移台には船よりも大きな転移魔術の魔法陣があり、その中心に船は鎮座している。

僕らが乗り込むと、お父様が光の魔力を使って転移させる。


 魔法陣が金色に光り、強い光に包まれると次に現れた時はアルフォンソ王国へ転移していた。身体には何も感じなかった。


 転移台から音も無く飛び立つと、ゆっくりと王都を離れて行った。

「団長、今日の調査はどこへ行くのですか?」

「セレドニオ・ゴメス伯爵領の城です」

「個人の城なのですか?その城がどうしたのですか?」

「もう、何度も怨獣に襲われているそうなのです」


「怨獣に何度も?何度殲滅しても再度襲って来るということですか?」

「いえ、一度も殲滅できていないそうです」

「それはアルフォンソの王国騎士団が対処して殲滅できないのですか?」

「そうです。そればかりか夢幻旅団もあきらめたそうです」


「夢幻旅団?あのバルデラス団長が?」

「私もバルデラス殿とは話しましたが、行けばわかると・・・」

「行けばわかる?」

 何とも雲を掴む様な話で要領を得ない。怨獣を殲滅せずに放置するなんて、どういうことなのだろう?


 ゴメス伯爵の城には直ぐに到着した。空からその城を見て皆が驚いた。

城壁はボロボロに崩れ、そこにあったのだろうという様に城を大きく囲う瓦礫が残っている。


 庭は荒れ果て、生きた植物は無く、木もボロボロになって倒れている。そして城のいたるところに穴が開き、壁が崩れかけているところもある。


 アルテミスを城の敷地の外、そこも広範囲で荒れ果てているのだが、そこへ降ろした。

騎士たちがぞろぞろと城へ向かって歩いて行く。すると城の中から伯爵と思われる人物が出て来た。


「おぉ!帝国騎士団の皆々様!本日はようこそお越しくださいました!私は当領地の主、セレドニオ・ゴメス伯爵に御座います」

「帝国騎士団団長、ニコラス・バーナード公爵である」


「それで・・・この有様はどういうことなのか?」

「はい。毎夜毎夜、怨獣に襲われ、城を食い荒らされているので御座います」

「人を襲うのではなく、城を食い荒らす?王宮騎士団や夢幻旅団も来たのであろう?何故、殲滅できないのだ?」

「はい・・・怨獣が・・・騎士様の姿を見ると・・・逃げてしまうのです」

 ゴメス伯爵は疲れ切った顔でぽつりぽつりと語った。


「え?」

 騎士の皆が一斉に声を上げた。


 逃げる?怨獣が?そんな話は聞いたことがないぞ!

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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